57.エリ村での死闘
突然伝えられた「エリ村強襲」の知らせ。
急ぎ準備をして転移したリンネたちを、魔族が迎え打つ!
『すみません! お話がありますです!!』
けたたましくドアをノックする音で、ボクたち5人は目が覚めた。これからノンレム睡眠ステージ3に移行しようというタイミングで――。
窓から覗く日の光はまだ弱い。朝7時か6時か。
「どうかしましたか?」
メルちゃんがドアを開けて尋ねると、ギルド職員の犬耳女性が部屋に飛び込んできた。酷い慌てようだ――。
『ミルフェ王女からの緊急通信が入りましたです! エルフの村が魔族に襲撃された、とのことです!」
「「えっ!?」」
「アユナちゃん、落ち着いて!」
「助けに行かなきゃ!! そうだ、リンネちゃんの転移で行けるよね!?」
泣き喚くアユナちゃんは気づいていない。既に襲撃から数日は経っているだろうことに。
この世界の情報伝達はリアルタイムではない。確かに今すぐに行けるけど、もし、見るも無惨な惨状だったら? まだ魔物がたくさん残っていたら?
けど、行かない理由なんて1つもない!
覚悟を決めて行くしかない!
メルちゃんとレンちゃんも当然のように準備を始めている。
「アユナさん、準備が整い次第、すぐに向かいましょう」
そう言って、アイちゃんがアユナちゃんの背中を優しく擦り、落ち着かせてくれている。
その間、ボクたちは2人から離れてエリ村の情報を共有した。
その後、ギルドでメリンダさんとも話し、召喚されたばかりのアイちゃん用の装備を整え、全員のステータスも確認した。
これでいつでも行ける――。
アイちゃん用の装備。急げ。
《ミスリルの短剣。魔力により耐久と切れ味が増強される諸刃の短剣。耐久+10%、斬撃+10%》
《銀狼のローブ。幻獣の毛をふんだんに用いて魔法効果を高めたローブ。魔法耐性+5%、魔力+2%》
全員のステータス。急げ、急げ。
◆名前:リンネ
種族:人族/女性/12歳
職業:平民/冒険者
クラス/特技:賢者/雷魔法
称号:銀の使者、ゴブリンキングの友、フィーネ迷宮攻略者、ドラゴン討伐者、女神の加護、魔人討伐者、北の大迷宮攻略者
魔力:61
筋力:32
◆名前:メル
種族:鬼人族/女性/14歳
職業:平民/冒険者
クラス/特技:メイド戦士/家事
称号:青の使者、魔人討伐者、北の大迷宮攻略者
魔力:78
筋力:78
◆名前:アユナ・メリエル
種族:エルフ族/女性/11歳
職業:平民/冒険者
クラス/特技:精霊使い/召還術
称号:森の放浪者、女神の加護、魔人討伐者、北の大迷宮攻略者
魔力:53
筋力:25
◆名前:レン
種族:ピクシー族/女性/14歳
職業:平民/冒険者
クラス/特技:剣士/二刀流剣術
称号:赤の使者、魔人討伐者、北の大迷宮攻略者
魔力:45
筋力:49
◆名前:アイ
種族:人族/女性/11歳
職業:平民/冒険者
クラス/特技:識者/念話
称号:黒の使者
魔力:16
筋力:18
「現在の状況がわからないので……無闇に村の中に転移せず、近くから様子を探りましょう」
アイちゃんの言う通りだ。いきなり村の真ん中に飛ぶところだった! こういう時こそ焦っちゃダメだよね。
「みんな、準備はいいね。行くよ!」
「「「はい!」」」
[メルがパーティに加わった]
[アユナがパーティに加わった]
[レンがパーティに加わった]
[アイがパーティに加わった]
★☆★
ボクはエリ村の聖結界内ぎりぎりの所に《転移》した。
この《転移》、なかなかに魔力を使う。質量制限の目一杯だったからか、総魔力量の3割近くは消費してしまった――。
「メルちゃん、気配は―――」
「何も」
「そう、ありがとう」
(リンネさん。わたしです、アイです。《念話》で話しています。聴こえますか?)
(あ、聴こえるよ! アイちゃんの魔法だね)
(私のもう1つの魔法《情報収集》によると、半径20km以内には町も村もありません……最悪も想定してください……)
(村が、ない? まさか! あそこには最強の魔法使い、エリザベートさんも居るんだよ? 嘘でしょ……)
(地図に村の存在が無いとしても、生存者が居るかもしれませんし、魔族が支配しているかもしれません。急ぎましょう!)
ボクの脳裏にはエリ婆さんの顔が、リザさんの顔が、そして――優しくしてくれたアユナパパとママの顔が浮かぶ。
絶対に助けなきゃ。そのために村を出たんだから!
「――メルちゃんとボクが先頭で行くよ、まだ暗いから足元に気を付けて!」
焦る気持ちを抑え、前を向いて歩き出す。
「クピィ!」
「リンネちゃん、魔族です! 数は――5!!」
「魔族!?」
クピィとメルちゃんの反応に、アユナちゃんの顔が蒼ざめる。今はアユナちゃんを戦闘に巻き込むべきじゃない。無謀に突っ込んじゃうから――。
「アユナちゃんはアイちゃんを結界で守って! メルちゃん、レンちゃん、行くよ!」
「「わかった!」」
150m先に魔物が3匹見える。
この距離でもはっきりわかるほどに体が大きく、纏う黒い魔力も見える――やはり魔族だ、魔人ではない。
《レッサーデーモン/下級魔族。人や妖精種・精霊だけでなく魔物すらも喰らう邪悪な性格》
《ベリアル/中級魔族。下級魔族を従えて行動する》
《レッサーデーモン/下級魔族。人や妖精種・精霊だけでなく魔物すらも喰らう邪悪な性格》
レッサーデーモンとベリアル!
フィーネ迷宮での記憶が甦る。全く手も足も出なかったけど、竜人グランさんが助けてくれたんだ。
今はあの時とは違う。ボクたちは確実に強くなっているし、魔人ウィズとも和解できたんだ。魔族とだって話し合いができるかもしれない――。
「レッサーデーモンとベリアル――ちょっと話してみる!」
「「リンネちゃん!?」」
話し合いが通じなければ、命を懸けて戦うしかない。ボクだって、覚悟はできてる!
「魔族たち! ボクは魔人ウィズの同盟者だ! 今すぐここから出ていって!!」
『ウィズゥだぁ? コイツらみなごろしにしろ!!』
『『ショウチ!』』
逆効果!?
「待って! ボクは――」
『ハラワタをひきずりだして、くってやる!』
「リンネちゃん!!」
「ごめん! ボクが先制する! メルちゃんの《鬼神降臨》、どのくらいもつ?」
「全魔力を使って156秒です!」
総魔力量×2秒――。
「わかった、べリアルに雷撃落とすから、レッサーデーモンをお願い!」
「はい!」
レンちゃんは既に《隠術》で背後を狙って動いている。
「アユナちゃん、アイちゃん! 結界から出ないでね!! 危なくなったらみんなで転移するから!」
「リンネちゃん――」
「べリアルは《闇魔法》と《火魔法》を使うようです、気を付けて下さい!」
「わかった!」
悔しい!!
悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい!!
既に距離は50m――。
3mの巨体を誇るべリアルが、次々とレッサーデーモンに指示を出している。5体のうち2体が突進してきた。
「ボクは奥の3体をやる! メルちゃん、この2体お願い!」
「はい!」
べリアルの左右にはレッサーデーモンが2体残ってる。半径8mなら3体が雷撃の直撃範囲に入る!
マジックポーションは残り1本、最初に全力で撃つ!
メルちゃんが、迫り来るレッサーデーモンの攻撃をグリフォンメイスで跳ね返している。
まだ《鬼神降臨》は使っていない。うん、これなら1対2でもいけそうだ。ここは任せるよ!
ボクはレッサーデーモンを躱し、単身べリアルに迫る!
既に魔力は練り上げている。雷の範囲を広げる分、威力は落ちてしまうかもしれない――でも! ボクは仲間を信じて、撃つのみ!
「罪ごと消し飛べ! 全力全開、《雷魔法/中級》!!」
ベリアルの頭上に巨大な魔法陣が現れる!
薄闇に包まれた森が一瞬昼間へと変わる!
直後、バキバキッという爆音、爆発で土煙が舞い上がる!
光速、不可避な半径8mの雷撃だ!
残りの全魔力――総魔力の7割を全部ねじ込んだ全力の1撃!
案の定、一瞬で意識が飛んでしまった――。
足が縺れて豪快に転び、顔を地面に強かぶつけて意識が戻る。
よし、身体はまだ動く!
なけなしのマジックポーションだけど、一気に飲み込む!
前方は――まだ土煙で見えない!
その中から剣戟の音が聞こえる!
レンちゃんだ!
タイミング合わせてべリアルに突っ込んでくれたんだ!
後ろは?
メルちゃんが鬼化して2匹を倒したみたい――アユナちゃんの安心安全結界も無事だ!
「メルちゃん! もう《鬼神降臨》は解いて!」
「リンネちゃん! レンちゃんとべリアルが戦って――」
その時!
突然目の前に火柱が現れ、何かが飛ばされ――。
《火炎魔法》か!
「「レンちゃん!!」」
メリンダさんの占いが頭を過ぎる――。
ボクは、吹き飛ばされたレンちゃんを追って全力で駆け寄る!
そして、倒れ伏す彼女を起こそうとして、絶句する――。
その身体が、全身が焼け焦げて――。
「《回復魔法》! 《回復魔法》! 《回復魔法》! 《回復魔法》!!」
ダメだ、ダメだ!
意識が途切れそうになりながら何度も《回復魔法》を唱えたけど、レンちゃんの意識が戻らない――。
どうしよう!
あ、そうだ!!
《異空間収納》から無我夢中でエリクサーを引っ張り出す!
間に合え!!
小瓶の蓋を開け、レンちゃんの口を探す――。
でも、炭化した口は――まるで生への拒絶を示すかのように、全く開こうとはしなかった――。
「飲んで!! レンちゃん飲んでよ!!」
無理矢理に飲まそうとしても、喉の一部が焦げ落ちていて――。
ボクは、エリクサーを自分の口に含み――そして、無我夢中で口移しに捻じ込む!!
レンちゃんの橙色の瞳が、ほんの一瞬、見開かれた気がした。
そして――レンちゃんの身体が白く輝いて、焼け落ちていた手が、脚が、そして顔が――再生されていく!
でも、でも!
「レンちゃん!! レンちゃん!!」
こんなに可愛いのに、凄く綺麗なのに、どうして意識が戻らないんだよ!!
背後に気配を感じ、振り返る。
アユナちゃんが結界から出て来ていた。顔が真っ青だけど、大丈夫だろうか――。
「リンネちゃん! レンちゃんは?」
「……」
首を振るボクのもとへアユナちゃんが駆け付けてくる。
そして、ここに2つ目の結界を張ると、ぎゅっとレンちゃんを抱きしめ、わんわん泣きだした。
彼女にレンちゃんは任せる。
ボクにはやることがあるから――。
村の中央、以前は広場があった所を凝視する。
メルちゃんだ、メルちゃんがべリアルと戦ってる! あんなにフラフラなのに!
でも、マジックポーションは使ってしまったし――もう、ボクがやるしかない! ボクが戦わないと、みんなが死んじゃう!!
「べ リ ア ル!!」
絶対に許さない、許さない!!
「メルちゃん、下がって!」
「私も戦います!!」
「下がれ!!!」
今の、ボクはどんな顔をしているのだろう。自分でもわからない。涙と怒りとでぐじゃぐじゃだと思う。
悔しさに、怒りに飲み込まれる。
涙で霞むボクの目には、弱々しく走り、アユナちゃんの結界の中で倒れるメルちゃんが映っていた――。
土煙が晴れていくと、全身から黒い魔力を放つベリアルが現れた。
「べリアル!!」
くっ、《自己再生》してるのか!
どうする?
《時間停止》を使うタイミングは?
こいつは雷撃の中心に居たのに無傷に近いということは……魔法防御力が桁違いに高いはず。よく見ると、リッチのような黒い膜が身体を覆っている。
今ここで《時間停止》を使っても、あれを突破する術はない。ならば、物理攻撃に賭ける!
オオグモの脚を取り出す。
残り魔力はもう2割を切っている。
いけるか? いくしかないんだ!
長所を潰し、弱点を突くんだ!
(リンネさん! べリアルは尻尾と角が弱点です!)
(!! アイちゃんありがとう!!)
念話が繋がりっぱなし……だったか。
(リンネさんの……その……心の悲鳴が強すぎて……)
そっか……ごめん、冷静にならないと!
冷静に、冷静に、冷静に考えろ――。
尻尾、角を切断する力――。
剣、水剣は売ってしまった。
でも、無いなら造ればいいんだ!
武器に雷を纏わせる。直接だと武器が壊れるから――少し離して、刃のように薄く、オリハルコンのように硬くする!
さらに、チェーンソーみたいに雷を回転させるイメージで魔力を練り込む――。
オオグモの脚が1mの剣となる。
黄金色に輝く剣――聖剣なんて洒落た物じゃない。名前なんて無い。ただ、斬ることだけに特化した魔力の塊――。
『ガッガッガ! ぜつぼうをあじわえ!』
「べリアル! お前を魂ごと切り刻んでやる!!」
残りの魔力の大半を使ったボクの最終兵器、それを低く構える。
魔力を漲らせ、一気に迫り来るべリアル――。
受けてはダメだ! 力で潰される!
ボクの頭に真っ直ぐ突きが飛んでくる!
眼前に、唸りを上げる三ツ又の矛が迫る!!
辛うじて横に避ける!
《攻撃反――》
完璧に躱したはずなのに――流れた突きが、ボクの左肩を抉っていく。
速すぎて《攻撃反射》ができない!
でも、痛みは感じない。
ヒールを使う時間も魔力も勿体ない。
再び飛んでくる連続突き――。
ボクはサイドに、バックにとステップを踏んで躱したけど、その度に脚にダメージを受けている。この矛、普通じゃない!
動きが鈍ったボクにトドメを刺そうと、べリアルは矛に炎を纏わせ、袈裟斬りに――。
今だ!!
尻尾が、腰に巻き付いていた尻尾が伸びたこの一瞬を見逃さない!
「《転移》!」
瞬時にべリアルの背後をとる!
「《雷魔法/下級》!!」
雷剣を全身全霊の力を込めて、振り抜く!
シュパッ!
尻尾は、その半ばから切断された!
『グォォ! きさまァァ!!』
吠えて手足を振り回すベリアル――ボクはジャンプから《空中浮遊》を使い、空高く舞い上がる!
破壊対象を見失い、周囲を睥睨するベリアル――その隙だらけの頭上を、全体重を預けて放ったボクの剣が襲う!!
ガキンッ!
べリアルの角を、2本纏めて横薙ぎに切り落とす!!
『ギャオォォォ!!』
べリアルは咆哮を上げて仰け反った!
黒く覆っていた膜が消えていく!
べリアルの魔力が急速に落ちるのがわかる。
ボクはさらに空中を走る。空を翔けながら杖に持ち替える。
これは、《闇魔法》!?
よく見ると、ベリアルを中心に半径5mほどが薄い闇に包まれていた。それが、急速に晴れていく――これは、幻惑効果と魔法耐性強化!?
ならば、それが解かれた今がチャンス!
ボクは再びベリアルの頭上に立ち、真下に向けて杖を振り下ろす!
今度は細く、思いっきり細くした、身体を貫く高密度の雷撃!
「貫け、《雷魔法/下級》!!!」
べリアルの額から入った光は、黄金色の身体を縦に貫く!
そして、ベリアルは激しく痙攣した後、黒い魔素となって爆散した――。
勝ったんだ――。
★☆★
ボクは冷たいベッドで目が覚めた。
横を向くと、隣にはレンちゃんが寝ていた。
静かな寝息が聞こえる。息はある!
「リンネさん!」
反対側にアイちゃんが居た。
今にも泣きだしそうな笑顔だった。
「みんなは?」
「メルさんは大丈夫です。レンさんは……まだ目が覚めませんが……命に別状はありません。でも、アユナさんが……」
「えっ!?」
結界の中に居たアユナちゃんに何が!?
まだ昼になったばかりのようだ。
窓の外から射し込む陽光は眩しく、潤んだボクの目を貫いてくる。
ボクは、重い身体を酷使してゆっくりと起き上がり、部屋を出た――。
お読みいただきありがとうございます。
次回、第58話は私が最も辛いストーリーです。




