30.メリンダ・シャーリン
城塞都市チロルで魔法や装備を整えたリンネとメル、それにアユナの三人は、ケンカ気味だったシオンと無事に和解できた。その後、冒険者ギルドのチロル支部長に呼ばれて――。
「さぁ、お入りくださいな」
複雑な幾何学文様が刻まれた木の扉を開け、受付の女性がボクたちに入室を促す。
「「失礼します」」
アロマのような甘い香りが漂う薄暗い部屋は、まるで占い師の館のよう。足を踏み入れた途端、天井に光のカーテンが舞う。
見上げると、小さな水晶が入口から同心円状に点灯していく様子が見えた。ドミノ倒しの主役のような爽快感が、ボクの睡魔を一瞬で消し飛ばした。
「星空みたい!」
「ちょっと酔いそう」
「……」
天井に輝く水晶を眺めるアユナちゃんに対し、ボクのはピンク色に彩られた四面の壁を見ての感想。
メルちゃんはというと、壁沿いの椅子に座る女性に釘付けになっていた。
「そういうことですか」
「ん? どういうこと?」
メルちゃんの呟きの意味がわからず訊き返しながら、彼女の視線の先を追う。
「人形、だよね」
案山子以上、マネキン未満――ざっくり過ぎるけど、まさにそんな表現が相応しい。
髪は毛糸の束を垂らしたように大雑把だけど、顔はよくできている。傀儡のような口元以外は、中年女性っぽいふっくらとした輪郭をうまく表現していた。
『どうぞ、お座りくださいな』
「わっ、人形が喋った!?」
口の動きが発音と合っていないので、異常な違和感を感じるけど、嫌な感じはしない。
「さぁさぁ、支部長もそう言ってますし、あちらの丸テーブルにどーぞ」
この人形がチロル支部長?
背後から受付嬢が声を掛ける。獣人や妖精だっているんだから、そういう種族もいるのかな。
ボクたちは変な緊張感を抱きながら、人形が座るテーブルの席に着いた。
『ようこそチロルへ! 勇者リンネ様、お待ちしておりました。私は冒険者ギルド、チロル支部長のメリンダ・シャーリンと申します』
「初めまして、リンネです」
「アユナです!」
「初めまして。メルと申します」
人形に向かって挨拶を返すボクとアユナちゃん。
メルちゃんはしばらく悩んだ後、振り返って受付のお姉さんに挨拶をする。
『ふふふっ、ごめんなさいね』
「はい?」
「リンネちゃん、危ない!!」
人形に気を取られていたボクに、メルちゃんが叫ぶ!
咄嗟に立ち上がって振り返ると、強襲する受付嬢が見えた。
ボクを捕まえようと伸ばされた腕を掻い潜り、お腹に右拳を叩きつける!
《攻撃反射》を発動しての1撃は、間違いなく鳩尾に入ったはず。
でも、彼女の勢いを削ぐことができず、ボクは捕まってしまった――。
「捕まえた!」
「なっ!?」
赤い服がボクを窒息させようと押し潰してくる。
ボクたち3人分を足しても勝てそうにないほどの胸に顔を挟まれ、意識が朦朧となる。
「あぁ、なんて可愛いのかしら。癒されるわぁ!」
「メリンダ支部長、お戯れはそのくらいで」
「あら、怒っちゃった? いいじゃないこのくらい」
そう言うや否や、ボクを解放したメリンダさんは棒を構えるメルちゃんに向かって両手を上げて降参の態度を示す。
「改めまして、私がメリンダ・シャーリン。人は畏敬の念を込めて天才奇術師メリンダと呼ぶわ。よろしくね」
「変態奇術師の間違いではないでしょうか?」
「失礼ね。メルさん、貴女の顔に“羨ましい”って太字で――」
「そんなこと、書いてありません!」
「まぁ、いいわ。自己紹介はこのくらいにしておいて、本題に入るわよ」
この一連の騒ぎ、自己紹介なんだ――。
未だに赤面が止まないボクは、人形をつついて遊ぶアユナちゃんを席に座らせ、受付嬢、いや、支部長メリンダさんに向き合う。
メリンダさんの雰囲気が一変する。
メルちゃんが身体をビクッとさせてこっちを見てくる。アユナちゃんは終始ニコニコしたまま。なにこの天使なエルフっ娘――。
「私は、貴女方の迷宮探索に反対だわ」
「えっ? どうしてですか? ギルドマスターは協力すると約束してくれましたよ! それに、ミルフェちゃ――王女だって!」
突然切り出された不合理な意見に、反射的に反論してしまった。
状況を理解できていないアユナちゃんだけが、目を真ん丸にしてビックリしている。
「それはね、不可能だからよ」
あっさりと、そして冷静に言葉が返される。
「詳しく説明してください」
メルちゃんも納得がいかないようで、食い下がってくれる。
「実はね、結界がある最奥まで辿り着けたのは、歴代最強と謳われたあのパーティだけなのよ。英雄アルン、戦士ヴェルサス、魔法使いエリザベート、僧侶サーシャの4人。それも、もう30年以上も昔のこと」
30年――そんなに長い間、誰も辿り着いていないの?
ボクたちはエリ婆さんたち最強パーティと肩を並べられるのだろうか。さすがに厳しいよね。どうしよう?
ミルフェちゃんの、皆の期待を裏切ってしまう。でも、諦めたくないよ――。
「貴女方のステータスはさっき下で確認させてもらったわ。申し訳ないんだけど、今し方テストもさせていただいた。リンネ様の動きは目を見張るものがある。でも、魔力が低い。私にさえダメージを与えられないのに、どうやって大迷宮を攻略するつもり? メルさんは確かに強い。Bランク――いや、条件次第ではAランク冒険者にも匹敵するかもしれない。でも、2人だけでは無理よ、死んでしまうわ」
「あのぅ、私も居るんですが」
自分のことが全く触れられなかったのを軽い冗談だと受け取ったのか、笑いながらアユナちゃんが突っ込む。
「可愛いエルフさん。えっと、アユナちゃんだっけ? 正直に言うわ。気配にも殺気にも気づかない今の貴女じゃ、必ず足手纏いになる。これは遊びじゃないのよ? 世界の命運が懸かってるの」
ボクもほとんど気づいていなかったけどね――。
「う……うぅぅ……うぇぇーん!」
あぁ、アユナちゃんが泣いちゃった!
けど、メリンダさんの主張は正鵠を射ている。
「でも――自分の弱さを理由に、使命を諦めることはできません!」
「リンネちゃん、私も貴女について行きます」
メルちゃんがすぐさま同意してくれる。本当に心強いよ!
「私が言いたいのは今は無理ということよ? 北の大迷宮は数ある迷宮の中でも最難関だと言われている。しかも魔族の目撃証言もある。少なくとも、もう1人か2人は強い仲間が加わらないと――今の戦力だと、たとえ攻略できたとしても、数年は掛かってしまいかねないわ」
数年――魔王復活に間に合わないってこと?
「北の迷宮は、後回しにすべきだと?」
「メルさん、その通りよ。先に大陸北方の島、ノースリンクへ向かうべきだと思うの。きっとそこに赤の召喚石がある」
「そこは、遠いんですか?」
ボクの質問を肯定と受け取ったようで、メリンダさんは軽快な歩調で壁に掛けられた地図を外して持ってくる。
テーブルに置かれた地図上を、白く綺麗な指先が走る。
「馬車で3日ほど行った先に、竜神の角と呼ばれる2対の塔があるわ。塔は島との海峡を挟んで建てられてるの。そこの最上階にある転移石から島へ入るのが最短ルートね。順調なら10日後にはチロルに戻って来られる。赤の召喚者を加えてね! その頃にはアユナちゃんも強くなってるはずよ」
メリンダさんは、アユナちゃんに優しく微笑んでいる。
アユナちゃんは、頬をプッくり膨らませてそっぽを向いているが、目は泳いでいる。10日後に大活躍している自分を妄想している顔だ。
「島まで船で行くという選択肢は?」
「無いわね。島への直行便は、海流のせいで数年前から出ていないの」
馬車より船の方が早いし安全だと思ったんだけど、ダメだった。
「もし、ボクたちが頑張って強くなって4人で挑めば、かつての英雄アルンパーティに並べますか? 迷宮を、攻略できると思いますか?」
メリンダさんの紫紺の瞳を真っ直ぐに見つめ、思い切って質問する。
「それは貴女方次第――としか言えないわ。でも、私は絶対に大丈夫だと信じてる!」
メリンダさんが、凄く真剣な眼差しで言い切ってくれた。
彼女がボクを信じてくれているのが伝わる。ボクもメリンダさんを、仲間たちを、そして、自分自身を信じる!
メルちゃんとアユナちゃんの顔を見る。
2人とも力強く頷いてくれる。
よし、決めた。
「わかりました。明朝すぐに北へ、竜神の角へと向かいます」
「リンネ様、ありがとう。馬車や食事はこちらで手配しておくわ。今日はもう夜遅いから、ギルド内の来客室で寝てね。お風呂もベッドもあるから」
「こちらこそ、お心遣いありがとうございます! では、失礼します」
ボクたちは、本物の受付のお姉さんに案内されて、再び3階の部屋に戻ってきている。
立派な部屋だと思ったら、来客用の特別室だったらしい。メリンダさんのご厚意で、こんな立派な部屋に泊まれることに感謝したい。
特にこのベッド、凄くふっかふかだ!
ぴょんぴょん跳ねていたアユナちゃんの気持ちが、今さらながらよくわかった。
というか、今現在一緒にぴょんぴょんして遊んでいる最中だったりするんだけどね。
メルちゃんはお風呂の準備を終え、食事の支度を始めたようだ。
いい香りに酔い痴れながら、心地よく揺れるベッドの片隅に腰掛けて、《治癒魔法/下級》の書を紐解く。
《雷魔法》を習得したときと同じ要領で作業を進めていくと、ボクの左手の甲には無事にハート型の紋章が赤々と刻まれた。
遅い晩ご飯を3人で食べているとき、アユナちゃんがふと思い出したように訊いてきた。
「ねぇ、リンネちゃん。さっき、シオンちゃんと何を話してたの?」
「さっき?」
「うん、仲直りしたとき!」
そういえば、メルちゃんのお陰もあって、メリンダさんと話す前にシオンちゃんと仲直りできたんだった。本当に嬉しい。
彼女の、平和を取り戻そうとする意志はボクなんかとは比べようのないくらいに強く、尊いと思う。
そっと胸に手を当て、彼女との誓いを思い出す。きっと彼女は成し遂げるだろう。だから、ボクも頑張らないとね!
「将来ね、お互いに大きくなろうって話」
「あの運動、私も毎日頑張ってるからね!」
ごめんね、そっちじゃないんだ。でも、アユナちゃんにはそっちも頑張ってほしいから訂正はしないでおくよ。
楽しくお喋りしながの美味しい食事を堪能した後、3人仲良くお風呂に入った。
アユナちゃんがメルちゃんの身体に大興奮していた。3つも歳上だからね。でも胸だけは一生勝てないと思う。
身体をお互いに洗い合い、広い湯船にゆったり浸かって心身共に癒される。お風呂はフィーネで入ったっきりだったからね。
その後、ボクがアユナちゃんとベッドでじゃれあってる間に、メルちゃんは装備や服を綺麗に洗ってくれた。ほんと凄いメイドさんだよ!
そして、ボクを真ん中に挟んだ川の字のような感じで、仲良く手を繋ぎながら寝た。
良い夢が見られますように――。
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<簡易地図>
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ヴェルデ
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チロル★
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フィーネ
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(交易場)←エリ村
お読みいただき感謝です。
改定作業をしている2020/03/14時点、新型コロナウイルスの猛威が世界中に広がっています。無事、早く、沈静化することを望みます。




