26.チロルへの旅路Ⅲ
護衛メンバーに実力を認められたリンネとメルだったが、城塞都市チロルへの旅はまだ始まったばかり。北へ向かうほど魔物が強力になると言われる中、果たして無事に目的地に辿り着けるのだろうか――。
一行は、日が次第に深く傾き始めた頃、街道脇の平地で夜営に入った。
夜営に入るまでに撃退した魔物の数は、軽く100を超えている。そのほとんどがオークやゴブリンといった魔物化した妖精種だった。
今はまだボクの魔法と称号で何とかなっているけど、この先は簡単じゃないと思う。無事にチロルに到着できるのか不安が尽きない。
食事の後、先頭車も後続者も各々交代で見張りをすることになった。
ちなみに、馬車の中はメロスさんが寝ているので、ボクとメルちゃんは外の木陰に毛布を敷いて休んでいる。何もないからとは言われたけど、オジサンとは一緒に寝たくない。
深夜――。
見張りはボクの番。
満天の星を従えて輝く綺麗な満月を見上げる。
地球と同じで月が1つしかない世界だけど、兎さんも蟹さんも見当たらない。そんなちっぽけな違いだけでも、全くの異世界だと思い知らされる。
隣からメルちゃんの静かな寝息が聞こえる。
でも、ボクは知っている。この子が眠っている振りをして、実は起きているってこと。そういうところは根っからのメイド精神だね。けど、馭者役を任せっきりだから休んでほしいのが本音だよ。
「起きてるんでしょ。明日もあるからしっかり寝よう?」
今は、本人の気持ちよりも身体が大事。だからこそ、思い切ってお願いしてみた。
「でも――さっきからずっと、誰かがこっちを見ているんです。とても嫌な視線です」
「護衛の人?」
「そう、です。あっ、立ち上がりました」
「えっ?」
「こっちではなく、森の方に行ったみたいです」
「なーんだ。トイレじゃない?」
「そうですね。こっちには来ないみたいですので、少し寝ておきますね、ありがとうございます。お休みなさい」
ボクが見張りをしている間、襲撃は3度あった。
ゴブリンの襲撃は称号のお陰で労せずして回避、当然追撃はしなかった。
次はダークバットの群れ。《雷魔法/中級》という、雷を雨のように降らせる範囲魔法をイメージして撃ってみたら、効果覿面だった。
というか、危うく群れが1発で全滅するところだった――飛行タイプは雷属性に弱いってことでいいのかな。
最後にオーク。バカの1つ覚えみたいに女子に群がってくる。軽く《雷魔法/下級》を股間に向けて放つ。
直結厨には制裁を!ってね。
このとき、《雷魔法》について1つわかったことがある。
何と、再使用に時間制限があったんだ。下級はきっちり1分間で、中級は10分間くらいだと思う。
いざ魔法を使おうとすると、頭の中に砂時計が出る感覚。これ、エレベーターと同じで、時間の経過が凄くゆっくりに感じる。たかが1分、されど1分だね!
オークに囲まれたとき、連発できなくて、猛烈にテンパっちゃったよ。で、どうやって撃退したかって?
それは勿論――足ですよ。汚いモノには触れたくなかったけど、ちゃんと洗えば腐らないでしょ?
そんなこんなで心身ともに疲れ果てたので、見張りをメルちゃんと交替して3時間爆睡させてもらいましたとさ。
朝、騒々しい叫び声で目が覚めると、2台の馬車ごとボクたちを囲う《メルちゃん作の青い壁》が目に入る――あぁ、トイレに行けなくなったグスタフさんの悲痛な叫び声だったみたい。
★☆★
フィーネを発って2日目。
ボクたちは、日の出と共に再び馬車を走らせた。
相変わらず襲撃してくる魔物の群れを《雷魔法》で追い払いながら進むと、街道沿いに村が見えてきた。
「村のようですが――何か様子が変です」
メルちゃんが眉を顰め、怪訝そうに声を上げる。
先頭車も異変に気づいたらしく、村の手前で馬車を止め、全員が慌ただしく走って来た。
「皆、集まってくれ。村が魔物に襲われたようだ。様子を見に行きたい。メロスさん、許可をくれ」
「わかりました。私としても、この村には何度かお世話になっているので――」
「感謝する! まだ魔物が居るかもしれない。グスタフさんとアレク、メルとメロスさんは馬車に残って警戒してくれ。俺とリンネで村を見てくる。何かあれば大声を出せ。いいな?」
「了解した」
「わかりました」
メルちゃんは心配そうにこっちを見ている。
でも、大丈夫。
笑顔で手を振りながら、村へと向かう。
リーダーは村の東から、ボクは西から入って行く。
西部劇さながらの寂れた村落――時折吹き荒れる風に、開かれた扉がパタパタ音を立てている。それ以外には見事に音のない世界で。
おかしい。ここは静か過ぎる。人の気配が全く感じられない――。
こういうとき、メルちゃんが一緒なら何らかの気配を察知できるのに。まぁ、リーダーの指示だから仕方がない。
悪いとは思いつつ、いくつかの家に入らせてもらった。
これも勇者の特権、じゃないか。
でも、やはりというべきか、人どころか魔物すら見当たらなかった――。
いくつ目の家だろう。7軒目くらい?
扉を開けて家の中を覗き込んだ瞬間、黒い影が飛び出してきた!
「うわっ!」
咄嗟に放った《雷魔法/初級》で痙攣するオーク。ボクが指先を向けて一睨みすると、一目散に走り去って行く。
オークが居たということは――。
夢中で家の中を駆ける。
家はいわゆる2DK。
2つ目の扉を開けたとき、女性が居た!
倒れているけど、まだ生きてる!
「こっちに人が!!」
大声で叫んだボクの声を聞き付けて、メルちゃんとリーダーが駆け寄ってきた。
「助けにきました! 大丈夫ですか?」
「あぁ……旅の?……娘が、シオンが攫われたの……お願い、お願いします……た……助けてくだ……さい」
「オークに、ですか?」
「盗賊……オーク襲撃の……後……盗賊が……どうか……娘だけでも……シオン……生きて……生きて……ほしい」
「わかりました! 任せてください!」
「あぁ……良かった――」
女性の姿は目を覆いたくなるほどの有様だった。虚ろな目が全てを物語っていた。
この人、もう長くは生きられない。だって、両手両足が……うぅ、見ていられない。こんな状態なのに、自分のことより娘の心配をするなんて。これがお母さんなんだ――。
そうだ、エリクサー!!
僅かな希望を込めてメルちゃんの方を見る。
潤んだ青い瞳と目が合う。
彼女は俯き、ゆっくり首を振った――。
「残念ですが、手遅れです。この人は血を流し過ぎています。生きる意志も、もう――」
これほどの怪我、そして心の傷。
いくらエリクサーでも流れ落ちた血は戻らないし、心も癒やせない。
でも、生きてさえいれば!
幸せを求めて生き続ければ、きっと苦しみなんて乗り越えられる! そう、生きてさえいれば何とかなるはずだよ!
しかし、ボクは泣きながら彼女の生を諦めざるを得なかった――既に息をしていなかったから。
盗賊!!
絶対に許さないぞ!!
シオンさんは絶対に助ける!!
ボクは、優しく微笑んだまま息を引き取ったこの人の顔を脳裏に刻み付け、強く、強く心に誓った――。
★☆★
この辺りでは有名な盗賊団だった。総勢20人強。数は多いが、そんなことは関係ない。一応は対話するつもりだよ。だけど、戦う覚悟だって十分にある。
アジトの場所は、リーダーに心当たりがあるらしい。街道から山道を登りきった先の自然洞窟だそうだ。
話し合いの結果、グスタフさんとメロスさんを馬車に残し、準備ができ次第、リーダー、アレクさん、メルちゃん、ボクの4人で奇襲を掛けることになった。
「メルちゃん、魔法はあの壁だけ?」
「いいえ、もう1つ覚えました」
メルちゃん曰く、最初にアレクさんと戦ったときに《鉄壁防御/下級》を習得し、今朝の見張りのときにもう1つの魔法、《鬼神降臨》を習得したらしい。
《鉄壁防御/下級》は、文字通り魔法で壁を構築し、物理攻撃だけでなく魔法攻撃まで防ぐというもの。
それだけ聞くと最強だと思っちゃうけど、今のメルちゃんでも1度に造れる壁は40平方mくらいで、そこまで広げるとパンチ1発でも壊れてしまうくらい弱くなっちゃうらしい。逆に、面積が狭いほど壁が強固になるんだって。
もう1つの《鬼神降臨》というのは、最後の手段的な魔法らしい。
約1分間だけ全ステータスを2倍に跳ね上げる魔法だけど、その一定時間が過ぎると魔力が空っぽになって気絶してしまうんだとか。危ない、危なすぎる――。
ボクの魔法については既にメルちゃんには伝えてある。
《時間停止/下級》、《攻撃反射》、《簡易鑑定/下級》、《雷魔法/下級・中級》、《空中浮遊》と《簡易開錠》の指輪――この6つ。
竜人グランさんたちに貰った魔力のお陰で、結構強くなれたんだけど、これ以上の魔力アップは望めない。あとは、魔法自体を何とか強化していかないとだよ。
「グスタフさん、魔法について質問していいですか?」
「あぁ? 構わないが、お前の方が詳しくないか?」
近くで剣を研いでいたグスタフさんに訊いてみたんだけど、確かに魔法使いが剣士にする質問じゃないかも。
「ベテランの冒険者さんからは習うことばかりです。えっと、下級魔法はどうすれば中級に上がりますか? やっぱり魔法書がないとダメですか?」
「ははは、魔法書なんて王侯貴族の嗜みだろ。そうさなぁ、魔法の本質を掴め、魂で理解しろ――これが俺の師匠の口癖だった。ただし、上級はそれでは足りん。魔法を司る存在の理解を得て力を授かる必要があるとか。俺には無縁の世界だな。がはは」
「魔法の本質を掴み、魂で理解する――ですか。難しそうですね。でもためになりました、ありがとうございました!」
まずは中級だね。盗賊の件が片付いたら頑張ってみるよ。
昼過ぎ、リーダーのリュークさんに続き、アレクさん、メルちゃんとボクの順に、4人は険しい山道を登っていく。
そして、植物系の魔物を押し退けつつ歩くこと小1時間ほど、木々が開けた場所に出た。
(この岩山の裏側に盗賊団がアジトに使っている洞窟があるはずだ。見張りがいるだろうから気をつけろ)
岩陰で足を止めたリュークさんが、皆に小声で警戒を促す。
チラッと覗き込んでも、見張りらしき姿は見えない。でも、確かに遠くから声が聴こえたような気がする。
意識を集中し、気配を探ろうとするメルちゃん――。
(見張りは、2人です)
(2人か。厄介だな。気づかれずに突破できれば良いが――)
(ボクが魔法で動けなくしましょうか?)
(いや、悲鳴を上げられたら中の連中に気づかれるぞ。俺がこっちに誘き出すから、お前たちは裏手に回って先に洞窟に入れ)
リュークさんが黒く立派な槍を見せる。鑑定せずとも、下手な言葉よりずっと説得力があった。
(了解です)
(分かりました)
(リーダーも、気をつけてくれよ)
アレクさんを先頭に、ボクたち3人は森の中を迂回して戻り、洞窟の入口を見渡せる茂みに隠れた。
3人の顔が間近に並ぶ。
アレクさんの頬が真っ赤になっている。
(リーダーは大丈夫だろうか?)
(Cランクの冒険者なら、盗賊2人に後れはとらないと思うよ)
(はい。私も彼は強いと思います)
その時、森の縁から狼の遠吠えのような声が上がった。
それを聞いた見張りは、2人ともまんまと森の中へ誘い込まれて行く。リュークさん、うまい!
今がチャンスだとばかりに茂みを飛び出し、ボクたちは洞窟に侵入することに成功した。
(リンネちゃん、中に30人くらい居ます)
(数が多すぎるだろ、リーダーを待つか?)
(その中には誘拐された人も含まれてる?)
(そう思います。でも、区別はできません)
(ここに居ても見つかるだけだ、戻るか?)
(中に隠れる場所があるか、確認しない?)
(わかりました)
(マジかよ……)
入ってから数秒と経たず、いくつかの足音がこっちに向かってくる。
古い鍾乳洞らしく、入り組んでいるうえに大小の窪みもあって、意外と隠れやすかったのが幸いした。
ボクたちは、咄嗟に大きな窪みに身を潜め、息を殺して様子を窺っていると、中から5人の盗賊が出てきた。
手にはそれぞれ武器を持っている。ギベリンたちに比べると、身なりも薄汚い感じだ――。
ギベリンは言っていた。好きで盗賊をする奴なんていないと。でも、1度手を血で染めてしまえば、決して元の生活には戻れないと――。
でも、彼らだってやり直す決意をしたんだ。この人たちだって、盗賊をすることになった理由があるはず。理由があるなら解決策だってあるよね。根っこから腐った人なんていないんだから。
ボクの心を支配していた盗賊への怒りは、ギベリンたちの、生きるために必死な姿と重なって揺らいでしまう。
(奇襲するか?)
(ううん、ボクに任せて。話してみる)
(リンネちゃん、気をつけてください)
(話し合いが通じる相手じゃねぇぞ。危なくなったら突っ込むからな?)
(わかった)
ボクは棒を低く構えながら洞窟通路の中央に進み出る。
『ん? なんだこいつ?』
『ガキが逃げたか?』
『そんなことはねぇはずだが』
『あれじゃねぇか? アイツが言ってた女――』
「貴方たちは盗賊だよね?」
『そうだよー、お嬢さん。よろしくな!』
『とんだ別嬪じゃねーか』
『俺が先だぜ? ウヒヒッ』
「攫った人たちを解放して。今ならまだやり直せるから」
『プッ! 聞いたか?』
『わっはっは! こりゃ、何の冗談だ?』
『お前となら何回でもヤり直せそうだな』
下衆な笑みに悪寒が走る――。
「リンネちゃん!」
「リンネ、もう無理だ!」
メルちゃんに続き、アレクさんも飛び出して来た。
考えが甘過ぎた。全く会話が成り立たなかった。あいつのように、世の中には壊すことを楽しむ奴がいることは知っていたはずなのに――。
『なんだコイツら、どこから湧いた!?』
『敵襲だ!』
『絶対に逃がすなよ!』
失敗した!
次々に盗賊が集まってきて、2重3重に取り囲まれてしまった! ボクのせいで、皆を危険に晒しちゃった!
《時間停止》を精一杯使っても3人が逃げ切るのは不可能だ。《雷魔法/中級》だと、メルちゃんたちにも当たっちゃう。
棒を握る手に力が籠る。
3対10以上だけど、戦うしかない――。
「ここに居たか。もう大丈夫だ!」
その時、後ろからリーダーの声が聞こえた!
振り返ると、仲間を2人も連れている!
リーダー、ナイスだよ! このタイミング、ヒーローのお手本みたいだ。
これなら無駄に命を奪い合うことなく、盗賊団を無力化できるかもしれない!
「リーダー!」
「リンネちゃん危ないっ!!」
いやぁ、暑いですね。「夏は暑くて当たり前。時には汗を流す事も必要だ」って、あの有名なネコ型ロボットが言っていましたが、耳が痛いです。はぁ、今年の夏はどうなるんだろう。
あ、そう言えば、最近のマイブームは、ドライ運転(エアコンのお話)。




