25.チロルへの旅路Ⅱ
楽しさも苦しさも味わったフィーネの町に別れを告げ、行商人の護衛として朝早くから北へと旅立つ予定だったが――ハプニングを起こしてしまう。リンネを庇ってアレクとの戦いに臨むメル。果たして決着の行方は――。
「そんなひらっひらなメイド服で大丈夫か? 後悔しないな?」
「そんな薄っぺらい口上で大丈夫ですか? 後悔しませんか?」
「馬鹿にするな!」
メルちゃんの挑発が、アレクさんの顔から笑いを消し去る。
アレクさんは銀色の斧を両手にがっちり持ち、黒い棒を右手1本で低く構えるメルちゃんに対し、じりじりと油断なく近づいていく。
「ポーション代は自分で払えよ!」
「その台詞、リボン付きでお返しします!」
脇腹目掛けて繰り出された先端での突きを、躱すことなく武器で叩き伏せるメルちゃん。
知ってはいたけど、やっぱり強いです!
「調子に、乗るな!」
槍のように高速で突き出される斧――ボクには時間を止めないと躱しきれない連撃だけど、メルちゃんはその全てを見切っているかのように、棒で軽く弾いていく。
「あれ――?」
突然メルちゃんの動きが止まる。
「よそ見してんじゃねー!!」
尽く攻撃を防がれていたアレクさんが、隙を見せたメルちゃんに向けて斧を振り被る!
「危ないっ!!」
咄嗟に雷魔法を放とうと右手を伸ばしたボクに、メルちゃんが微笑みながら声を掛けてきた。
「これ、必要なくなりましたのでお返ししますね」
「えっ?」
飛んできた棒を両手で受け止める。
って、これはボクが貸した大グモの脚じゃん!
バンッ!!
「なんだとっ!?」
振り下ろされる斧に、パンチ1発。もはや、凄いとしか言えない。
肩口に向かってきた斧の刃を、横から殴りつけたメルちゃん――。
「お前、化け物か……」
「頭の悪い人ほど、すぐ化け物のせいにする傾向があるそうですよ」
「本当は人間相手に使いたくはないけど、俺はこの勝負に絶対勝ちたいんだ――」
「アレク! それは使うな!!」
「だから、ポーション代は半分払ってやるよ!」
アレクさんが斧を頭上に掲げ、精神の集中力を高め始めると、周辺の空気がうねり始める。そして、風が斧に纏うように収束していく――。
やばい、魔法だ! しかも結構強力!
「メルちゃん! 逃げてっ!!」
「なるほど、武器に風を纏わせているんですね――」
「そうだ! わかったところで躱すことも殴ることもできないだろう? 《風魔法/下級》!!」
8の字に繰り出される斧によって形成された無数の風の刃が、メルちゃんへと襲い掛かる!
「躱す? 殴る必要性も感じませんが――《鉄壁防御/下級》!」
100を超える風の刃は、メルちゃんに全く届かない!
突如現れた2m四方の青く輝く壁が、その全てを四散させてしまったから。
「馬鹿な――」
「はぁ~。準備体操は終わりましたか?」
膝を落として項垂れるアレクさんの前で、大きな欠伸をしながらメルちゃんが嫌味を言う。
この子、敵に回したらいけない子だ――。
その状況を見て、リーダーのリュークさんが2人に歩み寄る。
「よし、そこまでだ。この勝負、メルの勝ちとする。両者とも、想像以上にやるじゃないか。負の感情は全てここで水に流し、今後は一切の争い事のないようにな!」
そう言って2人に無理矢理握手をさせる。
グスタフさんがアレクさんに駆け寄り、頭にゲンコツを落としているのが見えた。
ボクもメルちゃんに抱き着いて、思いっきり感謝の気持ちを伝える。
[メルがパーティに加わった]
[リューク'がパーティに加わった]
[アレクがパーティに加わった]
[グスタフがパーティに加わった]
おっと、円陣って程じゃないけど、友情がちょっと芽生えただけでもパーティが成立するんだね。
腐っても創造神。意外と熱い心を持っているのかも――というわけではない。
ギルドで確認したら、パーティ結成は魔法とかの範囲を確定するための準備だって。頭の中にピコーンと出るとか、それ自体もちょっとした魔法だと思うけど――。
大雨が降って地が固まったボクたち一行は、それぞれの馬車に乗り込み、リーダーの掛け声で出発する。
そして、いろいろな思い出と共に、冒険者ギルドの町フィーネを後にした――。
★☆★
「来ます!」
馭者席のメルちゃんが短く叫ぶ。
町を出てからまだ5分しか経っていない。ボクはまだ、メロスさんと何を話そうか考えている最中だった――。
「魔物?」
「はい、オークが12頭。街道を塞ぐようにして待ち伏せしています。距離は――1500mくらい先ですね」
「リーダーの指示はない?」
「先頭車はまだ止まりません、まだ見つけていないようです」
ボクの目には点すら見えないのに、“オークが12頭”なんて具体的に識別できるメルちゃん――目が良すぎだよ、ほんとに。
しばらくして先頭車が停車し、リュークさんとグスタフさんがこっちに歩いて来た。
「見えるか? オークだ。人間を攫う豚野郎だ」
グスタフさんが、いかにも嫌なモノを見るように言う。そして、嫌悪感をたっぷり乗せてオーク集団を指差した。
「町のこんな近くにまで魔物が出るようになったんですね――皆さん、宜しくお願いしますよ」
メロスさんは心配そう。5日間の行程の、最初の僅か10分で魔物の群れに遭遇――先行きに不安を抱くのは仕方がないよね。
「統率された集団だからな、回り込まれたら厄介だぞ。リンネ、遠距離魔法は可能か?」
まぁ、魔法もいろいろ試したいし、上手く追い払うことができたら一石二鳥だね。
「了解です、やってみます」
安くていいから杖を買っておくんだったな――。
とりあえず、返してもらった大グモの脚を使ってみよう。
《簡易鑑定:魔物である大蜘蛛の前脚の一部。軽くて丈夫な反面、熱や電気には弱い。》
おぉ、《簡易鑑定》が初めて役に立った?
もう少しで唯一の武器を壊しちゃうところだったよ。弱点がわかるだけでも有難い!
オークの方はどうかな?
《簡易鑑定:オーク族(魔物化)。群れで行動することが多い。》
んんっ、これは、微妙としか言えない。
でも、群れで行動するってことは、リーダーさえ何とかできれば――。
「ちょっと行ってきます」
「私も――」
「ううん、大丈夫。すぐに終わらせるから」
立ち上がったメルちゃんの両肩を押し下げて無理矢理に座らせ、ボクは1人馬車を降りる。
まだオークがいる場所までは500mも離れている。
射程や範囲、威力も考えないといけないけど、まずは100mの距離まで近づこう。
一般的な雷魔法って、魔法使いが汗水垂らしながら数分間呪文を詠唱すると、空に黒い雲が集まってきて――ゴロゴロッドッカ~ン!って感じだと思う。
でも、雷を自分の手から直接放てれば凄く使い勝手が良いよね。魔法がイメージ次第で大きく変わるんだったら、そんな魔法を使いたい!
歩きながら雷について習った記憶を遡る。
小学4年生の、雷を発生させる実験のとき、先生がいろいろ教えてくれたんだ。
1.雲の中にある氷の粒がぶつかり合うことで静電気が発生する
2.雲の下にはマイナスの、上にはプラスの電気がたまる
3.電気を持ちきれなくなると、マイナスからプラスに放電する
確か、雷のメカニズムはこんな感じだった。
だから、普通の雷は雲の下から上へと向かうんだけど、雲の下部分から見て、雲の上部よりも地面の方が近い場合に、稲妻となって地面に落ちるの。
雲上 +++
雲下 ---
↓(稲妻)
地面 +++
上に光る場合に比べると稲妻は数倍速くて、時速は50万kmを超えるらしい。リニアモーターカーの1000倍だよ! 避けられないよね!
電圧も桁違いに大きくて、10億Vにもなる。家のコンセント(100V)の1000万倍だって! でも、そのくらい大きな電圧じゃないと空気中を放電しないんだとか。
実は、この電圧にはトリックがあって――。
以前、友達が護身用スタンガンを学校に持ってきて、先生に没収されちゃうという大事件があったんだけど、そのとき、勇猛果敢な男子がほんの一瞬だけど、100万ボルトに耐えてみせた――。
ボクも信じられなかったんだけど、危ないのは電流の方なんだって。電圧が高くても電流を小さく抑えていれば、ビリビリはするけど死んじゃうことはないらしい。
ちなみに、ビリっとするあの静電気はたった1mAくらいの電流。それが10mAだと我慢するのがきつくなり、20mAだと痙攣が起こり、100mAを超えてくると即死レベル。雷は2000Aから50万Aで、やっぱり桁違いに強い。
拳に刻まれた魔法の紋章を意識すると、ふわっと青白いカードが浮かび上がった。
《雷魔法/下級:小規模の電気を生じさせる》
《雷魔法/中級:中規模の電撃を生じさせる》
うん、全然参考にならない。
とりあえず、下級魔法がどの程度までイメージ通りに構成できるのかを試してみよう。
街道をまっすぐ歩いて行くと、オークの唸り声が聞こえてきた。100mって思ったよりも近いし、怖い。
目の前に極上の餌が歩いているって感じだろうか――今にも襲い掛かってきそうな雰囲気だったけど、図体の大きいオークが一喝すると、彼を中心に弧を描くように左右に広がっていく。ボクを逃がさないよう包囲する作戦だね。
ふぅっと、深呼吸を1つ。
お腹の中で魔力を練りながら、イメージを頭に強く浮かべる。
ボクがマイナスで、狙う相手がプラス。何だか不本意なイメージだけど仕方がない。
イメージするのは、遠くに届かせるための大きな電圧と、安心安全な小さな電流だね。
人間とは違い、相手は人外のオークだ。身体の抵抗云々は分からないけど、20mAくらいじゃ痒いかもしれない。ここは思い切って50mAくらいで撃ってみよう。
まぁ、魔法だからね。細かい理論は超越してくれるでしょ!
練り上げた魔力が身体の中を駆け巡る。それを右手の人差し指の先に集中させていく――。
狙いは中央、街道の100m先にいる図体の大きなオーク。
右手を上げ、狙いを定めた相手に向かってさっと振り下ろす!
「ビリビリしちゃえっ! 《雷魔法/下級》!」
指先から蒼白い電撃が迸る!
速い!
バリバリバリッ! ズッゴーン!
『ギャウァァァー!!』
超高速でジグザグに走る光の筋。それがオークの身体をあっという間に捕らえると、漫画の1コマのように全身を電気が包み込む。
イメージ通り?
いや、それよりもちょっと過激に痙攣した後、頭の上から煙のようなモノが立ち昇る。
えっ、魂?
死んじゃった?
黒焦げで立ち尽くすオーク、蒼白な顔で立ち尽くすボク。
数秒ほど気絶していたオークが、後ろに半歩退く。
良かった、大丈夫だった――。
他のオークは、そんなボスを見て数歩退く。
ボクがもう1度右手を高々と掲げると、ボスオークが何かを叫び、回れ右をして重たい足取りで逃げ出した。
それを見た他のオークたちは、ボスを放置して全力で走り去って行く。まぁ、世の中そんなもんだよね――。
光ほどじゃないけど、ピカッと目にも留まらぬ速さ飛んでいき、下級魔法なのにオークさんを黒焦げにしちゃうこの威力――。
《雷魔法》って、ちょっとチート過ぎない?
様子を遠くから観察していた馬車2台が、ボクの近くまでやって来た。
メルちゃんは笑顔で、リーダーは苦笑でボクを出迎える。
馬車の中からは、口を開けて放心状態のアレクさんが見える。グスタフさんは何故か思いっきり笑っていた。
「ご苦労。思っていた以上の実力だ。今後の対応に役立てる。さぁ、出発するぞ!」
★☆★
その後、30分しか進めず、またも魔物の襲撃で止まるボクたち。
しかも、今度は体長10mを超える巨大な蛇――。
もう、町や村がよく残ってると思わざるを得ないくらいの世界ですよ、ここ。
《簡易鑑定:グレートレッドスネーク。敏捷性が高いうえに猛毒を持っている。》
「グレートレッドスネーク! 毒があるよ!」
側面から襲い来る魔物を確認し、ボクは先頭車に聞こえるように叫ぶ。
「マジかよ!」
アレクさんか誰かの動揺した叫び声が返ってくる。
「あいつの毒は即死級だ、絶対に近づくなよ! リンネ、さっきの魔法で牽制してくれ!」
リーダーからの指示がくる。
あ、願ったり叶ったりってやつだ。
中級魔法を試せる機会を待ってたんだよね。
《雷魔法/中級》のカードが頭の中で感覚的に教えてくれたことがある。
下級と中級の違いは威力だけではなくて、実現可能な範囲が広がるということ――それはすなわち、イメージをより的確に魔法に伝えられるということ。
さっきの《雷魔法/下級》は指先から細い雷撃を放つイメージだったけど、今度は太っちょの落雷を相手の頭上から落とすイメージ。
といっても、見た目はド派手になっちゃうけど、電流はさっきの3倍くらいに抑えておくよ。
下級よりも時間を掛けて魔力をしっかりと練り込みながら、大蛇の上空に意識を集中する。
そこに向けて伸ばした掌を、何かを握りしめるかのようにギュッと閉じる。
その瞬間、大蛇の上空に巨大な電圧の渦が生まれる――。
その空間と導火線のように繋がっているボクの右拳が、ビリビリっと痺れる。その感覚は、まさに準備が整ったという証拠。
中級の雷魔法――名前は何でもいいや。
「《雷魔法/中級》!」
ドガァァァーン!!
朝焼けに染まる30mの上空から、轟音と共に雷が大地に突き刺さる!
辺り一面に激しい閃光が煌めき、あまりの眩しさに、ボク自身も思わず目を細めてしまう。
全身に雷撃を受けて激しく痙攣した大蛇は、濃い茂みの中へと一目散に逃げて行った――。
ボクの魔法で弱らせた後で突撃しようと身構えていた男性陣は、突撃どころか、腰が引けて下がり始めている。
マズい、勇者は力を誇示し過ぎちゃ駄目だった――。
「リンネちゃん、さすがです!!」
ふっふっふ、今のは中級じゃない、下級魔法だ!って言いたいのは山々だけど、ボクはとっても空気が読める賢者です。
「ま、まぐれです」
内股でモジモジしながら、可愛いポーズ付きで繰り出される最高の笑顔。
「「……」」
リーダー、グスタフさん、アレクさんは口を開けたまま沈黙を保っていた――。
「リンネさん、凄い魔法でしたね!」
メロスさんだけは目をキラキラさせながら誉めてくれた。
一応、うちの馬車の空気だけは大丈夫そうです。
下級と初級をごっちゃで使っていますが、特に使い分けの意味はありません――はっきり言います、誤字です。今後は「下級→中級→上級」で統一します。




