37.もう一人の勇者
最北の町ヴェルデを訪れたリンネたち一行。突然声を掛けられ連れて行かれた屋敷の中で、彼らの意外な目的を知らされる。
以前、お父さんから変なことを聞いたことがある。
初対面の男性同士だと、自分と相手どっちが強いかを無意識に考えるけど、女性同士では、自分と相手どっちが美人かを無意識に考えるそうだ。
それを聞いたとき、ボクは笑いながら全否定したんだけど、今思うと、強ち間違いではないような気がしてきた。
今ボクたちは、町外れにある古い屋敷の2階に来ている。
8畳ほどの質素な部屋の中には、西の勇者を名乗るレオンという男性――金髪サラサラな10代後半の爽やかイケメンと、その仲間と思われる3人――黒髪の長身剣士、緑髪のお姉さん僧侶、白髪のお爺さん魔法使いが、長テーブルを隔ててボクたちと向かい合い、無表情で座っていた。
メルちゃんが敵意を感じると言うなら、味方だとは思わない方がいいね。
典型的な勇者パーティ。
紅一点のお姉さん僧侶ははっきり言って美人さんだ。でも、残念だけど、顔もスタイルもボクのお母さんには敵わないね。
一方、勇者レオンを含めた4人全員が凄まじい力を秘めているのがわかる。例のチート魔法、《時間停止》が使えない今、戦いになると絶対に勝てないと思う。
一応、いつでも攻撃を受け止められるように、右手は黒い棒を握り締め、頭の中には《雷魔法/初級》のイメージを浮かべたまま相手の出方を待つ――。
「リンネちゃん……?」
アユナちゃんにつつかれて、皆がボクの発言を待っていることに気づいた。
確かに、ボクが3人掛けの椅子の真ん中に座っているからリーダーだと思われるよね。
「えっと……初めまして、リンネです。西には勇者が召喚されていないと伺っていましたが?」
緊張しながらも、何とか声を絞り出した。
「あははっ、勇者の面前だからってそんなに緊張するなよ。まぁ、仲良くしようぜ!」
そう言って右手を挙げたレオンに、ボクとメルちゃんの腰が浮く。
なんだ、前髪を手で掻き上げただけか――。
ボクたちは苦笑しながら2人揃って座り直した。
ん? アユナちゃんが何か変?
あ、そうか! エリ村にはパパくらいしか居なかったから、この子はイケメンに免疫ないんだ――。
レオンは、いわゆるギャルゲーに出てくる“テンションが高めな金髪王子様キャラ”だ。確かにカッコいいと思う。正直言って、日本のアイドルよりずっとカッコいい。
でも何だろう、この“モテて当然ですオーラ”が気に食わない。
メルちゃんは引き続き勇者を睨みつつ他の3人を牽制しているけど、まさかいきなり新品メイスを試さないよね?
「仲良くするというより……協力できることがあれば、協力し合いましょう」
魔王復活まで残り86日しかない。急ぐに越したことはない。合同パーティなら北の大迷宮だって攻略可能かもしれないからね。もちろん、協力できれば、だけど。
「協力? いいだろう。お子様パーティでも俺たちに協力できることはあるさ。お前たち、これからノースリンクへ行くんだろ?」
間近に迫るイケメンフェイス。アユナちゃんが茹で蛸みたいになっている。ダメだ、この小学生エルフは。
とにかく今は、戦闘を絶対に避ける方向でいくよ。
「はい」
「ノースリンクには何があるんだ?」
「それは……」
覗き込んでくるイケメンから視線を外すと、メルちゃんと目が合った。
召喚石の在処はフリージア王国の機密事項のはず。いくら相手が勇者を名乗っているとはいえ、気軽に話して良い内容ではないよね。
ここからは、ボクの苦手な心理戦――戦いを避けつつ、かつ、なるべくこちらの情報を与えずに、相手から接触の目的や情報を引き出さないといけない。
「ギルドの依頼なのでペラペラ言えないんです。初対面ですからね、いくつか質問させてください」
「あ? 構わないが、俺のプライベートが気になるのか? まぁ、婚約者はいるけど、別に――」
「レオンさんは、どのようにして勇者になったのですか?」
モテ自慢を一刀両断し、1番知りたかった所に突きを入れる。
ボクと同じように異世界から飛ばされて来た可能性、それとも西の王国が行う召喚魔法によって召喚された可能性、どっちだろうかという疑問。
または、もう1つの可能性――西の王国にある召喚石が使われた場合、この人たちはボクが集めるべき仲間ということになる。
「俺か? 俺は物心つき始めた頃には既に未来の勇者と呼ばれていたからな。まぁ、俗にいう、生まれながらの勇者ってやつか? 恵まれたルックスに魔法の素養。最高レベルの師範に剣術も習った。俺以外に勇者と呼べる奴なんて存在しないだろ」
召喚じゃないってこと?
もしかして、転生と呼ばれるパターン?
「前世の記憶が残っている、とかですか?」
「はぁ? そんなわけないだろ。気持ち悪い。俺は俺だ! 可愛い子が群がるレオン様だ!」
嫌悪感丸出しに叫ぶ変質者レオン。前世の記憶=気持ち悪いという意味がわからない。
でも、はっきりしたことが1つ。
例の“邪神”や“光の存在”とは無関係だってこと。こんな人でも、邪神に操られた最低の人生、ボクと同じような境遇じゃなくて良かった――。
「私はメルと申します。勇者を名乗っておられるようですが、鑑定の際に表示される項目“称号・職業・クラス”のいずれかに、そう記載されているという意味でしょうか」
安堵でへたり込むボクに代わって、メルちゃんが質問攻めを引き継いでくれた。
「お、俺を疑うのか?」
「どう見ても勇者には見えませんので」
「何だと!」
「勇者とは、他者から選ばれた存在です。自ら、生まれながらの勇者だなんて名乗っているうちは、信用できるわけないですよ」
「勇者のことを知らないくせに、よくも偉そうにべらべらと――」
「知っていますよ? こちらのリンネ様が真の勇者ですから」
「なっ……」
メルちゃん、ここでボクたちの正体をバラさなくても……。
でも、対等の関係に持っていかないと、このままじゃ一方的に利用されていたかもね。
「レオン様、ここは私が――」
「あ、ああ」
「私、勇者レオン様の下で回復役を仰せつかっているヴェローナと申しますわ。失礼ですが、レオン様を疑う前に貴女こそ本当の勇者なのか証明するのが筋ではありませんこと?」
ボクみたいなちんちくりんが勇者だと聞いて放心状態に陥ったレオンに代わり、余裕たっぷりな態度でボクを睨みながら捲し立てる、美女ヴェローナ。
「えっと……」
「リンネ様は、歴とした勇者。フリージア王国、及び、ギルドマスター公認の勇者です」
「あは、あはは……」
メルちゃんがヴェローナに言い返してくれたけど、ボク自身自覚がないので何ともいえない――。
「つまり、“称号・職業・クラス”のいずれかに、そう記載されていると?」
「「え……」」
ヴェローナの逆襲に、ボクはメルちゃんと視線を交わす。
そういえば、ギルドでステータスを確認するの忘れてた。確か、出発前にチロルで確認したステータスは――。
◆名前:リンネ
種族:人族/女性/12歳
職業:平民/冒険者
クラス/特技:魔術師/雷魔法
称号:銀の使者、ゴブリンキングの友、フィーネ迷宮攻略者、ドラゴン討伐者
魔力:22
筋力:25
勇者なんて文字、どこにもないよね。女神様やドライアードは、何を根拠に勇者なんて言ったんだろう。
まずいよ、証拠を見せろってギルドに連れて行かれたら――。
「リンネちゃんは勇者だよ! だって、銀の召喚石に選ばれたんだから!!」
「「えっ!?」」
アユナちゃんの一言に、場が凍り付く。
レオン陣営だけじゃなく、必死に隠そうとしていた情報を暴露されたボクたちも。恐るべし、小学生エルフ――。
ジト目でアユナちゃんを見つめていたメルちゃんも、ボクの方に頷きを送ってくれた。
もう、誤魔化せないし、言っちゃうよ。
「そうです。ボクは、銀の召喚石に選ばれた銀の使者です――」
「なんだとっ? い、忌々しい!!」
「それ、どういう意味ですか!?」
「召喚石は……そうだ、単なる呪いのアイテムだ。お前たちは呪われているのさ」
レオンの、ちょっと言葉に詰まった後で出てきた“呪い”という言葉に、何となく違和感を抱く。
「召喚石が呪いのアイテムって、どういうことですか? ボクにはそうは思えませんが――」
「呪いは呪いだ!」
明らかに動揺を見せる勇者レオン。対照的に、ヴェローナと剣士、魔法使いは不気味なほど静かだ。
「呪いなんて何も感じないですが? まぁ、もし呪われていても、魔人の呪いすら解いたアイテムを持って――」
「まさか、お前たちがニンフの呪いを!?」
「あ、はい。たまたま通り掛かって――」
「馬鹿が! 余計なことを!!」
「「!?」」
殺気――背筋が凍り付くような感覚。
ヴェローナ始め、西の勇者パーティが立ち上がる!
やばい、藪蛇をつついちゃった!?
『キエロ! 《地獄の業火》!!』
「えっ!」
突然、魔法使いの頭上に炎の渦が出現し、ボクたちの方へと――。
「《青き障壁》!!」
バフッ!
メルちゃんがボクたち3人を覆うように透明な壁を展開、迫りくる炎を掻き消した!
ドガッ!
間髪入れずに蹴り倒されたテーブルが、罅の入った障壁を粉砕する!
その瞬間、黒髪の剣士がボクに斬りかかってきた!
「うわっ!」
ガキンッ!
「リンネちゃん、下がって!!」
メルちゃんがメイスで剣士を剣ごと弾き飛ばす!
硬直する時――。
黒い棒を左手に持ち、《雷魔法/中級》のイメージを構築して周りを注視する。
肩で激しく息をするメルちゃん、床に蹲り頭を抱えるアユナちゃん。まずい!
相手は――。
各々の武器を手に取り、ボクたちを包囲しようと迫るヴェローナたち。
勇者レオンは、腕を組んで椅子に座ったまま、不敵な笑みを浮かべていた――。
ボクがやるしかない!
相手は人間、でも、かなりの強敵!
Dランクモンスター相手だと思って強く撃つ!
「サン――」
「いい加減にしろ! お前ら少しは落ち着けよ!!」
レオンの、恫喝にも似た一言に、武器を下ろしてレオンの背後に歩み寄る3人――。
「リンネ、お前たちの実力はわかった。だが、召喚石の呪いは強力だ。お前たち程度では解呪できないだろうよ」
「だから! どうして呪いって断言するんですか!!」
戦闘が中断し、ホッとしたのも束の間。
振り出しに戻された舌戦に、思わず声を張り上げてしまう。
「それは、邪神が創ったからだ」
「邪神――」
ボクの中で何かが1つに繋がり、何かが音を立てて壊れていく。
ボクがこの世界に来たのは、ボクを求めたのはやはり邪神なのか。また利用されるのか。この世界を滅ぼすために――。
「リンネちゃん、騙されてはダメ!!」
「でも……」
「そうだよ、召喚石は世界を救うために創られたんだって、エリちゃん言ってたよ!!」
エリザベート様――フリージア王国に伝わる伝承。
ふと、初めてミルフェちゃんに会った時のこと、銀の召喚石を受け取った時のことが脳裏に甦る。
ボクの頭の中に響き渡った声――大精霊クロノスと同じような優しい声を思い出す。
『リンネ、逃げずによく聴きなさい。魔王復活まで残り100日しかありません。一刻も早く封じられた残り7つの召喚石を集めなさい。きっと、貴女を支え、共に戦ってくれる仲間たちに出逢えるでしょう。この世界を救うことができるのはリンネ、貴女だけです。頼みましたよ』
そうだ、召喚石は呪いのアイテムなんかじゃないよ!
きっと、世界を救うための正しき道しるべなんだ!
「メルちゃん、アユナちゃん、ありがとう。勇者レオン、ボクは召喚石がこの世界を救うための物だって信じてる!」
「その点について、今は結論を急ぐつもりはない。だがな、世界が滅んでから後悔しても遅いからな? 俺は忠告したぞ。俺たちについて来なかったことを一生涯悔やむがいいさ!」
「わかってるつもり。また何処かで会うかもしれないけど――」
「一緒に行きませんか? 急げば今日中にノースリンクに到着可能ですよ」
アユナちゃんだ。
さっきまでとは違い、笑顔全快で勇者パーティを誘っている。
一方、メルちゃんはというと、とっても恐い顔で首を振っていた。
「すまない、行けない理由があるんだ――」
「えぇー! 一緒に魔人をやっつけようよ!」
レオンの後ろに控える3人は、引き続き負の感情を剥き出しにして睨みつけてくる。
「では……こうしよう。俺たちが魔人を倒しておく。お前たちは召喚石を持って来い。ノースリンクにあるんだよな? 俺が解呪してやるから、まだ召喚はするなよ?」
これ、交換条件のつもり?
呪いなんて掛かってないって言ってるじゃん!
「それなら――」
ガシャーン!!
突然、部屋の南側の窓が割れた!
「レオン様、奴等です!」
ヴェローナが耳打ちするのが聞こえた。
「勇者リンネ――残念だけど今日はさよならだ。わかってると思うが、俺たちのことは秘密にしてくれ。それと、召喚石の件、くれぐれも頼んだぞ!」
そう叫ぶや否や、勇者パーティは風のように消え去った――。
誰かが外壁を駆け上がってくる気配――って、ここは2階なんだけど。
もしかして魔人?
ボクたちも逃げるべき?
「逃げよう!!」
「そうですね! ほら、アユナちゃんもしっかりして!!」
イケメンが消えてしまい、意気消沈気味のアユナちゃんを引っ張り上げるメルちゃん。
西の勇者パーティから遅れること僅か数秒――部屋から出ようとしたボクたちを、白装束に身を包んだ5人組が取り囲んだ!
手に持つ剣や槍の刃が物騒に煌めいている――。
「リンネちゃん、さっきギルドで感じた気配です!」
えっ!?
『武器を捨てて降伏しなさい!!』
白装束のリーダーと思われる人が叫んだ。
声色からすると、妙年の女性みたいだ。
「貴女方は何者ですか? いきなり武器を向けるとは!!」
メイスを持ち、戦闘モードに入ったメルちゃんが大声を上げる。
アユナちゃんも、シルフとウィルオーウィスプを召喚し、抵抗の意志を見せる。ボクも棒を中段に構え、攻防双方の意識を高めていく――。
『我々は自警団、エンジェル・ウィングだ!!』
次回、今回登場したアリスについての閑話を複数回挟みます(予定)。




