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異世界八険伝  作者: AW
第2章 新たな仲間たち
25/92

25.チロルへの旅路Ⅱ

 楽しさも苦しさも味わったフィーネの町に別れを告げ、行商人の護衛として朝早くから北へと旅立つ予定だったが――ハプニングを起こしてしまう。リンネを庇ってアレクとの戦いに臨むメル。果たして決着の行方は――。

「そんなひらっひらなメイド服で大丈夫か? 後悔しないな?」

「そんな薄っぺらい口上で大丈夫ですか? 後悔しませんか?」

「馬鹿にするな!」


 メルちゃんの挑発が、アレクさんの顔から笑いを消し去る。


 アレクさんは銀色の斧を両手にがっちり持ち、黒い棒を右手1本で低く構えるメルちゃんに対し、じりじりと油断なく近づいていく。


「ポーション代は自分で払えよ!」

「その台詞、リボン付きでお返しします!」


 脇腹目掛けて繰り出された先端での突きを、躱すことなく武器で叩き伏せるメルちゃん。

 知ってはいたけど、やっぱり強いです!


「調子に、乗るな!」


 槍のように高速で突き出される斧――ボクには時間を止めないと躱しきれない連撃だけど、メルちゃんはその全てを見切っているかのように、棒で軽く弾いていく。


「あれ――?」


 突然メルちゃんの動きが止まる。


「よそ見してんじゃねー!!」


 ことごとく攻撃を防がれていたアレクさんが、隙を見せたメルちゃんに向けて斧を振り被る!


「危ないっ!!」


 咄嗟に雷魔法を放とうと右手を伸ばしたボクに、メルちゃんが微笑みながら声を掛けてきた。


「これ、必要なくなりましたのでお返ししますね」

「えっ?」


 飛んできた棒を両手で受け止める。

 って、これはボクが貸した大グモの脚じゃん!


 バンッ!!


「なんだとっ!?」


 振り下ろされる斧に、パンチ1発。もはや、凄いとしか言えない。

 肩口に向かってきた斧の刃を、横から殴りつけたメルちゃん――。


「お前、化け物か……」


「頭の悪い人ほど、すぐ化け物のせいにする傾向があるそうですよ」


「本当は人間相手に使いたくはないけど、俺はこの勝負に絶対勝ちたいんだ――」

「アレク! それは使うな!!」


「だから、ポーション代は半分払ってやるよ!」


 アレクさんが斧を頭上に掲げ、精神の集中力を高め始めると、周辺の空気がうねり始める。そして、風が斧に纏うように収束していく――。

 やばい、魔法だ! しかも結構強力!


「メルちゃん! 逃げてっ!!」


「なるほど、武器に風を纏わせているんですね――」

「そうだ! わかったところで躱すことも殴ることもできないだろう? 《風魔法/下級(ウインドカッター)》!!」


 8の字に繰り出される斧によって形成された無数の風の刃が、メルちゃんへと襲い掛かる!


「躱す? 殴る必要性も感じませんが――《鉄壁防御(ウォール)/下級》!」


 100を超える風の刃は、メルちゃんに全く届かない!

 突如現れた2m四方の青く輝く壁が、その全てを四散させてしまったから。


「馬鹿な――」

「はぁ~。準備体操は終わりましたか?」


 膝を落として項垂(うなだ)れるアレクさんの前で、大きな欠伸(あくび)をしながらメルちゃんが嫌味を言う。

 この子、敵に回したらいけない子だ――。


 その状況を見て、リーダーのリュークさんが2人に歩み寄る。


「よし、そこまでだ。この勝負、メルの勝ちとする。両者とも、想像以上にやるじゃないか。負の感情は全てここで水に流し、今後は一切の争い事のないようにな!」


 そう言って2人に無理矢理握手をさせる。


 グスタフさんがアレクさんに駆け寄り、頭にゲンコツを落としているのが見えた。

 ボクもメルちゃんに抱き着いて、思いっきり感謝の気持ちを伝える。


[メルがパーティに加わった]

[リューク'がパーティに加わった]

[アレクがパーティに加わった]

[グスタフがパーティに加わった]


 おっと、円陣って程じゃないけど、友情がちょっと芽生えただけでもパーティが成立するんだね。

 腐っても創造神。意外と熱い心を持っているのかも――というわけではない。

 ギルドで確認したら、パーティ結成は魔法とかの範囲を確定するための準備だって。頭の中にピコーンと出るとか、それ自体もちょっとした魔法だと思うけど――。


 大雨(ゲンコツ)が降って地が固まったボクたち一行は、それぞれの馬車に乗り込み、リーダーの掛け声で出発する。


 そして、いろいろな思い出と共に、冒険者ギルドの町フィーネを後にした――。




 ★☆★




「来ます!」


 馭者席のメルちゃんが短く叫ぶ。


 町を出てからまだ5分しか経っていない。ボクはまだ、メロスさんと何を話そうか考えている最中だった――。


「魔物?」


「はい、オークが12頭。街道を塞ぐようにして待ち伏せしています。距離は――1500mくらい先ですね」


「リーダーの指示はない?」


「先頭車はまだ止まりません、まだ見つけていないようです」


 ボクの目には点すら見えないのに、“オークが12頭”なんて具体的に識別できるメルちゃん――目が良すぎだよ、ほんとに。



 しばらくして先頭車が停車し、リュークさんとグスタフさんがこっちに歩いて来た。



「見えるか? オークだ。人間を攫う豚野郎だ」


 グスタフさんが、いかにも嫌なモノを見るように言う。そして、嫌悪感をたっぷり乗せてオーク集団を指差した。


「町のこんな近くにまで魔物が出るようになったんですね――皆さん、宜しくお願いしますよ」


 メロスさんは心配そう。5日間の行程の、最初の僅か10分で魔物の群れに遭遇――先行きに不安を抱くのは仕方がないよね。


「統率された集団だからな、回り込まれたら厄介だぞ。リンネ、遠距離魔法は可能か?」


 まぁ、魔法もいろいろ試したいし、上手く追い払うことができたら一石二鳥だね。


「了解です、やってみます」


 安くていいから杖を買っておくんだったな――。

 とりあえず、返してもらった大グモの脚を使ってみよう。


簡易鑑定(リサーチ):魔物である大蜘蛛の前脚の一部。軽くて丈夫な反面、熱や電気には弱い。》


 おぉ、《簡易鑑定(リサーチ)》が初めて役に立った?

 もう少しで唯一の武器を壊しちゃうところだったよ。弱点がわかるだけでも有難い!


 オークの方はどうかな?


簡易鑑定(リサーチ):オーク族(魔物化)。群れで行動することが多い。》


 んんっ、これは、微妙としか言えない。

 でも、群れで行動するってことは、リーダーさえ何とかできれば――。


「ちょっと行ってきます」

「私も――」

「ううん、大丈夫。すぐに終わらせるから」


 立ち上がったメルちゃんの両肩を押し下げて無理矢理に座らせ、ボクは1人馬車を降りる。


 まだオークがいる場所までは500mも離れている。

 射程や範囲、威力も考えないといけないけど、まずは100mの距離まで近づこう。



 一般的な雷魔法って、魔法使いが汗水垂らしながら数分間呪文を詠唱すると、空に黒い雲が集まってきて――ゴロゴロッドッカ~ン!って感じだと思う。


 でも、雷を自分の手から直接放てれば凄く使い勝手が良いよね。魔法がイメージ次第で大きく変わるんだったら、そんな魔法を使いたい!


 歩きながら雷について習った記憶を遡る。

 小学4年生の、雷を発生させる実験のとき、先生がいろいろ教えてくれたんだ。


1.雲の中にある氷の粒がぶつかり合うことで静電気が発生する

2.雲の下にはマイナスの、上にはプラスの電気がたまる

3.電気を持ちきれなくなると、マイナスからプラスに放電する


 確か、雷のメカニズムはこんな感じだった。

 だから、普通の雷は雲の下から上へと向かうんだけど、雲の下部分(マイナス)から見て、雲の上部(プラス)よりも地面(プラス)の方が近い場合に、稲妻となって地面に落ちるの。


 雲上 +++



 雲下 ---

     ↓(稲妻)

 地面 +++


 上に光る場合に比べると稲妻は数倍速くて、時速は50万kmを超えるらしい。リニアモーターカーの1000倍だよ! 避けられないよね!

 電圧も桁違いに大きくて、10億(ボルト)にもなる。家のコンセント(100V)の1000万倍だって! でも、そのくらい大きな電圧じゃないと空気中を放電しないんだとか。


 実は、この電圧にはトリックがあって――。

 以前、友達が護身用スタンガンを学校に持ってきて、先生に没収されちゃうという大事件があったんだけど、そのとき、勇猛果敢な男子がほんの一瞬だけど、100万ボルトに耐えてみせた――。

 ボクも信じられなかったんだけど、危ないのは電流の方なんだって。電圧が高くても電流を小さく抑えていれば、ビリビリはするけど死んじゃうことはないらしい。

 ちなみに、ビリっとするあの静電気はたった1mA(ミリアンペア)くらいの電流。それが10mAだと我慢するのがきつくなり、20mAだと痙攣が起こり、100mAを超えてくると即死レベル。雷は2000Aから50万Aで、やっぱり桁違いに強い。


 拳に刻まれた魔法の紋章を意識すると、ふわっと青白いカードが浮かび上がった。


雷魔法(サンダー)/下級:小規模の電気を生じさせる》

雷魔法(サンダー)/中級:中規模の電撃を生じさせる》


 うん、全然参考にならない。


 とりあえず、下級魔法がどの程度までイメージ通りに構成できるのかを試してみよう。



 街道をまっすぐ歩いて行くと、オークの唸り声が聞こえてきた。100mって思ったよりも近いし、怖い。

 目の前に極上の餌が歩いているって感じだろうか――今にも襲い掛かってきそうな雰囲気だったけど、図体の大きいオークが一喝すると、彼を中心に弧を描くように左右に広がっていく。ボクを逃がさないよう包囲する作戦だね。



 ふぅっと、深呼吸を1つ。

 お腹の中で魔力を練りながら、イメージを頭に強く浮かべる。


 ボクがマイナスで、狙う相手がプラス。何だか不本意なイメージだけど仕方がない。


 イメージするのは、遠くに届かせるための大きな電圧と、安心安全な小さな電流だね。

 人間とは違い、相手は人外のオークだ。身体の抵抗云々は分からないけど、20mAくらいじゃかゆいかもしれない。ここは思い切って50mAくらいで撃ってみよう。

 まぁ、魔法だからね。細かい理論は超越してくれるでしょ!



 練り上げた魔力が身体の中を駆け巡る。それを右手の人差し指の先に集中させていく――。


 狙いは中央、街道の100m先にいる図体の大きなオーク。


 右手を上げ、狙いを定めた相手に向かってさっと振り下ろす!


「ビリビリしちゃえっ! 《雷魔法/下級(サンダーボルト)》!」


 指先から蒼白い電撃が(ほとばし)る!


 速い!


 バリバリバリッ! ズッゴーン!


『ギャウァァァー!!』


 超高速でジグザグに走る光の筋。それがオークの身体をあっという間に捕らえると、漫画の1コマのように全身を電気が包み込む。


 イメージ通り?

 いや、それよりもちょっと過激に痙攣した後、頭の上から煙のようなモノが立ち昇る。


 えっ、魂?

 死んじゃった?


 黒焦げで立ち尽くすオーク、蒼白な顔で立ち尽くすボク。


 数秒ほど気絶していたオークが、後ろに半歩退く。


 良かった、大丈夫だった――。


 他のオークは、そんなボスを見て数歩退く。


 ボクがもう1度右手を高々と掲げると、ボスオークが何かを叫び、回れ右をして重たい足取りで逃げ出した。

 それを見た他のオークたちは、ボスを放置して全力で走り去って行く。まぁ、世の中そんなもんだよね――。


 光ほどじゃないけど、ピカッと目にも留まらぬ速さ飛んでいき、下級魔法なのにオークさんを黒焦げにしちゃうこの威力――。

雷魔法(サンダー)》って、ちょっとチート過ぎない?



 様子を遠くから観察していた馬車2台が、ボクの近くまでやって来た。


 メルちゃんは笑顔で、リーダーは苦笑でボクを出迎える。


 馬車の中からは、口を開けて放心状態のアレクさんが見える。グスタフさんは何故か思いっきり笑っていた。


「ご苦労。思っていた以上の実力だ。今後の対応に役立てる。さぁ、出発するぞ!」




 ★☆★




 その後、30分しか進めず、またも魔物の襲撃で止まるボクたち。


 しかも、今度は体長10mを超える巨大な蛇――。


 もう、町や村がよく残ってると思わざるを得ないくらいの世界ですよ、ここ。


簡易鑑定(リサーチ):グレートレッドスネーク。敏捷性が高いうえに猛毒を持っている。》


「グレートレッドスネーク! 毒があるよ!」


 側面から襲い来る魔物を確認し、ボクは先頭車に聞こえるように叫ぶ。


「マジかよ!」


 アレクさんか誰かの動揺した叫び声が返ってくる。


「あいつの毒は即死級だ、絶対に近づくなよ! リンネ、さっきの魔法で牽制してくれ!」


 リーダーからの指示がくる。


 あ、願ったり叶ったりってやつだ。

 中級魔法を試せる機会を待ってたんだよね。


雷魔法(サンダー)/中級》のカードが頭の中で感覚的に教えてくれたことがある。

 下級と中級の違いは威力だけではなくて、実現可能な範囲が広がるということ――それはすなわち、イメージをより的確に魔法に伝えられるということ。


 さっきの《雷魔法/下級(サンダーボルト)》は指先から細い雷撃を放つイメージだったけど、今度は太っちょの落雷を相手の頭上から落とすイメージ。

 といっても、見た目はド派手になっちゃうけど、電流はさっきの3倍くらいに抑えておくよ。


 下級よりも時間を掛けて魔力をしっかりと練り込みながら、大蛇の上空に意識を集中する。

 そこに向けて伸ばした掌を、何かを握りしめるかのようにギュッと閉じる。

 その瞬間、大蛇の上空に巨大な電圧の渦が生まれる――。

 その空間と導火線のように繋がっているボクの右拳が、ビリビリっと痺れる。その感覚は、まさに準備が整ったという証拠。


 中級の雷魔法――名前は何でもいいや。


「《雷魔法/中級(サンダーストーム)》!」


 ドガァァァーン!!


 朝焼けに染まる30mの上空から、轟音と共に雷が大地に突き刺さる!

 辺り一面に激しい閃光が煌めき、あまりの眩しさに、ボク自身も思わず目を細めてしまう。


 全身に雷撃を受けて激しく痙攣した大蛇は、濃い茂みの中へと一目散に逃げて行った――。


 ボクの魔法で弱らせた後で突撃しようと身構えていた男性陣は、突撃どころか、腰が引けて下がり始めている。


 マズい、勇者は力を誇示し過ぎちゃ駄目だった――。


「リンネちゃん、さすがです!!」


 ふっふっふ、今のは中級じゃない、下級魔法だ!って言いたいのは山々だけど、ボクはとっても空気が読める賢者です。


「ま、まぐれです」


 内股でモジモジしながら、可愛いポーズ付きで繰り出される最高の笑顔。


「「……」」


 リーダー、グスタフさん、アレクさんは口を開けたまま沈黙を保っていた――。


「リンネさん、凄い魔法でしたね!」


 メロスさんだけは目をキラキラさせながら誉めてくれた。

 一応、うちの馬車の空気だけは大丈夫そうです。

 下級と初級をごっちゃで使っていますが、特に使い分けの意味はありません――はっきり言います、誤字です。今後は「下級→中級→上級」で統一します。

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