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異世界八険伝  作者: AW
第2章 新たな仲間たち
48/92

48.北の大迷宮Ⅰ

 青と赤に続く三つ目の召喚石を求めてとうとう北の大迷宮へと足を踏み入れた四人だが、今までとは違う緊張感が彼女たちを襲う。

 ここ北の大迷宮は、最大5km四方かつ30階構造という巨大さもあり、20年前までは常に1000人を超える冒険者を抱えるほどの人気だったらしい。

 しかし、昨今の魔物侵攻を受けて冒険者が激減したこともあって、今日は30数名しか探索者が居ないそうだ。しかも、そのほぼ全員が04階層までの低層通いだという――。


<01階層>


 朝8時頃、迷宮に突入。

 地図によるとこの階層は一直線になっている。横幅10、高さが5mほどの四角い通路が、入口から中央の上階段まで2.5kmも続く。天井には等間隔に照明らしき装置が備え付けられていて、まるで日本のトンネルにいるみたいな錯覚を覚える。


 10分ほど進んだとき、カツカツと金属が地面を叩くような音が聴こえてきた。


「魔物? それとも、人の足音?」


「まだかなり離れていますが、3人のパーティーがこちらに向かっています」


 人数までわかるとか、メルちゃんの視力は凄まじい。


「うわぁん! いきなりPKとかないよね?」


「わかんないよ。転移装置を使わずに、わざわざ歩いて通路を戻るなんて怪しすぎるでしょ」


 冗談半分で言ったアユナちゃんだったけど、レンちゃんの一言で完全に固まってしまう。

 でも、彼女の言うことには一理ある。魔物や宝箱が現れるのは02階層からだし、そこから地上に戻るなら転移装置を使わない理由はない。


「警戒しておきましょう――」


「逆でしょ! あたしなら相手を刺激しないように、楽しく会話しながらやり過ごすね」


 メイスを握り直すメルちゃんと、両手を頭の後ろで組んでリラックスするレンちゃん。対照的な2人がボクの方を向いて意見を求めてくる。

 自分が相手の立場だったらどうだろう。女子4人とはいえ、武器を構えながら近づいてきたら嫌だよね。しかも、迷宮探索を終えてへとへとになった帰り道に――。


「えっと、じゃあ、言い出しっぺのレンちゃんが面白い話をしてくれるんだよね」




「――でさぁ、目の前の太ったオジサンがさぁ、『ハックション!』っておっきいクシャミをしたんだけどさぁ」

「「うんうん」」

「何とビックリ! 鼻からびよよ~んって、ラーメンが5cmくらい飛び出してきたのよ!」

「「鼻から!?」」

「「5cmも!?」」

「うん、しかも電車の中でだよ?」

「「「信じらんない!!」」」


(凄く見られてますが……)

(大丈夫、大丈夫! あたしとリンネちゃんに任せて)

(えぇ!?)

(2人とも頑張ってね!)


「もう、朝からラーメン食べてきたのバレバレでしょ?」

「うん、ヘビーな選択(重い朝食)を取ったんだね」

「わかった! あのオジサンはメデューサだったのか! 呼吸に合わせてくねくね自己主張してたし!」

「ごめん、吐きそう」

「それでさぁ、友達が『ラーメン好き?』ってあたしに振ってきて」

「さすがはレンちゃんの友達! 空気を上手に読むね」

「ほんっと、めんどう(麺道)な子だよ」


(先輩! あの人たち止まったよ!)

(貴族の人たちではないようですね)

(良かった! レンちゃん、話を続けて)

(任せて!)


「とりあえず、オジサンの顔を見ながら『ないない、朝からラーメン食べたら鼻からミミズが生えるっしょ!』って言ってやったの」

「レンちゃん、踏み込むね!」

「オジサンてば、冷や汗垂らしながら鼻のラーメンを引き抜いてさ」

「「ええっ!」」

「何と! 口に入れ直してんの!」

「「やめてぇ!!」」

『『おわぁ!?』』


 ボクたち3人が悲鳴を上げた瞬間、フルプレートの3人もビックリして悲鳴を上げる。

 それがどうもツボにハマったらしいメルちゃんが笑い出し、それに釣られて全員が笑い始めて事なきを得たから、まぁ良しとしよう。


 北の大迷宮デビューのボクたちに、彼らはとても優しかった。

 2日に1回ほど、彼らは01-02階層を往復しながら低レベルの魔物を狩って生計を立てているんだとか。

 怪我のリハビリを兼ねて歩いて戻る途中、通路の真ん中を笑いながら歩いてきたボクたちに面食らったそうだ。


 ダンジョン内では通路の左端を歩くのがマナーらしく、それを教えてもらったときの皆の冷ややかな視線を、ボクは二度と忘れないだろう。

 でも、そんなことランゲイルさんから教えられていないし、左側通行とかまるでウォーキングじゃん!と思ったけど、PKの意志がないことを相手に伝えるためにはとても重要なことなんだって。



「で、ラーメンとかデンシャって何なの?」

「多分、魔物ですよね?」


 あ、レンちゃんがまたコケてる。

 まぁ、いきなりだとわからないよね。でも、アユナちゃんもメルちゃんもよく話を合わせてくれたよ。


「では、気を取り直して再出発です。皆さん、魔物退治は03階からにします。01、02階層は走って通過しますよ。時間節約術です」


「先輩! 走るの苦手です……」


「はい、アユナさんはしばらく体力強化のために荷物持ちも追加ですね、以上」


 こうして、01階は僅か40分でクリアした――。



<02階>


 ここも複雑な分岐はない階層だ。下と比べると通路の横幅が半分くらいしかない。壁には深翠色のタイルが貼られていて、その隙間から漏れ出す微光のお陰で迷宮内がほんのり明るくなっている。


「何だか森の中みたいだね!」


「05階層まではこんな感じの雰囲気(ステージ)らしいよ」


 アユナちゃんの足取りが軽くなる。皆も森の木漏れ日の中を散歩しているようにリラックスしているみたい。


「この階層はいわゆる円柱型です。では問題! 円周を直径で割ると、いくつになるでしょうか?」


「「…………」」


「はい、はーい! 約3.14、つまりπ(パイ)です!」


「正解です! レンさん賢い!」


 レンちゃんがドヤ顔だ。


「なんでおっぱい? 意味がわかりません!」


 アユナちゃんが胸を両手で押さえて抗議の声を上げる。まぁ、円周率がπ(パイ)と言われる理由を説明しても意味ないよね。


「もっと言うと、3.14159 26535 89793 23846 26433 83279 50288 41971 69399 37510 58209 74944 59230 78164 06286 20899 86280 34825 34211 70679……これで100桁。まぁ、こんな感じで不規則に無限に続きます」


「先輩、テキトー言ってるでしょ!」


「じゃあ、アユナさん。テキトーに言ってみてください」


「3.1549678888……123456789……」


 数秒で眉間に皺ができ、明らかに不自然な数列が現れ始める。アユナちゃんの表情が苦しそうに歪んでいく――。


「ほらね? 皆さん! 記憶は思考より格段に速いのです。記憶というのは経験の積み重ねであります。これは頭だけじゃなくて運動にも言えること。できなかったこともできるまで繰り返し練習しましょう。その一歩一歩の前進が大きな成長に繋がり、ひいては迷宮攻略に、魔王討伐へと至るんです!」


 半分はお父さんの受け売りだけどね!

 明後日を指差し、どや顔でかっこよくポーズを決める。

 って、誰も聞いてないんかいっ!!


「待って! 置いて行かないで!」


 レンちゃんを先頭に歩きだしていた集団を、ボクは全力で追い掛けた――。



 その後も、ボクたちはピクニック気分で歩き続けた。

 途中で遭遇(スルー)した魔物は4種類で、その中には懐かしい姿もあった。

 スライム:魔力2~3

 グレイラット:魔力3~4

 ブラックラビット:魔力4~5

 ゴブリン:魔力5~6


「あそこ、見て下さい」


 メルちゃんが指し示す方角、森の木々が途切れかけた所に目を凝らす。すると、ぽつりぽつりと冒険者らしき姿が向かって来るのが見えた。


 5人、かな?

 そのうちの1人は、自分の身長よりかなり大きな荷物を背負っているようだ。


「あの真ん中の人は、奴隷ですね」


「奴隷!?」


 初めて見る負の現実に、思わず声が裏返ってしまった。


「へぇ、この世界には奴隷制度なんてあるんだ」


「あるよ。エルフなんか人族に捕まったら奴隷確定なんだよ? だから隠れて住んでるの」


「エルフちゃん、なんかごめん。人族を代表して謝っておくわ。で、メルちゃんの世界ところは?」


「私が居た世界にも奴隷制度はありました。主に犯罪者が奴隷にされていましたけどね。レンさんの世界には奴隷がいなかったのですか?」


「あたしのとこは……100年ちょっと前までは奴隷制度があったみたい」


 当然、ボクの世界もそうだ。

 だからなのか、奴隷制度自体に嫌悪感を抱くし、奴隷を解放してあげたい気分にもなる。それが紛れもない正義だと信じてる。


「あらまぁ、リンネちゃんの渋い顔初めて見た。まぁ、考えてることは何となくわかるよ。だけど、世界が違うと価値観も変わるからね。正直、どうすべきかなんて、ここで数日間過ごしただけのあたしたちにはわかりっこないよ」


「私も2人の気持ちはわかります。ただ、奴隷制度の目的は主に犯罪防止や救貧にあるようなので――彼ら自身の経緯や意志を確認しないと何とも言えません」


 確かに、レンちゃんやメルちゃんの言うことはもっともだと思う。今は、何が正しいかなんて判断できる状況じゃない。


 そんな話をしているうちに、奴隷を連れたパーティがボクたちに近づいてきた。


(リンネさん、あれは貴族です)

(えっ!?)


 うっかりしていた!


 奴隷を連れているんだもん、貴族の可能性を考えて当然だった。

 金銀の装飾を施した派手な装備を目にした途端、受付で言われたPKのことが脳裏を(よぎ)る。


(さっきの続きを話そうか?)

(またミミズのお話?)


 レンちゃんとアユナちゃんが暢気(のんき)に笑っているけど、何だか嫌な感じが止まらない。鼓動がサイレンのように激しく打ち鳴らされる。


(ダメ! 左端に寄ってやり過ごすよ)


 ボクの緊張感を(はら)んだ指示に、3人ともがさっと従う。武器と目線を下げ、口を真一文字(まいちもんじ)に閉じる。


『兄様、こんな所に女が居ますよ』

『4人か。どいつも結構可愛いじゃないか。私が先に選んでも文句はないな?』

『構いませんが、平等に2人ずつですよ! 僕は顔が悪くても魔力が高い方を選びますからね?』


 数m先から、最低な会話が聞こえてくる。

 ちらっと横目で見上げると、先頭を歩く金色と銀色の鎧が見えた。その後ろには、大きな背嚢(はいのう)を背負った奴隷を挟み込むようにして、黒い鎧が2人歩いている。武器を携えてこちらを警戒している様子から、護衛なのかもしれない。


(リンネさん、消しますか?)

(だめだめ! もう少し様子を見よう)

(わかりました……)


 メルちゃんの殺気を感じ、ボクは慌てて制止する。彼女も何とか(こら)えてくれたみたい。

 アユナちゃんとレンちゃんも、強張(こわば)った顔でじっとしている。


『おい、そこの平民ども! 今すぐ膝を付いて顔を見せよ!』

『手は武器から離して腹の前で組め! 僕たちを拝むようにな!』


 このままじゃ殺されちゃう――。

 ボクは世界を救う前に、無理矢理召喚しちゃった2人とアユナちゃんを、元の場所へと無事に返さなきゃいけないんだ。

 やるしかない、よね?


鑑定魔法(リサーチ)!》


《ブラウド・フェンリル。フェンリル伯爵家の次男。残虐極まる性格から『イフリート』と呼ばれる》


《アルムド・フェンリル。フェンリル伯爵家の三男。ミスリル装備を愛用することから『銀の勇者』の異名を持つ》


《ムートン/奴隷。ブラウド・フェンリルに隷属。特技は《体術》。魔力値3》


《シリュウ。フェンリル伯爵家専属の護衛。特技は《風魔法》と《槍術》。魔力値35》


《ホーク。『白い稲妻』の異名を持つ冒険者》


 居並ぶ5人をざっと鑑定する。

 情報が少ないほど魔力が高いんだろうね。特に貴族2人は魔力すら見えないし、普通に戦ったら勝ち目が無さそう……。

 護衛の1人、白髪のお兄さんの口元が笑っている。


 あれ?


 あの人……どこかで…………ん?


「あっ!」


 ボクの突然の声に、メルちゃんたちを始めフェンリル家の金銀兄弟も怪訝(けげん)な表情を見せる。


 ボクが思い出したのを確認したのか、ホークさんが1歩前に出る。


「主、この方々は勇者様御一行です。手を出さない方が主のためになりますよ」


『なに? 勇者だと?』

『こいつら……この女たちが勇者だと?』


 あ、言っちゃったよ……。

 でも、ホークさんはボクに「大丈夫です、任せてください」と小声で囁き、ボクたちを守るように立ち位置を変える。


「御2人とも、ランゲイルさんは御存知ですよね?」


『闘将ランゲイルか……』

『勿論知っているが、彼と接点があるのか?』


 ランゲイル隊長、結構有名人なんだ。ただのセクハラオヤジじゃなかったんだね。


「ええ。この方はランゲイルさんだけじゃなく、王女を救った方ですよ」


『あのギベリンを打ち負かしたという勇者なのか!?』

『ミルフィール姫を救出したという勇者!?』


 お貴族様の表情が驚き一色に染まる。


「そうです。1度でもお会いしたならば、こんな美しい銀髪の少女――銀の勇者リンネ様を、見間違えるわけがないでしょう?」


『しかし、なぜ勇者様がこんな所――』


「えっ!?」


 私の顔を覗き込む金銀兄弟の横から、死神の大鎌が飛んでくる!


時間停止(クロノス)!!》


 大鎌のように見えたのは、ホークさんの脚だった。


 ボクの首筋を薙ぎ払う1歩手前で停止している強烈な蹴り――隣のメルちゃんやアユナちゃんにまで届く大きな1撃。


 避けられない!


 一か八か、杖を強く握り締め、眼前のブーツを全力で下から跳ね上げる!


 ブワッ!!


 直後、豪風が(うな)りを上げてボクたちの頭上を通り過ぎていった――。



「勇者様、突然の御無礼、大変失礼致しました。主よ、これでもまだ疑いますか?」


『『ご、ご、ごごごめんなさい!!』』


 突然、正座の格好になったかと思ったら、ホークさん以外の4人が土下座を始めた。


 そういうことか!

 彼はボクたちのことを証明するために迫真の演技をしたんだ。びっくりしたけど、現状を見れば効果が抜群だったことがわかる。メルちゃんたちは何が起きたのか理解していないみたいだけど……まぁ、いいや。

 それはそうと、思わず必殺技《時間停止(クロノス)》を使ってしまったけど、使わなければかなりやばかったよ――。


「リンネさん」


 呆然と座り込んでいたボクを、メルちゃんが引っ張り上げるように立たせる。レンちゃん、アユナちゃんも既に立ち上がっていて、両腕を胸の上で偉そうに組み、土下座集団を見下ろしていた――。


「フェンリル伯爵家は代々熱心な聖神教徒なんですよ」


「な、なるほど」


 ホークさんの一言で全ての点と点が繋がり、納得という名の線となる。

 王家や貴族は聖神教を信仰していて、ミルフェちゃんもそうだったように、信者たちは勇者にゾッコンなんだっけ……。



 その後、ボクは勇者らしく堂々と振る舞った。


 この世界の理――魔力の奪い合い――が間違いであること。邪神なんて単語はさすがに控えたけど、人同士が、世界が争うことをボクは決して望まないということも。そして最後に、必ず魔王を下して世界を救うから協力してほしいと付け加えておいた。


 自らの過去への反省からか、貴族様御一行はずっと涙を流していた。


 ボクたちが彼らと別れてからも、手を振るホークさんの姿が見えなくなるまで、彼らはずっと『連絡先を教えてください』『また会えますよね』と叫び続けていた。



「あの人たち、本当に大丈夫?」


 レンちゃんが振り返りながら険しい顔で言う。


「仕返しに来るって? まぁ、大丈夫そうだけど」


「違くて。後で求婚しに来るよ。絶対に!」


「求婚!?」


「絶対にダメ!」


「今から戻って魂ごと消し去りましょう!」


「いやいや、貴族となんて結婚しないからね? メルちゃんも鬼化しない!」


 動揺するアユナちゃんとメルちゃんを抑えるのに大変だった。


 それにしても、別れ際のあの奴隷の目が気になる。

 テンションが上がる一方の金銀兄弟とは対照的に、全てを諦め切った哀しい目。決して上を向こうとせず、絶えず自分の足元だけに投げ捨てられた視線――結局、ボクは彼に何も言えなかった。


 この世界から奴隷制度を廃止できるなんて、簡単には考えてはいないよ。でも、攫われて奴隷にされた者を助けたりはできるはずだよね。

 ボクたちはそんな話をしながら、上へと続く階段まで約1時間歩き続けた。

2018.12.29、後半部分2000文字弱加筆しました。

小説とは全く関係ないですが、最近、「イチナナ」ってところのVライバーさんにハマりました。勿論、見る(聴く)方ですが!

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