59.作戦会議
エリ村の悲劇から一夜、フィーネに転移したリンネたちは、ギルドマスターであるゴドルフィンと話し合う。
そこで、お互いの夢を語り合い、今後の作戦を立てていく。
『ミルフェちゃんへ。エリ村は魔人に滅ぼされてた。残っていた魔族を倒してエリザベート様達のお墓を作った。今は黒の使者アイちゃん、金の使者アユナちゃん、生存者のリザさん達と一緒にフィーネにいるので連絡欲しい』
これで、ちょうど100文字――ボクは悩んだ挙げ句、ギルドの魔導通信でミルフェちゃんにエリ村で起きた残酷な真実を伝えた。
「勇者リンネ様、ゴドルフィン様が2階のマスタールームでお待ちです」
「わかりました、今から向かいます」
受付の狼耳お姉さんから声を掛けられた。やはりボクたちから直接に事情を説明しないといけないらしい。
ギルドマスターに会う前に、ボクは仲間たちに思い切って今の気持ちを伝えることにした――。
「今回、魔族と戦って気づいたことがある。今まで戦ってきた盗賊やドラゴンとは大違いだったってこと。もちろん、今までだって、本気で、命懸けで戦ってきたけど、今回はそんな生易しいモノじゃなかった。ボクは相手を殺すことしか頭になかった――その時も、今も、それがもの凄く悔しくて、辛くて、自分が大嫌いになったよ。魔物の中にも善なる存在がいるって信じていたけど、何が善で何が悪かなんて、あそこでは、ほんと場違いの甘ったるい考えだった。だって、相手を殺すことだけが、お互いにとっての善だったんだから。ティミーさんとラーンスロットさんが言っていた意味を、今回の戦いを通じて身をもって知ることになったんだよね」
4人とも、(話が長いとすぐに寝始めてしまうアユナちゃんですら)ちゃんと聴いてくれている。
「それでも、ボクが目指すところは変えたくない。この世界のルール“命の奪い合い”に、精一杯抗いたい。それって、やっぱり甘いかな?」
「私は、私にできないことをしてくれるリンネちゃんが大好きです。どこまでも従います」
「メルちゃん、ありがとう!」
「正直に言うとね、リンネちゃんの考えは甘々だと思う。でも、そこが好きなんだよね! だからさ、全力で手伝うよ!」
「レンちゃんも、ありがと。ボクが間違っていたら正してね」
「わたしは、まだこの世界の詳細を掴めていませんが、命の奪い合いが正当化される世界など、あってはいけません。リンネさんに賛成します」
「ありがとう、アイちゃん。最初っからドタバタしてごめんね」
「リンネちゃん。私、死ぬ前までは復讐のことしか考えてなかったよ。でも、許さないことと、殺さなきゃいけないことは一緒じゃないよね。だから、リンネちゃんについていく!」
「アユナちゃん、ありがとう。珍しく難しいこと言ってるね。どこかに頭ぶつけた?」
「そうかも!」
「「あはは!」」
「えっとね、本当に辛いことばかりあったと思うの。けどね、これからもっと辛いことがあるかもしれない。いや、絶対にあると思う。でも――ボクが言えることじゃないんだけど、泣いて立ち止まってちゃダメ。みんなで前を向いて戦っていこう。だから、これからは嬉し泣き以外は禁止です!」
予想通り、「散々泣いていたお前が言うなよ」って顔をされたけど、4人全員が笑顔で力強く頷いてくれた。
「ありがと! じゃ、マスターに会いに行こうか」
★☆★
「あっ……んんっ……そこ……くすぐったい!」
「意外と敏感なんだね」
「気持ち良さそうですね」
「2つとも白くて大きくて凄く綺麗! 片方ちょうだい!」
「本当に柔らかいんですね」
ボクたちは今、アユナちゃんを囲んで絶賛弄り中だ。
「うん。動かせるし、魔力を通せば小さく畳むこともできるんだよ! ぜんっぜん飛べないけどねっ!」
そう言いながら、アユナちゃんは羽をパタパタさせた後に、手のひらサイズに縮めてからまたパタパタやっている。小さいサイズの羽は凄く可愛い。大きな羽は夏に団扇の代わりに使えそうだ。
一応、ネオ・アユナちゃんのステータスも確認済み。
◆名前:アユナ・メリエル
種族:エルフ族/女性/11歳
職業:天使/勇者
クラス/特技:精霊使い/召喚魔法
称号:森の放浪者、女神の加護、魔人討伐者、北の大迷宮攻略者、森に愛されし者、金の使者
魔力:58
筋力:26
よほど嬉しいのか、アホナだからなのか、職業欄が変なことに。
「平民/冒険者」から「天使/勇者」へと自己申告で修正されていた――。
「ゴホン、ゴホン。勇者リンネ、その……天使様が5人目の召喚者ということなのだな?」
ギルドマスターのゴドルフィンさんが、態とらしく咳払いしてボクたちの戯れを中断してきた。本当は一緒に触りたいくせに。でも、土下座して頼まれたって許可してあげない。
「はい。ボクを含めると、5人が揃いました。ミルフェ王女によると、恐らくは西の王国にあと3つの召喚石があります」
ボクは、メルちゃん、レンちゃん、アイちゃん、アユナちゃんをギルドマスターに紹介した。さすがに、ボクがされたような意地悪なテストは省略されたけどね。
その後、エリ村で起きた全ての事実を詳細に伝えた――。
マスタールームには、ボクたちとギルドマスターの他、ボクやアユナちゃんを眩しそうに見つめながら泣きじゃくるリザさんも居た。
ギルドマスターは、言いにくそうにしながらも、ようやく重い口を開いた。
「召喚されし勇者の皆様方、非力なる我々にどうかお力をお貸し下さい」
ギルドマスターは、椅子から立ち上がると、唐突に片膝を床に付けて頭を下げる姿勢をとった。北の大迷宮でメルちゃんたちがやってた忠誠ポーズだ――。
びっくりしたボクたちは、何とか彼を落ち着かせて事情を聴いた。
彼によると、以前捕縛された魔人ヴェローナからの情報により、フリージア及びアルン両国でそれぞれ1人の魔人が人間狩りに動いているらしいことが判明した。
この数日のうちに大小4つの町や村が滅ぼされ、そのうちの1つがエリ村ということだそうだ――。
ギルド側も冒険者を募って対抗しているが、如何せん戦力不足は否めず、拠点防衛で精一杯とのこと。
さすがに次の攻撃対象についての情報までは得られず、後手に回って追い詰められているそうだ。
長い沈黙のあと、ボクも心に秘めていた黒い部分を吐き出した――。
「ボクが今すぐにでもやりたいことは2つ。1つは、当然、魔人の討伐です。エリ村を襲った魔人を絶対に許さない! もう1つは、甘い考えだと笑われるかもしれませんけど、奴隷制度を無くすこと。この2つが、今のボクの心に深く刺さる棘なんです」
ゴドルフィンはボクの目をじっと見つめている。
みんなもボクに視線を合わせて頷いてくれている。
ボクたちは、そしてこの世界は、これから本格的に魔人との戦いに進んでいくだろう。怖くないと言えば嘘になる。
でも、強い意志があれば不可能なことは絶対にない。信じ合える仲間がいれば、どんなことでもきっと乗り越えられる。今回の戦いでみんながそう強く感じたんだ。一緒に前を向いて戦おうって決意したんだ!
「俺が……今でも心に抱き続けている……見果てぬ夢がある。まさか……まさか、それをこの場で口にする者がいるなんてな……俺以外にも……馬鹿がいるんだな……」
ゴドルフィンはそう呟くと、大の大人が恥ずかしがりもせず、流れ落ちる涙もそのままに自分の過去を語り始めた。
「俺は元奴隷だ。その事実を知っている者は、今はもう誰も居ない――」
元奴隷!? 自治都市フィーネの自治長で、大陸全土を束ねるギルドマスターが、元奴隷? とんでもない成り上がりだよね――信じられないけど、この人ならそれも可能かもしれない。
「物心がついた頃から奴隷だったので、産まれてすぐに捨てられたか売られたんだろうな。ガキの頃に運よく義母に買われた。義母はその後、このフィーネを興し、俺を解放して養子として育ててくれたんだ。
大人になった俺は冒険者として成功を収めていった。そんなある時、当時のギルドマスターから後継の話がきた。俺は悩んで義母やギルドマスターに相談したんだ――」
涙を拭いもせず、遥か遠くを眺めるような目で、当時を思い起こして懐かしく微笑むゴドルフィン――ボクたちは、彼の話に次第に引き込まれていった。
「2人はそんな俺を笑い飛ばしやがった――元奴隷だから遠慮するのかと。元奴隷であることを恥じるのならば、ギルドマスターだけでなくフィーネの自治長もやれと。苦労を知る者にしか幸せの味はわからない、敗北を知る者にしか真の強さはわからない――そう、強く言われた記憶がある」
苦労を知る者にしか幸せの味はわからない、敗北を知る者にしか真の強さはわからない、か――確かにボクもそう思う。
上に立つ者こそ、そうであらねばとさえ思う。この人がどうしてフィーネの民の幸せに固執してきたのか少しわかった気がする。辛い思い出の町だけど、少し好きになれそうな気がする――。
「俺は、ただ運が良かっただけなんだよ。俺と同じような境遇のガキが尽く死んでいくのを見てきたからな。だから、自治長になってすぐに、この町から奴隷制度を無くしてやった。反対派は大勢居たさ。そいつら全員、ケツを叩いて追い出してやったがな!
そして、俺は俺の夢を叶えるため、大陸中を同じように変えてやるんだって意気込んで、ギルドマスターも引き受けた――」
そこまで言った後、ゴドルフィンの表情が一変する。
以前に見た怖い顔に戻り、俯いてしまう。
「だが、俺は逃げた。1人を救えば2人が不幸に落ちる。そんな社会に嫌気がさしたんだ。俺らが居るここ、この世界はな、弱者を糧にして、その上に成り立っている腐った世界なんだよ。いつの間にか俺も現実から目を背け、下を見なくなった。真っ直ぐ目に見えるものだけを睨んで生きるようになった――。
そんな俺の前に、また俺に夢を追い掛けさせてくれる者が現れたんだ。もう泣くしかないだろ? 義母や先代に誓った夢、それをまた俺は目指したい。力を貸してほしい。勇者リンネ――」
ゴドルフィンは、顔を上げ、涙も鼻水も拭うことなく、真っ直ぐにボクを見ながら力を貸してほしいと言った。
デカい図体をした大の大人が、ボクみたいな子どもに真剣に頼んだんだ。
当たり前じゃないの、やってやろうよ!
どうせ嫌われ者の勇者なんだし。弱き者を救うためなら、嫌われることすら恐れずに立ち向かってやるんだ!
強い意志を持って夢を成し遂げるまで戦う、そして必ず叶えるんだ――そう心に誓ったボクは、彼の前まで歩むと、そっと手を差し伸べた。
ゴドルフィンの分厚い両手がボクの右手を包み込む。
「その前に、まずは魔人です。魔人に滅ぼされてしまったら誰も助けられない」
メルちゃんがゴドルフィンの手をパチンと跳ね除け、ボクを野獣の手から解放する。角は生えていないけど、眉間に皺を作って怖い顔をしている――まさか、怒ってる?
思い返すと、ボクがマッチョなおじさんにプロポーズしているような図が浮かぶ。途端に羞恥心で顔が熱くなった。
「メルちゃんの言う通りだよ! 何か良い案ある?」
レンちゃんも、跪くゴドルフィンを蹴り倒す勢いで参戦する。
多分、この2人は今戦ったらギルドマスターより強いかもね。
「――魔族の軍事拠点をこちらから強襲するのはどうですか?」
アイちゃんが《情報収集》を駆使して提案をしてくれる。ボクたちの軍師は心強い。
「リンネちゃんと一緒なら絶対に大丈夫だよ! 私も多分頑張る! みんなで力を合わせよう! おぅ!」
信頼してくれるのは嬉しいけど、結構後ろ向きで他力本願的な発言だよね。まぁ、前回1人で暴走して命まで失った小学生なりの反省が込められているんだと思いたい――。
「アイちゃんが昨日言ってた大森林近くのアレね。確かに、分散して守りに回るよりは、戦力を集中させてこっちから攻める方が良い!」
「でも、相手は軍隊だよ? あたしたち個人がいくら集まって、太刀打ちできるものなの?」
「レンちゃんの言いたいことはボクにもわかる。でも、魔人1人なら勝機は見出せるかもしれない。作戦を考えようよ。今度はこちらから動いて罠に嵌めるんだ――」
その後、遅くまでボクたちの作戦会議は続いた。
ギルドマスターもリザさんも、ボクたちを全面的に信頼し、協力してくれる。みんなで力を合わせれば必ず勝てる、勇気が湧いてくる!
失われた命は戻らないけど、残された者はみんなの分も背負って生きていくんだ。だから、ボクたちは生き抜くことを絶対に諦めない!
目指すは大森林に築かれた魔族の軍事拠点、作戦決行は、明日――。
次回、ロンダルシア大陸東部、フリージア王国内を蹂躙して回る魔人の軍事拠点を強襲!
果たして、リンネたちは復讐を果たすことができるのか――。




