31.勝負
チロル支部長メリンダさんの有無を言わさぬ勧めで、ノースリンクへと旅立つことになったリンネたち。新たな仲間、ロリエルフのアユナちゃんを加え、赤の召喚石を求めて、いざ、出発!と思いきや――。
この世界に来てから13日目の朝6時少し前、ボクたち3人は既にチロル北門の馬車の横に居る。これから自己紹介をして、遥か北の地へと出発する予定だ。
今回の馬車はギルド専用車らしい。ミルフェ王女の馬車には劣るけど、座席も柔らかくて座り心地グッド。しかも、馭者兼護衛のお兄さんが2人も同行してくれる。
メロスやリュークの件を報告していたので、メリンダさんなりに同行させる人物を厳選した結果、数年前からギルド職員をしているこの2人が選ばれたそうだ。
「僕はティミーと申します。Cランクで、歳は22です。勇者様たちのお世話ができて光栄です!」
メルちゃんよりやや濃い青髪の、見るからに好青年さん。図書館のカウンターに住み着いていそうなタイプで、眼鏡をぐいっと上げる仕草が似合いそう。
「俺はラーンスロットだ。元Aランクだが、3年前に引退した。40歳のおっさんだが、仲良くしてくれよ?」
緋色の髪のお兄さんで、年齢よりはずっと若く見える。確か、Aランクって冒険者全体の中で5本の指に入るはず。どのくらい強いのか気になるけど、模擬戦闘をしたいわけじゃないのでそっとしておこう。
「えっと……Dランクのリンネ、12歳です」
「同じく、Dランクのメルです。14歳です」
「同じく、Dランクのアユナです。11歳です!」
「ううん、アユナちゃんはFランクだよ」
「えぇ!?」
「だってアユナちゃん、何もしてないじゃん」
「うぅ……」
「おっと、忘れてた忘れてた。最近どうも物忘れが多くてな」
小学生が嘘泣きを始める寸前、ラーンスロットさんが慌てて懐から何かを取り出す。
「そういえば、支部長から託けを預かっていたんだよ」
ラーンスロットさんが、引っ張り出してきたのは雑に4つ折りされた紙切れ。それを広げて伸ばし、徐に読み始めた。
『えー、昨晩貴女方の未来を占ってみた。直接言い難いからコイツに言わせるわね。占いに出たのは2つ。良い方と悪い方だけど、どっちから言えばいいかしら。そうねぇ――なるほど。良い方から伝えるべきだと占いに出たからそうするわね。えっと、町で暗躍している不良少年団を懲らしめてほしいの。成功したらお小遣いをあげるわ――』
「ん? これって占いというか、依頼かな?」
とうとう突っ込んでしまった。
「端的に言えばそうだな。続きを読んじまうぞ。『それと、悪い方だけど――貴女たちは近い将来、大切なものを失うことになる。でも諦めず、挫けずに進んでほしい』だってよ。まぁ、最後のは気にすんな。気にし過ぎると幸運まで逃しちまうからな」
大切なもの――メルちゃんと、そしてアユナちゃんと目が合う。
「大切なものって、何でしょう?」
「わからん。知らねぇ方がいい未来だってある。たとえ占いが当たっても、その場で後悔しないように今を全力で生きろ。って、おっさんクセェ蘊蓄は終いだ。どうするんだ、依頼は受けるのか?」
旅にお金は欠かせない。所持金を使い果たしてしまったボクたちには断る理由がなかった。
★☆★
ティミーさんからの情報を頼りに、まずは噂の不良少年団の動向を探ることになった。
メルちゃんとアユナちゃんは開店準備に追われる早朝の商店街を調査し、ボクは町全体を見張るためにギルドの屋上へと上る。
別行動には不安があったけど、あの2人がもっと仲良くなればと、思い切ってボクが提案したんだ。
ギルドの屋上は高さ1mほどの塀に囲まれた造りになっていて、長方形の四つ角には動物を象った像が置かれていた。
そのうちの1つ、町のおよそ7割を見下ろすことができる北東側にある獅子の像の背中で、ボクは動き出した町をじっと観察することにした。
板チョコ風の石畳を忙しなく駆け抜ける馬車。路面電車のような構造らしく、十分刻みで同じ道を周回しているみたい。
行き交う人々は皆、お揃いの茶色い服を着ている。学校の制服なのか、軍服なのかはわからないけど、若い男女が楽しそうに会話をしながら歩く姿に、自然と昔の自分が重なる。
髪色は様々だけど、フィーネとは違って獣人は全く見当たらない。
1時間、2時間と平穏な時が過ぎていく――。
陽気な太陽がぽかぽかと気持ちの良い秋の長閑さを演出する。
こっちの世界に来て、これほど落ち着いた時を過ごしたのは初めてかもしれない。
強烈な睡魔を前に、何度も閉じそうになる瞼。
ふと、昔のことを思い出したボクは、独り笑い声を上げる。
1年くらい前だったかな。隣の席の男子に、眠くなった時にどうすれば目が覚めるのか訊いたことがあった。
その男子は、顔は悪いけど成績が良くて、参考になればと思って声を掛けたんだけど、返ってきたのは“股間を思いっきり叩く”という身も蓋もない方法だった。
苦い失敗談だけど、懐かしさで思わず笑ってしまった。
その時、ボクが見下ろす先に少年たちの集団が見えた。
5人組――男子3人と、女子2人だ。
中央広場の横に置かれた噴水用のタンクの上に陣取り、数mの高さから広場を見下ろしている。
ボクは彼らの2倍以上、およそ10mの高さにいるので、見つかることなく一方的に彼らの一挙手一投足を観察することができた。
リーダーと思しき高校生くらいの黒髪男子が、隣の子に何か指示を与えている。その、中、いや小学生くらいの男の子も黒髪だ。もしかしたら兄弟なのかもしれない。
そして、もう1人の男子――ボサボサ茶髪の太っちょは、隣でニヤニヤしながら話を聞いている。
女の子2人は高校生くらい。濃い緑色と紺色の、どちらもショートカットで活発そうな感じ。タンクの上に寝そべり、下を歩く人たちを指差してはケラケラ笑っている。
どこにでもいそうな集団――そう思った矢先、事件が起きる。
バーンッ!
突然現れた青い水の塊。
それが広場の上空に達すると、大きな音を立てて爆発した!
爆発物!?
地上を逃げ惑う人々――ただ、湧き上がる悲鳴からは、恐怖よりも怒りの感情が感じ取れた。
《水魔法》?
よく見ると、乾いていた石畳のあちこちには水溜りができていて、びしょ濡れになった若いカップルたちが怒りを露わにして犯人捜しを始めている。
そして――タンクの上で声を殺して笑い合う男女5人組。
うん、彼らの悪戯なのは明白だね。
「なるほど、依頼内容は彼らを懲らしめることか――」
独り言を呟きながら、どうすれば悪戯を止めさせられるんだろうと考える。
雷バチバチで痛い思いをしてもらう? いや、逆効果かもしれない。捕まえて兵隊さんに引き渡す? うーん……証拠もないし、そもそも解決になるのかわからない。それなら、話し合って説得する? それができるなら、こんな依頼はこないよねぇ。
何か、何かあの子たちの心の中から変えられる方法はないかな――あっ、そういえば。
さっきの股間を叩く男子の話で思い出したことが1つ。あいつ、イジメっ子をぎゃふんと言わせてやるとか言って猛勉強を始めたんだ。
最初はおバカだったけど、テストでいじめっ子たちの得意科目全てを撃破していくうちに、いつの間にか頭が良くなっていた。それだけじゃない。いつの間にかイジメもなくなっていったんだよ。
イジメっ子が彼の実力や努力を認めたからなのか、単に凹んで謙虚になったからなのかはわからない。でも、得意分野の勝負で負かしちゃえば大人しくなるってことじゃない?
「そうと決まれば新しい魔法、水魔法にチャレンジだ!」
水筒の水を1口だけ口に含むと、右手にも水を湛えて静かに目を閉じる。
水、水、水……身近な液体だからイメージしやすい。H2Oなんて化学式で、水素と酸素からできているってことくらい、小学生でも知ってる。水を作る実験だってやったことがある。
ここじゃ水素を集められないし、そもそも実験道具すら無いから、今から作れと言われても困るけど、そこはファンタジー要素溢れる世界。魔力が奇跡を叶えちゃいます!
甘い水の味と、冷たい感触。
掌を通じて伝わる水の意味を、魔力で理解していく――。
何度も何度も試行錯誤を繰り返した結果、1時間ほどでボクの掌に水が現れた!
「まだまだ! もっと、もっとたくさん!」
両手で作ったお盆から水が湧き出るイメージ。
練り上げた魔力を掌に集中させると、さらにじわじわと水が湧き出てきた。
僅か5分少々で、掌が水浸しになる。
舐めてみると、少ししょっぱい感じ。
わっ、やだ!
これ、ただの手汗じゃん!
まぁ、そんな簡単に魔法を習得できたら魔法書なんていらないよね――。
結局、正攻法での勝利を諦め、ボクは勝負に向かうことになった。
★☆★
ギルドの屋上から突然降ってきたボクに、5人組は騒然となっていた。
それもそのはず、《空中浮遊》の魔法で天使が舞い降りたんだからね!
勿論、パンツが見えないよう、スカートの裾は紐で3重に巻かれている。
「な、なんだお前!」
「通りすがりの大賢者ですが、何か?」
踏ん反り返って偉そうに答えるボクに、高校生たちは1歩、2歩と後退る。
「か、可愛い……」
小学生に言われても嬉しくない!
「君たちの悪戯、全て見させてもらったよ。他人に迷惑を掛けて喜ぶなんて、どうかしてるんじゃない?」
「はっ! お前、余所者だろ! 事情も知らずに出しゃばるなよ!」
リーダー的な黒髪男子が腰を引いたまま言い返してきた。
態度はおいといて、結構カッコいい。女子2人はこの人目当てなのかも。
「事情なんて、こっちにだってあるし! 余所者だからできることもあるの!」
「歳下に説教されたくねぇ! おい、ジーク! パンツまでびしょ濡れにしちゃえ!」
「えっ、でも……」
「ケンカだったらボクが勝つに決まってるからね。うん、君たちの得意な水遊びで勝負してあげようか?」
「勝負? じゃあ、俺たちが勝ったらお前は俺の下僕になれよ?」
「えっ!? それじゃ、ボクが勝ったら言うこと聞いてもらうからね?」
正直、ちょっと誤算があった――。
水魔法の使い手は、弟君だけじゃなかった。リーダーも、太っちょも、女子2人も使えたんだ。
必勝の策を練っていたはずのボクの頬を、嫌な汗が滴る。
「ルールは簡単。3分間でどれだけ多くの水を集められるかの勝負」
「わかった」
ボクたちの目の前には水を抜かれた噴水がある。
そのドーナツ型の堀を板で2つに仕切り、お互いの側から水を溜めていくという内容。
「それでは両者とも、用意はいいかい?」
審判を買って出てくれたのは、通りすがりのお婆さん。
「あぁ、準備万端だぜ!」
「いつでもどうぞ!」
半円を囲む5人組とボクは、共に自信満々に答える。
「では、始めっ!」
「「水よ!」」
開始早々、5人組が水魔法を発動させる!
弟君の手からは水道水の蛇口を精一杯捻ったくらいの水が湧き出ているけど、他の4人はチョロチョロ出る程度――。
「よ、余所見とは、大賢者様は随分と余裕なんだな!」
「まぁね」
何もせずに立ち尽くしていたボクに焦りを覚えたのか、リーダーがちらちらとこっちを観察してくる。
よし、そろそろかな。
開始から1分くらい経過したころ、ボクは噴水の縁に上って魔法を唱えた。
《時間停止》
《空中浮遊》
そして、ギルドの屋上に向かって全速力で飛び上がる!
屋上には、水を満載した水槽が置かれ、流しそうめんさながらのスライダーがいくつも設置されていた。
そのスライダーを全て噴水の方に向け、水が正確に流れるようにセットする。
そして、再び噴水の縁に向かって飛び立つ!
屋上で待つ2人――あちこちで大量の水を買い占め、屋上まで運んでくれたメルちゃんと、トレンちゃんに流しそうめん用のスライダーをたくさん作らせたアユナちゃんに手を振りながら。
「なっ!?」
轟音と共に噴き出す水、その長々と伸びる木の筒を辿っていく人々の視線は、ギルドの屋上に注がれる。
ひょっこりと顔を出したメルちゃんたちを見て、リーダーは顔を真っ赤にして怒鳴る。
「汚ぇぞ! それ、魔法じゃないだろっ!」
「魔法で勝負するなんて、ボクは言ってないよ?」
そっけなく答えると、彼の仲間たちは事実を認めて俯いてしまう。
魔力が尽きたのか、降参の意思か、誰もが魔法を停止している。
「それなら、こうだっ!」
敗北を認めたくないリーダーが、引き分けを狙って仕切り板を取り除く――。
「「あぁっ!」」
圧倒的に量が多いボクの側から自陣に引き入れようとした水は、しかし逆効果を生む。
ボクの側は青い透明な壁に護られて水深を減らすことがない代わりに、彼らの側は、排水溝の蓋を兼ねていた仕切りを取り除かれ、折角5cmほど溜まった水が虚しく流されてしまった――。
そして、審判婆さんの朗々とした声が広場に響いた。
「この勝負、そこまで! 勝者は大賢者リンネさん!!」
★☆★
「面白いものが見られたわ」
お婆さんの変装を解きながら、満面の笑みを見せるのは奇術師を自称するメリンダさんだ。
ボクは、報告が面倒臭いからという理由だけで、彼女に通りすがりを装って審判をお願いしていた。
でも、今回の依頼主であるメリンダさん自身も大満足の結果だったようで、良かった良かった。
「それにしても、あの人たちが孤児だったなんて」
「シオンさんでしたっけ、貴女のお友達。うまくやっていけそうよ」
依頼の背景には、孤児院内のカーストがあったらしい。
それを目聡く感じ取ったシオンちゃんが、今回の依頼を考え付いたんだとか。
勝者であるボクから、今後は孤児院の仲間たちに意地悪せず、優しいリーダーとして振舞ってほしいと言われた黒髪君は、事情を察したのか、バツが悪そうに頷いていた。
彼の仲間たちも本当は彼の良い面に惹かれていたようで、凄く喜んでくれた。
「でもね、彼も悪気があるわけではないの」
笑顔を収めて真顔で語り始めたメリンダさん。
彼女によると、水を掛けられたカップルは、末永く続くという言い伝えがあるんだそうだ。濡れるとピッタリくっ付くからだって。何となくだけど、わかる気がする。
「約束のお小遣いは払えないけど、欲しい物を手に入れたみたいね」
「はい、お陰様で」
大量の水を準備するため、お小遣い分を全て前借りしていたんだよね。
でも、その代償以上の物をボクは手に入れることができた。
《水魔法/下級:水を生成、操作することが可能》
脳裏に浮かぶカードには、どこかで見たことがあるような姿が映っている。
水道局のイメージキャラ――じゃなくて、水の精霊さんだ。水の羽衣を身体に巻き付けた、ちょっと際どい露出度の女の子――。
手汗なんかではなく、甘い水が生み出せる魔法。飲料水にも使えるし、トイレにも便利! まぁ、そんな使い方をしたら水の精霊さんに怒られそうだけど。
「急なお願いをしてごめんなさいね」
「いいえ、得る物がありましたから! それと、シオンちゃんにも頑張ってと伝えておいてください」
「必ず伝えるわ。リンネ様も、くれぐれも気をつけて――」
メリンダさんの泣きそうな顔を見たとき、あの“大切なものを失う”という占いを思い出してしまった。
いつ、どこで、何が起ころうと、ラーンスロットさんが言っていたように、今を精一杯生きれば後悔しないはず。
その思いを胸に、ボクはメルちゃん、アユナちゃんと手を繋いで歩きだした――。
ちょっと最近は体調が悪くて、夜の執筆を頑張れません。ペースを落としたくないのですが、体長が悪いとモチベーションまでもが落ちてしまう。




