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異世界八険伝  作者: AW
第2章 新たな仲間たち
42/92

42.魔人ヴェローナ

ノースリンクで赤の召喚石を入手し、力強くも可愛いレンちゃんを仲間に加えたリンネたち。再び舞い戻った大陸北端の地で、エンジェル・ウイングと共にレオン率いる西の勇者パーティに挑む!?

「それは……召喚石か? なぜ破壊していないんだ!」

「呪いが掛かっていなかったので。どうしても破壊しなければダメですか?」



 竜神の角から数分歩いた街道沿いで、ボクたちの前にレオンパーティが現れた。わざわざ森で待ち伏せていたらしい。


 今は、ボクとレオンが一対一で話をしていて、それぞれの仲間は数歩後ろに控えている状況。



「何度も言わせるな! 見れば分かるだろ、それは呪われている!」


 ボクは、右手に乗せた赤の召喚石に顔を近づける。クンクン匂いを嗅いでみたけど明らかに無臭だし、振ってみても光りもしない。


「やっぱり、呪われてないと思いますけど?」

「ふざけるな! お前がやらないなら俺がやる!」


 目を吊り上げ、手を伸ばしてくるレオン。

 ボクは召喚石を背中に隠し、触れさせない。


「どうして壊さなきゃいけないの? それより、貴方こそ魔人を倒したんですか? それが交換条件でしたよね」

「あぁ? 当然だろ」

「証拠は? 証拠を見せてくださいよ」


 深緑色のマントの内を(あさ)り、何かを取り出したレオン。


「見ろ、これが魔人の心臓だ!」



 ヒューっと二人の間を風が吹き抜けていく――。



「それが魔人の、心臓?」


 レオンが右手で高々と掲げているのは――どう見ても、リンゴ。

 オレの心臓はリンゴだハッハー!という魔人もいるかもしれないけど、ぷるぷる震える腕と引き攣った顔を見るに、いくら鈍感な人でも明らかに演技だってわかる。


「ふざけてるのは貴方ですよね。それ、リンゴでしょ」

「えっ? おかしいな……くっ、魔法が切れて……」

「何がおかしいんです? 魔人を倒していないなら、召喚石は渡せません」

「ち、力ずくで奪うと言ったら?」

「いい加減、魔人の指示に従うの、やめにしません?」

「な……お前、何を言ってやがる!?」


 魔人との関係を指摘され、レオンの表情が一変する。


 再会したときにこっそり使った簡易鑑定(リサーチ)で、既にレオンの正体はわかっていた。


「早くそれを渡せ!!」

「やめっ……痛いっ!!」


 強引に腕を掴まれ、召喚石を奪い取られてしまった――。


「ふんっ!」

「あっ……」


 ガシャーン!!


 地面に叩きつけられた召喚石は、安い陶器のように赤い破片を()き散らし、粉々に砕け散った――。


「やった……これで……これで…終わりだ……全て……終わる」


 そう呟きながら、彼は仲間の元にゆっくりと歩いていく。

 今まで見たことのない表情で、肩を激しく揺らしながら大声で嗤っている。その目は血走り、狂喜を全面に表した鬼面の如き顔だった――。



 さて、どう動く?


 当初の計画で想定していたのは、次の二パターン。


 A:このままレオンたちが去った場合

 B:召喚石が偽物だとバレた場合


 勿論、どちらのパターンになっても対処法はしっかりと話し合ってはいる。でも、できればAが理想なんだけど――。


 背後では、メルちゃんたちが相手の一挙手一投足を、固唾を飲んでじっと観察している。



 その時、大きな声が響き、一瞬にして緊張を破る!


『レオン、それは偽物だわ! よくも(だま)したわね!!』


 後者か!

 叫んだのは勇者パーティのお姉さん僧侶。この人、パーティの頭脳担当だ。

 召喚石がボクにしか触れられないことを知っていたのか、そうでなくとも、神が創ったとされる召喚石が人の手で容易に壊せたことに違和感を覚えたのか、またはそれ以外か――何にせよ、偽物だと断言してきた。この状況じゃ、嘘を付いても無駄だ!


 どうする!?


 レオンと違い、このお姉さんと二人の仲間にはボクの簡易鑑定(リサーチ)が通用しなかった。推測できるのは、ボクを軽く凌駕する魔力の持ち主、つまり圧倒的な強者であるということ!


 勝てる可能性は?


 メルちゃんとアユナちゃんがボクの横に走り寄って来る。アユナちゃんは既に全精霊を召喚済みだ。ナイス判断だよ!


『リンネ様、あの女はサキュバス、魔人です――』

「えっ? ありがとう、ドライアード!』


 思わぬ所から未知情報が確定する。魔人はお姉さん僧侶だった。さすがは長く生きている精霊さんだ、最初から頼れば良かったね。

 

「魔人サキュバス! もう悪いことはやめて!!」


 言った後で後悔の念が脳裏を駆け巡る。

 こいつらに滅ぼされた町や村、殺された人たちのことを考えると、敵を討つべきなのかもしれないと。

 でも、魔人にだって良心はあるはず。それがたった一かけらの良心であったとしても、ボクはそこに賭けたい――。


『悪いことですって? 笑止! この世界を取り戻すのが私たち、魔人の使命なの! 愚昧(ぐまい)な人間どもに荒らされたこの世界をね!』

「取り戻す?」


 世界を取り戻すって――この世界には元々魔族が住んでいたってこと?


「雑魚勇者リンネよ! 無駄な抵抗はやめ、我らが軍門に下れ! 共に腐った人間どもを駆逐しようではないか!」


 鬼面の表情そのままに、両手を広げたレオンが、サキュバスに同調して吼えるように叫ぶ。

 これがオペラや演劇なら良いんだけど、現実なんだよね。信じられないけど――。


「リンネちゃん! 騙されないでください!」

「リンネちゃん、この世界は皆の物だよ?」


 皆の物?

 なら、奪い合う必要はないじゃん!

 アユナちゃんの一言がボクを一つの結論へと導く。


「そうだよね。きっと、共存の道も――」

『焼キ尽クセ、地獄ノ業火ファイアーストーム!!』

「えっ!?」

「危ない!!」


 ボクの面前に現れた青い壁が、迫りくるどす黒い炎とぶつかり、蒸発するように一瞬で消え去る。

 土煙が上がり、辺り一面から視界を奪う。


 甘く見ていた――。 

 今までは、格上相手でも魔法反射(カウンター)できたけど、今回の相手は魔人の軍団。メルちゃんが咄嗟に(かば)ってくれなければ、今頃蒸発していたのはボク自身だったかもしれない。過信しちゃダメってこと。

 これが命の奪い合いという現実――この世界の絶対ルールなんだ。強くなければ、自分自身を守れなければ、相手の糧にされるだけの魂。話し合いや説得は、強者が弱者に対して行うものってこと。


 肩に垂らした髪を後ろで一つに束ねる。

 そして、両手の拳をギュッと握り締め、魂に誓う。


「みんな……ボク、戦うよ」


 心を鬼にして練り込んだのは、魔力総量の半分だ。


 対魔人戦を想定して密かに取り組んできた魔法強化策は二つ。それは、詠唱と魔力操作だ。

 詠唱は、魔法イメージを瞬間的に強化できる。かなり恥ずかしいけど、声が大きい程、さらにアクションが大きい程、魔法の効果も高くなったんだから仕方がない。

 もう一つの魔力操作は、ラーンスロットさんとの訓練から身に付いた方法。自身の魔力をコントロールすることで魔法一発の効果を高めることができる。ちなみに、魔力総量の半分を練り込んで放った中級雷魔法は、地面に深さ1mもの大穴を開けるくらい強力だった。


「天より穿(うが)て、正義の矢! 雷魔法(サンダーレイン)!!」


 オーケストラの指揮者のように、振り上げた右手を斜めに振り下ろす!

 すると、半径20mにも及ぶ広範囲に、土煙を貫いて光の矢が降り注いだ!


「ぐわぁー!!」

『チッ!』

『!』

『!』



 再び舞い上がった土煙を拭い去るように、強い風が吹き抜ける。


 次第に視界が晴れ、現状が(あら)わになっていく――。



 レオンは――えっ! 死んじゃった?


 サキュバスは――無傷。離れた所からこっちを睨んでいる。

 いつの間にか翼が生えていた。これが、ヴェローナ――サキュバスの真の姿か。


 戦士と魔法使いは――えぇ!? 姿が完全に変わってる!


 ボクたちを挟み込むように近づいてくるその姿は、かつてフィーネ迷宮の最下層で出会った(レッサーデーモン)にそっくりだった――。


 あの時の記憶がフラッシュバックする。

 クロノスを使い、ランゲイルさんの剣で精一杯攻撃したけど、致命傷を与えられなかった。当時の魔力は10、今は22――勝てるかわからない!


「気をつけて! レッサーデーモンだよ!!」


 アユナちゃんの背が一段と低くなる。腰が抜けたのかもしれない。

 メルちゃんは相手の実力を把握できたのか、怖いくらい睨みつけながらも、顔は笑っている。


 強力な魔族が二体、しかも魔人サキュバスまでいる――。



 どうする!?


 良くも悪くも、相手三体は大きく離れている。

 ならば、採り得る手段は、各個撃破か、一対一か。


 落ち着け、自分。

 相手が分散したのはボクの魔法を警戒したからだと思う。こちらが纏まって動けば相手の魔法使いの思うつぼ――なら、一対一に持ち込むしかない。


 ボクたちの最大戦力はメルちゃんだ。メルちゃんがサキュバスと戦い、ボクとアユナちゃんがレッサーデーモンを一体ずつ相手にするのがセオリーかもしれないけど――何だか嫌な予感がする。

 何をしてくるかわからないサキュバスは、ボクが相手をする方が良い。いざとなったら時間停止(クロノス)で逃げることもできるし。

 それに、メルちゃんがあっという間に一体を倒してアユナちゃんの加勢をしてくれた方が被害は小さくなるはず――。


「リンネちゃん! サキュバスをお願いします! 私はあの戦士と戦う! アユナちゃんは右の魔法使いを足止めしてください!!」


 メルちゃんが叫ぶ。

 ボクと同じことを考えていたのか、他に理由があるのかはわからないけど。


「わかったよ!」

「二人とも、無理はしないでね!」

「「はいっ!!」」


 無理はしないでとは言ったけど、既にかなり無理な領域に入っていることは、三人ともわかっている。

 でも、二人とも力強く答えてくれた。ボクはそれに応えなければいけない。たとえ相手が魔人であっても、絶対に負けられない。足を踏ん張り、サキュバスを睨みつける!


『この銀髪は私が貰うから、そっちの水色とエルフは好きにして良いわよぉ』

『グフフ』

『キヒヒ』


 ボクたちの作戦に敢えて乗ったのか、相手も一対一に持ち込む様子。


『勇者アルンの血筋の者なら竜の聖結界を破れると思ったのですが、とんだ役立たずでしたよ。立ったのは夜と朝だけでしたわ、ふふっ』


 サキュバスが歩み寄って来る途中、うつ伏せに倒れていたレオンを蹴飛ばす。


 優雅な動作とは対照的に、浮かぶのは下品な笑み――。


 数mほど転がった後、今度は仰向けに倒れたレオン――苦悶(くもん)の表情を浮かべているってことは、まだ息はあるみたい。嫌な奴だけど、命の価値は変わらない。


『さぁ、勇者リンネ。私と踊りましょう――』


「魔人ヴェローナ! 過去は変えられないけど、未来は変えられるってこと、見せてあげる! 時間停止(クロノス)――」




 ★☆★




『エルフゥ! 何十年振リノ馳走(チソウ)ダァ~!』


「私、お前なんかに負けないから! 精霊さんたち、力を貸して!」



 四精霊がレッサーデーモンを包囲する。


『ヒャッヒャッヒャッ! ソンナ下位精霊二何ガデキル!』


 レッサーデーモンが禍々しく伸びた右手の爪を向けると、渦を巻く炎の槍がトレントに襲い掛かる!


 シルフが小さな身体を広げ、頑張って風を起こすが、炎の槍の勢いを弱めることすらできず、トレントの細い幹を大きく穿(うが)った――。


「トレンちゃん!!」


 エルフの叫ぶ声が木霊する中、レッサーデーモンの顔前に砂埃が舞う!


 ドライアードが土を薙ぎ払って一瞬の隙を作ったんだ。


 咄嗟に両手で目を庇ったレッサーデーモンの巨体に、ウィルオーウィスプが放つ閃光が次々と突き刺さる!


 追い打ちを掛けるように、ドライアードのウッドスピア、シルフのウィンドカッター、ウィルオーウィスプのライトニング、穴を塞いで起き上がったトレントの薙ぎ払いが炸裂する!

 絶妙のコンビネーションだ!



「いっけー! 悪者なんて、やっつけちゃえー!!」


『モゥ、マッサージワ終ワリカ?』


 離れた場所から声援を送っていたエルフの顔が、一瞬にして引き攣る。


 レッサーデーモンは、全くと言って良いくらい無傷だった――。


「どうして……どうして、効いてないの……」


『俺ノ魔力ハ53ダ。ザコガ束ニナッテモ意味ネーヨ! サテ、何処カラ喰オウカナァー!』


 精霊たちを嘲笑するかのように、隙だらけで歩み寄るレッサーデーモン。

 主を護ろうと、がむしゃらに魔族の背中を打ち続ける精霊たち――しかし、その歩みを遅らせることすら叶わない。



「来るなー!!」


 エルフは、手近にあった小石を掴むと、精一杯に投げつける!

 恐怖からか、怒りからか、既に彼女の顔は涙でぐちょぐちょだった。


物理防壁(ガード)


 レッサーデーモンが短く魔法を唱えると、その身体を半透明の壁が包み込んでいく。


 精霊の放つ攻撃も、エルフの投げつける(つぶて)も、壁に当たって空しく消し飛んでしまう――。


『先二蠅ヲ潰シテオクカ』


 高々と掲げられた杖の先端に、半径20cmほどの球形の炎が三つ、四つ、五つと生成されていく――。



「やめてー!!」


 エルフの叫びを無視し、杖を両手に構え直す魔物。


 その僅かな隙を見逃さず、目眩(めくら)ましの光魔法を唱えたウィルオーウィスプ。彼女に合わせて今度は魔法攻撃を仕掛けようと迫る精霊たちだが――。


「皆、逃げてー!!」


 涙ながらの主人の訴えは聞き届けられることはなかった。


『何度モ同ジ手ワ効カネェナァ!』


 尻尾で打ち払われるドライアード、ブレスで消し飛ぶシルフとウィルオーウィスプ。


 トレントは、主に迫る炎の玉を全身に浴びながらも、小さな枝を精一杯に伸ばす。


 炭も残らない程に燃え尽きた枝。(くすぶ)る幹の一部だけが、エルフの眼前に残される。


 ゆっくりと迫る魔族からエルフを守ろうと、血塗れのドライアードが両手を広げてエルフの前に立つ。


 嬌声(きょうせい)を上げながら、杖と爪で交互に殴り続けるレッサーデーモン。


 切り裂かれ、砕け散っていくドライアードの身体――精霊たちは、魔の手によって消滅した。



「いやーーっ!!」


 エルフは泣きながら拳を悪魔に叩き込む。


 禍々しく(ねじ)れた角が生える頭を、その下劣に笑う顔を叩き続ける。


 悪魔は避けない。


 避ける必要すらないから――。



 やがて、鬱陶(うっとう)しい蠅を払うような一撃がエルフを捉える。


 吹き飛ばされ、地面に倒れ臥す彼女――今度は、悔し涙が綺麗な顔をぐしゃぐしゃに汚していく。


 レッサーデーモンが、欲望に(まみ)れた顔でエルフに覆い被さろうと迫ったその時――背後からの強烈な一撃が、その頭部を破壊した。


「アユナちゃん、よく頑張ったね! 立てる? さぁ、リンネちゃんを助けに行くよ!!」


 頭から一本の角を生やした青髪の少女が、優しく、そして力強く声を掛ける。


「うんっ!!」


 エルフの顔は、その髪色と相まって太陽のように眩しく輝く。




 ★☆★




 先手必勝!

 どこぞのかっこつけヒーロー&ヒロインみたいに、放送時間を気にした出し惜しみの時間稼ぎなんてしない!

 最初から全力全開フルパワーがボクの真骨頂(しんこっちょう)だよ!


 時間停止(クロノス)の効果時間が32秒になっていた!

 10秒も増えたのはどうして? レオンを倒したから? 今はどうでもいい!

 思ってもいなかったチャンス拡大に、握った拳の震えが止まらない。


 残りの魔力を……練る練る練る練る……全魔力の半分を再び練り込む……中級だけど、魔王を倒せるくらいまで練り上げる!


 頭痛がしてきた……でも、まだまだ!


 吐き気が……まだまだ!


 意識が……そろそろ、撃つ!!



「正義の鉄槌! 全力全開、気持ちは極大雷魔法(ミラクルマジカルサンダーストーム)!!」



 半径5mの巨大な落雷が天を翔け、地を穿つ!!



 轟音が世界の音と景色を掻き消す中、魔人(ヴェローナ)耳障(みみざわ)りな高笑いだけが木霊している――。


 うそでしょ!?


 時間は止めていたはず。

 しかも、雷撃まで外してしまった――。




 視界が再び甦ると、ボクは見知らぬ薄暗い場所に独り立っていた――。


 どこ!?

 魔人はどこに行った?


 見渡すと、その薄暗い場所が狭い部屋、それも地下室のように光の入らない部屋だと分かった。


 もしかして、転移魔法!?


 時間停止(クロノス)は効かず、雷魔法(サンダーストーム)も命中しなかったのは事実だと思う。

 相手は魔人だ。ボクの魔法を超越する魔法を使われた可能性がある。


 とにかく、ここを出て一刻も早く皆の所に戻らないと――。


 ボクは、気配を探りながらゆっくりと歩を進める。



 ガサッグシャッ!


 何かを踏んだ感触と音――。


 枯れ葉かな?

 屈んで足元を覗き込む。


「うわっ!!」


 ボクの足元には何千何万もの、黒光りしたアイツらが、触角を二本フリフリしながら部屋の隅を駆け回るアイツらが、四方の壁一面を覆い尽くしていた!


 とんでもない場所に転移させられた――。


 魔力が尽き掛けているからサンダーレインで一蹴することもできない。


 とりあえず、身体の中に入られないように気をつけよう。


 口をギュッと結び、両手で耳を塞ぎながら出口を探して真っ直ぐ進む。



 ガサッグシャッガサッグシャッガサッ!


 平然と、堅実に踏み出される歩み――そう、別にボクはコイツらを苦手にしていない。

 そうでなければ、邪神に誘導されたとはいえ、あんなおどろおどろしい儀式を行ったりはしていない。今思い返せば、こんなゴキハウスの十倍は気色(きしょく)悪い儀式だった――。


 余裕すぎて、思わず笑みが零れる。


 ん?


 その瞬間、アイツらが全て消滅し、ふわっという感触が全身を駆け巡った――。 




 眩しい!


 何か魔力が弾ける気配がしたかと思ったら、今度は明るい部屋に居た。


 八畳ほどのリビングで、白い床、水色の天井、ピンク、パープル、イエローとグリーンに色分けされた四方の壁紙――猛烈に甘いパステルカラーの部屋だった。

 友達にもこんなのが好きな子がいたよ。とはいっても、ボクの家だってお母さんの寝室は海をイメージしたとか言って全面が真っ青だったし、書庫は森の中をイメージしたらしく緑一色なので、他をどうこう言う資格はないけどね――。


 緊張感のないまま部屋の中央に立っていると、ピンクの壁が少し開いた。


「えっ?」


 いきなり男が四人、部屋に入ってきた――。


 よく見ると武器を持っていない?


 それどころか、満面の笑みを浮かべている。


 金髪碧眼のあどけなさが残る十代前半の男子、黒髪長身のスラっとした十代後半の男子、赤髪スポーツマン風な十代後半の男子、そして銀髪の二十代爽やか青年――全てが究極のイケメンたち。


 そして、上着を、続いてシャツを脱ぎ始め――上半身裸に。


 なにこの展開!?


『『俺(僕)たちとイイコトしない?』』


 美声を揃えた四重奏だけど、キモい、キモすぎる!


「絶対、嫌だ!!」


 ボクは嫌悪感を丸出しにして、大声で叫ぶ!

 正確には、ボクの中にいるお父さんの心の叫びだったような気がするけど。


 あっ!

 部屋の中心の空間が歪むように凝縮すると、イケメンたちが溶け合うようにして吸い込まれていき――やがて、消えた。


 いったい、彼らは何だったんだろう――。



 えっ!?


 いつの間にか、ボクの左腕が変な方向に折れ曲がり、右脚は足首から切断されて大量の血を滴らせていた――。


 痛っ――くない?

 痛いはずなのに、全く痛みを感じない。


 麻痺しているから?


 違う!

 これは単なる夢だ!


 ボクの見る夢の大半は明晰夢(めいせきむ)だ。“あり得ない”ことが起きた場合、それが“スイッチ”となって夢を夢だと自覚する。

 今回のこの大怪我で、明確な“スイッチ”が入った。


「残念でした! 全く痛くないですよ!」


 ボクの余裕たっぷりな声が部屋中に響くと、今度は天井から何かが降ってきた――。


 滝のように零れ落ちる金色の雫を無事な右手で(すく)い取る。


 金貨と宝石――。


 貧乏人を馬鹿にして!


「こんなの拾っても、目が覚めたら手ぶらだって知ってるもん! いくらやっても無駄だよっ!!」


 その後の、ケーキやパフェのスイーツ大行進には半分心を持って行かれそうになったけど(多分、お母さんのせい)、根性で耐え切る。ここで食べても空腹感が満たされないことなんて知っているからね。



 一瞬にして闇夜の墓地に転移させられたボクだけど、次々と起こる怪現象に毅然(きぜん)と立ち向かう。


 ゾンビの大群や人魂の群れに笑顔で敬礼し、天を覆うほどの雷を拍手で称え、這い寄る巨大な蛆虫を華麗に蹴り飛ばしていく――。




 やがて、ガラスが砕けるかのような(ひび)が空中を走り――気づくと、ボクは元いた草原に舞い戻っていた。



『くっ!! なかなかやるわね――女なら誰もが悶絶(もんぜつ)する私の幻術連華(げんじゅつれんげ)を破るとは! さすがは本物の勇者と言ったところね』


 ボクを褒めてくれたのは、肩で息をするほどに消耗した魔人ヴェローナ。


「幻術――」


 大したことないねって豪語するつもりが、意識が薄れて足元がふらついてしまった。


『あら? 貴女、魔力切れのようね』

「――っ!」

『ふふっ、可愛い子ね。手負いの虎ほど恐ろしい物はないと言うし、今日はこの辺で許してあげるわ。私は魔王が配下、魔人序列第八位のヴェローナよ。また今度遊びましょう』


 勇者を倒すチャンスなのに、敢えて見逃すの?

 もしかして、幻術しか能がない?

 それなら――今こそ、最大のチャンスでしょ。


 黒い棒を両手で持ち、両足を踏ん張る!


「逃がさないよ!」

『じゃあね!』


 あっかんべぇをしながら軽くウインクして見せるヴェローナ――。


 彼女が翼を広げた瞬間、その羽ばたく一瞬の隙を見逃さない!


空中浮遊(フライ)!」


 走れないなら飛ぶだけ!

 届かないはずの距離を一気に詰め、右の翼を狙って振り抜く!


『痛ッ!』


 攻撃が通じた!


 と安堵した瞬間、即座に右から反撃が飛んでくる!


 速い!!


 バックステップで避けたつもりが、爪で大きく左腕を(えぐ)られる――激痛が全身を駆け巡る!


「うぅ……回復魔法(ヒール)!」


 自然回復した分の魔力が尽きて頭がクラクラするけど、左腕は大丈夫そう。

 回避を優先したいけど、それで逃げられたら元も子もない――。


 棒立ち状態になっていたボクを見て、ヴェローナが勢いよく跳んでくる!


「くっ!」


 右手の爪を棒で受け止める!


 左手が迫る!


 棒は右手の爪で押さえられたままだ!


 一か八か――。


攻撃反射(カウンター)!》


 攻撃を辛うじて掻い潜ることに成功し、脛を思いっきり蹴り上げる!


『痛いッ! よくも私の綺麗な脚を蹴ったわねっ!!』


 (うずくま)って()えるヴェローナの頭を狙い、棒を振り下ろす!


『どこを狙っているのかしら?』


 一瞬にして横に数m移動したヴェローナが、ボクを見てせせら嗤う。


「はぁっ! えいっ! とうっ! いやぁっ!!」


 左から脚を狙う! 左に薙ぐ! 右に払う! 上から叩く!


 しかし、段違いの回避能力の前に、三十を超えるボクの連続攻撃は全く当たらない――。


 でも、ヴェローナにだって余裕は無いはず!


 両足を広げて何とか大地に立ってはいるけど、ふらふらに見える!



 魔人に滅ぼされたあの町が、苦しめられたニンフの姿がふと脳裏に浮かぶ――ボクはここで退くわけにはいかないんだ!!


 重くて上がらなくなった右腕を左手で支えながら、全身の魔力を右手人差し指に集中していく――残りの全魔力で、撃ち抜く!!


「心に刻め、共存への一歩! 雷魔法(サンダーボルト)!!」


 意識が飛びかけて脚がもつれそうなところを、唇を噛み締め、根性で踏み止まる!


 雷撃は――ヴェローナに直撃した!

 翼が焦げ落ち、片腕が出血とともに垂れ下がっている。


『クッ! ここまでか……次こそ……』

「次はない! 絶対に逃がさないから!!」


 そう叫びながら森から現れたのはアリスさんだ!


 挟撃するために森で待機していたエンジェル・ウィングだったけど、ボクたちのピンチを察して出てきてくれたみたい。

 そこには、団員からサーベルを二本受け取り、ちょんまげ風のカツラで萌え度を引き上げられたレンちゃんもいる。その勇姿はまるでムサシさん――。


『貴様らかッ!』



 アリスさんは容赦がなかった――。


 翼を斬り落とし、両手両足に剣を突き刺す。倒れたところで両手両脚の骨を折る――意識が無くなったヴェローナは、さらに光魔法中級(ライトバインド)を掛けられ、口も封じられて完全に捕縛された。


 一部始終を見逃さずに見届けた後、安堵からか、ボクの意識も急速に揺らいでいく。


 崩れ落ちる身体を、力強い腕が抱き留めてくれた。


 俯くボクの視界に綺麗な赤髪が映る。

 見上げると、橙色の暖かい瞳が見つめていた。背後にはメルちゃんとアユナちゃんも心配そうに見ている。優しい笑顔に包まれながら、ボクは安心して意識を手放した。

2018年10月1日、新居へ住所変更しました。ただし、移り住むのは10月中旬。引越って、本当に面倒。住所変更届けをいくつ提出したことか――。

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