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異世界八険伝  作者: AW
第2章 新たな仲間たち
33/92

33.ノースリンクへの旅路Ⅱ

 魔物を殺さないリンネたちに対し、魔物は人の負の感情が生み出した悪だとして、撃退できなければ殺すべきだと主張する護衛の二人。メルの強引とも言える駆け引きに、ティミーは一つの提案をする。リンネたちは、ドラゴンフライを殺すことなく撃退することができるのか――。

「ドラゴンフライ――敏捷性が高いだけでなく、空中から吐かれる炎が厄介ですね。そして何よりも、奴らは魔素から生じた、生まれながらの魔物です」


 ティミーさんが、右手の中指で眼鏡をくいっと持ち上げつつ、急降下してくる魔物について教えてくれた。

 生まれながらの魔物――その言葉を耳にした瞬間、ボクが彼に嵌められたことを悟る。


 撃退するための具体的な打開策を何ら見い出せないまま、ボクとメルちゃんは馬車から離れ、臨戦態勢を取った。


「リンネちゃん、早く魔法!」

「あ、分かった!」


 飛行系には雷魔法だよね。魔力が高い相手であっても、ある程度の効果は期待できるはず。

 でも、加減が難しい。どのくらいの威力で撃つべきなのか、初見のボクにわかるわけがない。

 威力が低すぎれば10分間のクールタイムを(しの)ぐのは厳しくなるし、威力を上げてうまく瀕死の状態に追い込めたとしても、それじゃ殺すのと何も変わらないと思う。

 あの(はね)だけを狙って千切るのも、空を飛ぶ生物にとっては命を奪うに等しい行為だし――。

 それ以前に、強烈な魔法に頼って撃退する今までのやり方は、魔法が負の力だと認めてしまうようで、ちょっと(しゃく)(さわ)る――。


 どうしよう。


 ほぼ無傷の状態で気絶させるほど、ボクは器用に魔法を使えない。

 かといって、全ての魔物と和解し合えるとも考えていない。


 うーん……。


「リンネちゃん!!」


 魔物の群れを目の前にして思考に沈むボクに、メルちゃんの叱責(しっせき)の声が飛ぶ。


「ごめん! ええぃ、《雷魔法/中級(サンダーレイン)》!」


 直線距離10mにまで迫っていたドラゴンフライ5匹に向け、雷の雨が斜めに襲い掛かる!


 弱く撃ちすぎたのか、それとも魔力がボクを大きく上回っているのか、ドラゴンフライの強靭な外骨格は雷の矢を尽く弾き飛ばしていく――。



 5秒間続いた雷の雨が収まると、赤い眼は一斉にボクに向けて飛び込んできた!


「リンネちゃん危ない!!」


 バキバキッ!


『ギギィ!?』


 間一髪、メルちゃんが出した青い壁(ウォール)が魔物の行く手を阻む!


 地面を転がるように逃げた先にあったのは、護衛2人の視線だった。

 力量を見定めようとするラーンスロットさんと、間近に見る魔物に興奮気味のティミーさん。どちらも手助けしてくれそうにない。


 ドンドンドンと、何度も壁を打ちつける音に思わず背後を振り返ると、そこに見えるのは殺到する巨大なトンボの群れ――。


 あっ、1つだけ方法があった!


「《水魔法(ウォーター)》!」


 ボクは右手を群れに向け、バナナ型の水の塊を1つ放つ!


 ドラゴンフライたちは、激しく回転しながら空中に漂う水バナナを凝視したまま動きを止める。そして――。


 パーンッ!!


 群れの中央で、大きな破裂音を立てて水バナナが四散した!


「「えっ?」」

「よしっ!」


 上空でホバリングしていた魔物たちが、突然、浮力を失った紙飛行機のようにそのまま地面へと落下していく。


 爆散した水飛沫は陽光を受けてキラキラ輝き、アーチ状に光る虹が、ボクたちの勝利を空から讃えていた――。



「リンネちゃん、何をしたんですか?」

「うん、ちょっとした裏技?」

「恐らく、脳震盪(のうしんとう)でも起こしたのでしょう。数万もの複眼を回した状態で強烈な光の刺激を受け、それが視神経を経由して脳に伝わる。この気絶は起こるべくして起こった、といったところでしょうか」


 地面でひっくり返っているドラゴンフライをつつきながら、ティミーさんが解説してくれた。


 トンボの前で指をクルクルして目を回させ、ポンと手を打つとトンボが気絶する――よく聞く話だ。

 実際、こんなに大きく凶暴な魔物にも効くとは思ってもいなかったんだけどね。


「しかし、最大の効果を生じさせた要因は()()()――奴らの卵の形状が酷似しているからなのか、大好物だからなのか……勇者様はバナナが弱点だということをご存じだったのですね」

「はい?」


 バナナといえば、お母さんが大好きだったよね。無意識に出ちゃったそれが勝因になるなんて――。




 ★☆★




 人が人に惹かれるってどんな感じだろう。


 今までの人生、人をそこまで好きになったことがないからわからないけど、恋に落ちる瞬間は、やっぱりビビビッて電気が走るのかな?


 もしそうだとしたら――。



「一丁上がりだな!」


 ラーンスロットさんが腰を擦りながら戻ってくる。


 メルちゃんが撃退したトロールを上回る巨大な魔物、オーガがorz状態のまま気絶している。


 圧倒的な速度の踏み込み、攻撃を躱しながらのジャンプ、そして目にも留まらぬ後頭部への1撃――全く無駄のない動きは、ある意味美しくもあった。

 ただの口が臭いオジサンだと思っていたけど、意外とカッコよく見えてしまう。


 でも、これは恋愛感情なんかじゃないよ?

 ビビビッとなんて、きてないからね。


 うん、さすがは元Aランク冒険者だと思う。魔力をどうやって操れば、あんなに速く無駄のない動きができるのだろう。修行とかお願いしたら、やっぱりお金取られるよね。


「何だ? 俺の顔にハエでも止まってるか?」

「な、何でもないですっ! さすがはAランクの方だなと思って――」

「あ? お前、いや勇者さん、魔力は?」

「えっと、確か22です」

「水色の娘は?」

「私は37ですが」

「ほぅ。あっちで寝ているちびっ子は?」

「えっと……メルちゃん、いくつだったっけ?」

「14ですね」

「なるほどな」


 そう言うなり腕を組んで考え事を始めてしまうラーンスロットさん。


「解せませんよね。あの剛剣ギベリンに勝ったと聞いていますが、正直、今の僕でもお2人同時に相手しても勝てるくらいですし」

「ティミー、相手は子どもだ」

「リンネちゃんは弱くありません!」

「いいえ、僕より弱いです」

「絶対に弱くなんてありません!」

「弱いですって」

「強いです!」

「メルちゃん、もういいよ――」


 凄い剣幕でティミーさんに言い寄るメルちゃんの腕を思いっきり引っぱる。

 最初は力任せに抵抗していた彼女だけど、ボクの顔を見るや大人しく引き下がってくれた。


「ごめんなさい。私、悔しくて――」

「ううん、ありがとう。でも、本当に強くないから」


「涙ぐんでいるお2人には悪いんだが、俺は護衛の任務を放棄しようと思う」

「「えぇ!?」」

「あぁ、悪い。護衛じゃなくてだな――短期間だが、お前らの師匠になってやるって意味だ」




 寝起き(まなこ)で馬車から降りてきたアユナちゃんが、訳もわからず巻き込まれるように加わる。


 まずはエリ婆さんのときと同じく「魔力」の意味から教えられた。


 何度聞いても吐き気のする話だけど、命を形作る魔力の素(その大部分が魂なんだけど)を、他者の命を狩ることによって己の糧とするというのは、やはりこの世界共通の真理らしい。


「勇者さんよ、魂ってのは何だと思う?」

「心身の中心、核みたいなものだと考えています」

「それは、身体のどこにあるのか知っているか?」

「心臓ですか?」

「違うな」

「それなら、頭とか?」

「それも違う」

「えぇと――わかりません」

「答えは、腹だ。腹黒いとか、腹を探るとか言うだろ? 身体の中心は即ち、心の中心でもあるんだ」

「確かに、魔力を練るときにもお腹に力を入れますね」

「隊長! 急いでいるんですから、言葉遊びは止めてくださいよ」

「ははは、すまんすまん」


 ティミーさんに突っ込まれ、笑いながら謝るラーンスロットさん。

 ボクって今、からかわれている?


「冗談はさて置き、魂は身体を移動するもんだ。その正体が魔力だと教えられただろう? だからこそ1箇所に留め置くことも、全身に満ちさせることも可能なんだ」

「魔力を全身に纏う感じですか?」

「そりゃ無理だ」

「勇者様、魔力は体内から出ることはできませんよ。出るのは死ぬときだけです。魔力というのはですね、身体の“外側”ではなく、“内側”に纏うんです」

「身体の内側に――?」

「なるほど、理解できました。こんな感じでしょうか?」


 自然体で立つメルちゃんの全身が仄かに青白く輝く。色白のきめ細やかな肌がほんのりと光っている様子が分かる。これが魔力を体内に満たしている感じなのか――。


「水色の嬢ちゃんは呑み込みが早いな! そっちのちびっ子もやってみろ」

「ん? こんな感じ?」


 欠伸をしながら背伸びをしたアユナちゃんの身体も、ほんのりと金色の光を帯びる。


「2人とも凄い――」

「リンネちゃんにもできるよ。えっとね、リラックスしてからね、ポワンとしたのをギュッとすればいいの」

「アユナちゃん、それじゃ説明になってないですよ。精神を制御しつつ、駆け巡る竜を全身に解き放つ感じですかね」

「いや、どっちも意味がわからないんだけど――」


 今までは魔力を1点に集中させることばかり考えてきたせいか、全身に分散させることが妙に難しく感じる。


 それでも、試行錯誤を重ねているうちに両足両手の先に集めることができるようになってきた。


「才能がねぇな」

「えぇっ!?」

「4箇所に集めるんじゃなくてさぁ、全身に広げるんだ。まぁ、常に練習を欠かすなよ。次だ、次! とりあえず、その黒い棒切れを振ってみせろ」


 棒切れって、オオグモの脚だよね。

 よし、剣道で鍛え上げた連撃を見せてあげるんだから!


 上段に構えて息を整える。


「ハァッ!」


 踏み込みを意識し、鋭く振り下ろす!

 勢いそのままに、身体を回転させてつつ片手で斬り上げると、止めに重い突き両手で放つ!


「リンネちゃんカッコいい!」

「さすがです!」

「えへへっ、ありがとう!」


 身内の大絶賛に思わず笑顔が零れてしまう。

 そんなボクに、臨時師匠から厳しい一言が――。


「こりゃ、全然駄目だな」

「遅いし、軽いですね。これで本当にギベリンに勝てたんですか?」

「……」


 奥の手については、まだ話せない。

 いつ敵にバレるともわからないからと、メルちゃんから口止めされているんだ。


「見ていろ」


 ラーンスロットさんが剣を鞘から抜き、低く構える。


 スーッと風が舞い上がったかと思うと、彼の姿が一瞬ブレて見えた――。


 シュッ!

 ザザッ!

 ヒューッ!!


 嫌味のように見せたのは、敢えてボクと同じ型。

 剣檄に遅れて音が、そして風圧がボクの頬を掠める。


 強さの、桁が違う――。


 死地を乗り越えてきた戦士と、ただの部活で振ってきた棒切れとの差は当然ある。

 でも、それ以上に歴然たる違いを痛感した。


「どうだ。何が足りないかわかるか?」


「……いいえ」


「覚悟だ。命を懸ける覚悟だ!」


「覚悟……」


 覚悟ならボクにだってあります、そう答えようとして口を(つぐ)む。

 それこそ、彼の言う覚悟がボクとは桁違いだと感じたから。


 湯気のように全身から溢れ出る魔力――それが魂の発露、心の強さだというのなら、ボクのそれは口先だけだといっているようなもの。


「お前ら余所者にはわからんだろうが、俺らは既に多くを失っているんだ。目の前で魔族に家族を喰われた奴の顔を想像できるか? 決死の覚悟で挑んだのに、ボロ雑巾のように負けて荒野に捨て去られた男の顛末(てんまつ)を想像できるか?」

「隊長!」


「すまん、今のは忘れてくれ……」


「……」


 甘かった――。


 自分しか見えていなかった――。


「リンネちゃん、大丈夫です。貴女は1人ではありませんから」

「そうだよ! 私たちはコンビネーションで勝てばいいの!」

「2人とも、ありがと。一緒に頑張って強くなろうね!」


 そして、ボクたちの修行が始まった。




 ★☆★




 馬車は大きな休憩を取らず、小休止という名の訓練と戦闘を繰り返しながらも順調に進み、日が沈む直前には何とか夜営予定地まで到着した。


 魔素や瘴気が溜まりやすい森や盆地を避けて、見通しの良い丘の上で夜営をするのがセオリーらしい。


「見張りなんだけどさぁ、俺らだけじゃ対応しきれないから、勇者さんたちにもお願いしていいか?」


 疲れているところ申し訳ないが――と付け加えながら、ラーンスロットさんが声を掛けてきた。


「勿論構いませんよ! そのつもりでしたし!」


 二つ返事でOKすると、ホッとしたような表情で、すかさずお尻をボリボリと掻き始める。

 こう見るとただの下品なオジサンなんだけど、その動作1つ1つが実は洗練されていて、少しの無駄も隙もないんだろうな――お尻を掻いているだけに見えても。


「それなら――」

「ちょっと待ったぁ!」


 突然、ボクたちの間に割り込む影があった。


「ん? エルフっ娘か。どうしたんだ?」


「私、精霊魔法の結界が張れるの! 馬車の周りだけだけど、魔力20くらいまでの魔物は入れないよ! 念のために見張りもいてほしいけど――」


 アユナちゃんの周りを飛び回る精霊たち。

 なるほど、精霊の力を借りればそんなこともできるのか。


 結局、疲労が溜まっていた全員の賛成を得て、アユナちゃんの結界に頼ることになった。

 とはいえ、頑張るのは精霊さんたちで、本人は相変わらず馬車で寝入っているんだけど、そこは小学生だから仕方がない。


 そんな安心安全なアユナ結界に包まれている間、ボクたちは不穏な闇に包まれているのに気づけずにいた――。

 何とか生きています。ゲホ、ゲホッ(仮病)。

 スマホが死に、体調不良や引越と重なり、放置プレイに移行していました――。

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