28.チロルへの旅路Ⅳ【挿絵/アユナ】
盗賊に捕まっていた子どもたちを解放し、首謀者たちを倒したリンネたちは、休息のひと時を過ごしていた。チロルまでの残り3日間の行程を思うと、まだまだ不安は尽きないけど、旅はより一層楽しくなりそうに思われた。
「ねぇ、そこは私の席なんですけど!」
「違いますよ? 貴女は後ろの馬車に、子どもたちと一緒に乗ってください」
「違いますが違います! 私はリンネちゃんと一緒がいいんだもん!」
「まぁまぁ、2人とも――」
「リンネちゃんは黙ってて(ください)!」
こうなる予感がなかったとは言わない。
盗賊のアジトでも何度か棘のあるやり取りをしていたし、昨晩寝る場所でも揉めていたみたいだからね。
それにしても、アユナちゃんは相変わらずだけど、メルちゃんも意外と意地っ張りなところがあるね、このままじゃ埒が明かない気がする――。
2人の言い分はこうだ。
アユナちゃんは、自分の方がボクと先に出逢ったんだからと言い張り、常に一緒に行動しようとする。それも、独占的に。
メルちゃんがボクの左側に座ろうとすると、アユナちゃんがすばやく先に座ってしまうし、かといって右側に座ろうとすると、そっちも自分の席だと主張して、ちっぽけな身体を伸ばしてボクの太腿を跨ぐ格好で邪魔をする――。
対するメルちゃんは、救助された子どもたち4人(アユナちゃんを含む)と、盗賊たち3人(頭目とリューク、そしてメロス)を分けるべきだと主張する。
それはそれでごもっともなんだけど、先頭車はメルちゃんが馭者席に座るので、ボクは捕虜3人と同席することになってしまい、猛烈に居心地が悪い。
そこまでしてボクとアユナちゃんが一緒に乗るのを拒否するなんて、アユナちゃんに意地悪をしたいだけなんじゃないかと思っちゃう――。
ちなみに、後続車はグスタフさんが馭者をして、両足を怪我しているアレクさんは、子どもたち3人と同席する予定だ。
「わかった、ボクがアレクさんと交替で後ろの馬車に行くね」
「それは……困ります」
「ならアユナも後ろに行く!」
本当に埒が明かない。
「はぁ、どうしよう。これじゃ出発できないよ」
「じゃあ、合体しない?」
「合体!?」
いきなり出てきた小学生的発想に、思わず聞き返してしまった。
結局、アユナちゃんに説得させられたグスタフさんが、一生懸命にDIYして2台の馬車を縦に繋げてくれた。
馬□□
そういえば、日本でもこんなバスを見たことがある。
虫みたいに真ん中がクネクネするんだよね、乗ったことはないけど――。
「広ーい!」
「でも、馬4頭が横並びというのは可哀想ですね」
アユナちゃんはシオンちゃんたちとも一緒に乗れて嬉しそう。メルちゃんも、口では厳しいことを言っているけど、グスタフさんに馭者を任せることで、ずっとボクの隣に座れるとわかり、顔は終始笑っている。
結局、座席はこんな感じになった。
※前の2列、後ろ2列が向かい合わせのBOX席
[男の子 メル][アレク 頭目]
グスタフ[男の子 リンネ][空席 メロス]
[シオン アユナ][空席 リューク]
「よし、それじゃ、出発するぞ!」
「「お願いします!」」
完全に遠足気分なんだけど、大丈夫かな――。
順調に進む馬車と同じように、子どもたちの会話も尽きることがない。
今の話題は絶賛、アユナちゃんについてだ。
要するに、村に帰すか、否か――。
「お父さんから手紙貰ったもん! これ読んで!」
アユナちゃんはそう言って、ボクに1通の手紙を手渡した。でも、ボクは字が読めないんですが――。
それを察したらしいアユナちゃんが、ボクの手から手紙を掠め取り、大声で音読し始めた。
『リンネちゃんへ。アユナは家事も上手だし、戦いも上手です。それに、歌も上手だし、肩もみだって上手です。だから一緒に連れて行ってください。パパより』
ぺったんこの胸を張り、いそいそと手紙を畳む姿――怪しさ1億%。
「……嘘だね」
「私も嘘だと思います」
「アユナちゃん、音痴でしたよ?」
最初に見破ったのがボクで、メルちゃんの賛同を得た後、シオンちゃんの証言でアユナちゃんの嘘が確定する――。
ううん、嘘というより、きっとこの子も難しい字までは読めないんだ。内容が何となくわかるだけに、怪しい部分を自分に都合の良い方向へと解釈しているだけ――そう思う、思いたい。
「私が読みましょうか?」
シオンちゃんが挙手して名乗り出てくれた。
この子、お母さんと同じ紫色の綺麗な髪をしている。ボクと同じ歳らしいけど、ボクなんかよりもずっとしっかりしている。
だって、あの村で何があったのか全て知っているはずなのに――昨晩皆で寝ていた時に号泣したっきり、涙は一切見ていない。朝起きてからは、唇をキュッと結んで、前だけを見つめて生きている。
「うん、お願いしていい?」
「あぁ、私の手紙、取らないでぇ!」
アユナちゃんから容赦なく手紙を奪い取ったシオンちゃんが、ゴホンゴホンと咳払いを2つして、静かに読み始めた。
『リンネさんへ。貴女がこの手紙を読んでいる時には、既に私たちは生きていないでしょう――』
「「えっ!?」」
「ごめんなさい、お約束です――」
「…………」
「ど、どういうこと??」
「あ、いや……今のは冗談です。ゴホン、やり直しますね」
シオンちゃん――空気が読めない子がここにも居たのね。
『リンネさんへ。娘が我儘を言っていませんか? 本当にごめんなさいね。アユナはリンネさんが行ってしまってからずっと部屋に籠りっきりで泣いていたんですよ。私が“リンネさんの役に立ちたいなら強くならないとダメだよ”と言うと、魚のように飛び跳ねてエリザベート様の所に飛んでいきました。そこでリザさんに魔法を教えてもらったり、エリザベート様から世界のお話を聞いているうちに、誰にも彼女を止められなくなってしまいました。嘘ばかりつくし、家事も何もできない子ですが、貴女が大好きなのは本当です。足手纏いだとは重々承知していますが、雑用係で結構ですので近くに置いてあげてください。宜しくお願いします。アユナの父より――チャンチャンッ!』
最後の一言で雰囲気が台無しだよ――。
「シオンちゃん、ありがと。それと、アユナちゃん――」
嘘がバレて膨れているアユナちゃんの目を見て、真顔で話し掛ける。
「遊びに行くんじゃないからね、凄く危険な旅なんだよ」
「うん、知ってる! エリちゃんから聞いたもん!」
エリちゃんって、エリ婆さん!?
「それとね、辛いこともたくさんあると思うよ」
「うん、わかってるよ!」
立ち上がって大声を上げるアユナちゃん。
「言いにくいけど……命懸けになるかもしれない」
「だから! だから私も手伝いたいの!!」
覚悟を決めて出てきたんだね。
それなら、ボクも覚悟を決めるしかないよね――。
「わかった。アユナちゃん、よろしく。一緒に行こう!」
「うん……うん、よろしくね!!」
アユナちゃんが愛用の杖を抱き締め、力強く頷く。
実は、雑用係欲しかったんだよね――。
↑アユナ(清水翔三様作)
★☆★
それからの2日間は特に問題なく進んだ。現れる魔物は確かに強くはなっていたけど、ボクの《雷魔法》とメルちゃんの《壁魔法》で十分に対処できたから。
でも、フィーネを旅立ってから5日目の朝を迎えると、状況は一変してしまった。
この世界に来てから初めての大雨が、順調な旅路を妨げたんだ。
街道には砂利が敷かれているので一見大丈夫そうに見えるけど、横殴りの大雨で視界が悪いからか、馬たちが歩くのを嫌がった。
馬車の連結部分にも雨が入り込み、服がびしょ濡れになってしまったのはまだいい。最悪なことに、雨の日ならではの魔物たちがボクたちを容赦なく襲ってきた――。
「リンネちゃん! 雷はダメですよ!!」
「わかってるから!」
遠くに《雷魔法/中級》を降らせたボクを、メルちゃんが大声で注意する。
雷を撃てば馬がビリビリ痺れちゃうことくらいわかるよ。でも、雷魔法しか使えないんだもん!
「また跳び越えました! お願いします!」
「うん、何とかする!」
カエルがこんなに大きくて強いなんて思わなかった――。
体長1mくらいのカエルたちは、5mの壁なら平気で跳び越えてくる。
近距離戦で《雷魔法》が使えないなら、《棒術》と《攻撃反射》で応戦するしかないんだけど、舌は長くて速いし、身体はヌメヌメして攻撃を逸らすし、数はどんどん増えてくるし――。
「リンネ、そっちに3匹行ったぞ!」
「えぇ~」
馬車を囲むカエル軍団は10匹以上。茶色いのが多くて、2、3匹赤いのが混じってる。
《簡易鑑定:ポイズントード。雨の日にだけ現れる。毒に注意。》
《簡易鑑定:ポイズンフロッグ。雨の日にだけ現れる。毒に注意。》
フロッグとトード、どこが違うの?
どうでもいいけど、茶色くてイボイボのあるヒキガエルっぽい方がポイズントードで、赤くてヌメヌメしているのがポイズンフロッグらしい。
種類は違っても仲良く群れで襲い掛かってくるのね!
「ドウッ!」
胴と言いつつ面を打つ。
普通は怒られるけど、反則じゃないよ。だって、カエルって面と胴が繋がっているんだもん。
イボイボの方はそれで何とか追い払うことができるけど、ヌメヌメの方が厄介だった――。
「リンネちゃん! 弱点見つけたよ!」
「ほんと?」
窓からずっとボクたちを見ていたアユナちゃんが、突然大声を上げる。
「舌を切るの! 頑張って!!」
期待して損した。
どうやらグスタフさんの戦いを見て発見したみたいだけど、ボクは剣を持っていないから切れないよ。
「それ以外で! 他にはない?」
「えっとね、お尻は? お尻を叩いてみて」
ん?
確かに、尻尾が弱点だって動物は多いよね。オタマジャクシじゃないから、尻尾なんてもうないけど、弱点なのは変わらないってことか!
「ありがと、やってみる!」
ゲロゲロ鳴きながら迫り来るカエル。赤い皮膚は、触ったらヤバそう。毒に注意しながら身を躱し、回り込んでお尻を引っ叩く!
「オシリッ!!」
『キュイッ!?』
変な鳴き声を上げて、地面を転げ回るカエル――。
確かに弱点だ!
「皆、赤いのはお尻が弱点だよ!!」
アユナちゃんがどうしてカエルの弱点を知っていたのか謎だけど、今はそんなことよりも情報の共有が最優先だと思い、皆に聞こえるように大声で叫んだ。
結果的には、それが災厄の原因になる――。
「リンネ、ケツを叩いたら変なことになってるんだが」
最初に異変に気づいたのはグスタフさんだった。
確かに、キュイキュイ鳴きながら転がった後、赤いカエルは今まで以上に執拗な攻撃を繰り返すようになった。心なしか、顔がさらに赤みを増しているようにも見える。
「リンネちゃん、このカエル、発情してませんか?」
「うわっ!」
本当だ――。
数匹を見れば一目瞭然だった。
身体の雄を誇張させたまま、ボクに猛進するカエルたち。
「こりゃ、弱点は弱点でも、性感帯じゃねーか!」
グスタフさんの正確な指摘に、誰も何も言えない。
結局、雨が止んでも粘着質な攻撃は止まない。
俄然走る気を増した馬たちが、今までの2倍速で街道を駆ける。
追い縋るカエルを雷魔法で牽制しながら、ボクたちは一路、チロルを目指した。
★☆★
カエルに追撃されること半日間――。
50m後方に相変わらず10匹以上の魔物を引き連れたまま、ボクたちは街道を北へ北へと突き進む。
その時、馭者のグスタフさんから、待ちに待った歓喜の声が聞こえてきた。
「チロルの城壁が見えてきたぞ!」
ボクは勿論、子どもたちにとってもチロルは初めて来る巨大都市。
目を輝かせながら窓に飛び付き、我先にと覗き込む。
子どもたちの後ろから眺めるボクの目にも、それははっきりと見えている。
黄色い砂漠が描きだす地平線の淵、暗雲との境目を彩っている薄茶色の建造物――これが城塞都市チロルなのか。
「このまま突っ込むぞ!」
街道の先、巨大な城門は依然閉ざされたまま。
高々と聳える城壁の上には数人の兵士がいて、青い旗を振っている。信号機と同じって考えていいのかな?
迫り来る門は、馬車を飲み込もうと次第に口を開いていく。
しかし、その口は1割ほど開いた後、突然停止してしまった――。
「ぶつかる! 皆、伏せてっ!!」
ドガンッ!!
ボクたちは城塞都市チロルの門を潜っていた――。
遠近感で高さの見積もりが狂ったらしい。
車高2.5mの馬車に対し、城門は3mほど開いていた様子。まさか城壁本体の高さが20mを遥かに超えているなんて思いもしなかったから、かなり恥ずかしい錯覚をしてしまった。
「リンネちゃん!」
アユナちゃんが後ろを指差す。
城門は馬車が通過した直後、その圧倒的重力で再び閉ざされていた。あの轟音はその音だったのか。
その城門に向けて、カエルが必死に体当たりをしている音が響き渡っている。
「ふぅ、助かったね」
「うんっ!」
ボクはアユナちゃんとハイタッチをした後、メルちゃんと一緒に馬車を降りた。
外では、グスタフさんがチロルの兵士たちと何やら会話をしていた。その中に、メロスという言葉が聞こえた――。
馬車の最後尾に雁字搦めにされている男たちの内の1人、ちょび髭のメロスさんと目が合う。
「ここでお別れです。護衛の役目は全うしましたよ」
「……」
「最後に、ボクたちに言いたいことはありますか?」
「私は悪くないぞ! 騙される奴が、頭の悪い奴が悪いんだ!!」
開き直って怒鳴り散らすメロスに、両脚を折られるという最悪の被害者となったアレクさんが舌打ちをする。
「本当に救いようのない屑だな!」
そう言い捨てて、捕縛された3人を馬車から下す。
アレクさん、ボクも貴方が正しいと思う。
どちらが悪いかは明白。当然、騙す方が悪いに決まってる。誰かを騙すとき、その人は自分自身の良心すらも騙している。騙すことで得られる利得は、失われる良心より小さいと思うよ――。
既に雨が上がった町並みは、暗闇に沈みつつある。
愛する家族が待つ自分の家に早く帰りたいのか、心なしか町ゆく人々の足取りも忙し気に見える。
ボクたちは、捕縛した3人と解放した3人を連れて、夕日に向かってゆっくりと歩き出す。
新しい町、城塞都市チロル――。
フィーネでの悪夢が再びボクを不安にさせる。あの時ボクを守ってくれたミルフェちゃんやランゲイル隊長は、ここには居ない。
でも、ボクはもうあの時のボクじゃないんだ。今度はボクが仲間たちを守ろう、そう心に誓い、振り返って力強い声を投げかける。
「まずは、冒険者ギルドへ行こう!!」
メロスという名前、『走れメロス(太宰治先生)』から借りました。借りたのは名前だけで、ストーリーとは全く無関係です。
中学と高校の国語の教科書に載っていましたが、彼が勇者なのか否かはずっと論争が続いていますね。ツッコミどころ満載な方なので、どちらとも解釈できそうな気がします。




