54.北の大迷宮Ⅶ【挿絵/ウィズ】
いよいよ北の大迷宮も佳境へ。
順調に階層を駆け上がっていくリンネたちだが、その前に魔人が現れ――。
湖のほとりから覗き込む3人の心配顔を見て、正直笑ってしまった。水中の魚から見るとこんな感じなんだね。
帰りの青い箱から抜け出したボクは、木陰に女の子座りして水竜の件の一部始終を報告する。ほっとしたからか、みんなからは彼女を心配する声も出てきた。
「戦いにならなくて良かったよね」
「確かにね」
「ドラゴンさん死んじゃったのかな……」
「どこかに転移したのかもしれません」
「最初から幻だったってことは?」
「幻って感じはしなかったね。《アクアドラゴンの魂》も無かったし、メルちゃんの説が有力かも?」
「あたし、ずっと思ってたんだけどさ、その《何とかドラゴンの魂》シリーズって何なの?」
「この先、どこかで使うのかもしれませんね」
「全部揃えなくて大丈夫なのかなぁ」
「今から貰ってこいなんて言わないでね!?」
ボクの予想だと、この《魂シリーズ》はボクに魔力を授けてくれるアイテムだと思うんだ。実際、木火土金の守護竜の魂を手に入れたボクは、魔力が5ずつ上がっていたし、今回は上がっていなかったから。
正直、ボクは魔力を貰うよりもドラゴンに生きていてほしい。だから、本当は戦いたくないし、魂なんてくれなくていいんだよ。
よし、切り替えよう!
「あれ? アユナちゃん、背が伸びたよね! もしかして、身長追いつかれちゃったかな?」
「そう、かな?」
座っているときに目線が揃っていても、身長が同じとは限らない――立ち上がったボクに合わせ、精一杯爪先立ちするエルフさん。申し訳ないけど、ボクの方が脚が長いってことだね!
「もうっ! 追いついたと思ったのに! いいもん、ネギとかゴボウとか、長いお野菜たくさん食べるもん!」
それで背が伸びたら苦労しないよってみんな思ってるはずだけど、誰も突っ込まない。小学生の夢は無限大、絶対に壊しちゃいけないって知ってるから。
「じゃぁ、約束通りたくさん泳ごう! あたしが1番いただきっ!」
レンちゃんが装備と服を脱ぎ捨て、シャツ1枚になる。
背が高い分、パンツが見えちゃってるけど――勢いよく湖に駆け出して行き、ジャンプする!
ザバーン!
「私も泳いできますね」
レンちゃんの服まできちんと畳み、シャツだけになるメルちゃん――アユナちゃんが手で口を押さえ、目を丸くして驚くほどの発達ぶりだ!
「リンネちゃん、一緒に行こう!」
ローブの下は既にシャツ1枚――アユナちゃんは圧倒的な早さで準備をすると、最初からシャツだけのボクの手を取って引っ張って行く。
ザバァーン!
一頻り水辺で泳いだり水を掛け合って遊んだ後、ボクたちは今、飛び込みをして楽しんでいる。といっても、足からなので飛び落ちなんだけど。
湖の縁にいい感じに伸びた天然の飛び込み台――見つけたのはボクだけど、下から見た以上に意外と高くて怖い。多分、高さは3m位なんだけど、身長も足されるから怖く感じるよね――。
最初は1人ずつ飛び込んでいたけど、スリルを共有したいということで、今は2人1組で抱き合って飛び込んでいるところだ。
最初、ボクはアユナちゃんと一緒。身長は150cmくらいであまり変わらない。やっぱり泳げないらしく、ボクにぴったりくっ付いてくる。アユナちゃんは成長著しいご様子で、シャツごしにも胸の膨らみがわかるくらいになってきた。エルフ体型というのか、凄く線が細くて羨ましい。
次にメルちゃんとレンちゃんのペアが飛び込んだ。何をどう食べたらあんな理想サイズになるのかレンちゃんから突っ込まれるメルちゃん。身長はレンちゃんの方が高いのに、胸のサイズは2倍くらい違うように見える。でも、レンちゃんのすらっと引き締まった綺麗な身体も、正直羨ましい。
ボクたちは、何回か組み合わせを変えながら飛び込みを楽しんだ。メルちゃんの身体は凄く柔らかくて癒されたし、レンちゃんは硬いんだけど謙虚な大きさで安心する。
胸の大きさに貴賤はないと言いつつも、ぴったり抱き合っているとどうしても意識をしてしまうもの。一緒にお風呂に入る仲なのに、猛烈に恥ずかしい。ちょっと変だよね。
お父さん、今だけはどこかに行っててね。
「クピクピ、クピピ!!」
「えっ! 魔族の反応!?」
ボクたちが楽しいひと時を過ごしている間、枝の上に置き去りにされていたクピィが突然鳴き出した!
周りを見渡すが誰も居ない――。
その後、ドスンッという音がして、ボクたち一同の顔に緊張が走る。
「アユナちゃん! お願い!」
「任せて!!」
鬼の形相で、アユナちゃんが森の中へと消えていく――。
ボクたちは22階層での魔族反応に対して、その後も常に警戒を怠らなかった。
離れて尾行しているのか、気配を隠しているのかはわからないけど、隙を突いて必ず襲ってくると確信していた。
そこで、こちらが主導権を握るための作戦を考えた。
メルちゃんの発案にレンちゃんの妄想が加わり、わざと隙を作って罠に嵌めることにしたんだ――それが、今回の一連の水遊び。
湖からこの飛び込み台のような木まで、森の茂みを抜ける道があった。逆に言えば、その道を通らないとこの場所まで辿り着けない。
そこに、皆で落とし穴を掘った。出来上がったときは、あまりの完成度に全員でハイタッチをしたくらいの美穴だ。
勢いで作ってはみたけど、まさかこんなベタな罠が実際に効果を発揮するとは誰も考えていなかったのでは――。
道にポッカリ開いている穴に向かって、アユナちゃんが結界を張る。
直径2m、深さ3mに及ぶ大きな穴の入口が、加護で強化された強力な結界で塞がれる。その上から情け容赦のないメルちゃんの壁が張り巡らされている。
この2人がかりの結界壁は、魔力50程度までは抑え込むことができるらしい。上位の魔人でなければ抜け出せないはず――。
『ガァー! ここから出してくれ!!』
「よく見えないけど――これ、魔人だよね?」
「鑑定できないけど、凄く流暢に喋ってるし」
「クピィちゃんの反応も強いもんね」
「角が見えますね。私も魔人だと思います」
ボクたちは、シャツとパンツの格好のまま、落とし穴の中を観察中だ。
この状態なら問答無用で攻撃すれば倒せそうな気もするけど、乙女たちの水遊びを覗いた罰をどう与えようか、相談する余地がありそう。
『俺は魔人序列第7位のウィズだ! 俺はお前たちと争うつもりはない! 話し合おう!』
「リンネちゃん、騙されてはダメです! 魔人は敵を騙して快感を得る生き物です!」
『俺は味方だ! お前たちが進みやすいよう、背後から来る魔物を倒していただだろう?』
言われてみれば、後ろから魔物に強襲されたことは1回しかなかったような気もする――。
「味方? 魔人なのに? お前の目的は何なの?」
『俺の目的は、魔族と人間との共存だ!』
「共存と覗き、どのような関連があるのか説明してください」
『うっ……それは……リンネの……』
「ボクの?」
『……裸を見たかった……』
「「殺そう!!」」
↑ウィズ(清水翔三様作)
とりあえず、結界から出さずに話を聴いてみた。ちなみに、ボクたち全員が服をしっかり着てフル装備だ。
魔人ウィズによると、魔人の中にも魔王復活を企て世界の支配を確立しようとする魔王派と、魔族の国を作り他種族との共存を目指す共存派があるという。
さらにその共存派の中でも、勇者を陰から支えようという勇者派のリーダーが彼、ウィズなんだとか。共存派の割合は全魔族の2割、勇者派はその中のさらに2割らしい。つまり全魔族の4%――かなりの少数派だね。
『俺たちは……勇者と仲良くなりたいんだ……信じてくれ!』
「信じろと言われても――今までサキュバスやトカゲの魔人に騙されましたから信じられません」
「リンネちゃんに男が近づくのは絶対反対!」
「あたしは、正面から告白しない男なんて信じない!」
3人はそれぞれ噛み合わない理由を挙げて反対しているけど、ボクとしては魔人に共存を目指す意志があるなら力を合わせたいと思う。
「みんな待って。この人を信じてみたい。お願い」
「まあ、結局はそう言い出すと思ってたけど、信じるに足る根拠はあるの?」
肉食系のレンちゃんが早速食いついてくる。
「まずね、この魔人は容易に落とし穴から抜け出せるのに、全く出ようともしないこと」
魔人ウィズも含め、その場の全員が沈黙している。つまり、それは誰もが認めている事実だということ。
「それに、今のクピィちゃんの表情を見ればわかるけど、この人からは敵意を感じないんだよ」
クピィはボクの肩でのほほんと眺めている。自分のことを言われているのに気づいていないみたい。
「ちなみに、カッコいいからとか言わないよね?」
あ、確かに角がなければ水色と銀色の中間の髪や、整った美少年なルックスはどこぞの王子様を軽く凌いでいるかも?
でも――、
「それはない!」
間ができちゃったけど、ボクは断言する。
イケメンなのは認めるけど、魔人を好きになることはさすがにないよ!
ガッカリな魔人に対して、安心した3人の表情が印象的だった。
結果的に、ボクたちは魔人ウィズを解放した――。
彼は勇者パーティに加わるのは恥ずかしくて無理と言いつつも、勇者派を増やすための布教活動に必要だからと、ボクの下着を所望した。さすがに皆がキレてしまったので、ボクは湖で着ていたびしょ濡れのシャツをあげた。必要経費でしょう。
彼はさっそく布教活動に向かうと言って、大喜びで転移していった――そう、この魔人は転移魔法が使えるんだ。つまり、ボクたちはいつでも彼に狙われる可能性があるということを意味する――。
「リンネちゃん、何を考えてるんですか!」
「え? 常に警戒しないといけないのかなって――」
「違いますっ! シャツですよ、シャツ!!」
メルちゃんからは叱られたけど、魔族の1%でも戦わずに協力してくれるなら、シャツ1枚なんて安いくらいだよね、ということで何とか納得してもらえた。
「さて、次は26階層だね。たくさん遊んだし、そろそろ行きましょ! 」
「「おぅ!!」」
<26階層>
階段を上りきると、そこは夜だった――正確には闇に覆われた真っ暗な階層が待ち受けていた。
道幅がどうとか、天井がどうとかいうレベルではない。何にも見えないんだ。どうやらここは闇属性のステージらしい。
「地図には真っ暗な階層だなんて書かれてないんだけど?」
「推測ですが、25階層を突破した人は英雄アルンパーティ以降存在しないのでは?」
実は、水竜を攻略するのは至難の業なのかも。
メルちゃん&レンちゃんに前衛を任せ、アユナちゃんが召喚したウィルオーウィスプの放つ光を頼りに、ボクたちは慎重に進んで行った。
壁そのものも黒いらしく、遠近感が全くわからない。
それに、いきなり闇討ちされそうな恐怖で、精神的にも未だかつてないくらいの不安を背負いながら進む――。
「前方に魔物の気配です!」
「ごめん、見えないと鑑定できないよ!」
暗闇の中で魔物の目が光る、ということはなかった。
ウィルオーウィスプの光は周囲10mまでしか照らせない。その先にあるのは、全くの闇だった。つまり、ここに居るのは、まるで深海魚の退化した目のように視力に頼らない魔物らしい。
「音は?」
「カタカタ聴こえます」
「飛行タイプじゃないみたいだね。あたし、少しは夜目が効くから先行する!」
「私も暗いのは大丈夫です!」
うちのバトルジャンキー2人は頼りになる。
数秒後、破壊音がして――2人が戻って来る。
「スケルトン系の魔物でした」
冷静なメルちゃんとは違い、レンちゃんは顔面蒼白だった――そういえば、お化けが苦手なんだよね。
「ここは、私に任せてください!」
メルちゃんの力強い言葉とメイスの一振りで、ボクたちの快進撃は維持された。
★☆★
「その先を左折ね! その後に左右に分かれるT字路がある。T字路を右に曲がって行き止まりまで進めば部屋がある!」
その後、ボクたちが視認する前にメルちゃんが魔物を撃退していく。多分、魔力30前後のスケルトンソルジャーとかアーチャーとか。あとはダークなんちゃら系だと思う。
「部屋です」
「魔物が居るかもだけど、狭いからたくさんは居ないはずだよ」
ボクたちはゆっくりと部屋に入り、辺りを見回す――。
バタンッ!!
「誰か、閉めちゃった?」
全員の視線を集めたアユナちゃんが、必死に首を振る。
ということは、罠!?
「勝手に閉まったよね!?」
レンちゃんが発狂寸前だ!
「落ち着いて! 前方に魔物が1体見えます」
確かに、赤く光る2つの点が見える。
《鑑定魔法:スケルトンキング。大迷宮で死んだ勇者の成れの果て》
勇者!?
「スケルトンキング! 気をつけて!」
2つの光が一瞬強まったように見えた瞬間、突然襲い掛かってきた!
上段からの容赦ない袈裟斬りを、メルちゃんがメイスで受け流す。
スケルトンはすぐさま横から薙ぎ払いにくるけど、今度はレンちゃんが頑張って剣で受け止めた。
横に回り込んでからのメルちゃん会心の1撃は、しかし、スケルトンの盾が防ぎきる。
それならと、2人は連携して同時に攻め立てるが、スケルトンの動きには一切の無駄がなく、「元勇者」という単語が真実味を帯びる。
お互いに決定打が決まらないまま、剣戟音が30合、40合と重なり合っていく。
ここを突破しないと先へ進めないんだ。何とかタイミングを合わせて――。
「アユナちゃん、《光魔法》お願い!」
膠着状態を打開するため、メルちゃんが叫ぶ!
「わかった! ウィルくん、たくさんキラキラお願い!!」
光の精霊ウィルオーウィスプがスケルトンキングへ向けて光の奔流を放つ! それを遮ろうと、盾が高く掲げられた瞬間――。
「えいっ!」
機を窺っていたメルちゃんがメイスを一閃! スケルトンキングの片脚を粉砕する!
「手強かったね」
「あの盾は厄介でした」
レンちゃんとメルちゃんが感想を言いながら連携を再確認している。
もう、伝家の宝刀に全てを委ねなくても、みんなの力を合わせれば何とかなるはず。
魔力だけ見たら20も上がってるし、ボクたちは元勇者と対等に戦えるレベルになったのかも――。
《リンネ。銀の召喚石を持つ見習い勇者。泣き虫なうえにトラブルメーカー。特技は《雷魔法》。魔力値56》
《メル。青の召喚石を持つ鬼人族。普段は仁を重んじ慈愛に満ちているが、怒ると容赦がないまさに“鬼”。特技は《鈍器術》。魔力値73》
《アユナ・メリエル。エルフ族の精霊使い。才能はあるが、精神年齢が低いためによく嘘を付く。特技は《精霊召喚》。魔力値48》
《レン。赤の召喚石を持つピクシー族。正義感に溢れる義の戦士で、自ら先頭に立ちたがる性格。特技は《二刀流剣術》。魔力値40》
そんな急成長著しいボクたちは、薄暗い階層を歩き回った挙句、執念で1つの宝箱を見つけた!
「開けるね――えっと、これは、腕輪かな?」
《異空間収納の腕輪。装備した者は、魔力量に比例した異空間収納を得られる》
「異空間収納の腕輪だって! 荷物をたくさん運べるかも!」
「そんな便利なアイテムがあるんですか」
「マジックポーション入れて!」
「お腹に貼り付けるタイプよりはお洒落だね!」
金や銀、青や赤の宝石が幾何学模様に装飾されている。芸術品としても一級品なのは間違いないね。
「で、誰が装備する?」
「「「リンネちゃん!」」」
「えっ? でも、魔力が高いメルちゃんが装備した方がお得――」
「いいえ。《時間停止》や《空中浮遊》が使えるリンネちゃんが装備した方が役に立ちます!」
結局、強引なメルちゃんに押し切られてしまったけど、荷物持ちだと思えばいいよね。
その後、荷物から解放された赤青コンビがキレっキレで魔物を撃退していき、上への階段を発見した。
今はだいたい夜の9時。
4時間も掛けて歩き歩き進んだからか、あまり疲労感もないということで、次をクリアして休憩することになった。
一応、今後の予定をリスケしておいたよ。
3日目:27階までクリア
4日目:29階までクリア
5日目:30階クリア(攻略)
<27階層>
「鑑定できない! 魔法に気をつけて!」
扉を開けた部屋の中には、黒い闇のようなローブを身に纏ったスケルトンが居た。
人型アンデッドのうち戦士系の頂点がスケルトンキングならば、魔法使い系の頂点はリッチだと言われている。
いにしえの大魔法使いがアンデッド化し、さらに強力な魔力を得たリッチ――ボクの勘だと、このスケルトンはリッチだ!
「魔法を使われる前に無力化します!」
メルちゃんとレンちゃんが突っ込む!
しかし、その攻撃は当たらない!
「瞬間移動!?」
身体が霞んで霧状になり、離れた別の場所に再び実体化する――湿気のある暗闇は、まさにリッチの独壇場ということか。
「壁を背にして距離を取ろう!」
部屋の隅に寄ったボクたちに向けて、リッチから次々と黒い電撃のような光、《炎魔法》が飛んでくる!
杖を向けられてから1秒――集中していれば辛うじて回避できる。
ここで《攻撃反射》を試す余裕なんてない!
ボクも何度か《雷魔法》を撃ち返したけど、ダメージを与えている気配がない。魔法防御が高いんだ!
「あぐ――ッ!」
「「レンちゃん!!」」
「催眠魔法です! 私たちは魔力が高いので抵抗できたようです!」
ボクは床に倒れたレンちゃんに《回復魔法》を掛け、部屋の隅に移動する。大丈夫、物理的なダメージは受けてない!
でも、さすがにボクも怒った!
「《時間停止》!」
56秒あれば何でもできるもん!
部屋の中央に立つリッチの杖を強引に奪い、異空間収納の腕輪の中に放り込む。それでもまだまだ怒りは収まらない。
次はこの厄介なローブ。邪魔だから全部脱がしちゃえ!
狭い部屋が沈黙で満ちる――厳密には、すすり泣く声だけが聞こえる。
リッチは左手で胸部を、右手で下半身を隠しながらしゃがみこむ。
スケルトンにだって性別があるとは思ったけど、まさかここまで羞恥心溢れる乙女だとは思わなかった。
魔法防御力を下げてから《雷魔法》を撃ち込む予定だったけど、そそくさと退散させていただきました――。
「レンちゃん大丈夫? 」
「あいたた! 倒れたときに顔からいっちゃった! 鼻が潰れたかも!」
見た感じ――潰れちゃったのは、その可愛いお鼻じゃなくて、お胸の方だね。
《鑑定魔法:暗黒蛇王の杖――》
見なかったことにしよう――。
27階層も迷路としては単純で、暗い中を迷わずに進めば攻略難易度はそれほどでもなかった。途中の宝箱からはお金やポーションを手に入れた。
そして、3時間以上掛けて漸く階段まで到達した。
「ふぅ、やっと着いた!」
「今は真夜中くらいだね。シャワー浴びて、朝6時までたっぷり寝よう!」
<28階層>
迷宮攻略4日目。途中でマラソンみたいに走破した階層がいくつもあったせいか、かなりのハイペースで進んでいる。
そして訪れた28階層――ここが26、27階と大きく異なる点は、暗くないこと!
「明るいのはいいけど、ドラゴンが居るね――」
どうやらここは、10m四方ほどの部屋が連続した構造になっているらしい。地図によると全部で20部屋を通ることになる。そして、各部屋ごとにドラゴンが出るようだ。
ちなみに、ボクたちが今居る1つ目の部屋には――。
《鑑定魔法:チャイルドドラゴン。最大でも体長5mほどの小型竜。ブレスを吐くことも、空を飛ぶこともできない。魔力値20》
★☆★
最初は楽だった。メルちゃんが1発で気絶させてくれたから。
でも、5部屋を過ぎるあたりからレンちゃんも戦闘に加わり、10部屋を過ぎるあたりから《鑑定》が効かなくなり――15部屋を過ぎるあたりからやや総力戦になってきた。
部屋を進むにつれて、ドラゴンがこんなに強くなっていくとは――。
「19部屋目――これはワイバーン。Dランクらしいけど、そうは見えない!」
部屋が広くなった。空間魔法だね。ざっと見て縦横高さが200mくらいありそう。
蒼い空を1匹のワイバーンが悠々と飛んでいる。
「リンネちゃん、雷撃は届きますか?」
「届かなくはないけど、当てるのは難しそう。《空中浮遊》を使ってみるかな
慣れて速度が上がると、“空を泳ぐ”から“空を翔ける”へ、そして“空を飛ぶ”感覚になる。
ハエのようにビュンビュン飛び回ることはできないけど、紙飛行機よりは速いと思う。
でも、この状態で他の魔法なんて撃てるのだろうか? 魔法の並列使用なんてやったことがないからわかんない。ぶっつけ本番で試すほど、ボクには勇気もない。
優雅に飛び回りながら検証を続けた結果、高度10mを超えると、ワイバーンの方から襲い掛かってくることが判明。空の縄張り意識というやつかな。
期せずして、どちらが空の覇者として相応しいかを決める時がやってきた――。
猛烈なスピードで迫るワイバーン!
ボクは両手を広げ、受け止めるような格好で迎え撃つ。
『ブフォォー!』
ブレスなんて躱さない。
だって、メルちゃんが《青い壁》で守ってくれると信じているから。
そして、決着の時を迎える。
交差する一瞬、嘴の攻撃を時間を止めつつ軽やかに躱し、首元に一太刀。
「安心しろ、峰打ちじゃ」
緩やかに墜落していくワイバーンを支えながら、ボクは大地に降り立つ――。
「なーにが、『安心しろ、峰打ちじゃ』なのよ。そんなに黒焦げで!」
ボクはレンちゃんにお説教を受けながら反省中。
ここでメルちゃんを責めないのが、勇者の証明だったりするんだよね。
「20部屋目は――緑の、普通のドラゴンかな?」
学校の体育館くらいの部屋の中央、こっちを向いてぽつんと座っている20mくらいの可愛い竜が――。
『ブォォーッ!!』
「「わわっ!」」
先制でブレスを撃たれた!
でも、息を吸い込む予備動作があるので、至近距離でなければ避けられる!
メルちゃんとレンちゃんが左右から突っ込む!
ブレス直後は隙ができるもんね!
ボクとアユナちゃんが援護射撃で注意を引き付ける!
「首!」
「オッケー! ポチっとな!」
『ギュルル……』
ほんと、慣れというものは恐ろしい。
まともに戦ったら強い相手だと思うけど、ボクたちはここまで20連続ドラゴン戦を経験してきたんだもん。
“長所を潰して、弱点を突く”も、ここまできたらフェアーじゃないかも。
よし、最深30階層まであと2つ!
ボクたちは、気合を入れて29階層へと上がって行った――。
残りは29階層と30階層!
最上階で待つものは!?
次回、最上階まで上り詰めます!




