45.鑑定魔法
チロルを目指す途中で魔人ギャラントを倒したリンネたち一行。新たな仲間?を加え、一路南へと進んで行く。
《簡易鑑定:リザードキングの巨角。黒鉄鋼を凌ぐ硬度を有し、一級品の武器の素材となる。》
「それ、リザードキングの巨角だって。武器の素材みたい」
「へぇ~! 高く売れそう?」
「アユナちゃん、私たちに必要なのはお金じゃないですよ」
「美味しい物をたくさん食べること!」
「レンちゃんもふざけないでください」
唯一の戦利品を囲み、馬車の中でなんだかんだ言い合っている4人。
そういえば、ボクはまた魔力を使い果たして気絶しちゃったらしい。
結局、馬車の中で目が覚めた後にメルちゃんたちから聞かされたんだけど――あの後はいろいろと大変だったらしい。
角が抜け落ちたギャラントは次第に身体を収縮していき、普通の蜥蜴人へと戻った。とはいっても、他より2回りくらい大きかったそうだけど。
そして、魔人の束縛から解かれさよなら、とはならず、その後に壮絶な戦いが――。
あの地下空間と地上を繋ぐ魔法陣は、魔人の魔力で維持されていたらしいので、魔力を大きく失ったギャラントには地上へ戻る術もなく、ボクたちは物理的な努力で何とかするしかなかったそうだ。
天井にぽっかりと開いている穴までの高さはおよそ10m。そこから細長く続く縦穴がさらに50m続いていて、洞窟内のあの一室へと至る。
つまり、ボクたちは合計60mも落ちていたというわけで、落ちるよりも上る方が当然大変なわけで――。
このピンチで採用されたのは、レンちゃん提案の物量作戦だった。
いつの間にか100匹近くまで増えていた蜥蜴人たちは、orzにしゃがんで組体操のピラミッドを構築していく。天井まで至った後は、肩車が螺旋状に続く。そして、その上を運動会気分のレンちゃんを先頭に、最軽量のアユナちゃんと、ボクを背負ったメルちゃんが追い掛けていく。
しかし、ここで思わぬ事態が到来する。
計算上は届いていたはずなのに、肩車が出口まで達していなかったそうだ――。
「あたし、計算ミスは多いけどさ、今回は間違ってないよ」
「どういう計算をしたの?」
「えっとね、座高1mの蜥蜴ピラミッドを10段作って天井到達でしょ。ここまでで、1+2+3+……+10の等差数列で55匹ね。そこから45匹の蜥蜴肩車でだいたい50m。これで100匹合計60mの蜥蜴スカイツリーが完成!」
蜥蜴スカイツリー……。
「よくわかんない!」
「10+50=55だった、ということですよ」
「もうっ、絶対に下の奴が潰れたんだよ!」
よくもまぁ、こんな杜撰な案が採用されたよね。
あれ? それならどうやって――。
「じゃあ、どうやって上ったの?」
「よくぞ訊いてくれましたぁ! じゃじゃーんっ!!」
アユナちゃんに召喚されて登場したのは、樹木の精霊ドライアード。
『はぁ。私が木で梯子を造ったのですよ。最初からそうするって言ったのに、メル様とレン様が……』
「な、なるほど……」
蜥蜴人たちに対するケジメ、いわゆる“意趣返し”でしたか。
『それはそうと、リンネ様――こんな魔人の気配が充満した場所に安易に踏み込むなんて、軽率に過ぎます』
「ご、ごめんなさい……調子に乗りました」
馬車の中で、半裸のドライアードさんに説教をされるボク――。
『まったく、この先も思いやられます。私の眷族、森の精霊クピィをお連れください。魔族の気配を感じることができるので、少しは役に立つでしょう? では、失礼しますね』
そう言い残してドライアードは消えてしまった。
代わりに現れたのは、白くてフワフワな生き物――雪ウサギみたいな小動物だ。
毛皮のファーのような手触りで、ピンクのつぶらな目が二つ。毛が長いためか、手足は見えない。
『クピ?』
「「「カワイイ!!」」」
その後、壮絶なクピィ争奪戦が繰り広げられた結果、クピィは今、ボクの頭の上に乗っかっている。そう、ボクが勝者だ!
「で、迷宮で手に入れたのは、いやらしい形の角と、そのちんまい毛虫だけってか」
馭者席で振り返ったラーンスロットさんが、勝利の余韻に酔い痴れるボクに嫌味を言う。
『クピィ! クピピッ!』
「あたしが通訳する! 『アタシはケムシじゃないもん、精霊王だもん!』だって」
「ちげぇよ。『俺は陰毛ちゃんだ!』だろ!」
『クピッピ! クピピピッ!』
「あ、クピィが怒った」
「クピィちゃん、激おこです」
「はいはい、感性が貧しくてすまんな! さて、現実に戻るぞ。チロル到着は誰かさんのせいで真夜中だ!」
「プゥ~!」
「あっ、リンネちゃんがクピィみたいに膨らんだ!」
ギャラントたち蜥蜴人の魔物も、ドライアードの梯子を伝って全員が地上に出たそうだ。
彼らは魔・人、どちらの側にも与せず、安穏な生を求めて旅立ったんだとか――。
魔人と和解できた、共存への道筋が見えたことで飛び上がりたいくらいに嬉しい。
でも、冷静に考えてみれば、それは意外と理性的だった蜥蜴人だけかもしれないし、一時的な葛藤かもしれない。それに、他の場所で人と争うかもしれないし、ギャラントも力を蓄えて再び魔人に戻るかもしれない。
心はアクセル、脳はブレーキって言うよね。心だけが逸ってしまって、頭の中は常にネガティヴな反論を用意してしまう。人間って不思議な生き物だ。
でもね、それでも嬉しいのは嬉しい。追い掛けていた理想が、夢がチラッとでも見えるとやる気が出るでしょう? 頑張るぞって、腕まくりして鉢巻きして気合を入れたくなるでしょう?
それが今のボクたち――命を奪い合う地獄のような世界に生きるボクたちにとっては、とても大切なんだと思う。
★☆★
途中、魔物の群れに囲まれるなどのピンチはあったけど、馬たちもよく頑張ってくれたお陰で夕刻には城塞都市チロルの門を潜ることができた。
メリンダさんの提案でチロルを出てから、僅か5日で戻って来たことになる。
冒険者ギルドで今回の一連の報告したら、諸々の報奨金が総額33000リル(3300万円相当)も貰えた。お金の感覚が狂いそう。
その後、ラーンスロットさんたちと別れたボクたちは、メルちゃん先生に引き摺られるようにして武器屋さんへと向かう。ビバ装備強化、レッツゴー!
まずはボクとアユナちゃん用の杖を2本。
小学生エルフさんがうるさくてお揃いのを買うことにする。
それと、レンちゃん用にも片手剣を2本。
ギャラント戦で前のサーベルの歯が潰れてしまったからね。
目に付いたのは、魔法少女っぽい白い羽根と、中央に光る石が挟まった可愛い杖。お値段は驚愕の8500リル……。
見た目はとってもいいけど、性能はどうなんだろう?
《鑑定魔法:フェアリーワンド。物理攻撃力が皆無の完全魔法職用の杖。魔力+5%、魔法効果+10%》
って、鑑定スキルが上がってる!
《鑑定魔法/中級:目に見える物体の持つ特徴や効果を、数字的に解釈することができる。》
目の前に浮かぶカードは、初級の頃と違ってカラフルに縁取られていた。
うーん、ますますゲームっぽいけど、これは結構便利かも!
結局、さっきのフェアリーワンドとレンちゃん用のミスリルサーベルを2本ずつ、それから10日分の食料や服を購入したら、所持金は改めてすっかんぴんに逆戻り。
ここで貰ったお金をここで使う――ある意味、地産地消なのかな。
よし、気を取り直して、今の装備を改めて《鑑定》しておこう!
まずは、ボクの装備から。
《オオグモの脚。鋼鉄以上の強度があり、物干し竿やつっかえ棒に最適。物理強化+20%、熱・雷への耐性-30%》
《フェアリーワンド。物理攻撃力が皆無の完全魔法職用の杖。魔力+5%、魔法効果+10%》
《賢者のローブ。謎の女性専用ローブ。状態異常耐性100%、魔法耐性+3%、物理耐性+2%、魔力回復速度+30%》
次はメルちゃん。
《グリフォンメイス。グリフォンの牙と爪を加工した魔法武器で、筋力を存分に生かせる鈍器系統。筋力+5%、《風魔法/中級》》
《銀狼のコート。幻獣の毛を織り込んだコートで、風を纏うことができる。魔法耐性+3%、敏捷+5%》
ついでにアユナちゃん。
《フェアリーワンド。物理攻撃力が皆無の完全魔法職用の杖。魔力+5%、魔法効果+10%》
《銀狼のローブ。幻獣の毛をふんだんに用いて魔法効果を高めたローブ。魔法耐性+5%、魔力+2%》
最後にレンちゃん!
《ミスリルサーベル。敏捷性上昇の魔法が付与された非常に軽量かつ強固なサーベル。敏捷+4%》
《ミスリルサーベル。敏捷性上昇の魔法が付与された非常に軽量かつ強固なサーベル。敏捷+4%》
《妖精族の服。特殊な素材で作られている種族固有の服。魔力+2%、敏捷+2%》
なるほど――装備の強さは定数じゃなくて割合(%)らしい。これだと、弱い人が強い武器を使っても効果はほとんどなくて、逆に、強い人なら弱い武器でも効果が大きくなるということなのね。
だけど、武器自体の攻撃力や防具自体の防御力が無くて、属性の強化だけってのはどうなの?
斬鉄剣でこんにゃくが斬れないみたいに、武器自体と防具自体には相性があるから一概には数値化できないってこと? それとも、単に僕の《鑑定魔法》がショボいだけかな――。
でも、ちょっと楽しくなってきたかも!
ちなみに、人物鑑定はどんな感じだろう?
まずは自分を指定して――。
《リンネ。銀の召喚石を持つ見習い勇者。泣き虫なうえにトラブルメーカー。特技は《雷魔法》。魔力値36》
えぇっ? これって、誰が決めたの?
ちょっと酷いんだけど――まぁ、少しだけ自覚はあるけどね。それに、見習でも勇者って書いてあるのが地味に嬉しいかも!
確か、《鑑定魔法》は使用者の価値観で相手の魂の表層を観る魔法だから、内容は使用者によって違うって聞いていたけど、ボクのはギルドともエリ婆さんのとも全然違うね。
上級になったらもっと詳細にわかるんだろうけど、これはこれで役に立ちそう、かな?
よし、次はメルちゃん。
《メル。青の召喚石を持つ鬼人族。普段は仁を重んじ慈愛に満ちているが、怒ると容赦がないまさに“鬼”。特技は鈍器術。魔力値53》
当たってる気がする。
アユナちゃんはどうかな?
《アユナ・メリエル。エルフ族の精霊使い。才能はあるが、精神年齢が低いためによく嘘を付く。特技は《精霊召喚》。魔力値28》
うん、その通り。
レンちゃんはどうだろう。
《レン。赤の召喚石を持つピクシー族。正義感に溢れる義の戦士で、自ら先頭に立ちたがる性格。特技は二刀流剣術。魔力値20》
なるほど、確かにそうかも。
ついでに、ボクの布袋の中で眠ってるこの子は――。
《クピィ。生態や性別等、多くが謎に包まれた森の精霊種。飲食不要でフンをしない。特技は《魔力感知》と《共鳴》。魔力値30》
まさに謎の生命体だね。《魔力感知》はいいとして、《共鳴》って何だろう。
他の冒険者の人たちも鑑定しちゃおうと思ったけど、見てはいけないものを見てしまいそうなので、ここはしっかりと自重しておく。
「ねぇねぇ、リンネちゃんどうしたの?」
「あ、ちょっとね――」
「目が怖いよ?」
「はい。さっきから皆のことをジロジロ観てますね」
「あはは……。そうだ、せっかくだから全員のステータスを確認してもらおうよ」
「そうですね」
「また強くなったかな! 楽しみっ!」
「ステータスねぇ。ほんとゲームみたいだよね、ここ」
一応、ボクの《鑑定魔法》のことは皆も知っているんだけど、ガン見はよくなかったね。今後はチラ見推奨で。
◆名前:リンネ
種族:人族/女性/12歳
職業:平民/冒険者
クラス/特技:賢者/雷魔法
称号:銀の使者、ゴブリンキングの友、フィーネ迷宮攻略者、ドラゴン討伐者、女神の加護、魔人討伐者
魔力:36
筋力:29
◆名前:メル
種族:鬼人族/女性/14歳
職業:平民/冒険者
クラス/特技:メイド戦士/家事
称号:青の使者、魔人討伐者
魔力:53
筋力:75
◆名前:アユナ・メリエル
種族:エルフ族/女性/11歳
職業:平民/冒険者
クラス/特技:精霊使い/召還術
称号:森の放浪者、女神の加護、魔人討伐者
魔力:28
筋力:22
◆名前:レン
種族:ピクシー族/女性/14歳
職業:平民/冒険者
クラス/特技:剣士/二刀流剣術
称号:赤の使者、魔人討伐者
魔力:20
筋力:46
うん、魔力は全員とも3上がってるね。ボクの鑑定の数値と同じだし、《鑑定魔法》は一応信用できるってことでいいかな。
それと、魔人を殺さなくても魔力が上がるってことがわかったのは何よりの収穫。ヴェローナは屈服させただけで魔力が2増えたし、ギャラントはさらに弱体化させたからか、3も増えている。
魔人は残り8人、召喚石は残り5個――。
どこまで強くなれるかはわからないけど、今までの方針を変えずに頑張ろう!
残念ながら、ミルフェちゃんからの魔導通信《M》メールは届いていなかった。
レオン王太子と合流するのはもう少し先だと思うけど、魔人があちこち現れ始めているから心配だよ。一応、こっちから送っておこう。
『ミルフェちゃんへ。チロルに戻ったよ。明日から北の大迷宮に行くけど、新しく仲間になったレンちゃんが凄く強くてボクたちの方は大丈夫だから心配しないでね。ミルフェちゃんもイケメンレオン王太子と仲良くしてね!』
おぉ、ちょうど100文字ぴったりだ!
にやにや笑いながら送信ボタンを押して石板を消すと、背後から思いっきり抱き着かれた。
《鑑定魔法:―鑑定不可―》
「えっ!? あ、メリンダさん!」
振り返りざまに思わず鑑定してしまったけど、鑑定不可って――この人、やっぱり只者ではないね。
「随分と早かったわね! その子が赤の使者様ね! 白くてふわふわで可愛いじゃない!」
「えっと……」
登場早々にクピィを抱き締めるメリンダさん――誰も突っ込めない。
クピィを大きな谷間に埋めながら、メリンダさんが食い入るようにレンちゃんを見ている。
「綺麗な髪と目だわ。まるで、強く可憐なアマリリスのよう。いけない、見つめすぎると吸い込まれそうだわ」
恥ずかしがってもじもじしているレンちゃん、何か新鮮な感じだね。
「それに、魔人2体の討伐と魔界の門の破壊、街道沿いの魔物の駆除、どれも素晴らしい成果だわ! 故に、4人全員のギルドランクをBに引き上げようと思います!」
ボクとメルちゃん、アユナちゃんはDランクからの2階級昇進、レンちゃんはギルド登録すらしていないのにいきなりBだって。
まぁ、レンちゃんはともかく、アユナちゃんがランゲイルさんと同級なんて、何かがおかしい気がするけど。
「メリンダさん、そんなテキトーで良いんですか?」
呆れ顔で突っ込むボクに、彼女が即答する。
「どうせコツコツ依頼を受けてはくれないんでしょ? んー、それなら昇格試験を受けてもらおうかしら!」
いきなり真顔になるメリンダさん。
余計なことを言ってしまったボクに、3人の冷たい視線が突き刺さる。もう苦笑いするしかない。
「昇級条件は知ってるわよね。依頼を一定回数成功させるか、上位ランクの者と公式戦を行い勝利するか。うん、王都からお客様が来ているし、ちょうどいいわ!」
「えっと……確か昇級条件はもう1つ“ギルド長の推薦を得る”ってのがあったかと――」
「そうだったかしら? ささっ、まずは顔合わせね!」
滑るような足取りで階段を進むメリンダさん。これ、完全に彼女の思惑通りだよね。
嫌な予感を心の奥に携え、ボクたちは彼女の後について行った――。
何と、人生初の光回線開通です!
申し込みから1か月半以上待ちましたが、快適快適!




