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異世界八険伝  作者: AW
第2章 新たな仲間たち
56/92

55.北の大迷宮Ⅷ

いよいよ北の大迷宮の最上階へと向かうリンネたち。そこで待つ最強最悪のドラゴンとは――。

<29階層>


「ねぇ、もう3時間も歩いてるよ!」


 レンちゃんが愚痴るのもわかる。


 29階層に足を踏み入れたボクたちを待っていたのは、再び永遠の闇――。


 ちなみに、この階層は迷路構造ではない。端的に表せば、()()()()()部屋。

 いや、部屋というのも適切な表現ではない。ここは何もないんだもん。まさに宇宙空間に床だけ敷かれたような場所だった――。


 手持ちの地図には、正面にある30階層への階段のみが書かれている。低層では縦横5km四方の構造だったことから、階段までの直線距離はMAXでも5km。戦闘しながらでも3時間は掛からないだろうと考えていた。


 しかし、ウィルオーウィスプの光を頼りに歩いてきたボクたちの前には、何ら変わらない闇が終わることなく続いている――。


 途中、ボクの雷魔法で辺りを照らしたり、反射してくる音から距離を計算する努力もしてみたけど、完全な徒労に終わった。


 だだっ広い空間には、時々現れる魔力30前後の魔物以外に何も目印のような物は視認できず、雷鳴の反射音は全く返ってこなかったのだから――。



 29階層を歩き始めて、ざっと6時間は経過しただろうか。さすがにみんなの中で焦りや不安が湧いてきた。


「もう、真っ直ぐに10km以上も歩いていますね」

「もしかして、地面が反対側に動いているとか?」


 動く歩道なんて物がこの世界にあるのかわからないけど、レンちゃんの言いたいことはわからないでもない。


「地面が動いているの?」


 逆転の発想と言ったところか、アユナちゃんが頭の上にハテナマークを出現させながら訊いてくる。


「もしかしたらだよ。立ち止まってたらスタート地点の上り階段に戻されました!ってことなら正解だし、その(トラップ)を掻い潜るなら、走るか飛ぶかしかないね」


「何時間か休憩してみますか?」


 そんな必然的な流れで、ボクたちはメルちゃんの提案に大賛成することにした。



 砂漠とか樹海とか、進めど進めどゴールが見えないとき、猛烈な不安に(さいな)まれる。


 進む方向を間違えた?

 今からでも方向を変える?

 引き返すなら早い方が良いよ?

 動かずに助けを待つ?


 もう一人の自分と葛藤しながら判断を下すことになる。

 あくまで決断をするのは自分自身だし、その結果を受け取るのも自分自身なのだから――。


 そんなとき、勝者になる、生き残るために必要なことは何だろう?


 諦めずに真っ直ぐに進む強さ?

 臨機応変に動き回る柔軟性?

 天体や風向きで方向を見極める知識?

 それとも、ただの運なのかな?


 結局、ボクたちは休憩中に答えを見つけられなかった――。



 3時間の休憩が終わる。


 しかし、背後には上り階段は見当たらない。光や音で探ってみたけど、やはり無限とも思える闇が続くだけ。


 えっ、無限?


「仮説だけど、やはり考えられるのは(トラップ)の存在。どうにかして解除しない限り、無限ループの中に閉じ込められたままだよ」


「あ、私はそういう魔法を知っています。無限回廊という(トラップ)ですね。解除は――例えば、廊下の途中にある絵をひっくり返さないといけないとか、空間の切れ目にヒントがあるとか、ですね」


「なにそれ……怖いよぉ……」


「あたし、そういうの、無理だから」


 アユナちゃんとレンちゃんが抱き付いて喚いているけど、今はそんな百合を観察している暇はないの!


「他に手がないから、慎重に歩きながら空間の切れ目を見つけてみよう!」


 ボクの掛け声で全員が重い腰を上げる。こんな闇の中で野垂れ死にしたくはないよね!




 ★☆★




「みんな、ストップ!!」


 先行していたレンちゃんがいきなり叫ぶ。


「ここに段差があるけど――もしかする?」


 そこには、足を滑らすようにゆっくり歩かないと気づかない程度の、およそ1cmほどの段差が左右にずっと伸びていた。


「確かに怪しいですね。もし空間の切れ目だとしたら、ここの前後にトラップを発動させている何かがあるはずです。探してみましょう」


 メルちゃんが何かを察した様子。


「じゃあ、まずは手前からだね!」


 アユナちゃんが《光魔法》で照らし、ボクたちは地面の探索を開始する。今はこれが唯一の手掛かりだ、這ってでも探すぞ!



 左右2人ずつに分かれて探すこと、およそ2時間――レンちゃんが地面に刺さっている錆びたナイフを見つけた。


「リンネちゃん、これ何?」


「鑑定してみるね」


鑑定魔法(リサーチ)呪怨(じゅおん)のナイフ。呪術の発動体に使われる特殊な魔道具》


「呪術の発動体に使われる……呪怨のナイフ。これ、トラップの正体かも。みんな、集まって!」


 数分後、ナイフを囲みながらあれやこれやと相談が始まる。


「ウィル君の《光魔法》も効かないし、リンネちゃんの《雷魔法(サンダー)》も効かない――どうすればいいのよ!」


「引き抜いてみる?」


「「触らない方がいいでしょ! 」」


 レンちゃんの勇気ある発言は、ボクとアユナちゃんに即時却下される。膨れるレンちゃんだけど、いくら剣士でも呪いのナイフは似合わない。


「破壊するしかないですね、私がやります」


 そう宣言するや否や、メルちゃんがメイスを振り上げてナイフを叩き潰す――すると、目の前には上り階段が現れていた。


「物理的にしか破壊できない系だったのか――」


 29階層の攻略にはおよそ10時間を費やしたようで、多分だけど時刻は既に夜9時を過ぎている。


「30階、行っちゃう?」


 レンちゃんはボス戦が怖くないらしい――。


「ちょっと疲れたけど、魔力はあまり消耗していないから、ボクは大丈夫だよ?」


「フロアボスの階層ですからね、他に魔物が出ないのなら進んでみましょうか」


「眠いよぉ!」


「そっか、良い子は寝る時間だね。でも、多数決で決まったから我慢してもらうよ」


「あぁ! またリンネちゃんが私を子ども扱いした! ひどいひどい!」


「うん、元気一杯みたいだから大丈夫だね! さぁ、ファイナルステージへ、Let’s GO!」


「うぇぇぇん!」



<30階層>


 そこは夜の森だった。闇ではなく夜であると判断したのは、空――そこに朧気ながらも、月や星が煌めいていたからだ。

 そして、月の光を全身に浴びるかのように、巨大な神殿が空中に存在していた。


 高度は500mほどはあるだろうか。


 闇夜に蒼白く光を放つ巨大神殿――恐らくあそこに守護竜たるドラゴンが居るはずだ。



「高いよ、高すぎる!」


 背伸びしながら見上げるアユナちゃん。シルフの力を借りたとしても、この子にはあの高度まで辿り着くことはできないようだ。ドライアードの大樹の力も、あの高度までは届きそうもない。


 ボクが《空中浮遊(フライ)》を使い、みんなを引っ張りあげるのも現実的には無理だと思う。

 可能なのは、ボク1人だけで神殿に向かうこと。その答えに、何となく全員が気づいていた――。



「また話し合いで解決できますよね?」


 メルちゃんが心配そうに訊いてきた。


 だけど、アクアドラゴンさんの言う通りだと、黒竜とは恐らく戦いになりそうだ――。


「なるべく話し合いで解決するようにするね!」


「ダークドラゴン? ブラックドラゴン? とにかく《光魔法》が効きそうなんだけど、私が行けなくてごめんね!」


「アユナちゃんは危ないから留守番がいいよ。大丈夫、雷でバチバチさせて帰ってくるから」


 リッチみたいな、闇の障壁に守られてる系のドラゴンならお手上げかも――。

 今日はもう《時間停止(クロノス)》ができないけど、あと3時間待てば使えるからね。いざという時は時間稼ぎするつもり。


「あたしはリンネちゃんを信じるからね。早く召喚石を貰って帰ってきてね!」


「ありがと、レンちゃん。召喚はみんなが居る所でやるから安心してね!」


 最後のお別れみたいな雰囲気ができ上がってる。ほんと、戦わずに済むといいな――。




 ★☆★




 ボクの期待は(はかな)い夢でした。


 魔力をコントロールしながら、恐る恐る500mほど《空中浮遊(フライ)》で上昇する。


 この500mという高度が、どうやらここ30階層の天井みたい。しかも、《浮遊魔法(フライ)》の上限もこのくらいな感じがする。お月様までの散歩は無理でした――。



 空に張り付いた神殿には天井がなく、パルテノン神殿風の柱がたくさん立っているだけだった。


 案の定、そこには体長100mをゆうに超える巨大な黒いドラゴンが待ち構えていた――。


 深夜にすみません! いや、暇そうだからお邪魔しても構いませんよね――なんて挨拶をする勇気はない。


 だって、凄い威圧感なんだもん。

 身体中にトゲトゲが付いてるし、リッチみたいな闇の障壁みたいなのも見えるし。


『小さき勇者よ、よくぞここまで辿り着いた。我が名は暗黒竜(ブラックドラゴン)。30階層の守護竜にして、大迷宮ドラゴノヴァの監視者である! 黒の召喚石を手に入れたくば、我に力を示すが良い!』


 きました、力を示せパターン!


「初めまして、黒の召喚石を受け取りに来た、()()()使者リンネです。魔王から世界を救うため、お力をお貸しください」


『我に力を示せ』


「今日はちょっと、お腹が痛い日なので……」


『勇者ならば我慢しろ。力を示せ』


「いたたっ、本当に戦わなければいけませんか?」


『いかにも。それが我に与えられし使命だからな。さぁ、力を示せ!』


 くっ、ミルフェちゃん作戦が全く通じない!

 ならば、せめて得意分野で勝負!


「じゃあ、例えば――反復横跳びとか、百ます計算で力を示すのは可能ですか?」


『遊戯で示されるのは狡猾さである。戦いの中でこそ、力は示されるのだ!』


 なんかちょっとカチンときました。


「竜人のグランさんやアクアドラゴンさんは、戦わずに理解してくれましたよ!」


『彼奴は彼奴、我は我だ。戦わずに力を計ることなどできん!』


 救いようのない脳筋さんだね!

 マジックポーションはあと5つある。全力魔法を6発撃てるのなら――。


「なら、こういう勝負はどうですか? ボクの魔法を全て受けきれたら貴方の勝ち、途中でやられるかギブアップしたらボクの勝ち!」


『ガッハッハ! 我を魔法で倒すと! 1000年ぶりに笑わせてもらったぞ』


 やってやる!!


「受けますね? では、本気でいきますよ!」


 あの障壁は間違いなく魔法を弾くね。奥まで届かせるには――。

 お母さん! 化粧水をお肌の奥まで浸透させるのって、どんな原理だっけ?


 声は聞こえないけど、何となく伝わってくる気がする――。

 水の成分をイオンに変えて、電気の反発力を生かして浸透させる? 意味が解らないけど、その辺は魔法が補ってくれるはず!


 両手を広げ、魔力を全身で集める。

 全魔力の95%を全身で練り上げ、水と雷を練り合わせるイメージを構築していく――。


「黒ずんだお肌にビタミンCを浸透させよう! 全力全開、《雷魔法/中級(サンダーウェーブ)》!!」


 1発目は、あの闘技場(コロッセウム)で使った魔法で勝負!

 10mほどの頭部を球状の膜がぐるっと飲み込む! イオン化した膜が内側に弾け、間髪入れずに電気を帯びた波動が360度から襲い掛かる!


『グフフ……』


 効いてる? 効いてない?

 体の中も絶対にビリビリしているはず! 絶対にやせ我慢だよね?


 マジックポーション飲み、もう1度同じのを撃つ!


「食べたことないけど、ステーキ焼くならウェルダン!《雷魔法/中級(サンダーウェーブ)》!!」


『グハ……』


 効いてる!


「結構効いてるでしょ! 降参する?」


『笑止! 気持ち良すぎて笑いが止まらぬわ!』


 悔しい!

 もう、雷魔法だけでいいや、魔人をやっつけた自慢の雷を撃ち込む!


 クスリ!


 魔力を極限まで捻り出す!

 気絶寸前、95%もの魔力を注ぎ込んでイメージしたのは、体長30mの大蛇だ!


「お勧めのネックレスはこちら! 《雷魔法/中級(サンダースネーク)》!!」


『ゲホー!』


 首に3重に巻き付いた大蛇は、魔障壁を締め付けて無効化させたみたい!

 効いてる! もう少しだ――。


 クスリ、クスリ!


 4発目はアレしかない!

 妖精の杖(フェアリーワンド)暗黒竜(ブラックドラゴン)の頭上に向け、全神経を集中させる――。


「過激すぎる頭皮マッサージ店へようこそ! 全力全開、《雷魔法/中級(サンダーストーム)》!!」


 振り下ろしたボクの腕と連動して、半径5mもの落雷がドラゴンの頭部を襲う!


 ドガーンッ!!


『グワッ!!』


 4本目のマジックポーション!


「よし、トドメは新技――」


『待て!』


「はい?」


『もう、よい。お主の力は示された……』


 あれ?

 ギブアップ?


 ボクが杖を下ろすと、暗黒竜(ブラックドラゴン)さんは、50代のガッチリ体型の色黒おじさんに人化していた。


 頭と顔、首あたりにかけて赤黒く火傷していて、黒い頭髪がチリチリになっている。最初に放ったスキンケアの効果は見られない――痛々しいから治してあげよう。


「すみません……今、治療しますね!」


『あ、あぁ……頼む』


 状態が状態なので、魔力の90%をつぎ込んで全力で《回復魔法(ヒール)》を放つ!


「元気百倍、《回復魔法(ヒール)》! あ、プッ!」


『プ?』


「プ……プリン食べたいなぁって……ヒールの後はいつも食べていましたから……」


 ドラゴンさんの頭――皮膚はバッチリ再生できたのに、髪はなぜか左右と前髪だけ。日本昔ばなしの歌に出てきたね、こんな子。


『プリン? あぁ、人族のデザートか。ミミズのデザートなら用意――』


「いいえ、結構です! それより、下に仲間を待たせているので、召喚石を頂いても良いですか?」


『勿論だ。この先に結界が張られた聖域があるからな、我に付いてきなさい』


 ボクはなるべく頭を見ないようにしながら、マッチョなおじさんを追い掛けた。




 ★☆★




 太い柱に囲まれた通路を進んで行った先、広い神殿の最奥には魔法陣が刻まれた扉があった。

 黒く光るその扉の前でおじさんは立ち止まって振り返る――。


『この扉の向こうに召喚石がある。我が使命は果たしたぞ。さらばだ、小さき勇者よ――』


「待って下さい! お聞きしたいことが!」


『なんだ? デザートの持ち帰りか?』


「いいえ、全然違います。この迷宮は――黒の召喚石を失うと崩壊してしまうんですか?」


『いかにも。我等は1000年の時を経て(ようや)く解放される。守るべき神石を失った迷宮は3日の内に崩壊するであろう』


「守護竜たちは……皆さんは、死んでしまったのですか?」


『迷宮を作りし竜神は、我等に神石を護らせる代わりに不老不死の力を授けた。迷宮内で死ぬ限り、数時間後には完治して蘇生する力だ。だが、迷宮が失われれば我等は竜界にて定命なる余生を送ることになろう。それは我等が永らく望んできたことだ』


 竜たちにとって、迷宮は生き地獄ってことか――ならば、解放することは悪いことじゃないよね?


「良かった! あと、お願いがあります。迷宮を生活の糧にしている冒険者も居ます。この迷宮を、これからも残すことはできませんか?」


『迷宮を創りし竜神の意志次第だな。我が竜界にて頼んでみるが、恐らく大丈夫だ。安心せよ』


「ありがとうございます!」


『いや、我等も永く棲んだ地を失うのは寂しいものだ。迷宮の維持は我等の希望でもある。勇者リンネよ、お主には改めて感謝を。これを受け取って貰えぬか? 我が力の一部だ。必ず役に立つときがこよう』


 えっ?

 ドラゴンさんが自分の腋の下へ手を伸ばし、黒いモノを取り外してボクに渡してきた。


「これは――」


鑑定魔法(リサーチ):黒竜の翼。一度行ったことがある場所に転移可能。移動可能な質量は魔力値×10kg》


「転移アイテム!? 良いのですか?」


『気にするでない。竜界に戻れば生えてくるからな。我が頭髪もな』


 チリチリがハゲになったこと、気づいていたんだ。


「ありがたく頂きます!」


『では、さらばだ。世界を頼むぞ、勇者リンネよ――』


 そう言い終わると、ドラゴンは闇夜に花火が咲くかのように弾け、消えていった――。

暗黒竜ブラックドラゴンを倒し、伝説の腋毛を手に入れたリンネ。

次回は、3人目の仲間、黒の使者召喚!

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