23.青の召喚【挿絵/メル】
迷宮を攻略してフィーネに戻ったボクたちを待っていたのは、勇者への心無い仕打ちだった。ミルフェちゃんと隊長が身体を張って守ってくれていなければ、ボクはどうなっていたか分からない。
その後、ギルドマスターから聞かされた耳を覆いたくなる真実、それに追い討ちをかけるような仲間との別れ。再び独りに戻ったボクは――。
ミルフェちゃんと別れた後、ボクはまた布団に包まれて一頻り泣いた。
そしてそのまま、深く深く眠りについた。
今度は、怖い夢を見ることはなかった――。
★☆★
窓から射し込む暖かな陽光で目が覚めた。
ベッドの中から窓の外を見ると、黄金色の朝日が部屋の中を照らし出していた。もう朝8時くらいだろうか?
結局、昨日は1日中部屋に引き籠ってしまった。本当は急がなきゃいけない旅なのに――。
でも、焦ってはいけない。
焦燥は混迷を、混迷は過誤を生むっていうしね。
誰の言葉かって? 勿論、ボクの言葉。
はぁ。
『勇者の敵は魔物にあらず――』か。
ミルフェちゃんと同じように、ボクもボクができることをしよう。自分をしっかりコントロールしなきゃね。
そう考えた時、お腹がグーッと大きく鳴った。
そういえば、昨日は丸1日何も食べていなかったよ。
確か、宿屋は朝夕2食付きで明日の分まで支払い済みのはず。この宿屋の食事もまだ1度も食べてないし、まずは朝ご飯を食べてからにしよう。
力が入らない脚にパンパンっと2度気合いのビンタをし、階段を下りていく。
その途中で、宿屋のアイリスさんのびっくりした顔に出くわした。
まるで幽霊でも見ているかのような表情で見つめてくる。
あぁ、そうか。今のボクの顔は相当酷いよね。涙で腫れ上がった顔を隠すように、下を向いたまま話し掛ける。
「お、おはようございます。朝食――もし可能だったら頂きたいなって」
「おはようございます! 元気になられたようで安心しました! 朝食ですね、えっと、リンネさんのお好きな物があれば、すぐに準備しますから、1階の食堂でお待ちください!」
ハンバーグが食べたいなんて言っちゃった。
言った直後に、この世界が食糧難だったことを思い出し、凄く後悔した。
でも、嬉々として「腕に縒りを掛けて作ります」なんて言われちゃったら、今さら断りにくい。ここはアイリスさんのご厚意に甘えよう。
なんだかボクって甘えん坊さんみたい。もう、小学生じゃないんだから、もっとピシッとしないとね!
食堂に行くと、たくさんの人が居た。
冒険者風、旅人風、騎士風、商人風――皆がボクのことをチラチラ見てくる。嫌な視線を感じる。ダメだ、部屋に戻ろう――。
それから10分も待たずに、アイリスさんが朝ご飯を部屋まで持ってきてくれた。
自分勝手に部屋へと逃げたのに、アイリスさんからたくさん謝られてしまった。自分が謝るのは得意だけど、人から謝られるのはとても辛い。まぁ、それだけボクが未熟だってことだと思うけど。
アイリスさんの料理は、暗くなりかけたボクの心を、ピッカピカの日本晴れにしてくれた。
柔らかいパンと色とりどりの野菜、そして特大のハンバーグ!!
初の本格的な異世界料理に、今さら何の肉だとか、何の野菜だって疑問は必要ない! 落っこちそうなほっぺを手で押さえながら、ゆっくり噛んで味わいました。温かくて、柔らかくて、とってもお腹に優しい料理に、嫌な思い出なんてピュピュピューっと吹き飛んでいっちゃったよ。
★☆★
さて、まずはやるべきことを整理しよう。
迷宮でも活躍した紙に、インクでカッコよく書き殴る。
⒈魔法の習得(できれば練習も)
⒉召喚(本人への事情説明も)
⒊買い物(装備や旅に必要なもの)
⒋チロルについての情報収集
⒌エリクサー作成(お金が足りれば)
ざっと思いつく限り、こんな感じかな?
できれば今日中に全てをクリアして、明日の朝にはフィーネを出られるようにしたい。ここは、楽しい思い出も悲しい思い出もたくさん詰まった町。
決して逃げるのではなく、この気持ちを大切にしながら前に進むための起点――そう、今この瞬間をボクの出発点と考えて、1歩1歩前進して行くんだ!
目の前に置かれた2冊の魔法書――A4サイズで、100ページもある雑誌と同じくらい、とにかく分厚い。茶色く硬い皮の装丁で、表紙には雷のデザインが描かれている。
一応、取り扱い説明書っぽいのもあった。確認してみたけど、案の定文字は読めなかった。でも、併せて描かれている絵を見る限り、魔法習得は意外と簡単そうに思える。
魔法書の1ページ目を開くと、見開き一杯に光る塗料で魔法陣が描かれている。
その上に、魔法を使用したい側の手を乗せて魔力を流すらしい。ただ、魔法契約に必要な量の魔力を流さないといけないとのこと。
魔法を使用したい側の手?
こういう“設定”は初めて見る。どっちがいいんだろう? 右かな? それとも左?
ボクは右利きだから、普段は右手に棒を持っている。魔法を使う場合は杖だね。スタッフやロッド・ワンドは、魔法発動体の役割を果たすらしいから、杖を持つ側の手を乗せるのが良いよね。
じゃあ、先々を考えて、右手で攻撃魔法を、左手で回復魔法を使えるようにしてみようかな! 両手で同時に魔法とか、凄く賢者っぽい! よし、決めた!
ボクは《雷魔法/初級》の魔法書に描かれた魔法陣に右手を乗せ、ゆっくりと魔力を流し込む。
《時間停止》や《攻撃反射》で何度も練習したので、魔力の練り方や流し方の要領は掴めているつもり。
まずは、身体中を流れている魔力を感じとる。それをお腹の中に集める。この、もぞもぞっとしたやつをじっくり回転させて練り上げていく。
すると、熱い力が生まれる。それを、今度はゆっくりと右手に移動させていく。そして、掌から放出するイメージ!
ボクの魔力に反応し、魔法陣が輝きを増す!
10秒ほどチカチカと点滅した後、その輝きはボクの右手を包み込んでいき、右手の甲に雷の紋様として刻まれた。
やった、成功だ!!
魔力は10を超えているはずだから大丈夫だとは思っていたけど、これで一安心。
同時に、今すぐ《雷魔法》の練習をしてみたい気持ちが湧き上がってきたけど、今はぐっと抑えておく。
もうこの町で問題を起こしたくないし――。
続けて中級も習得してしまおう。
ボクは、さっきよりも集中して一連の契約の流れを行った。
魔法陣が力強く光り輝きを放ち、手の甲にある雷の紋様が変化していく。
どのような変化か説明は難しいけど、簡単に言えば、“あぁー”が“きゃぁー”になった感じ。つまり、カッコよくなったってこと!
よし、《雷魔法/中級》もゲット!!
次は、召喚石だ――。
魔法書2つをクリアした勢いとテンションとで乗り切れるかと思い、2番目の予定に組み込んだんだけど、やっぱり厳しい。凄く緊張するよ。
これから行うのは、召喚石の魔力解放、要するに異世界召喚だ。
有名な小説やアニメにも異世界転移モノはあったけど、まさかボクが召喚する側に立つなんて思わなかったよ。
この召喚石を使う召喚は、西の王国で行われた大規模儀式召喚、いわゆる不完全な召喚とは根本的に異なる、正規の完全召喚というわけ。
そんな歴史に残るビッグイベントが、こんな宿屋の1室で(ひゃぁ、ごめんなさい!)、しかもボク以外に誰も見ていない所で行われて、本当にいいのだろうか――。
そこは置いといて、やっぱり不安は尽きない。
もし仲間になってくれなかったらどうしよう、すぐに元の世界に戻してって言いだしたらどうしよう、怖い人だったらどうしよう、勝手に召喚したりして怒りださないだろうか、ボクみたいな甲斐性なしを相手にしてくれる人なんているのだろうか――はぁ、お腹に穴が開いちゃいそう。
でも、やるっきゃないよね!
前に進むって決めたんだもん!
召喚したい人物のイメージを強く持ちながら、召喚石に魔力を強く注ぎ込む――方法は、たったのそれだけ。
なんで知ってるのかって? 何となく分かるんだ。まるで、魂に刻まれているような感じがするの。
大事なのはイメージだ。
召喚石が全部で8つあると聞いて、思い出したお話があるんだよね。
『8つの宝珠が呪いからお姫様を解き放ち、8人の剣士に霊力を授ける。彼らは苦難を乗り越えて集結し、協力して国を救った』という、江戸時代の小説。
それぞれが宿す霊力“仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌”というのは魂のバランスなんだって。それがうまく調和するとき、凄い力が生まれるって剣道の先生がいっつも言ってた。
1人ひとりの力はたとえ魔王に及ばなくても、世界をまるっと救えるような奇跡の力を、この召喚石に宿したい!
ということで、私が最初に1つ、“孝”を貰っちゃおっと。
この力があれば、お父さん、お母さんと一緒に頑張れる気がするんだもん。
次は、この青い召喚石だね――。
最初はやっぱり、“仁”かな!
命を慈しむ優しい子、ボクと一緒に理想を目指してくれる子。でも、ボクが間違えたときには叱ってくれたり、ボクがいなくなっても皆を纏めてくれる頼もしい存在――そんな子を召喚したい。
それと、青の召喚石だから、分かりやすいように髪が青い子がいいね!
青……水……冷たい……ん?
待って!
違う方向に進んでた!
危ない、危なかった……もうちょっとで危ない人が召喚される流れだったよ!
まずは落ち着こう。
はぁ、はぁ、ふぅ。はぁ、はぁ、ふぅ――。
もいっかい、まずは全体像から!
青……空色の髪……澄んだ心……いいね!
慈愛と博愛と敬愛を大切にする愛嬌のある子……うわぁ、何だかわかんないけど素晴らしいよ!
次は、具体的なイメージに挑戦だ!
例えば、あのロボットを操縦して戦う子は……ダメだ。ロボットが無い。ロボット無しだと可愛いだけの寡黙な女の子だよ。
じゃあ、あの自称宇宙人の子は……彼女もダメ。布団簀巻きじゃそもそも戦力になりそうもない。
それなら、あの最強ギルドの水の魔法使いは……やっぱりダメか。露出男子が好きとか、破廉恥過ぎるよ。
ふぅ、結構難しいのね――。
ちょっと方向性を変えようか。必要なのは前衛さんだから――。
サーベル使いの魔法少女は……ダメだ。悲劇のヒロイン代表とか、悲し過ぎる。
じゃあ、あのちょっと胸の大きいメイドさんは……お? 腕力あるし、魔力も十分だし、しかも料理も上手いし、礼儀正しいし、謙虚だし、非の打ち所がないじゃないか!
よし、決めた!
失敗は許されない――。
イメージ……青い髪……イメージ……メイド……イメージ……胸が大きい……イメージ……うわっ、大きすぎたっ!!
青い光を力強く放ち始める召喚石。
室内が眩しい光で満たされていく――。
ちょっ!?
また宿屋の人に叱られちゃうよ!!
しばらくすると、溢れ出していた光が青の召喚石に収束していく――。
そして――光の奔流が収まった瞬間、そこには、優しく点滅を続ける召喚石を手に持つ1人の少女の姿があった。
イメージに忠実すぎるくらい立派な身体を、これまたイメージ通りの可愛いメイド服に収めた少女――よし、大成功だ!!
↑メル(清水翔三様作
「こ、こんにちは」
初対面でのイメージはとても大切だし、なるべく優しい笑顔で声を掛けてみる。
ボクの瞳をじっと見据えたまま微動だにしない彼女に、さっきまで付き纏っていた数々の不安が再び脳裏を過ぎる。
可愛い顔をキョトンとしつつも、必死に目と頭を働かせているご様子で――。
「私は、貴女の魔法で召喚されたのですね?」
落ち着いた可愛い声で、丁寧に答えてくれた彼女。こんなに早く現状把握ができるなんて、本当に凄い。
「そうです、ボクはリンネといます。貴女を、異世界召喚しました――」
その後、ボクは約3時間掛けて事情を説明した。
この世界のこと、自分のこと、今置かれている状況、今後のこと――時々彼女の質問を交えながら、知っている限りの情報を伝えた。
どういうわけか、彼女は自分の名前を含めた身近な記憶を失っていた。それで、名前を付けてほしいと頼まれた瞬間、ボクは自分勝手に召喚してしまったことへの罪悪感と恐怖心で胸が苦しくなった。
彼女の記憶の消去が異世界召喚の副作用なのか、それともボクがイメージした存在を新たに生み出す魔法なのかはわからない。
どちらにせよ、彼女を守り、幸せにしてあげることが、彼女への償いになると信じるしかない。
ボクは“メル”という名前を付けた。
メルさんは14歳で、身長はボクよりも少し高いくらい。鮮やかな水色ショートの髪と、大きな青い目が特徴の美少女だ。
ううん、そういえば、もっと大きな特徴があったね。ちなみに、服以外には荷物はなく、どんな魔法が使えるのかもわからないそうだ。
「宜しくお願いします、リンネ様」
そう言いながら、両手を服の前に添えて丁寧にお辞儀をしてくれるメルさん――。
「メルさん、ボクの方が歳下だし、ううん、仲間なんだから敬語はやめよう?」
ミルフェ王女と同じように、メルさんとも仲良くしたい。だから、思い切って自然体で話してみたんだけど――。
「でも、リンネ様は、私のお母様のような存在ですので――」
「ボクまだ12歳なんだけど!?」
まさか、お母さんの魂が滲み出てる?
それはちょっと嬉しいけど、嫌だぁ!
「分かったよ、リンネちゃん――こ、これで宜しいでしょうか?」
「うん! こちらこそ、よろしくね! メルちゃん!」
ボクたちはその後、もう1度アイリスさんに作って貰ったお替りのハンバーグを一緒に食べながら、今日これからの予定を話し合って決めた。
正直、あまり町中を歩き回りたくないので、これからすぐに冒険者ギルドへと向かうことにした。
★☆★
ボクの冒険者ランクがDに上がっていた。迷宮攻略の件で、ギルドマスター直々の推薦があったらしい。嬉しいけど、複雑な気持ち。
まずは、メルちゃんの冒険者登録を済まし、2人分のステータスを確認してもらった。
◆名前:メル
種族:鬼人族/女性/14歳
職業:平民/冒険者
クラス/特技:メイド戦士/家事
称号:青の使者
魔力:37
筋力:71
◆名前:リンネ
種族:人族/女性/12歳
職業:平民/冒険者
クラス/特技:棒使い/棒術
称号:銀の使者、ゴブリンキングの友、フィーネ迷宮攻略者、ドラゴン討伐者
魔力:22
筋力:24
メルちゃんは、可愛いだけじゃなくて、めっちゃ強かった!
それと、鬼人族だって――今は見えないけど、怒ると角が生えてきそう。怒らせないように気をつけなきゃ!
ボクの方は、魔力が凄く上がってる。チャイルドドラゴン、ワイバーン、そして竜人グランさんに力を授かったからだと思うけど、ドラゴン討伐者ってのは――。
あと、魔法合成という魔法について調べてもらったけど、ギルド職員の誰もが知らないらしい。これはしばらく封印しておこう。
それから、武器や魔法専門店、道具屋、情報屋等を順次見て回った。所持金は3500リル(350万円)もあるけど、相場がとても高いので無駄遣いはできない。
メルちゃんのアドバイスをしっかり聴いて、必要な物から買い揃えていく――。
最も優先すべきは、片道5日間にも及ぶチロルまでの馬車代。1人でも最低500リルは下らないそうだけど、メルちゃんが交渉を頑張ってくれたお陰で、明朝出発する旅商人の護衛に加わることで無料にしてもらった。
一昨日の件もあって心配したけど、Dランク冒険者ということで、意外とすんなり決まったらしい。
北部に行くほど治安が悪くなるそうで、背に腹は代えられないということなのだろう。
次に、いざという時のためにエリクサーを加工しておくことにした。たった1本の七色の花から、3本のエリクサーができた。
加工には合計1000リルも掛かったけど、念のために尋ねてみた売値が1本10000リルという破格だったため、将来への投資として即決しました。
でも、1本1000万円で売れると知っちゃったら、勿体なくて使えないよね!
《簡易鑑定:エリクサー。伝説の回復薬》
魔力が上がった分、《簡易鑑定》の効果も上がっているみたい。
伝説のってことは、不治の病や失明が治るだけじゃなくて、腕や脚が切断されてる人でも、ニョキニョキっと生えてくるかもしれない。まさに奇跡の回復アイテムだね!
大切に使わないと、罰が当たっちゃう。
旅道具や食料を持てるだけ買うと、残りの所持金は1200リル(120万円)にまで減ってしまった。
メルちゃん用の装備を買おうとお店をはしごしていたら、メルちゃんは遠慮してか「今は武器も防具も必要ありません」なんて言い張ってきた。
結局、しばらくはお金を貯めるってことで妥協して、ボクたちは宿屋に戻ることにした。
食事を済ませた頃には、夜7時を既に回っていた。
明朝は6時集合らしいので、話したいことは一杯あったけど、早めに寝ることに決めた。
勿論、お風呂には一緒に入りました。着痩せするタイプって、本当にいるんですね。
上には上がいるってこと、今度ミルフェちゃんに会ったら教えてあげようかな――。
青い髪のキャラって意外と多いですよね。個人的にはかなり好きだったりします。




