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異世界八険伝  作者: AW
第2章 新たな仲間たち
44/92

44.魔人からの招待状

赤の使者レンを仲間に加えたリンネたち一行は、アルン王国のレオン王子を魔神の加護から解放し、北の大迷宮を目指して城塞都市チロルへと出発した――。

「もしかして、レンちゃんはピクシー族の生き残りなの?」


「あたし? 生き残りというか、たまたま選んだというか」


「選んだって?」


「ん? アユナはエルフを選んだんでしょ?」


「パパとママがエルフだから私もエルフなんだと思ったけど……選べたの!?」


「はははっ! ドジっ娘だね! でも、可愛いくできてるじゃん!」


 大笑いしながらアユナちゃんの耳を(くすぐ)るレンちゃん。


「レンちゃん、もしかして前の世界の記憶が?」


「それがね、不思議なことに、糸がぷっつり切れて湖の底に落ちちゃったみたいに、自分のことだけ忘れてるの。名前すら覚えてないって、あたしはどんだけ馬鹿だったのよ。だけどね、こんな魔王とかが出てくる世界で、勇者が仲間を集めて戦うゲームをやってたのは、うっすらとだけど覚えてる。メルちゃんはどんな感じ?」


「私もそんな感じです。記憶はないけど、魂が覚えているような既視感があって……」


 2人とも、ボクが勝手に作り出したイメージで召喚しちゃったんだけど、やっぱりそれぞれ生きてきた世界や人生があったんだよね。凄く申し訳ない気分!


 そういえば、鑑定で変なことが書いてあった記憶が。

 レン――元は人間だが、事情があって妖精の身体になっている。


 事情?

 ボクの時みたいに、何かが関与しているってこと?


「レンちゃん! この世界に来る時に、種族を選択できたの?」


「そうだよ? スキルを選ぶときに種族も選択できたんだけど、あたしが使ってた種族が既に全滅してるらしくて焦ったよ」


 ボクのメタ発言に、レンちゃんは当時を思い出しながら冷静に答えてくれた。


「そのとき何か居た? 神様的な奴とか」


「真っ白い部屋に女神様がってやつ? 全く。ただ、目の前に浮かんだ画面上で、カーソルを操作していく作業だけだったかな」


「うわぁ……何だかゲームっぽいね」


「ゲームでしょ?」


「えっ? ここって、ゲームの中なの?」


「えっ? どういうこと? ゲームの中じゃないの!?」


「「…………」」


 お互い自分の主張に自信が持てず、固まるボクたち――。


 言われてみれば、この世界、ゲームっぽさは結構ある。

 パーティを組むところとか、魔法とか……。


 でも、人や魔物、会話や戦いの1つ1つがとっても生々しいんだ。ボクが知っているコントローラーを弄るようなゲームとは雲泥の差。アニメや小説の中では、もっとリアルなVRゲームも出てくるけど、それとも次元が違う。もしゲームだとしたら、食事やトイレだけじゃなく、おじさんの臭い息までリアルさを追求する意味がわかんない。

 それに、この世界で体感してきた命の重み――誰が何と言おうと、それは決してゲームなんかじゃない。そんなに生易しい世界じゃないんだ。


「2人とも、病院に行く?」


 馬車の座席に寝っ転がったまま、ぼんやりと天井を見上げるボクとレンちゃん。

 そんなボクたちに覆い被さるようにして、小学生エルフが真顔で問いかける。


「アユナちゃん、あたしは病気じゃないよ?」


「うん。ちょっと考え事してただけだから」


「そうなの?」


「それより、アユナちゃんこそ、大丈夫なの?」


「え? 何が?」


「その……精神的なショックとか……」


 辛い思い出を封印しようと健気に頑張っていたのに、思わずぽろっと口に出してしまった。明るく振舞ってはいるけど、この子は折角契約した大事な精霊たちを失ったばかり――。


「もぅ、ほんとショックだよ! 私は、全然通用しなかったもん。頑張ったのにー。精霊さんもみんな消されちゃったし!」


「そうだよね……死体でもあれば、何か手段があるかもしれないのに……」


「死体!?」


「ごめんなさいね……私が間に合わなかったから死体すら残らず消えてしまって……」


「だから、死体死体って……リンネちゃんもメルちゃんも怖すぎっ! 皆は精霊界に戻っただけだよ? 精霊さんは基本的に不老不死ですから!」


「「えっ!?」」


 そう言いながら、アユナちゃんはシルフを呼び出して一緒にくねくねダンスを始めた。


「《精霊召喚》も中級になったし、女神様に加護を頂いたし、魔力だって上がってたのにね――」


 良かった!

 ボクはアユナちゃんの戦いを見ていなかったけど、メルちゃんから聞く限り、顔がぐちゃぐちゃになるまで泣いていたそうだから、てっきり――ってか、心配して損した感じ!


「じゃあ、本当に強くなっているのか確かめなきゃね!」


 ボクは小学生エルフを押し倒してボディチェックを開始する。

 (くすぐ)り攻撃に耐えきれず、キャッキャ叫びながら座席から転げ落ちるアユナちゃん――。

 あぁ、このエルフっ娘、5年後には世界一の美少女になるね。


「ダメですよ、リンネちゃん! アユナちゃんが泣いちゃ――ひゃんっ!?」


「メルちゃんもあたしと同級生とは思えないくらいの発育振りよねぇ! 神様ぁ~差別はいけないよ? 片方ちょうだ~い!」


 チロル行きの馬車の中は、いつも黄色い笑い声で満ちている。


 ゲームの中なのか違うのかなんてどうでも良くなってきた。

 ここが命を奪い合う地獄の世界だとしても、こんなに楽しい旅が続いてくれるなら。




「あのぅ……僕たち……男性陣も居るんですが……」


 馭者のティミーさんが赤面状態になっていた。


「ティミーよぉ、小さな女の子を見て固くなってたこと、ルゥちゃんに言っちゃうぜ?」


 女の子の声を聴くだけで興奮する大人って、どうなんだろう――。


「や、やめてください! 殺されちゃいますよ!」


「情けないぞ! お前は尻に敷かれるタイプだな!」


「そんなぁ! ラーンスロットさんだって、アリスさんを肩車してたじゃないですかぁ!」


「馬鹿ッ、それだけは言うな!」


 22歳の女性を肩車する大人って、どうなんだろう――。


 しばらく想像した後、誰からともなく笑い声が漏れる。


 そして、ボクたちは馬車が揺れるほど盛大に笑い転げた。


 この世界に来て既に15日目――たくさんの出会いがあった。

 出会いは偶然が何乗にも掛け合わさって生まれる奇跡だと思う。もしも運命の糸が目に見えたなら、奇跡を奇跡だと感じられず、出会いも味気ないものになってしまうのかなぁ。だからこそ、こういう瞬間は、とても新鮮で、貴重で――心から大切にしたいよね!




 ★☆★




 昼過ぎにヴェルデを発ったボクたちは、既に夕方にはニンフと出会った町を臨む丘を通り過ぎていた。


 快調に進めている理由は2つある。


 まずは、来るときに比べて半数にまで減っている魔物の数。


 嫌な予感がボクの脳裏を掠める。

 現在進行形でどこかの町や村が攻められているのかもしれないし、噂されている南方での戦争の準備かもしれない。

 本心は、助けを求める声があるなら今すぐにでも向かいたい。でも、今のボクたちに求められているのは、一刻も早くチロルへと戻り、北の大迷宮を攻略することだということもわかっている。


 そんな事情を感じ取ったのか、赤青コンビが止まらない。

 特に、頂き物のサーベルを装備したレンちゃんがことのほか強く、次々に魔物を追い払ってくれる。対抗するかのように、メルちゃんもいつも以上に張り切っている。それがもう1つの理由。


 ラーンスロットさん(いわ)く、この調子で行ければ、明日の夕暮れ前には目的地のチロルへ到着できるそうだ。



 影が徐々に長くなり、世界が夕闇に染まりつつある頃、ボクたちは反対方向から来る馬車に遭遇した。


「前方に馬車が見えますね」


「おぅ、珍しいな。行商か?」


「冒険者かもしれませんよ?」


 馭者席からの声を聞いていたボクは、さりげなく訊いてみた。


「どうせ夜営するなら誘ってみます? その方がお互いに安全じゃないですか?」


「正直何とも言えんな。こっちには女の子が居るし、無用なトラブルになりかねん」


 渋い表情で慎重論を唱えるラーンスロットさん。


「こちらの都合ではなく、あちらが安全に夜営できることの方が重要だと思います」


 相手方を(おもんぱか)るメルちゃんは、相変わらず優しい。

 怒らせなければ、だけど――。


 結局、北へと向かう相手を配慮し、挨拶がてら共同での夜営を提案することになった。




「いやぁ、本当に助かりました。この先、強い魔物がたくさん出るみたいで、どうやって夜を過ごそうかと悩んでいたんですよ。しかもこんなに可愛いお嬢さん方と一緒だなんて、私にも運が巡ってきたかな」


 鷲鼻(わしばな)の行商人の男は、二つ返事で提案を受け入れた。


 頑丈そうな金属製の馬車に乗っていたのは、馭者役を含めた男性4人。口数の多い行商人と、彼が雇った3人の無口な護衛たち。

 いつの間にかシルフは消えていた。恥ずかしがりやさんか。


「自分らを棚に上げて言うのも苦しいが、4人だけで北へ向かうのは無謀じゃないか?」


「ははは。命と同じで、護衛は量より質ですよ」


 命は、量より質だって?


「命は――」

「商人らしい考え方だな!」


 反論しようとしたボクを手で制し、ラーンスロットさんが会話を続ける。


「最近、魔人の目撃証言もあるそうだぞ」


「魔人、ですか。こんな北端で?」


「北へ行くほど魔物は強い。意外ってほどでもないだろ」


「なるほど。情報提供に感謝します。ところで、後ろの見目麗しいお嬢さんたちはどのような方々で?」


「答える必要はないな」


「ふふふ。隠せば隠すほどに素性は明らかになるものです。なるほど、お若いのに随分と大変な運命を背負われているようで――」


「私たちはただの冒険者です。明日はなるべく早く発つので、もう寝ましょう。失礼します」


 メルちゃんが会話に乱入し、いきなり話を切り上げてしまった。



 ラーンスロットさんとティミーさんは、ボクたちを彼らの死角になるよう馬車を配置し直し、着々と夜営の準備を整えていく。


「メルちゃん! 商人からいろいろ聞き出そうと思ってたのに! 情報は旅の基本! 商人は歩くウィキなんだから!」


「情報を扱うのは相手の方が上手(うわて)です。今は守る方を優先すべきと判断しました。それに、あの護衛の人たちはかなり強い。関わらない方が良さそうですよ」


 警戒しすぎだよと言おうと思ったけど、過去を振り返ると反論のしようがない。鑑定しようにも、ラーンスロットさんたちに、トラブルになるからと止められてしまった。


「あたしもメルちゃんに賛成! あの紫髪の剣士、只者じゃないと思う。ちょっと距離置いて寝ようよ」


 確かに、同じ剣士として格が違うのはわかる。踏み込む隙が全く見当たらないもん。こういう手練れが味方になってくれたら心強いんだけどね。


「じゃあ、私が安心安全なアユナ結界を張っておくからね!」




 ★☆★




 夜はアユナちゃん結界もあり、とても快適に過ごせた。彼女自身の魔力も上がったお陰で範囲も効力も強化されているみたい。

 でも、ボクとアユナちゃん以外は全員寝不足っぽさ全開だった。もしかしたら、夜の間ずっと周りを警戒してくれていたのかも?


 行商の人たちは結界の外だったけど、魔物に襲われずに済んだらしくとても感謝していた。


 鷲鼻さんがボクたちに近づき、小声で囁いてきた。


「おはようございます、皆様。ここだけの話ですが、この先、街道を南に外れて1時間ほど進んだ山中に、新しい迷宮が現れたそうですよ。あぁ、情報料とか取りませんから。夜を一緒に過ごしたご縁ということで」


「迷宮ですか!?」


「はい。噂の域を出ませんが、その中には誰も入れない場所が有るとか。私などとは違い、冒険者たちには有益な情報かと思いますのでね。では、ご武運を!」


「あ、はい、ありがとうございます! そちらも、良い旅を!!」



 行商人を乗せた馬車が去った後、ボクはジト目のメルちゃんたちから口撃を受けた。


「リンネちゃん! あんな食い付き方したら私たちの正体を教えてしまうようなものですよ」


「そうだよ。あたしたちは、虫みたいにこっそーり動かないとね」


「大人としては非常に言い難いんだが、大人を簡単に信用するなよ?」


 普通なら凹んでしまうところだけど、ボクは強い子。言いたいことはきっちり言うタイプなの。


「でも、チロルに着いてからここまで戻るのってしんどくない? 召喚石があるかはわからないけど、攻略しやすい出来立てのうちに攻略すべきでしょ」


 ボクの発言の中に珍しく理に適ったところがあったようで、メルちゃんもレンちゃんも、ラーンスロットさんも考え込んでしまう。


「私はリンネちゃんに賛成! 新しい精霊さんに出逢えるかもしれないもん」


「僕もリンネ様に1票ですかね。追加報酬……じゃなくて、迷宮を放置するのは良くありませんから」


「ん? えっと、これで3対3だね。どうする?」



 結局、ボクがオオグモの脚を上に投げて、向いた方(迷宮行き)で決定した――。


「北の大迷宮前の練習には良いよね。迷宮探索の大先輩、フィーネ迷宮攻略者のリンネ様が案内してあげるからね!」


「わかりました」


「よし、あたしも気合全開で行くよ!」


「楽しみだね!」


「僕も楽しみです」


「お前と俺は馬車で留守番だ」


「えぇー!」


 メルちゃんは嫌々、レンちゃんとアユナちゃんは元気一杯の掛け声を上げる。


 ごめんね――。

 大切なのはチームワーク。本当は多数決なんて無理矢理なやり方はしたくなかったんだけど――黙々と準備をするメルちゃんの背中に向け、心の中で謝った。




 目の前には、小さいながらもぽっかりと口を広げた洞窟がある。

 できたてホヤホヤな迷宮だからか、どちらかというと豪華なトンネルみたいな感じだ。


 ボクは、ランゲイル隊長から習った迷宮攻略のイロハを後輩たちに伝授しながら足を踏み入れた。


「これが迷宮ですか?」


「センパイ、何の気配も感じませんけど」


「欠伸が止まんなーい」


 50mほど続く一直線の通路を、極めて慎重に進んだ先、行き止まりに設置された鉄製の大きな扉の前に立つ。

 途中、1つだけ扉すらない部屋があったけど、魔物も宝箱も見当たらず。

 まぁ、時間が惜しいので、それはそれでありがたい反面、肩透かし感が半端ない。これじゃ、皆の不平不満が出るのも仕方がないかな。


 ボクたちは扉を開けて先に進むことにした。


「ん? んんっ!? 扉が開かないよ!」


 精一杯引っ張ても、両開きの扉は頑固に口を閉ざしたまま。


「遊んでる時間はないかと」


 メルちゃんが軽くボクに突っ込みながら、両開きの扉を軽く押す。


 すると、扉がすんなり開いた。


「センパイ! きゃははっ!!」


 アユナちゃんが、おへそでお茶を沸かす勢いで笑い転げる。


「アユナちゃん、笑わないであげて! センパイはみんなの緊張を解くために――ププッ!」


 真顔でアユナちゃんを(なだ)めていたレンちゃんも、笑いを(こら)えきれずに噴き出す。

 こうなると、もう“センパイ”というのも嫌味にしか聞こえない――。


「ぷぅ~! だってボクの世界――というか国では扉が外開きだから、引くのが普通なんだもん!」



 鉄扉の中には5m四方ほどの狭い部屋があった。


 橙色の白熱電球に照らし出されたような薄暗い部屋の中で、必死に目を凝らす。


 すると――奥には祭壇らしきものがあり、その足下には魔法陣がぼんやりと輝いているのが見えた。


「魔法陣、だよね?」


「これは、召喚系でしょうか」


「何を召喚するの――」


 ボクたちが揃って1歩足を踏み入れたその瞬間、足元の魔法陣が光を放つ!


 そして、一瞬にして部屋中を赤い光が包み込む!


 ガガガガガッ!


 縦横激しい振動。

 辛うじて踏ん張っていた足元から、床が消えていく!


「「「「キャー!!」」」」


 ふわっとした感覚――上昇?


 違う!


 凄い速度で下に落ちてるんだ!!


「シルフ! 助けて!!」


 アユナちゃんが咄嗟にシルフを召喚する。


 優しい風の渦が4人を包み込む。


 ボクたちは闇の中へ、ゆっくりと落ちていった――。




 ボクは固い地面に立っていた――。


「大丈夫?」


 我に返った瞬間、暗闇の中で皆の安否を確認する。


「少し……出ちゃったかも……うぅぅ……」


「あたしは大丈夫。ん? 何か音が聞こえるよ?」


「奥に魔物の気配です。100m先、数は……5!」



 瞬時に現状を悟る――。


「罠か……ごめん、ボクのせいだ――」


「ここに全員居るから大丈夫ですよ!」


 メルちゃんの柔らかい手がボクの右手をしっかり掴んでくれる。

 ボクの左手は小さな手を握っている。多分、アユナちゃんの手だと思う。


「精霊さん、力を貸して!」


 ウィルオーウィスプの放つ光で、空間が照らし出される。


 淡い光に映し出されたのは、高さが100m以上はありそうな、巨大な円柱状の空間――その中央付近で、ボクたち4人は手を握り合っていた。


「あっち見て!」


 レンちゃんが指し示す方向に全員の視線が集まる。


 奥まった場所に見える台座、その中央には、人の背の2倍はあろうかという人型の魔物が、左右に2匹ずつ大トカゲを従えて立っている。


「「魔人!?」」



簡易鑑定(リサーチ):――》


「…………ダメ。全然鑑定できない。あのレッサーデーモンと同等ってことだよ、どうする?」


「リンネちゃん、落ち着いて! 《雷魔法(サンダー)》で先制お願いします。相手の視力が回復するまでに、4匹の大トカゲを全滅させます」


「私もリンネちゃんに合わせて頑張る!」


「あたしは隠術で隙をつくね!」


「魔人はかなりヤバい気がする――皆、気をつけてね!」



 魔人と魔物はこちらを向いたまま微動だにしない。


 もしかして、見えてない?


 ボクたちは散開しつつ徐々に近づいていく。


 確実に魔法を当てるためには、10m以内まで――。


『こんにちは』

「「!!」」


 お互いの顔がある程度分かる距離まで近づくと、中央に立つ魔人が話し掛けてきた。


『昨晩は一緒に過ごしてくれてありがとうございます』


「あっ、あの馬車の人――」


『まさかノコノコやって来るとは思わなかったですよ。そこまでお馬鹿だと、普段から考えることが少なくて楽でしょうね』


「信じてたのに!」


「リンネちゃん、安い挑発です。相手にしちゃだめです」


「わかった……」


『雄弁は銀沈黙は金ってことですかな? 君らみたいな下等生物に負けるなんて、あれもその程度の奴だったということですかね』


「あのサキュバスの敵討ちですか?」


 メルちゃんがボクを庇うように前に立ち、魔人と対峙(たいじ)する。


『いえいえ、労せずして私の序列を上げてくれたことに感謝しているのですよ』


「上がったってことは、あなたは元々何位だったのです?」


『無知にも程があろう! この御方こそ、魔人序列第10、いや今は9位になったギャラント様だぞ!』


『言うな、馬鹿者!』


 隣の大トカゲが頭を殴られて地面にめり込む。


「最弱魔人さん、こんにちは」


『ざけんなてめぇ! 喰らうぞ、糞ガキが!』


 えっ……これがこいつの本性!?

 もしかして、蜥蜴なのに猫を被ってた?


 メルちゃんが話を引き延ばしてくれたお陰で、ボクたちの攻撃準備は既に整っている。


 でも――。


「魔人ギャラント! ボクたち、殺し合う必要はあるの? 争うしかないの?」


『ハッ! 頭の中に犬の糞が詰まってんな! 俺たちは貴様らの世界を滅ぼすために生まれてきたんだ! 今更、仲良くお手手繋いで踊りましょうってか?』


「オクラホマミキサーなら知ってるけど? 確か、七面鳥を捕まえる――」


『七面鳥らしく上手く逃げて見せろよ。お前ら、こいつらを捕まえろ!!』


「えっ!?」


「リンネちゃん!!」


 周囲の壁に開いた穴から無数に出てくる蜥蜴人リザードマン――ヤバい、もう囲まれてる!


 やるしかないのか――。

 こうなったら力づくで屈服させるしかないじゃん!!


 でも、《時間停止(クロノス)》は、まだ使わない。


 蜥蜴人は四方八方からボクとメルちゃん目がけてにじり寄って来る。

 その包囲網には、まだ50m以上の距離がある。



 身体に流れる熱い魔力。


 たっぷり集める。


 まだまだ足りない。


 もっともっと――そう、大気中からも集めるイメージだ。


 目に映る蜥蜴は20匹以上。

 距離は、30mほど。



 身体が火照る。


 魔力が満ち溢れてくる。


 それを、全身で、全力で練り上げる――。



 胸の中でぐるぐる回し続けると、これでもか!ってくらいに濃密になっていく。


 右手の掌へとゆっくり動かすと、雷魔法の紋章が黄金色に点滅する。


 既に敵との距離は10m、猶予はない!


「《時間停止(クロノス)》!」


 反時計回りに描く半径10mの雷撃の弧。

 地を()う雷の大蛇をイメージし、強く強く脳裏に刻み込む!


「うちの隣は焼き鳥屋さんだったけど、貧乏だったから入ったこと無い! 《雷蛇魔法(サンダースネーク)》!!」


 9割の魔力を注ぎ込み、時間を止めて放った必殺コンボだ。

 ボクの周囲を這う巨大な蛇――速度は落雷に大きく劣るけど、停止した時間の中で速度は関係ない!




 停止していた時間が再び動き出すと、一瞬にして広大な空間が真っ白に染まる!


 耳をつんざく轟音、それに引き続いて奏でられる地響き!



 アユナちゃんも、精霊たちと共同で精一杯の風と光魔法を合わせる!


 もう、明る過ぎて敵も味方も見えない!



 3、4、5秒――。


 視界は、まだ真っ白。


 でも、凄まじい打撃の音が聞こえる。


 メルちゃんだ!


 4、5回と続く鈍い音が空気を揺らす!



 そして、長い長い10秒間が過ぎた――。


 時が止まったかのように続いた沈黙の後、光が闇に吸い込まれ、視界が戻ってくる。


 ボクは既に、残りの魔力全てを練り終えている。

雷魔法/初級(サンダーボルト)》でできる援護射撃なんてたかが知れているけど。



 眼前、ぼんやりと見えるのは、唯一立ち尽くす1つだけの影――。


 メルちゃん?


 違う、もっとデカい!


 メルちゃんは!?


 あっ、魔人の足元だ!!


 魔人は、勝ち誇ったかのような顔で斧を振り上げる――。


 危ない!!


「クロノ――」


 あっ、もう使えないんだ!


「くっ、サン――」

『グアァァァ!!』


 悲鳴と共に、振り上げられた魔人の右腕が空中を舞う!


 切断したのは、ボクの魔法ではなくレンちゃんの双剣だ。


 ナイスだよ、レンちゃん!!



 隙を見て全速力で駆け寄る。

 頭からちょこんと角を生やしたメルちゃんを抱き締め、練り上げていた魔力の全てをメルちゃんに放つ!


「死なないで! 《回復魔法(ヒール)》!!」


 意識が飛ぶ……でも……まだ、倒れたくない!


 スッとメルちゃんが立ち上がる。


 笑顔でこっちを見る。


 良かった、何とか間に合った!!



 レンちゃんは、魔人の背後に回り込み連撃を浴びせている。

 片腕になった魔人はその攻撃に防戦一方となっていた。


 アユナちゃんの精霊たちも援護射撃をしている。

 1撃は弱くても、相手の集中力を奪うのには十分だ。


 そして、復活したメルちゃんの強烈な1撃が、隙だらけとなっていた魔人の頭部を殴り付けた――。


『ギャオオオォォ!!』


 大口を開けて咆哮を上げる魔人ギャラント。


 数秒ほど立ち尽くした後、魔人は両膝を屈して大地に崩れ落ちた。




『殺せ――』


 数分後、ボクたち4人に囲まれた魔人が呟く。


 そのボクたちを包囲するように、背後には多数の蜥蜴人たちの姿もあった。


 その顔は全て、敗北を受け入れて俯いていた。

 焼け焦げて満身創痍(まんしんそうい)になってはいるけど、地面に転がる死体はない。

 かなり本気で放った魔法なのに1匹も殺せなかったよ。でも、そのことを恥じたり悔しがったりという感情も全くない。1匹も殺さなかったことに安心して、ただただ涙が零れ落ちた。


 きらりと光る雫が目に映る。

 その光は決してボクだけのものじゃなかった。

 周りの蜥蜴人たちの大きな瞳は、どれも魔人ギャラントを心配して潤んでいた。


『早く、殺せ――』


「嫌だ」


「「リンネちゃん!?」」


『何故だ!』


「貴方がいなくなると悲しむ者がいるから、かな」


 地面に伏すギャラントを始め、それまで魔人だけに意識を集中していたメルちゃんたちが、初めて周囲の蜥蜴人を見つめる。


「魔物が、泣いてる?」


「あたし、蜥蜴の涙って初めて見たかも」


「うぇーん!」


『お前ら、情けない面を俺に見せるな――』


『『ギャラント様を助けてください! お願いします!』』


 30を超える数の蜥蜴人たちが、一斉に地に伏す。

 その様はまるで土下座だった。


 ドンドンドン!


 頭を大地に何度も何度も叩きつける。



 人を動かすのは感動以外にはないって聞いたことがある。

 ボクはまだ物事の善悪を心得ているわけじゃないし、異世界なら尚更だ。

 でも、変わらないものだって、きっとあるんだ。


「わかってるから、もう止めて!」


 ボクの一言で、一斉に音が消える。


 魔人ギャラントは――その様子を見ながら、わんわんと男泣きをしていた。


 ふぅ~。


 大きく息を吸い込み、なけなしの魔力をかき集める。


「仲間を思う優しき者たちに、傷と心を癒す力を! 《回復魔法(ヒール)》!!」


 ボクは左手を掲げ、全力で魔力を解き放つ。


 ギュッと脳を鷲掴みにされたかのような激痛の後、視界が急転していく――。


 支えられた温かい腕の中、銀色の光が辺り一面を照らす光景が目に映る。


 最後に目にしたのは、その巨大な角を失い、身体が収縮していくギャラントだった――。

<魔王直属の魔人序列_初期>


1.?

2.?

3.?

4.?

5.?

6.?

7.?

8.ヴェローナ[サキュバス]←捕虜

9.?

10.ギャラント[リザードキング]←討伐

※ 魔力量で自動的に決まるそうです(ソースは不明)

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