34.ノースリンクへの旅路Ⅲ
元Aランク冒険者による特訓で、強さの何たるかを思い知らされたリンネ。そんな中、夜営をすることになった場所で――。
はい、皆さんコンバンワ。
こちら、安心安全のアユナ結界の中から生中継です。リポーターは、朝1時現在――ボク、へっぽこ賢者のリンネが担当しております!
ティミーさんから引き継ぐ際に確認したところ、魔物の襲来は3度ほどあったとか。幸い、結界を破ることができないと判断した魔物たちは潔く去って行ったとのことでした。
見張りを代わって半刻――何か、変です。
なぜか、周辺には魔物の気配が全くありません。まるで、コーラと間違えてお醤油を飲んじゃったときみたいに、違和感が増幅していきます。
さて、何故でしょう?
アユナ結界が優秀だから?
確かに精霊さんが頑張ってくれているみたいで強力ではあります。
しかし、有効範囲は馬車を中心とした半径3mほど――。
魔物が1匹もいない根拠としてはやや薄弱なのでハズレです!
ボクが強すぎて魔物が近づけない?
そんなことは全くありませんね、うん。
昼間はなるべく平静を保っていましたが、実はお腹が痛かったんです。
魔力操作で小学生に負け、得意技をおじさんに真似された悔しさもありましたが。
まぁ、ボクなんて、奥の手がなければ村人並の強さですから、魔物が逃げるわけがないですよーだ。
なら、近くに途轍もなく強力な魔物、例えばドラゴンとか、魔人とか、邪神みたいなのがいて、他の魔物が怖くて逃げちゃったとか?
確かに、ラノベならあるあるパターンですが、今回はそういう感じじゃなさそうです。
だって、唸り声1つ聞こえないどころか、以前感じたようなピリピリ感もないもの。
他に何か原因が思い浮かびますか?
えっ?
わからない?
仕方ないですね、ヒントをあげます。
もしこの場にミルフェちゃんが居たら、豪快に泣き出すアレですよ。
学校ごと未知の砂漠に転移してしまった小学生たちの運命やいかに――昔、図書室で友達と震えながら読んだ、あのホラー小説再来です。
さてさて、悲劇も喜劇も共有するのが仲間というものですよね! 皆さんも、是非とも起こして差し上げましょう!
「みんな、起きて!」
すぐさま馬車からメルちゃんが飛び降りて来る。なんて頼もしい子。
遅れて馭者席からは、ラーンスロットさんとティミーさんも湧き出して来た。
もう1人の仲間――雑用係のアユナちゃんは、まだ寝てるのか、姿が見えない。
「なんじゃこりゃ――」
ラーンスロットさんが絶句する。
それもそのはず、周囲に障害物が何もない丘の上を見計らって夜営をしたはずなのに、今いるのは噴水がある広場なんだから。
しかも、異常に明るい町並み――まるで……ううん、まさに、夜のネオン街みたい!
その明るさの原因は、飛び交う光の風。
俗にいうところの、人魂とか?
オバケと魔物の区別なんてわからない。
わからないからこそ、鑑定してみる!
《簡易鑑定:アンデッド種/レイス。肉体を失った魂のみの存在。害意のない者へ危害を加える恐れはない。》
「魔物かな? アンデッド種、レイスだって。魂のみの存在って――」
「物理攻撃は効かんぞ。結界があるから大丈夫だろうが、こんだけ大量に湧いた原因が気になるな」
「原因?」
「魔物の襲撃を受けて村や町が全滅するなんてことは、今の世の中じゃ当たり前なんだが、それだけならレイスがこんなに湧かないんだよな」
当たり前と言い切られたらそうなのかもしれないけど、聞くのと実際に見るのとでは大違いだ。
チラッとメルちゃんの悲しげな横顔を見る。ボクの視線に気づいたのか、彼女はボクを見るなり、強い意志を感じさせる眼差しで見つめてくる。
「恐らく、何か邪悪な実験が行われたみたいですね――」
そう言いながら、8の字に飛び交うレイスを見つめるティミーさん。
好奇心が人一倍強い彼も、今はいつも以上に険しい表情だった。
実験――。
大切なものを奪われ、利用され、貶められた記憶が脳裏を掠め、一瞬吐き気を催してしまう。
この罪悪感とも怒りとも取れる感情が、今の自分の推進力になっていることは否定できない。でも、負の感情では人の心を根底から動かすことはできないとボクは思う。
自分自身の、また他人の心を動かすことができるのは、正の感情でしかないんだって、ボクは信じている。もっと言えば、できるできないじゃなくて、やるかやらないかの方が大事。
つまり、何事も前向きに考えて行動すれば、必ず良い結果が付いてくるってこと!
「何か、魂が成仏できない理由がありそうですね」
「強いて挙げるならば、魂を繋ぐ鎖のような存在か、魂になってさえも守り通そうとする存在、といったところでしょうか」
いつの間に仲直りしたのか、メルちゃんとティミーさんがいい感じで会話をしている。
と思いきや、ボクは気づいてしまった。
メルちゃんが上を眺めているのをいいことに、その胸元をチラチラ見ているティミーさんに。よし、後でしっかり報告しておこう。
「そのいずれの可能性もあるな。よし、行ってみるか!」
ラーンスロットさんの重々しい決断が寒空に響き渡る。
ティミーさんが腕組みして目を閉じてしまった。いかがわしい妄想じゃなく、きっと行かない理由を考えてるんだ。
逆にラーンスロットさんは、楽しそう。肝試しとか好きなタイプかもね。
メルちゃんはこっちを向いて力強く頷いている。この子には恐怖の感情がないのかな。
アユナちゃんは馬車で寝てるのか隠れているのかわからない。
で、ボクは――。
「留守番はボクに任せて!」
「おいおい! 勇者が留守番してどうするよ!」
「もし召喚石があったらどうするんですか!」
Wクイックで否定されてしまった。
だって……魔物だとわかっても、危害がないとわかっても、怖いものは怖いんだもん!
トラウマが甦る――友達と行った高校の文化祭、そこで入ったお化け屋敷での思い出だ。
頭がおかしい奴っているよね。女の子ばっかり脅かすし。しゃがみこんで泣き出す女子を見て喜ぶ外道……思わず、匿名で教育委員会にクレームを入れてしまった。思い出すたびに、当時の怒りが再発してくる。
「僕は纏めるべき報告書があるので――」
ティミーさんがなぜか、あの外道高校生と重なる。
「もうっ! こうなったら怠け者を道連れにしてやるんだから! ボクたち2人で行ってくるから、皆さんで仲良くお留守番よろしく!!」
★☆★
広場を突っ切りながら、ふと思う。
どうしてあんな啖呵をきってしまったんだろう――。
ミルフェちゃんたちと一緒に迷宮攻略できた自信?
今さら勇者としての責任感が芽生えた?
ううん、怒りに任せて自暴自棄になっちゃっただけだよ。ふふっ、道連れにされたアユナちゃん、笑える。
「リンネちゃん、ホントに大丈夫?」
ププっと噴き出すボクを見て、アユナちゃんが近寄ってきた。
歩き方がぎごちない。寝起きだからと言うより、怖くて足が震えているみたい。
「う、うん……サッと行って、チラッと見て帰って来るだけだし……」
「うぅ……呪われちゃったらどうしよう……」
「の、のろって、えっ? レイスって、害意のない者へ危害を加えないんじゃ?」
「レイスは無くした身体を求めてるって、お父さんが言ってたよ」
「はぁ!? 身体が、乗っ取られちゃうってこと?」
「そう、かな? だからね、自分を決して見失うなって」
「わ、わかった! 自分を見失わなければいいわけね?」
自分を見失わないって何?
実はよくわかってないけど、気持ちを強く持てば、大丈夫だよね?
もう、何も考えずに行くっきゃない!
「じゃ、行くよ!」
「うん、行くー!」
アユナちゃんの結界に包まれたまま、ボクたちは最も明るい場所、平屋が並ぶ町の中央へと進んで行く――。
「ボクはボク、ボクはリンネ、リンネはボク……」
「リンネちゃん! じ、自分を見失っちゃダメだよ!」
「う、うん……頑張ってるよ!」
無数に飛び交うレイスたちは、精霊結界を貫通して飛び込んでくる。
まるで、お化けが家の壁を通り抜けるかのように――。
「ね、ねぇ……この結界、意味ないんじゃ?」
「そ、そんなことないもん!」
「じゃ、どうして魔物が中に入ってくるの?」
「えっと……精霊さんがね、入ることを許してるんだって……」
「意味ないじゃん!」
アユナちゃんが渋々精霊結界を解除した途端、不思議な空気がボクたちを包み込む。
不穏な感じはしない。
だけど、背筋を冷たいものが撫でていくような感覚は消えることはなかった。
時折、心を覗き込むかのようにボクの顔の前で静止するレイス――眼前を浮遊する死者の歪んだ顔に、思わず悲鳴を上げそうになりながらも、薄目をキープしながら歩く。
薄茶の屋根が軒を合わせるように続いている。
決して大きな町ではないと思う。
家が密集しているここは、住宅街の一画を占める商店街のようで、花や武器、壺のような看板が掲げられている。
この異様な明るさは、まるで容赦なく連鎖する稲光だ。
その光に照らされて、建ち並ぶ家屋の窓には、手や足のような黒い影が無数に映し出されては消え、また現れて――。
急激に汗ばむ手に神経が集まる。
アユナちゃんが逃げないように、その手をがっしりと握り、光の濃い方向へと歩き続ける。
ボクたちを取り巻く光の量に比例し、呼吸がだんだんと苦しくなってくる。
「ハァハァ……リンネちゃん、私……もうダメかも」
「ダメかもと思ったその瞬間って、実は未来の自分からの贈り物なんだよ」
「えっ、そうなの? でもちょっと意味がわからないかも――」
「もう少しだから、頑張って!」
「うん、頑張ってみるよ」
商店街を抜けると、大きめな教会が見えてきた。
教会を中心に、渦を巻くようにうねるレイスの群れ。
呼吸の苦しさを越えて、眩暈が襲ってくる。
「ハァハァ……リンネちゃん……私……ホントにもう……ダメ……」
「おめでとう! 真の限界を悟った瞬間、それは本気の自分が始まる瞬間なんだよ。やっとスタートラインに到着したね!」
「えっ? やっとスタートラインって……今までの苦労は……何だったのかな……」
苦しいのはボクも同じ。
下を向くと、道端を飾る花々が弱々しく歩くボクたちを嗤っている。
それでも!
遠のく意識を無理矢理に鼓舞し、ひたすら脚を送り出し前進する。
「ふぅ、やっと到着した」
「ふぇっ……またスタートライン!?」
「は? アユナちゃん何言ってんの?」
導かれるように進んだ先の教会。
金色の金具に縁取られた白く立派な扉が、手も触れていないのに、重々しく観音開きに開いていく――。
「見て! あそこ!」
「スタートラインなんて……見えないもん……」
教会の中に、レイスの姿はなかった。
その薄暗い建物の最奥に、横たわる何かが見える。
淡く光を放つそれは――レイスではない、確実に実体があるから。
でも、人間でもない気がする。
「あれは……ニンフ……だよ」
やっと自分を取り戻したアユナちゃんが答える。
「ニンフ? って、妖精?」
「ううん、精霊様。人間は女神様って呼ぶのかな――」
「えっ、神様だって!?」
「人間とは違う次元の存在だからね」
「そうなの……アユナちゃん、話せる?」
「うん、大丈夫だと思う。ちょっと待っててね」
ボクの警戒心を感じ取ったのか、怠け者さんが率先して動いてくれた。
★☆★
10分後――戻ってきたアユナちゃんから聴いた話は悲惨なものだった。
ニンフは何百年もの間、守護精霊としてこの町を見守ってきた。お世辞にも発展しているとは言えないが、豊かな自然と心ある為政者に恵まれ、活気のある素敵な町だったそうだ。
魔物が押し寄せて来る度に、彼女は町を愛する勇士たちに加護を与え、何度も撃退し続けたそうだ。
ところが、遡ること数ヶ月前、平和な町は一変する。突如として現れた魔人が、一夜にして平和を絶ったのだ。
呪いを与えられた人間が家族や親しい人を襲い、連鎖的に呪いが広がった。その結果、平和だった町は地獄に変貌を遂げた――。
魔人は、人々を死に至らしめるだけでは飽き足らず、魂そのものを犯した。そしてこの土地にも、呪いを齎した――。
犯された魂は天に還って輪廻を遂げることすら叶わず、意思を持たないレイスとなってこの地に束縛される。かつての平和な町は、呪いによって自然界の加護を失い、あと数ヶ月もすれば魔界へと繋がる門になるらしい。
ニンフは魔人との戦いで傷付きながらも、守護精霊としての義務を果たし、魔人がこの地に施した忌まわしき呪いを解呪しようとした。
しかし、弱体化した心身は逆に呪いに犯されてしまい、現在生命の危機にある――。
そんな話だった。
それでレイスたちが騒いでいたのかもしれない。
魔人――魔族の中でも上位の存在で、魔王直属の精鋭とも言われている。
かつてフィーネで見た姿を思い浮かべる。頭に生えた角、赤く光る眼、不敵な笑み――頭の片隅に刻まれたあの姿。いつ襲われるともわからない恐怖の中、ここまで旅をしてきたんだ。1度たりとも忘れたことなんてない。
魔界の門――それが、魔人の目的?
魔界の門が開けば、魔界から魔物が大量に雪崩れ込んで来るよね。それは絶対に阻止しなければ!
「ニンフを救えれば魔界の門は開かない?」
「多分、そうだと思う。でも、呪いにはリンネちゃんの魔法は効かないし、私の精霊魔法でも呪いを解くなんて無理――」
「なら、エリクサーで呪いを解くことはできないかな?」
「エリクサーって?」
「えっと、全状態異常を治せる奇跡の薬」
「奇跡? やってみる価値はあるね!」
ボクは、エリクサーを取り出し、壁に寄り掛かるニンフにそっと飲ませた。
エリクサーの放つ7色の光がニンフの身体を包み込む。
ニンフを蝕んでいた魔人の漆黒の呪印を溶かしていき――数分後には全ての黒が消滅し、魔人の呪詛を打ち破った!
女神としての力を完全に取り戻したニンフは、召喚した聖なる光の矛を地面に深々と突き刺す――。
すると、この地を縛る魔人の呪いは徐々に薄れていき、やがて、大地が淡く輝きを放ち始めた。それはまるで歓喜に震えているかのように。
これで魔界の門なんて物騒なのは現れないはず。良かった!
『神に求められし勇者よ。また、妖精王の加護を持つ者よ。汝らに深い感謝を! 魔人の陰謀を阻止してくれたこと、汝らの助力なければ不可能であった――』
女神様が、宙に浮いた状態でボクたちに笑い掛けてくれた。
あまりに眩しすぎる笑顔に、いや、それ以上にサラッと女神様が言った言葉に、ボクは反応できずにいる。
神に求められし勇者って、ボク? 妖精王の加護を持つ者って、まさかアユナちゃん? そんなわけないと思うけど、女神様が間違えるはずもないし――。
「勇者リンネ様の強い意志のお陰です!」
こういうときに役立つのは何も考えない小学生だけど、いきなり様付けで持ち上げられるボクの身にもなってよね。
「いえ、ボクたちが偶然通りかかったのも、神様のお導きだと思います。もっと早く来れれば良かったのですが――」
無神論者らしからぬ発言に、ボク自身が驚く。でも、目の前に神様が居るんだもん、そうなるよ。
『尊き心を持つ者たちよ、汝らに女神の加護を与えん、幸多かれ!』
女神様がボクたちに光のシャワーを浴びせてくれる。
あぁ、疲れが吹き飛んでいく――。
「「ありがとうございます」」
★☆★
日は既に昇りかけている。
暁に照らし出された足元をよく見ると、ボクたちが夜営した場所は、丘の上などではなく、既に風化した廃墟の上だった――。
そして、女神様の姿も街並みと共に忽然と消えていた。
急いで馬車に戻り、事の顛末をみんなに聞かせて一頻りビックリさせたボクたち。
メルちゃんには無理し過ぎだって怒られちゃったけど、エリクサーの件については賛成してくれたので助かった。
その後、出発までの数時間だけ夢の国へと旅立った。
女神の加護のお陰か、怖い夢を見ることもなく。
お読み頂きありがとうございます。また近いうちにお会いしましょう!




