32.ノースリンクへの旅路Ⅰ
メリンダさんの依頼をクリアし、水魔法を習得したリンネたち。既に日は高く昇り、北の空に浮かぶ暗雲は彼女たちの到来を今か今かと待っているかのよう。“大切なものを失う”という不吉な占いを深く噛みしめながら、北への旅が始まった――。
10分も走ると、頻繁に魔物と遭遇するようになった――。
今のところはまだボクよりも魔力が低い魔物が大半で、《雷魔法》を撃てば容易に撃退することはできるんだけど、あまりにも数が多くて、クールタイム中に囲まれてしまうこともしばしば。
ちなみに、威力を極端に抑えると、射程が300mほどまで伸ばせることがわかった。それだけの距離があれば、接敵までに採りうる手段も増えるね。
はぁー、それにしても多過ぎだよ、魔物さん。
こんな場所に立つチロルの高くて頑強な城壁は、最近だけでも何度も魔物の襲撃を防いだそうだ。さすがは城塞都市といったところだね。
魔物を追い払いつつ、馬車に揺られてウトウトしているアユナちゃんに精霊召喚のことを訊いてみた。
「んにゃ? 自慢しちゃうぞぉ? 普通はね、純血のエルフでも生まれながらに《精霊召喚》が使える子って100人に1人くらいなんだって。えっへん! 私はその選ばれし1人なのだぁ!」
座席から立ち上がってドヤドヤなポーズを決めるエルフっ娘。フラフラしているので全然凄そうには見えない――。
「へぇ! どんな風に凄いの?」
「聞いちゃう? それ聞いちゃうのぉ?」
「教えて可愛いエルフさん!」
「えへへ! 仕方ないなぁ! まず、全精霊と契約可能です! あと、召喚に呪文がいりません! 契約している精霊の名前を言うだけで召喚できるんだぁ」
「あれ? この前は呪文を唱えていましたよね?」
先にメルちゃんに突っ込まれた!
「あれはね、そう、雰囲気作り! いきなり召喚するとか、感動がないでしょ?」
「そう、なんだ。うん、確かに感動は大切だよね――ちなみに、今はどんな精霊を召喚できるの?」
「それは……ほら、これからだんだんと増やしていって……いつかは精霊王も?」
「つまり、今はあの、可愛いトレントのトレンちゃんだけ?」
「うぅぅ……」
「泣かないでアユナちゃん! リンネちゃんはちょっとイジメ過ぎです。アユナちゃん、これから一緒に増やしていこうね?ね?」
今朝の共同作戦のお陰でさらに仲良しになったメルちゃんがフォローに入る。
嘘泣きなのに、完全に騙されてる――。
「アユナちゃん、精霊とはどうやって契約するの?」
「出会った精霊さんとお話するだけなの」
そうか。才能があっても、村に引き籠もっていたら契約精霊が増えないから、ご両親は旅に出したのかもね。
あれ?
もしかしたら、アユナちゃんって、エリ婆さんの愛弟子のリザさんよりも凄いのかな?
「出会ったらたくさんお話して契約してね! アユナちゃんなら凄い精霊魔法使いになれるかもよ?」
「やっぱり? えへへ! じゃあ、早速そこにいる風精霊のシルフちゃんや光精霊のウィルオーウィスプさんと契約しちゃうね!」
「えっ?」
『*****3********?*******************!』
「終わりましたぁ! シルフちゃん、ウィルオーウィスプさん、出てきて!」
「「わっ!」」
アユナちゃんが精霊たちを両肩に乗せて踊っている!
白くて可愛い半裸のシルフっ娘と、蛍みたいな光で全身を包まれた少年ウィルオーウィスプくん――アユナちゃんを信頼しているように、甘えるように一緒に踊っている。
でも、リザさんが召喚した精霊と比べると――。
「えっと、ごめん。凄いのは十分にわかったんだけど――アユナちゃんの精霊って、小さいよね?」
「うぅぅ……私が成長したら精霊さんも成長するんだもん! 頑張るもん!」
命を奪って魔力を上げる予定はないけど、何か他にも魔力を強化する術はあるはず。今はそう信じて前に進もう。
なんだかんだ話しているうちに、森の中からガサガサッと大きな魔物が這い出してきた。
馭者席のラーンスロットさんが叫ぶ!
「トロールだ!!」
《簡易鑑定:妖精種/トロール(魔物化)。強靭な肉体を持つ巨人で四肢を切断しても生き延びるほどの生命力を持つ。》
身長がボクの3倍を超す巨人、見るからに強そうなんですけど!
10m先に現れた怪物を目の当たりにして、冷静なのはメルちゃんとラーンスロットさんの2人だけ。
ボクを含め、他の3人は恐怖で顔が引き攣っている。精霊さんたちも、いつの間にか消えてしまっている。
「俺が殺る!」
赤い光を放つ大剣を右手に、馬車から飛び降りようとするラーンスロットさんの背中に向け、メルちゃんが声を掛ける。
「待って!」
「なんだ?」
「無駄な殺生は避けてください」
「なんだって?」
「殺す必要はありません。うまく追い払ってください」
「不可能だ! 眼を見ろ、あいつから敵意を奪うことなんかできやしねぇ!」
確かに、爛々と光る赤い眼はまっすぐボクたちに向けられていて、すぐにでも飛び掛かりそうな雄叫びを上げている。
「なら、私がやります。貴方は見ていてください」
「チッ、危なくなったら加勢するからな?」
メルちゃんが大グモの脚を持ち、静かに馬車を降りる。
「メルちゃん、無理しないでね」
「はい。多分、大丈夫です」
馬車から横に数m歩いて離れるメルちゃん。
トロールも狙いを彼女に定めたようで、手に持つ棍棒の先を向け、歯茎を剥き出しにして睨んでいる。
「来なさい、出来損ない!」
『グオォォォ!!』
挑発の意味を理解したのか、人の背丈以上の棍棒を振り回しながら突進するトロール!
しかし――突然、足元に現れた青い半透明な壁に躓き、豪快に顔から地面に倒れ込む。
「ふんっ、太り過ぎて自分の足元が見えてないんじゃないの?」
棍棒から腕へ、腕から背中へ、背中から首元へと軽快に跳び上がるメルちゃん。
ふわりと翻るコートがカッコいい!
頭を踏みながら、眉間に向けて棒を突き出す。
メルちゃんが1言話し掛けると、赤い光を放っていた両眼は瞬く間に色を変えていく。
そして、巨躯を起こして森の中へと走り去った――。
「まさか本当にトロールの戦意を挫くとはな。俺の想像以上だ――」
「メルちゃん、凄い!」
「カッコよかった!」
メルちゃんは称賛に照れ笑いを浮かべながらも、馭者台に座るラーンスロットさんへ毅然とした態度で話し掛けた。
「たとえ魔物化しても、生存本能そのものまでは失っていなかっただけ」
「どっちが上か、白黒はっきりさせたってわけか」
「知性がある魔物は殺さずとも撃退できます」
「まぁ、今回はうまくいったが、いつも思い通りにいくとは限らんだろ?」
「その時は、逃げるか別の作戦で対処します」
「対処できなければ殺すからな――」
「ラーンスロットさん、私たちの方針に従わないのでしたら、今すぐお帰り下さい」
「は?」
「メルちゃん、何を言って――」
「リンネちゃん、最初からはっきりさせた方がいいと思います」
「それはそうだけど――」
冒険者同士だった前回の旅では、最初から明確なルールを決めてから出発した。
そのお陰で魔物に関するトラブルは起きなかったんだけど、メルちゃんが言いたいのはそのことだよね。
「困ったなぁ、俺はメリンダから『死んでも3人を守りなさい』って言われてんだけどなぁ――」
「ちょっといいですか?」
「あぁ?」
頭をボリボリ掻くラーンスロットさんの背後の馭者席から、もう1人の護衛、青髪のティミーさんが降りてくる。
「支部長からも報告を受けていますが、勇者様方が魔物を殺さない理由を改めて説明していただいても良いですか?」
嫌味のない爽やかな笑顔――でもその裏には、何を言おうと説得できるという余裕が感じられる。
「ボクから説明しますね」
メルちゃんと頷き合い、ボクが1歩前に出る。ちなみに、アユナちゃんは馬車の中でお昼寝中だ。
「理由はいくつかあるんだけど、そのうちの1つは、魔物の全てが悪とは限らないってこと。魔物化する前は善良な妖精だったかもしれないし、家族を守るために戦っているのかもしれない」
「それは単なる幻想ですよね?」
笑顔を崩さず鋭く突っ込んでくるティミーさん。その余裕ぶった表情に、ボクの負けず嫌いが発動してしまう。
「幻想、いいじゃないですか。家族や仲間を守りたいのは、全ての生物の願いじゃないんですか?」
「どうでしょうか。あ、いや、知性のない微生物がどうこうと言うつもりはありませんよ? ただし、これだけは断言できます。人々の負の感情の集積物が魔素であり、魔物とは、魔素に侵され支配された生物、もしくは魔素から直接生じる生命体の総称なんです」
「魔物が、人の負の感情から、生まれる?」
「えぇ、本当です。魔物学は私の専門ですから」
よくわからなくなってしまった。
あの時の黒ウサギの眼、そしてあの行動は何だったの?
魔力は、願う力だと思っていた。
心の奥深くにある熱い思いだと思っていた。
それが、憎悪の感情や怒りの感情だなんて、信じられるもんか!
「魔素って、魔力の素ですよね? それなら、負の感情だけじゃないでしょ! こうしたいって強く願う気持ちは決して負の感情だけとは思えないよ!」
「そう考えますか――少数説ですが、理屈はわかります。ですが、こうは思いませんか。魔素に善悪の区別があるのなら、魔物同士で争っているはずだ、そして魔物の中にも人の味方をする者がいるはずだ、と。現状が全てを物語っています。魔物を支配する魔素は“悪”そのものだと」
憎しみが魔物を生み出す。憎しみをもってそれを殺し、力を得る。その憎しみが再び魔物を生み出す――無限に連なる負の連鎖。
地獄と呼ばれるこの世界の仕組みの一端を見た気がする。
「魔物化は、魔素による一種の状態異常、一時的な洗脳だと解釈できませんか?」
黙ってしまったボクの代わりに、静かに聴いていたメルちゃんが口を挟む。
「かつては、50年前はそれが通説でしたね。しかし、捕獲した魔物に解除魔法や数々のアイテムを試すなど、対照実験を重ねた結果、王国が出した結論は、否でした。魂を形成する魔素を浄化する術は、死滅させること以外にはないのです」
「でも、さっきのトロールだけじゃなく、他の魔物だって、殺さずに撃退できたよ!」
言葉を選んで話すティミーさんの慇懃無礼な態度に、ボクは1人感情的な大声を出してしまった。
「撃退、確かにそうですね。あれは魔物の魂を、より大きな負の感情たる恐怖が揺さぶった結果です。負の感情は負の感情でしか上書きができませんから」
命を救おうとしてきた今までのボクとメルちゃんの行いが、負の感情だったなんて――。
「まぁ、あれだ――可愛い顔して、バッタバッタと魔物をぶち殺すよりはいいよな! で、どうするよ? 今まで通りに脅してみて、通じなかったら殺すってことでいいか?」
ティミーさんの登場で俄然勢いを盛り返したラーンスロットさん。
でも、それでもボクは魔物といえども、殺したくないよ――。
「そうですね。やはり貴方たちとは考えが違うようですので、ここでお別れしましょう」
「メルちゃん……」
冷たい声で言い放つメルちゃんだけど、ボクへと向けられた彼女の顔には、ボクを安心させようと必死に頑張る頼もしい笑顔があった。
「おいおいおい、話を聴いてたか? 北に行くほど魔物は凶悪になるんだ。そんな甘っちょろい考えじゃ殺されちまうぞ!」
「私たちは私たちのやり方で進みます。ご心配はお掛けしませんので、さようなら」
「おいティミー、何とか説得してくれよ!」
「はぁ……では1つ、賭けをしませんか」
「賭け?」
「リンネちゃん、乗ってはダメです!」
「ははは……僕は詐欺師じゃないですよ?」
「自分でそう言う人が1番怪しいのです」
「そんなぁ……」
「メルちゃん、一応聴くだけ聴いてみよう?」
地面に突っ伏すティミーさんに救いの手を伸ばすと、ここぞとばかりに食いついてきた。
「それじゃ、次に遭遇する魔物を殺さずに撃退できれば勇者様の勝ち。僕たちも全力で殺さずを貫きましょう。もしできなければ、指示に従ってもらいますよ」
これならこっちに勝算があるよね。だって、今までで撃退できなかったのはドラゴンを除けば魔人や魔族くらいだし――。
「わかりました、それでいいでしょう。約束は違えませんね?」
「勿論ですよ! あっ、さっそく魔物がやってきたみたいですよ!」
「えっ?」
ティミーさんが指差す方角には、暗雲と見間違えるほど黒々とした魔物の群れが飛んでいた。
《簡易鑑定:ドラゴンフライ。上空から高魔力の炎を吐く魔物。》
お腹が痛くてダウンしておりました;;。
高評価、ありがとうございます!! 頑張ります;;。




