24.チロルへの旅路Ⅰ
孤独の悲しみの中、前進することを決意したリンネは、雷魔法の初級・中級を習得し、青の召喚石で青髪14歳メイドなメルちゃんの召喚に成功する。彼女の冒険者登録と、旅に必要な買い物も終えた二人は、いよいよ明朝、フィーネを発ち城塞都市チロルへと旅立つ――。
「リンネちゃん」
おやつで食べようと残しておいた2つのシュークリームが、突然目の前から消えてしまった。生クリームたっぷりの、とっても大きくて柔らかいシュークリーム――薄闇の、ぼんやりとした意識の中、ベッドの上を精一杯捜索したけど見つからない。
「うにゃ……ボクのシュークリームはどこ? 柔らかいシュークリーム……」
「ふふっ、食べ物の夢を見るなんて、可愛いですね。でも、そろそろ起きてくださいね」
シーツ上を彷徨っていたボクの両手が、がっちり掴まれる。優しい温もりを感じ、急速に目が覚めていく。
「ん? 夢? あ、メルちゃんおはよ!」
ボクの目の前には、ひらひらが可愛いメイド服を着込んだメルちゃんの優しい笑顔がある。
シュークリームは残念ながら夢だったけど、目の前のメルちゃんは――昨日の召喚は夢じゃなかった。もう、ボクは独りぼっちじゃないんだ。
ほっとした途端、恥ずかしさが込み上げてきた。
でも、こんな寝言を言っちゃうほど安心して眠ったのは、この世界に来て初めてだと思う。
昨日のいろいろな出来事――メルちゃんとの出逢いや魔法の習得は、ボクの心に大きな安らぎをくれていたんだね。
「さぁ、準備しようか」
ベッドから降り、ん゛~っと背筋を伸ばして気合いを入れる。
「一通り終わっています、後はお食事と、リンネちゃんの身支度だけです」
えっ?
あ、ホントだ――部屋も綺麗に片付けられていて、今すぐにでも出発できる状態になっている。
「これ、リンネちゃんの服とローブです。勝手ながら洗濯しておきました」
「えっ、ありがとう。洗濯までしてくれたの?」
「はい、汚れていましたので。髪を結ぶので、後ろを向いて下さいね」
うわぁ、自分だけぐっすり眠っちゃって、ダメな子じゃん! メルちゃんはメイドさんだけど、メイドじゃないんだから、今後は家事をちゃんと分担しよう――。
髪は2つ結びにしてもらった。
ポニーテールよりも結び目がやや低めで、お下げよりは高いツーサイドアップ。動きやすくて気持ちイイかも。
「綺麗な髪ですね、よくお似合いですよ!」
「えっと、ありがとう!」
こんな髪色になった経緯を思うと素直には喜べないんだけど、それでも褒められたら嬉しいね。
「では、朝ご飯をいただきましょう。こちらは保存食用です」
メルちゃんはそう言って、朝ご飯とは別に、小分けされたお弁当を見せてくれた。
「えっ? これって、宿屋の?」
「はい。今まで食べてなかった分と、今日の分をお弁当にしてもらいました。朝食べる2食以外に、旅の途中で食べる分が4食あります」
うわっ! しっかりしてる! 2年後のボクはここまでできる自信が全くないよ。これがメイドさんの実力なのか――。
「メルちゃん、ありがとう! あと、敬語はなしだよ? うぅ、昨日約束したのに」
「あっ! えっと、えっと、わかったです、わかったよ? リンネちゃん――すみません、難しいです」
ちょっと意地悪っぽく泣き真似をしてみただけで、凄く慌てて取り乱すメルちゃん。ほんと、ごめんなさい!
言葉遣いについては――まぁ、徐々に慣れていこうね。
朝食を食べ終え、着替えをちゃっちゃと済ませたボクたちは、アイリスさんに挨拶をしに行く。
メルちゃんがアイリスさんにある程度の事情を説明していたらしく、既に2人は仲良しさんになっていた。
「メルさん、リンネ様をお願いしますね!」
「はい、それが私の使命ですから。アイリスさんも、お父様を支えて頑張ってくださいね」
アイリスさんのお父さん? 見たことないなぁ。
「父には支えなんていらないと思っていたけど、昨日の顔を見ちゃうと――ふぅ、わかりました。それが私の使命ってことですね!」
ん?
何となく、わかりたくない気がする。
「リンネちゃん、そろそろ――」
「う、うん。アイリスさん! 何と言えばいいかわからないけど、本当に本当にお世話になりました! 世界を平和にしたら、また来ますね! また美味しいハンバーグ、作ってください!」
「はい、はい……喜んで。食べきれないくらい……おっきいのを作って待ってますから……生きて……生き残って……また、会いましょう……」
途中から、泣き崩れて顔を覆ってしまうアイリスさん。
この世界の人たちは、常に死の恐怖に怯えながら、それでも精一杯に、全力で生きているんだね――。
誰もが経験する悲しみ、それが別れ。
でも、生きていれば必ず再会できるんだ。
そのために、ボクは、ボクのできることを精一杯頑張ろう。
何度も何度も振り返り、姿が見えなくなるまで手を振りながら、ボクたちはフィーネの宿屋を旅立った――。
★☆★
暁が町を照らし始めている。神秘的な優しい光が町を包み込み、徐々に目覚めさせていく――。
もうすぐ朝の6時を迎えるという頃、町の北門前には既に旅商人と、依頼を受けた護衛たちの姿があった。
「おはようございます! 同乗をお願いしましたリンネとメルです。遅れてすみません」
「遅ぇよ! 新入りは30分前行動だろ!」
「おい、止めとけ」
護衛の男たちが定番的な初心者虐めをしてきたかと思ったら、どうやらマトモな人もいるみたい。お陰で丸く収まりそうな雰囲気だ。
あ、メルちゃん、そんなに睨まないであげて。煽っちゃダメだよ――。
「可愛いお嬢さんたち、俺は護衛のリーダーを任されているリュークだ。28歳独身の槍使い、冒険者ランクはCだ。宜しくな」
この人、今まで見た中で1番背が高いよ。黒い布マスクをして髪を後ろで束ねているので、見た目は忍者みたいな感じだけど、刀じゃなくて長槍なんだね。
「僕は、ランクEのアレクシオスだ。アレクと呼んでくれて構わない。得物は斧を使う。さっきは……悪かった……あ、18歳の独身だ」
「アレク! お前、もっとちゃんと謝れ。おっと、俺はグスタフ、Dランクの剣士だ。まぁ、こいつの保護者みたいなもんだな。歳? 歳も言うのか?」
先に自己紹介を終えた2人が、当然だと言わんばかりに頷いている。
「ちっ、31歳、独身だ。本当にこの情報必要なのか? 意外と挫折感あるんだが――」
そう言いつつ、アレクさんの頭をゴツンと叩いて羞恥心を紛らわせている。別に年齢とか独身かどうかなんて情報、猛烈にいらないんですけど、長旅だと必要なのかな? なんでだろう?
薄紫色の髪のイケメンお兄さんがアレクさん。スタイルが良いし、性格も良ければ凄くモテるかもしれない。持っている斧は何かの魔法が掛かっているのか、大きいのに軽そうに見える。
隣のグスタフさんは逆に筋骨隆々で渋いおじさん。前世でも見慣れた茶髪なので、ちょっとだけ親近感が湧くかも。何となくだけど、学校の体育の先生みたい。
おっと、時計回りにきたので自分の番かな?
「えっとリンネといいます雷の魔法を使えます12歳独身Dランクです宜しくお願いします」
緊張で自己紹介が早口になっちゃったよ。
独身――いや、Dランクと聞いて一斉にどよめく。
クエストを地道にこなしてきたわけじゃないのでどや顔はできないけど、ちょっとくらい胸を張ってもいいよね。
「私はメルです。近接戦闘が専門のFランクです。14歳、独身です――」
メルちゃん、下を向いて恥ずかしそう。もじもじしているところも可愛い! それに、メイド服にぶら下げた大グモの脚も似合ってる!
そんな感じで、全員の自己紹介が一通り終わった頃、眼鏡のおじさんが馬車から降りて近づいてきた。
「はっはっは! 皆さん集まりましたね? お嬢さん方は、そんなに独身をアピールしなくても大丈夫ですよ。おっと失礼、私は旅の行商をしているメロスと申します。この度はチロルまでの5日間の護衛、宜しくお願いしますね」
雇い主のメロスさんは、挨拶が終わるや否や荷物を確認すると言って馬車に戻ってしまった。
出発までにはもう少し時間が掛かりそうだ。
リーダーのリュークさんをコの字に囲み、地面に座って打ち合わせが始まる。
こういう野良パーティでは、揉め事を回避するため、最初に明確なルールを決める必要があるらしい。
特に、護衛の任務が初めてのボクたちに説明しながらなので30分ほど時間が掛かった。それでも、アレクさん以外、ボクも含めて皆が真面目に聴いている。
打ち合わせの中でリュークさんから提案されたのは、この5つ。
⒈男性が先頭車、女性はメロスさんと後続車に乗る
⒉どんな場合でもリーダーの指示に従う
⒊魔物のドロップは到着後均等で分配
⒋休憩は1日2回、昼と夜にとる
⒌休憩中の警護は各馬車ごとに決める
メルちゃんとも頷き合い、さらに1つの提案を持ち掛けた。
「道中、魔物を殺さずに進みませんか?」
しばらくの沈黙の後、アレクさんがボクに反論してきた。
「――どうしてだ? 全く意味がわからないぞ?」
「無駄に命を奪いたくないから」
「はぁ? 弱い魔物は殺し、強い魔物からは逃げる。俺たちはそうすることで強くなったんだ。もっと強くなるためにも――」
「私はリンネさんに賛成です。今回の任務は何ですか? メロスさんの護衛ですよね? 安全かつ迅速な移動と、貴方が強くなること――どちらが大事でしょう?」
「でもよ――」
「アレク! メイドさんの、いやメルさんの言う通りだ。俺らは狩りに来たんじゃねぇ、そこは絶対に履き違えるなよ」
「でも、兄貴だって――」
尚も立ち上がって抗議しようとするアレクさんを、グスタフさんが手で制す。
「すまねぇな。俺らは異存ないぞ」
「もう、勝手にしろ!」
「ありがとうございます。なるべくボクが魔法で追い払いますので、それまでは手を出さないようにお願いします」
「なっ、いくら俺よりランクが上だからって、子どもに指図されたくはねぇ!」
子どもって言われた……。
「まぁ、待て。お前ら、最初から揉め事を起こすな」
笑いながら成り行きを見守っていたリュークさんが立ち上がる。
まっすぐ見上げないと顔が見えないくらい背が高い。
「後で揉めるのは勘弁だからな、ここで白黒付けようぜ。おい、アレクとリンネ、今ここで戦え。己の言い分を通すには実力を示す、それが俺ら冒険者のやり方だろう?」
えぇ!? 何でそうなるの?
「リーダーよぉ、いくら何でもそりゃ――」
「兄貴、これは俺の問題だ! おい、リンネ。俺が勝ったらお前は俺の女になれ!」
「はぁ? お前、頭でもぶつけたか?」
「何でそんな滅茶苦茶なことになるんですかっ!」
「滅茶苦茶言ってきたのはお前たちの方だろ?」
「そういうことでしたら、アレクさんのお相手は私でも構いませんよね? Fランクで申し訳ありませんが」
メルちゃんがぷりぷり怒ってる――。
「あぁ? 何でそうなるんだ? 俺はお前より――」
「滅茶苦茶ついでですよ。そうそう、12歳の女の子に手を出そうとしたことは内緒にしてあげます」
「くっ……」
「ちょっと待てよ。こいつは今はまだEランクだが、実力はD以上――将来Aランクも狙える素質があるんだ。Fランクが相手になるわきゃねぇだろ! 落ち着けよ」
グスタフさんが決闘を止めに掛かるけど、メルちゃんが逆にやる気満々になっちゃった。
「面白いじゃねーか。アレクが勝てばリンネを彼女にする、メルが勝てばリンネたちの言うとおり、護衛に専念して魔物はスルーしよう。これでどうだ?」
「リーダー、せめて、メル・リンネ対アレクじゃねぇと、賭けにもならねぇが――」
「私は逆に、アレクさんとグスタフさ――」
「はいっ! メルちゃんもそれ以上は挑発しないでね。ボクはリーダーの提案に賛成です」
「わかったよ! アレク、手加減してやるんだぞ」
あぁ、メルちゃん――間違っても大怪我させないように手加減してあげてね!
チロルへの旅路は、意味不明な戦いから始まる――。
お読みいただきありがとうございます。




