29.城塞都市チロル
カエル集団に追われながらも、何とかチロルの城壁を潜り抜けたリンネたち一行。捕縛したメロスや盗賊、解放した子どもたちを連れ、チロルの冒険者ギルドへと向かう――。
夕闇が町を覆い始める頃、ボクたちは冒険者ギルドのチロル支部を訪れていた。
イケメン兵士さんに案内されたそれは、城壁と色調を合わせたかのような薄茶色い建物で、よく言えば重厚、正直に言えばまるで刑務所だった。
3階建てなのに、窓が1つも見当たらないし、遠目からはどこに入口があるのかさえわからなくて、危うく建物を1周するところだった。
兵士さんが赤い顔で何かを呟くと、それが合い言葉だったらしく、壁が横にスライドして入口が現れた。聞きそびれちゃったから、後で教えてもらわないとね。
ギルドの中はフィーネとほぼ同じ造りをしていた。入ってすぐの壁には依頼書が貼られていて、右手に長いカウンターがあり、左側には食堂が併設されている。奥には階段があり、ひっきりなしに職員が上り下りしている。
ボクがきょろきょろしている間に、しっかり者のメルちゃんがカウンターで一部始終を報告してくれていた。
メルちゃんがボクと同じDランクに昇格したことも、諸々の報奨金として総額24000リル(2400万円)もの大金を受け取ったことも嬉しかったけど、リュークが持っていたAランク依頼書とギルドの鑑定魔法のお陰で、子どもたちへの聞き取りが行われなかったことが、とにかく1番嬉しかった。
子どもたちの夕食タイムには付き合わず、ボクたちはこっそりと抜け出して子どもたちの処遇を相談しに行く。
ギルド情報によると近隣の村は尽く全滅しているそうだ。受付のお姉さんは、村の生き残りと聞き、涙ながらに「責任を持って預かります」と言ってくれた。
盗賊に誘拐されたことで、魔物から命を奪われずに済んだという皮肉な結果ではあるけれど、生きてさえいればきっと明るい未来はあるよね。
アユナちゃんについては、連れて行くと約束してしまった以上、これから先の方がたくさん辛い経験をすると思う。でも、最後には皆でもう1度笑い会える未来を作るから、今は一緒に頑張ろうね。
メルちゃんとも相談した結果、取り合えず冒険者登録をして様子を見ることになったよ。
口からはみ出るくらいに大量の野菜を頬張ってモグモグしているアユナちゃん――うーん、年齢以上に幼いような気がする。特に精神年齢がね。この小学生を迷宮に連れて行くのはどうなんだろう?
ギルドでの鑑定結果はこんな感じ。
◆名前:アユナ・メリエル
種族:エルフ族/女性/11歳
職業:平民/冒険者
クラス/特技:精霊使い/召喚術
称号:森の放浪者
魔力:14
筋力:18
メリエルなんて可愛い名字があったんだね。それはそうと、精霊使いだから本人の能力云々は関係ないかもだけど、魔力も筋力も低すぎでしょ。称号は――要するに、迷子の常習犯か何かだよね?
◆名前:リンネ
種族:人族/女性/12歳
職業:平民/冒険者
クラス/特技:魔術師/雷魔法
称号:銀の使者、ゴブリンキングの友、フィーネ迷宮攻略者、ドラゴン討伐者
魔力:22
筋力:25
またまた筋力が上がったよ。山を2往復しちゃったからね。それと、自己申請だけど、魔術師にクラスチェンジしてもらいました。回復魔法が使えたら堂々と賢者を名乗るんだけど――。
◆名前:メル
種族:鬼人族/女性/14歳
職業:平民/冒険者
クラス/特技:メイド戦士/家事
称号:青の使者
魔力:37
筋力:71
もともとハイスペックだったからか、何も変わっていない気がする。あれ? 前からメイド戦士ってクラスだったっけ? まぁ、相変わらず頼りになるうちのエースだよね。
報奨金の24000リル(2400万円)は、ボクの提案で4等分することになった。1人当たり6000リル(600万円)にもなる。
グスタフさんとアレクさんは猛烈に反対していたんだけど、押し切らせてもらった。彼らが居なかったら子どもたちはまた攫われていただろうから、当然の権利だと思うよ。
それと、残念だけど彼らとはここで別れることになった。しばらくはチロルで静養してから大迷宮に挑むらしい。
アレクさんは顔を真っ赤にして何か言いたげだったけど、グスタフさんが引き摺るようにして連れて行った。
ボク的には、パーティに誘われることを期待していたんだけど、そうはならなかった。もしかしたら、ギルドの人からボクたちのことを聞いたのかもしれない。勇者は嫌われ者だからね、こっちからパーティに誘うのはさすがに気が引けてしまう。
★☆★
「これが冒険者カード!」
目をキラキラさせながらカードを頭上に掲げているアユナちゃんは、相変わらず可愛くて、沈みかけていたボクの心を癒してくれる。
まさに典型的なエルフっ娘。金髪サラサラの髪はまだ短く、長さはメルちゃんよりも短いくらい。馬車の中でたくさん食べさせたとはいえ、長年の厳しい食生活のせいか、まだまだ身体の線が細い――それとも、これがエルフ体型なのかも?
「エルフを触るのは初めてです」と言いながら、メルちゃんは真顔でアユナちゃんをペタペタ触っている。耳や髪だけでなく、お腹や胸まで――。
恥ずかしいのかくすぐったいのか、アユナちゃんは怒ったり泣いたり笑ったり、とても忙しそう。
昨日から続いていた剣呑な関係は、いつの間にやら改善しているみたい。
これは勝手な憶測なんだけど、メルちゃんはアユナちゃんのことを本当は嫌っていたわけでじゃないと思う。今後、ボクと離れ離れになる際、悲しくならないように配慮してくれていたんじゃないかって――考え過ぎかな。ううん、優しいメルちゃんならきっとそうするよね!
明日から早速“北の大迷宮”に籠ることになる。
“冒険の最初の半分は事前準備ですよ”って名言がある。
そう、今ボクが作ったんだけど――食料や必要な道具を買い揃えなくちゃと思い、気合いを入れて立ち上がったボクに、終始無言だったシオンちゃんが声を掛けてきた。
「リンネさん、ちょっといいかしら」
「ん? 何?」
席を立ったシオンちゃんの後を追う。
人混みを掻き分けて進んだ先、人気のない壁際の場所を選んで立つシオンちゃんの目には、いつの間にか光るものがあった――。
「呼び出して、ごめんね」
「ううん、大丈夫」
今朝の快活で飄々とした姿は見る影もなく、そこには嗚咽を堪えながら何とか言葉を紡ぐシオンちゃんが居た。
ボクは彼女の顔を真正面から見ることができず、ただただ床を見つめている。何を切り出されるのか、薄々気がついてしまったから。
「お母さんを……看取ってくれたのよね」
「うん」
「綺麗、だった?」
“綺麗”という言葉の真意がわからず、どう答えるべきか悩んでいると、シオンちゃんがボクの手を取って質問を重ねてきた。
「お母さんは……最期まで……強く、立派に……戦っていた?」
脳裏に焼き付いたあの姿がフラッシュバックする。両手両足を潰され、オークに乱暴されていたことなんて、言えるはずがない。
彼女の、大切な人のことを思うあの優しい瞳を思い出す。心と身体の激痛に耐えながらも、微笑みを終始宿した強い瞳を思い出す。
今でもはっきりと覚えている。だって、ボクは彼女の顔だけを、ずっと、見ていたから――。
「うん、優しくて、強かった――」
強く掴まれていた手が解放された刹那――。
パチーン。
「――ッ!」
突然飛んできた平手打ちに、ボクは痛みも忘れて呆然と立ち尽くす。
「どうして……どうして助けてくれなかったの! 聞いたわよ! 貴女、勇者なんでしょ! 何でもできるんでしょ!!」
「……ごめんなさい」
「お母さんは私の全てだったの! 女手1つで私を育ててくれて……病気なのに1日中働いて……だから、私は……大きくなったら絶対に親孝行するんだって……お母さんを幸せにするんだ、そうしなきゃいけないんだよ――」
「ごめんなさい……」
ボクは、足元で泣き崩れてしまったシオンちゃんの背中に、そう答えることしかできなかった――。
「リンネちゃん、行きましょう」
いつの間にかボクの隣にはメルちゃんが来ていた。
振り向くと、冒険者たちがボクたちを囲み、ひそひそ話をしている。
ボクたちは、無言で人混みを掻き分けて逃げ去った。わんわん泣き続けるシオンちゃんを1人そこに残して――。
★☆★
受付のお姉さんの計らいで、ボクたちは冒険者ギルドの3階に部屋を借りることができた。
3人用にしては随分と立派過ぎる部屋だけど、今はどうでもいい。
ベッドでぴょんぴょん跳ねるアユナちゃんを見ながらふと思う。
勇者は何でもできる――皆、そう思っている。
もし、異世界から来た人が全て勇者と呼ばれるのなら、ボクもきっとその1人なのだろう。
でも、ボクには何の力もない。神様に何か特別な力を与えられて召喚されたのではなく、罰として送られたのだから。
今さらそんなことを言い訳にしても仕方がないけど――皆の期待に満ちた目が呆れに、諦観に、そして憎悪へと変わっていく様を見せられてしまうと、さすがに自暴自棄の念に押し潰されそうになる。
「リンネちゃんには私たちがいますから」
力なく立ち尽くすボクを支えるように、寄り添い、優しく声を掛けてくれるメルちゃん。
その瞬間、頭の中で何かがカチッと嵌った気がした。
もしかして――ボク、銀の使者に与えられた特別な力とは、勇者たちを導くという力なのかもしれない。
メルちゃんはとても強い。戦闘だけじゃなく、心だってボクの数倍も強い。ボクにはそんな強い仲間たちを集めていく使命がある。ボクにしかできないこと、それがボクに与えられた特別な力なのかもしれない。
そう思うと、途端に時間が惜しくなった。
一刻も早く迷宮をクリアしなきゃ、仲間を集めなきゃという焦燥感が湧き起こってくる。
そうすることでしか、亡くなったシオンちゃんのお母さんたち、残されたシオンちゃんたちに報いることはできないと思うんだ――。
「メルちゃん、ボクは疲れてないから。今すぐに迷宮に行こうよ」
メルちゃんの目が途端に細くなる。
これは、怒っている証拠だ――。
「焦る気持ちはわかりますが、焦りは人を盲目にしますよ。先ほど受付で伺ったのですが、北の大迷宮は大陸屈指の難易度だそうです。まずは魔法と装備を整え、しっかりと情報収集をしてからです」
情報、確かにそうだね。
「うん、焦ってた。ごめん。お店はまだ開いてるかな?」
「受付でも買えるそうなので、行ってみましょうか」
「えーっ、ずるい! 私も行く!」
部屋を出ようとしたボクたちに気づき、アユナちゃんがベッドから転げ落ちる。叫びながら、慌てて追い掛けてくる。
1階に戻ると、既に人だかりは散っていて、シオンちゃんの姿も見当たらなかった。
寂しいという気持ち以上に、安心している自分がいて、無性に腹立たしくなる。シオンちゃんに叩かれていない側の頬をパチンと力一杯叩き、カウンターへと向かう。
「リンネちゃん、どうしたの?」
「ううん、何でもない。気合入れただけ」
心配そうに見つめてくるアユナちゃんだったけど、彼女の怪訝な表情はすぐに消え去り、ボクの真似をし始める。
プニプニほっぺを自分でビンタしては泣きべそ、ビンタしては泣きべそを繰り返し、最終的には泣き出してしまう。
ボクは複雑な気持ちでその様子を見ていた。勇者としてのボクを全て受け入れ、信じてくれる彼女。
でも、シオンちゃんのように変わってしまったら。ボクに呆れ、諦め、そして怒りの感情を向けてきたら――そう思うと、酷く胸が苦しくなった。
「今準備できる魔法はこのくらいですね」
受付の女性の声で、はっと我に返る。そうだ、買い物に来たんだった。
魔法書の表紙である程度の想像はできるけど、一応調べておく。
《治癒魔法/下級:軽度の傷や病を治す。》
《火魔法/下級:小規模の火炎を起こす。》
《弓術/下級:弓術の基本を理解する。》
《槍術/中級:槍術の基本を理解する。》
正直、全部欲しいくらいだよ。
でも、肝心なのは、買えるかどうか――。
「いくらですか?」
「治癒は6000リル、炎は5000リル、弓と槍は3000リルです」
「うっ……やっぱり高い」
ボクの所持金は、報奨金で貰った6000リルと、今までの残りの1200リル。メルちゃんは6000リルだけで、アユナちゃんに至っては0リルで間違いない。
全員分を纏めても、13200リル(1320万円)。普通に考えたらもの凄い大金なんだけど、一部インフレが激しすぎて、これだけあっても心許ない。
「防具を見せて頂いても?」
メルちゃんにお願いされた受付の女性は、嫌な顔1つせず、奥の方へと防具類を取りに走って行く。
敢えて武器ではなく、防具と言ってくれたメルちゃんには改めて感謝したい。魔物でさえも命を奪いたくないというボクの想いを受け取ってくれているのだから――。
「これで全てです」
《簡易鑑定:鋼鉄の鎧。頑強だが非常に重い全身鎧。》
《簡易鑑定:鋼鉄の盾。頑強だが非常に重い方形盾。》
《簡易鑑定:銀狼のコート。敏捷性を上げるコート。》
《簡易鑑定:銀狼のローブ。魔法防御に優れたローブ。》
《簡易鑑定:飛竜の鎧。物理・魔法防御に優れた鎧。》
《簡易鑑定:甲虫の盾。物理防御に優れた円形盾。》
「値段は……」
「はい。順番に、2200リル、1400リル、3500リル、3500リル、11000リル、1200リルです」
「なるほど……」
散々に悩んだ挙句、メルちゃん先生指導のもと、この3つを買いました。
【リンネ用】治癒魔法/初級
6000リルは凄く高いんだけど、ポーション代や持ち運びを考えると、早めに買うべきだという結論に至ったの。
【メルちゃん用】銀狼のコート
3500リル。フード付きで凄く可愛い。それに、敏捷性が上がるらしいので近接戦闘タイプのメルちゃんにはぴったり。
【アユナちゃん用】銀狼のローブ
3500リル。華奢なアユナちゃんには防御性能が最優先! それに、3人ともお揃いの色合いになるからいいよね。
その後、2週間分の食料や道具、下着類を買い揃えたら、所持金を全額使い果たしてしまった――。
まぁ、どうしようもなくなったらエリクサーを売るから大丈夫だけどね。
「あ、シオンちゃんだ! 見て、このローブ可愛いでしょ!」
買い物が終わって部屋へと戻る途中、階段の前でシオンちゃんに会った。何も知らないアユナちゃんが買ったばかりのローブを自慢し始めている――。
「可愛いね。お金は村の復興じゃなくて、それを買うために使ったんだ」
シオンちゃんの冷たい視線に、謝る言葉しか思いつかない。
「ごめんなさい、ボクの考えが浅かった――」
「シオンさん、でしたっけ。貴女は何様なの?」
「はぁ? それはどういう意味よ!!」
メルちゃんがボクの腕を引き、シオンちゃんと真正面から睨み合う。
いけない!
ケンカが始まりそうな予感――すぐに止めないと!
「ごめん、メルちゃん。返してこよう。お金は復興のためにギルドに預け――」
「いけません!」
「でも……」
「それで、世界が救われますか?」
「うっ……」
「亡くなった方ではなく、今生きている方のことを考えてください。そのためには、私たちが前に進まないといけません。強くならねばなりません!」
メルちゃんが言っていることは正論だ。
でも、今ここで、大切なお母さんを失ったばかりのシオンちゃんの前で言わなくても――。
「メルさん、貴女の言いたいことはわかるわ。私なんかと違って、貴女方には大きな使命がある。だから、いちいち過去の悲劇、亡くなった人や村には構っていられないってことよね!」
「そんなこと、思ってないよ!!」
「リンネちゃん。アユナちゃんと部屋に戻っていてください」
「え? でも……」
「魔法をかなり使いましたよね? 疲労が顔に出ています」
メルちゃんの、有無を言わせない圧力の前に、ボクは引き下がるしかなかった――。
「うん、わかった。アユナちゃん行こう?」
「勇者なのに逃げるんだ?」
「ごめんなさい……」
困った顔をしているアユナちゃんの手を握り、ボクは階段を駆け上がって行った――。
「ねぇ、シオンちゃん、怒ってた?」
「うん――」
「どうして? リンネちゃんは私たちを助けて、一生懸命に戦ってくれたのに!」
部屋に入った途端、事情を察したアユナちゃんの猛攻撃に遭う。
この子は、この世界の勇者がどんな扱いを受けてきたのかを知らない。あの暴露本に書かれていた闇を全く知らないんだ。だから、ボクのことを眩しい程のキラキラした瞳で見続けられるだけ。
でも、はっきり言うしかないよね。隠し通せるものじゃないし、覚悟を決めて村を出た彼女を騙し続けることなんて、ボクは決してしたくないから。もし、それで嫌われるようなら、それは本当に仕方がないことなんだ――。
「うん。全部話すね――」
部屋が闇に包まれ、お互いの顔が見えなくなるまで――ボクは自分の過去と、勇者に関して知り得た一切の情報をアユナちゃんに話した。
彼女にしては珍しく、途中で言葉を挟むことも、寝ることもなく最後まで黙って聴いていた。
「そんなの関係ないよ? リンネちゃんはリンネちゃんだもん」
「でも、勇者は自分勝手に――」
「ううん、それはその勇者がおバカさんだったからでしょ? リンネちゃんは全然違うもん! 本当は戦いたくなんてないのに、誰も傷つけたくないくらい優しいのに、それでも一生懸命に私たちを守ってくれてる!」
「ごめん、ボク弱いから守れなかった人もいる。もっと強くなりたいけど、そのために他の命を削りたくないの――」
「知ってるもん! リンネちゃんのこと、たくさん知ってるもん! だから、だから私はお手伝いしたくて追い掛けて来たんだよ!!」
ボクの顔を映し出す彼女の澄んだこの瞳に、今までボクは何度も救われてきた。そしてまた、今度も――。
「あのね、シオンちゃんがそんなことで怒っているんだったら、私、シオンちゃん嫌いになる!」
「ううん、あの子はしっかりしてるよ。自分のことだけじゃなくて、先のことまで考えてた。村の復興、ボクには思い浮かばなかった――」
「村、村っていうけど、リンネちゃんの村じゃないじゃん。いきなりこの世界に飛ばされて、勇者様、命懸けで救ってください!なんて突然言われても、私ならお断りだよ!」
「あはは、そうだよね。でも、世界は違っても命は同じだと思う。ボクがやらなきゃ世界が滅ぶって言われたら、弱っちくてもやるしかないよ」
「そんなことない! そんなのリンネちゃんの自由でしょ!」
自由、か――。
確かに、1度死んだ身だし、世界が滅ぶまでどこか安全な場所で異世界生活を満喫した方が楽だよね。
でも、それは絶対に違う!
「どうしてボクが頑張れるのか、アユナちゃんにわかる?」
「ん? うーん……どうしてだろ?」
「ふふふ。皆が好きだから。最初はね、エリ村の皆を助けたいと思ったの。でも今はね、出逢った人全て、これから出逢う人全てを救ってあげたい。バカなこと言ってると思うでしょ。だけど、その延長線上に、世界を救うってことがあるだけなんだよ。大きな声では言えないけど、本当はこの世界を創った神様が大嫌いなの。ゴツンッて、ゲンコツしたいくらい。神様の善悪なんてボクなんかが評価できることじゃないけどね、神様がすること全てが正しいとは限らないでしょ。間違っているなら、誰かが正さないと」
「うん! アユナも一緒にゲンコツしに行く!」
この子が何をどう理解しているのかボクにはわからないけど、この天真爛漫な性格なら何でも許されそうだね!
「えっ? アユナちゃん、どこ行くの?」
「ん? ゲンコツしに行くんでしょ?」
「今じゃないって! あっ――」
部屋から出ようとドアを開けたアユナちゃんを追い掛けると、ドアの外でバッタリあの2人に鉢合わせした。
「シオンちゃん! リンネちゃんに謝って!」
「う、うん……リンネさん、ごめんなさい」
「えっ?」
「リンネちゃん、盗み聞きしてごめんなさい」
「メルちゃん――まさか、ずっと居たの!?」
「はい――」
「…………」
この賢いメイドさんは、ボクがアユナちゃんに全てを打ち明けることを計算に入れたうえで、ボクたちを先に部屋に帰させたのか――。
「シオンちゃん、お母さんのこと、本当にごめんなさい。もっと早く見つけていれ――」
「違うわ。あれは用意周到に仕組まれた罠だった。本当は盗賊から聴いて知っていたの。貴女がどうこうできることじゃない」
「でも、エリクサーで――」
「ううん、メルさんから聴いた。もう救えない状態だったってこと。そんな姿になってまで、私を救ってほしいと願い出たことも。お母さんは貴女だったからこそ、最後の生を振り絞ってお願いしたんだと思う。お母さんのために泣いてくれたことも、命懸けで盗賊団のアジトに乗り込んだことも、馬車で寝ている私たちのため、疲れているのに全力で戻ってきて、戦ってくれたことも全て聴いたわ――それなのに私、貴女自身のことを何も知らないくせに、酷いことばかり言って――」
「いいよ。あ、いいこと思いついちゃった」
項垂れるシオンちゃんの肩を抱き寄せ、耳元で囁く。
「あははっ! 貴女って本当に……ぐすん、わかったわ! 貴女に負けないくらい私も頑張るから、リンネさん、競争だよ!!」
「はいはい、そろそろお子様は寝る時間よ!」
受付の女性が、手を叩きながら廊下を歩いてくる。
1階での言い合いを一部始終見られていたので、今こうして仲良く抱き合っている姿を見られると、とっても恥ずかしくて隠れたい気持ちになる。
「さて、リンネさん。ギルド支部長が貴女に会いたがっているわ。案内するからついてきて」
「えっ、今からですか?」
「そうよ。北の大迷宮の件で、どうしても伝えたいことがあるそうよ」
ボクはメルちゃんと顔を合わせ、互いに頷き合う。
迷宮の情報を得るならギルド支部長ほど適した人はいないはず。
シオンちゃんとの別れを惜しみつつ、ボクたちは受付の女性の後を追いかけるように2階へと降りて行った――。
掲載から1ヶ月半で29話終了。年内完結を目指すとなると――残り6ヶ月で約80話、1ヶ月で約14話ペースなので、2日に1話ってことですね。これは過酷ぅ! 傍らにスマホを置いて「OVER●IT」をちょこちょこ操作している余裕はないか。




