51.北の大迷宮Ⅳ
「火」のステージをクリアしたリンネたちは、「土」のステージへと向かう。
次々と襲い来るゴーレムを退け、フロアボスがいる15階層まで突き進む!
その黒マントの男たちは突然現れた――。
寝ていたボクたちはなすすべなく手に枷を嵌められ、動きを封じられてしまった。さらに、枷に施された呪印の効果か、魔法すらも使えない。
その後、ボクたちはどこかの薄暗い地下牢に閉じ込められた――。
魔力を上げ、ステータスを上げ、装備や魔法を身に付け、連携や技術を追求し――そうやって積み重ねてきた経験、得てきた力や自信は、今となっては、何ら役に立たなかった。
代わりに得たものは、果てしない絶望と挫折感の5文字のみ。それは、魔物を退けて可能な限りの人々を助けたいと願う心を、一瞬で打ち砕いた。自分がひどく矮小な存在に感じられた。
誰が、何のためにこんな仕打ちをするのか――。
魔人か?
なぜお前たちは人間を滅ぼそうとするの? 共存はできないの? いがみ合うしかないの? 生を受けたのが偶然に人間だった、偶然に魔物だった――それだけの差、たったそれだけの相違が、これほどまでに互いを分かつの?
いや、もしかしたらお前たちもボクと同じ人間?
ボクたちはお前たちの幸せを願って、命を賭してここまで来た。それに対する仕打ちがこれなのか? いったいボクたちが何をしたからこんな酷いことをするの? お前たちは何にもわかっていないんだ。今は人間同士で争っているときではない、力を合わせて邪神と戦うときなんだ!
離せ! 離せ! 離せ!
――いや、もういい。いいんだ、みんな滅んでしまえばいい。
だって、ボクたちはこんなにも頑張って、世界を救おうとしているのに! 誰もわかってくれないじゃないか! それなら、滅んだ後に後悔すればいいんだ!
その後――ボクたちは、奴隷としてバラバラに売られていった。
仲間と会うことはもう2度となかった――。
自分の意思すら持つことを許されず、嫌なのに、嫌だと言いたいのに! そんな一言すら叫ぶことも叶わず、ひたすら、ただひたすらに酷使されて……心も……身体も……磨り減らしていった。
気づいたら、死にたいという意志すら湧いてこなくなっていた。常に足元だけを見つめる、死んだような目になっていた――。
「リン……、リンネちゃん? 大丈夫?」
「……ん?……あぁ……夢だったんだ……」
「凄くうなされてて。起こしても起きてくれないし、いきなり泣き出すし……みんな、とってもとっても心配したんだから!」
ボクの顔は涙でぐちゃぐちゃだった。眼を擦り視界を取り戻すと、心配そうにボクを見ている仲間たちの顔があった。
そして、またボクは精一杯泣いた。今度の涙は温かかった。安心と感謝の気持ちが溢れてきて、涙が止まらなくなった――。
「それで……リンネちゃんやあたしたちが、その黒マントの人に攫われて……奴隷になる夢……?」
「うん。魔人かもしれないし、人間かもしれない。それはわからなかった。夢の中でだけど、奴隷になった。なって気づいた。辛いけど……苦しいけど……心も身体も磨り減らして何も考えられなくなるの。昨日見た男の人……奴隷の人の目、あの、死んだような目に……」
「リンネちゃん、確かにそれは夢だったけど、現実でもあると思います。もし、リンネちゃんが世界を変えたいと願うのなら、私はリンネちゃんについていきます。力になりたいです」
「私も一緒だよ! 困っている人がいたら助けなくちゃいけないってパパもママも言ってたよ。当たり前だよね!」
「当然、あたしも入ってるよね! リンネちゃんは1人で抱え込みすぎなんだよ、もっと仲間を頼らなきゃ!」
「みんな、ありがとうね。まだ頭の整理がつかないんだけど、あの目を忘れちゃいけないと思うんだ。もしかしたら、みんなにわがまま言うかもしれないけど、そのときはお願いします――」
その後、最近ずっと結んでいなかった髪を、メルちゃんに結んでもらった。気合いのポニテ!
これで気持ちが切り替わる! 頑張るよ!
★☆★
<11階層>
15階層のフロアボスは土属性だ。故に、11-15階層のテーマも土である。
つまり、単純な洞窟のイメージを持てば良い。ここは、シンプルな蟻の巣だ。
「この11階層以降で気をつけるべきことは何でしょう。皆は覚えてるかな? 」
「罠、つまり、トラップの存在ですね」
「メルちゃん、大正解! ご褒美にチュウをしてあげます。チュウ~v」
「「ずるいっ!!」」
「ここから15階までの構造自体は非常にシンプルです。基本は1本道で、途中に宝箱部屋や魔物部屋があるだけの、まさに親切設計! ただし、何に気をつける?」
「「トラップ!!」」
「よくできました! チュウ~v、チュウ~vv」
アユナちゃんとレンちゃんが顔を真っ赤に染めて飛び跳ねている。心配掛けさせちゃったからね、お詫びの印だよ。でも、君たちの唇は奪わない。ほっぺに優しくね。
「宝箱を無視すれば2時間、階層全部を攻略するなら3時間は掛かるでしょう。ボクたちは当初の予定通りなら、今日中に15階層のボスを倒せば良いわけで、時間的には余裕があります。ということで、宝箱を拾いながらいきましょう!」
「先輩、前方100mに魔物の気配が1いや、2」
《鑑定魔法:ロックゴーレム。濃厚な魔素が沈着した岩石から生まれた魔物。斬撃・風・雷耐性を持ち、水が弱点。魔力35》
「ロックゴーレム、魔力35! 武器はギター!」
「いや、どう見ても素手だよね――」
「レン選手、的確な突っ込みありがとう。あ、言い忘れました! しばらくはゴーレムしか出ません。弱点は打撃系と水。レン選手は関節を狙ってください!」
「任せて!」
レンちゃんが脚の関節を突く! メルちゃんも負けじとメイスで脚を破壊する! 2mの巨体が体勢を崩した隙に、その脇をボクたちは走り抜けていく。
その後も順調に進んでいき、もうすぐ半分に差し掛かろうかというとき、レンちゃんが根をあげた。
「先生! 剣がもたないよ! 予備も無いし!」
ゴーレムは硬いうえに自動回復スキルが非常に厄介。さらに、やたらと数が多いときた。ぐずぐずしていると、あっという間に囲まれてしまう。
「《水魔法》も試してみたいし、レン選手はボクと交代ね。はい、地図。トラップの場所と種類だけ教えてくれれば大丈夫だから。その赤ポチが付いている所ね!」
「わかった! ごめんね、リンネちゃん」
「来ました! 距離100m、数は4です!」
「メルちゃん、ありがと!」
まだ水量と射程距離の感覚がよくわからないんだよね。火山フロアのときみたいに消防車の放水っぽくするか、メルちゃんの《風魔法》みたいに千切って飛ばすか――魔力節約で水弾にしよう。
バレーボールくらいの大きさまで圧縮して、10m先に立てた瓦を破壊できるくらいの威力をイメージする。
名前は、ウォーターボール、水弾、水玉、水風船……うーん。
突っ込み隊の攻撃を躱せるような無難な名前――ウォーターボールでいっか。
魔力を練り上げていく。
水量は1発あたり100L――牛乳パック100本分、重さにすると約100kgだ。それをおにぎりを握るように丸く圧縮して、中で高速回転させるイメージ。それを、ペットボトルロケットの要領で飛ばす!
近づいて……距離20m……10m……もっと……5m……よし、撃つ!
「《水魔法/初級》!」
ブワッ!
先頭のゴーレムの脚に命中!
下半身を失ったゴーレムは仰向けに転倒し、起き上がれずにもがいている。
「凄い! これからシャワーが怖くなりそうです」
メルちゃんが目を丸くして見ている。
「あは……もっと弱くても大丈夫だね」
時間制限もあるし、魔力も節約しなきゃだし。
牛乳パック10本とソフトボールにイメチェンし、連想を繰り返す――。
膝を確実に狙える位置へとステップを踏みながら、ちょうど3発で3体を綺麗に転ばせる。棒で戦ってきた経験が生きている。体捌きに無駄がなくなってきた感じ!
転んだゴーレムは重心が狂ったせいか、地面でくるくる回り始めた――。
ちょっと可哀そうだけど、数分もすると自己修復して動けるようになると思うから許してね。両手を合わせつつ、ボクたちは走り抜けていく。
「お靴に泥んこ付いて歩きにくい!」
「その先にトラップ! 色違いの床を踏むと毒魔法発動らしいよ!」
「レンちゃんありがと。その調子でお願いね!」
あんまり床を汚しちゃうと、罠が見分けにくいという二重トラップ。
時代劇のコソ泥みたいに、つま先走りの4人が迷宮を駆け抜ける。
そして、1kmほど進んだ所にある最初の蟻の巣部屋で、宝箱を発見した!
《鑑定魔法:マジックポーション。魔力量を回復する効果がある》
「これでリンネちゃんも気絶しなくて済むね!」
「なるほど、この階層は魔法推奨ってことか」
ここまでで戦ったゴーレムは、のべ50体ほど。動きが遅いので1撃必中、時間のロスもあまりない。先頭のボク以外は、地図を見ながらトラップ研究に励んでくれた。
10kmの通路の両脇には、魔物部屋と宝箱部屋がランダムに5つずつあった。
宝箱の中身は全てがマジックポーション――雑用係のランドセルが小瓶6本で重くなる。
<12階層>
ここも11階層と同じ構造。強いて違いを挙げれば、ゴーレムとトラップと宝箱の種類が違うことくらい。
《鑑定魔法:ジャイアントゴーレム。体高3m以上に育ったロックゴーレムの総称。高い斬撃・風・雷耐性を持ち、水が弱点》
もう、普通にでっかい。しかも魔力値が見れないってことは、ボクより確実に格上ってこと。
でも――転ばせるだけなら何とかなる。牛乳パックを20本分のハンドボールを飛ばすだけ!
「キャァーッ!!」
「レンちゃん!!」
突然、背後の壁からドロッと現れたジャイアントゴーレムの攻撃を、最後尾のレンちゃんがまともにくらった!
「《水魔法/下級》!」
「《回復魔法/下級》!!」
ボクは振り向きざまにゴーレムを吹き飛ばし、すぐにレンちゃんを回復した――。
「レンちゃん、大丈夫!?」
「ありがと! 地図ばっかり見てて油断したよ。ごめんっ!」
「すみません。私も前方しか見ていませんでした。背後にも注意を払わないといけませんね。でも無事で良かった!」
「よし、クピィちゃんは後ろチェック係ね!」
「クピクピィッ!」
アユナちゃんの頭に乗っているクピィの向きを変える。というか、前後左右の区別が付かないような気がするけど――。
その後は順調に進んでいき、転倒数が50を超えたあたりで13階層の階段に到達した。この階層の宝箱は全て鉱石だった。力持ちのメルちゃんの鞄に全部投入――。
《黒鋼鉄の塊。硬度が高く、加工が困難な黒鋼鉄のインゴッド》×2
《純金の塊。加工しやすく、腐食耐性がある純金のインゴット》×2
《ミスリルの塊。魔力を増幅・備蓄可能な聖銀のインゴット》×1
<13階層>
ここも蟻の巣構造が続く。試されるのは魔法持久力?
案の定、ゴーレムはパワーアップしていた――。
《鑑定魔法:グレートゴーレム。ジャイアントゴーレム2体が融合圧縮してできたゴーレムの総称。優秀な斬撃・風・雷耐性を持ち、水が弱点》
「グレートゴーレム。さっきのジャイアントが2体融合してできたんだって!」
「その割には……2mくらいしかないですね」
「圧縮してるってことは、相当硬いしパワーがあると思う!」
だけど、弱点は相変わらず弱点で。ボクの《水魔法》で、いとも簡単に脚を砕くことができた。
流石に飽きてくるというか、マンネリ化してダレてくる頃――そういう時分を見計らって罠は効果を上げる。
「床の突起を踏まないでね! 巨石コロリンという罠が発動するみたい」
「こ~んな~の~踏っまない~よっ! あっ!!」
アユナちゃんがスキップしながら向かっていき、豪快に滑って――顔から突起にぶつかる。
「痛った~い! こんな所に水溜まり作ったの誰!?」
「あ、ごめん……さっきゴーレム倒したときに……」
「ヤバい! 巨石コロリンくるよ!!」
ゴゴゴゴッ……
レンちゃんの叫びに続き、地鳴りが聞こえてきた。
前から? 後ろから? どっち!?
ボクたちは全員一塊になって身構える!
「「「うえ!!」」」
アユナちゃん以外の声が揃う。
それぞれ通路の壁際に飛ぶ!
直径2mはあろうかという石が、高さ5mの天井から落下――3人がそれぞれアユナちゃんを│庇って手で引っ張った結果、アユナちゃんの肩を掠って地面にめり込む!
「痛ッ!!」
「《回復魔法/下級》!!」
★☆★
「さて、今日の教訓は何ですか? まずアユナさん」
「はいっ、センパイ! ちょーしにのらないこと、です!」
「そうですね。危険と安全は常に隣り合わせ。そう、夫婦さんです。調子にのった瞬間、離婚です。運が悪ければ慰謝料、もっと悪ければ……刺されるかもしれません。覚えておきましょう」
「はい、センパイ。勉強になります」
「メルさんは何かありますか?」
「視野を広く保つことです。魔物が突然後ろから湧いたり、上から降ってくる可能性も考えて行動しようと思います」
「そうですね。地面からぬわっと手が生えてきて足を掴まれパンツを見られる可能性だってあります。壁に耳あり障子に目ありの精神で進みましょう」
「最後に、レンさんはどうですか?」
「あたしは、何事も先入観で判断するな、ということかな。巨石コロリンなのに、転がるどころか床にめり込んでた。巨石コロリンは巨石メリコンの場合もある。名前も含めたトラップなんだよ、きっと」
「言おうとしたこと、先に言われちゃったよ……じゃあ、ボクの教訓は、何事も早い者勝ちということで、反省会終わり!」
もう1つ、“ロリキャラは狙われやすい”という教訓についても語りたかったけど、フラグ回収が怖いから自重します。
その後、ペースを緩めつつも油断なく13階層は攻略された。
魔物は強さに反比例して数が少なくなっている気がする。全て転がしても30体もいなかったかもしれない。
ちなみに、この階の宝箱は全てお金だった。
13000リル×5で、65000リル(6500万円)。凄い大金だよ……。
<14階層>
ここも飽きずに蟻の巣構造らしい。
ただし、ゴーレムの劇的な変化がボクたちを足止めすることになった――。
「前方から来ます! 数は2、距離80m!」
メルちゃんの一言で全員が前方を注視する。クピィだけは後ろ向き。でもこれは反抗期ではない、信頼と率直さの賜物だ。後ろの索敵は任せた!
《鑑定魔法:ゴーレムソルジャー。攻防技術を習得した特殊なグレートゴーレムの総称。極めて高い斬撃・風・雷耐性を持ち、水が弱点》
「ゴーレムソルジャー、攻防技術を習得だって!」
「リンネ先輩、見て下さい! 剣と盾を持っています……手強そうですね」
「魔法は盾で防ぎ、近づけば剣で斬る――なるほど、遠距離攻撃にも近接戦にも対応してますってことね。離れたところから試し打ちしてみるね!」
ボクは左右に並んだゴーレムソルジャーの右側に狙いを絞り、ハンドボール状に練り上げた《水魔法》を放つ!
「《水魔法/下級》!」
バキンッ!
案の定、余裕で盾に防がれてしまう。
「まぁそんなに甘くないね、ちょっと行ってきます!」
「「気をつけて!」」
5mの距離まで詰める。ここなら剣は届かない。
左右のステップと、杖でのフェイントを入れながら盾の動きを見る――なるほど、盾は正面からの攻撃しか防げないらしい。
剣もいわゆるテレフォンパンチのレベルで、動作が大き過ぎて避けてくださいと言われてるようなもの。
これならいける!
ボクは杖でフェイントを入れながら横にステップ、詠唱を加えてソフトボールを飛ばす!
「逮捕しちゃうぞ、《水魔法/下級》!」
バフッ!
横を向いたゴーレムソルジャーが盾を構える前に、その膝が吹き飛ぶ! 2体目も同様にして床に転がる。
「リンネ先生! インターポールって何? 」
「えっ? 国際警察的な?」
「ICPOには逮捕する権限は無いのだよ、リンネ君!」
「え? だってZ警部は――」
「ふっ、あれはフィクションだからな!」
「そうなんだ――って、走るよ!」
★☆★
気づいたら逃げる側に回ってたボクたち4人。その後、手間を掛けながらも特にダメージを受けることなく14階層も突破した。
ここの宝箱は、豊富な種類の武器だった。
《グレートソード。20kgの重量を生かした黒鉄鋼製武器で、耐久性に優れる》
《グレートアックス。20kgの重量を生かした黒鉄鋼製武器で、耐久性に優れる》
《グレートスピア。20kgの重量を生かした黒鉄鋼製武器で、耐久性に優れる》
《グレートボウ。20kgの重量を生かした黒鉄鋼製武器で、耐久性に優れる》
《グレートメイス。20kgの重量を生かした黒鉄鋼製武器で、耐久性に優れる》
「剣は欲しいかったけど、あたしじゃ両手でも無理だったから仕方ないね」
「私は片手で持てましたけど――」
「メルちゃん、メイス2本装備は怖いって!」
売ればそこそこ値がつきそうだけど、持ち運ぶのもキツイので諦めた。こういうとき、《収納魔法》があると便利なんだけどね!
「もう9時間経ったかな。外はお昼の3時くらいだから、お弁当食べながらボス攻略会議でもしよっか」
「「はーい!」」
ということで、ご飯と作戦を口にした後、シャワーを楽しんで昼寝タイムに突入!
<15階層>
『我こそは15階層の守護者、地竜である! 先に進むことを欲するならば、我に力を示すがよい』
天然洞窟風の通路を通り過ぎ、巨大なドーム状の空間に辿り着いたボクたちの前に現れたそれは――もはや想像を絶する大きさだった。
ドームですら高さ300m以上はありそうだけど、圧倒的なドラゴンの大きさからしたら、狭苦しい兎小屋にしか見えない。
地竜の体長は80mを遥かに超えていて、睨む双眼は遥か30mの高みにある。
これ、勝てるの?
武器は肢の爪にしか届かず、頼みの魔法も胸の逆鱗にやっと届くかどうかという巨体に、ボクたちは頭上を見上げ、唖然と立ち尽くすしかなかった。
ハイテンションで立てた作戦は、相手がハイすぎてなすすべなく崩壊――。
「地竜は土属性だから、水が弱点で雷の耐性持ちだと思う」
「でも、届かないんですよね?」
「1つ試したいことがあるんだけど、アユナちゃん、ドライアードとウィルをちょっと借りていい?」
「うん、いいけど、いじめないでね?」
「大丈夫! それと、皆にお願い。30秒だけでいいから時間稼ぎしてほしい。その後は安全圏まで退避して」
「リンネちゃん……無理しないでくださいね」
「あたしはチアリーダー頑張るよ!」
本当に一か八かだけど、やるしかない!
『小さき者達よ、我に怖じ気づいたか?』
「祝勝パーティの準備をしてたの! 銀の使者リンネ、推して参る!」
『来い! 軽くひねり潰してやろう!』
ボクはみんなに目で合図を送る。
3人は散開して地竜を包囲するように動く。
レンちゃんは、正面から前足を狙うフェイントを入れつつ、巧みに距離を取る。アユナちゃんはシルフィと一緒に何かしてる。メルちゃんは《風魔法》を放つが、ダメージを与えられているようには見えない。ドラゴンも余裕なのか、躱しもしない。
それは突然起きた――。
ドーム内の空気が光の結晶となって舞う。まさにダイヤモンドダストのような現象。命を削りあう戦いの最中でなければ、その神秘に、自然界の芸術に、全員が見惚れていただろう。
決して称賛を狙った訳ではない。ドラゴンの上半身は光の煌めきに包まれ、その視界を数秒間だけ削ぐことに成功したのだから。
ドラゴンが巨体を揺すって濃霧を払う行動、それはボクの予想通り。
地鳴りが起きる。地響きが続く。
「おにぎりを一口で食べたら危ないよ! 全力全開《水魔法/下級》!!」
『グァッ!?』
バスケットボールくらいの水弾が、至近距離からドラゴンの顔面を捉えた!
30mの高さにある顔面を、至近距離から――。
その、予想だにしなかった1撃を受けてぐらつくドラゴン。
だけど、決定打には程遠かったようで、すぐに体勢を立て直して霧の先を凝視しようと首を伸ばしてきた。
ボクはその瞬間を待っていた!
ドラゴンの頭部が止まる一瞬のタイミングを!
「《雷魔法/中級》!!」
バキバキッ、ドッカーン!!
気絶寸前まで魔力を込めて放った半径5mを超える落雷が、水を浴びた地竜の頭部に炸裂した!
ボクの目には、頭部から湯気を出したドラゴンが、光の中で何かを呟く姿がぼんやりと映っていた――。
「リンネちゃん! 起きてください!」
意識が完全に飛んでいたボクは、メルちゃんに無理矢理マジックポーションを飲まされ、目が覚める。
「どうなった?」
辺りを見回すと、地竜の代わりに、白く光る宝石が落ちていた。
《鑑定魔法:グランドドラゴンの魂》
勝てたんだね。
でも、この雷撃が通用しなかったらと思うと、背筋がぞっとする。もはや作戦Bすら叶わない、全滅ルートだったかもしれないからね――。
「私は、何がなんだかわかりません……説明をお願いします」
メルちゃんが顔を真っ赤にして迫ってきた。レンちゃんもアユナちゃんもポカーンとしている。
「ふぅ。勝手に動いてごめんなさい!」
そう、メルちゃんは怒っていた。もし作戦が失敗に終わったら、ボクたちは全員殺されていただろうから。だから、真っ先に謝った――。
メルちゃんの表情が、顔色が和らいできた。説明して!と、目で訴え掛けてくる。
「うん。まず、ボクが《水魔法》で霧を作ったの。そこに、ウィルオーウィスプが《光魔法》を掛けた。大気中の水分が凍りつく現象、ダイヤモンドダストみたいな状態。濃霧を光で照らしてドラゴンの視界を塞いだ」
「綺麗だったね!」
アユナちゃんが真っ先に叫ぶ。みんな、あのキラキラを思い出しているようだ。でも、状況を思い出し、次第に険しい表情へと戻っていく。
「視界を塞ぐ必要があったのは、ドライアードの力を借りるため――」
そう言って、隣に座る半裸の美女に視線を送る。ドライアードは微笑みを返してくれた。大活躍できて満足そうだね。
「ドライアードに、ドラゴンの顔の前まで大樹の枝を伸ばしてもらったの。そして、顔めがけて《水魔法》を撃った――」
既に大樹はその姿を消している。中位精霊とはいえ、高さ30mを超える大樹を作り上げるのは至難。ただ、一瞬で良かった。《水魔法》を撃ち、地面に戻るまで。役目を終えた大樹はすぐに光となって消え去った。
「着地してすぐ、残りの全魔力で《雷魔法》を撃った。水を浴びていたから、ドラゴンも雷耐性が効かなかったみたい」
一通り説明した後、かなり責められた。もっと事前に話すようにと。そんなこと言われても、半分アドリブだったんだから仕方ないよね。
★☆★
ボクたちは今、16階層への階段で休憩中だ。
皆で仲良くシャワー。触れ合う肌が気持ちいい!
はぁ、それにしても疲れた――。
ゴーレムでさえボクより魔力が高かったから正直不安はあったんだけど、いくらなんでも、あれは強すぎ!
まだ中層だよ、そんな無茶苦茶なボスが出てくるのはおかしいって。この先、どんな地獄が待ち構えているんだろう――。
昨日悪夢に魘されたボクを心配してか、皆がくっついて寝てくれた。幸せな夢が見られるといいな。
しばらく8000文字以上の話が続くかもしれません……。
「北の大迷宮」は、Ⅰ~Ⅷまで8話あります。
その後は波乱の幕開けに……。




