22.理想と現実との狭間で
フィーネ迷宮の3階で賢者のローブや魔法書を入手したボクたちは、最深部にて竜人グランと遭遇した。彼の課した試験に何とか合格し、青の召喚石を授かることに成功する。そして、迷宮攻略パレード&パーティを企画しながら、超ハイテンションでフィーネの町に凱旋した。
宿屋に到着したとき、ボクはもうクタクタで意識はほとんど飛んでいた。
だって、約40時間も起きっぱなし、動きっぱなしだったんだからね。
そんな理由からか、楽しみにしていた迷宮攻略パレードも、パーティさえも、急遽中止になっちゃったよ。
ボクのせいで、本当にごめんなさい。とても申し訳なく思います。
でも、明日なら、きっとできるよね?
もう一度テンションを上げて、再チャレンジしよう!
実は隊長さんも疲れきっていたらしく、すぐに護衛隊に割り当てられた部屋に直行したみたい。なんだ、休みたかったのはボクだけじゃないじゃん。ちょっとホッとした。
ギルドへの報告やドロップアイテムの分配(賢者のローブ、七色の花、魔法書なんかは全てボクが預かっているよ)は、明日、皆が起きてからにしようね。とっても楽しみだね。
ミルフェちゃんはというと、ギルドマスターへ簡単な報告をしに行ってくれたみたい。疲れているのにごめんね。それと、いつもありがとう。
日が沈みきってから、さらに何時間か経った頃、ミルフェちゃんが疲れ果てた様子で部屋に入ってきたんだ。
ボクは先に寝るのが申し訳なくて、頑張って起きて待ってたよ。
本当は別件で待ってたんだけど、それは内緒にしておくね――。
ミルフェちゃんは、ボクが起きていることにびっくりしたみたい。
「早く寝なさい!」なんてお姉さん気取り。ふふふっ、あんなにボクの前で泣いておいて、今さらお姉さん役されても説得力ないよ?
思い切って「一緒にお風呂に入ろう」って誘ってみたけど、しばらく口をパクパクさせて悩んでいた後、残念ながら断られてしまったの。もしかして、下心がバレちゃったのかな?
独りで入るお風呂は、この世界に来て初めてだったりする。
今日眠ったら、あの儀式の日から数えて5日間が過ぎたことになる。
その頃にはもう、ボクの中に埋もれた過去の記憶は、この世界での新しい記憶と混ざり合って、半々くらいになっているんじゃないかと思っていたのに――何故だろう、ふいに寂しさが込み上げてくる。何故だろう、本当に独りぼっちになってしまった気がする。
ボクの心の中には大好きなお父さん、お母さんが居るはずなのに、胸を触るとすぐに感じられるほど近くにいるはずなのに――両親を失い、自暴自棄になってしまった過去の記憶が不意に、ううん、以前にも増して強烈に甦ってくるんだ。
それが、悔しいのか、嬉しいのか、嘆くべきか、歓喜するべきか、感情と思考が入り乱れて、心がざわざわと喚くんだ。
そんなざわめく心を何とか宥め、癒しているうちに、ボクはまるで倒れ込むように、深い深い眠りへと落ちていった――。
闇の中で悪魔たちに囲まれた。
ミルフェちゃんが、隊長さんが、ボクを守ろうとして……あぁ!
ボクは、怖くて、恐ろしくなって――逃げた。
傷ついた大切な仲間を見捨て、闇の中を走って走って、ひたすら必死に、前だけを向いて走り続けた。
だけど、闇から抜け出すことができず、ボクもそこで――力尽きた。
それは、ひどく長い夢だった。
そして、最悪の夢だった。
ミルフェちゃんが触手に弄られた夢を見たって言っていたけど、そういう類いの夢ではなく、精神的に打ちのめされるような、胸が締め付けられるような、とても悲しい夢だった。
その後しばらく、独り布団の中で泣いた――。
★☆★
ドアのノックが鳴った。
顔を出したのは宿屋の娘さん。アイリスという名の、若くて可愛い女性だ。細身の身体ながら、じつにキビキビよく働く。
「リンネさん、お客様がお見えです。お部屋に通させていただいても宜しいですか?」
ボクに用事? 誰だろう?
ミルフェちゃんの顔をチラッと見る。
彼女が頷くのを確認して、アイリスさんに許可を出す。
「突然女性の部屋に押し掛けて来て悪いな」
ギルドマスターだった。
そう言えば、フィーネに戻ってから1日近くが経つのに、ボクはまだ報告に行ってなかった。叱られるかな?
「ご報告遅れてす――」
「構わない。今朝ランゲイルと話したから大丈夫だ。疲れているところ悪いが、話さねばならぬと思ってな――」
手を振りつつ、アイリスさんが用意した椅子を、ボクのベッドの横に置いて座るゴドルフィンさん。
間近に見る彼の髪はボサボサで、表情には威厳の欠片もなく、先日会った時よりも、心なしかやつれて見えた――。
「わざわざ来ていただいてありがとうございます、お話って何でしょう?」
叱られるのかと思い、緊張しながらも話の続きを促す。
「リンネ、『西の真実』という本を知ってるか?」
「いいえ? でも、西とは、西の王国のことですよね」
「そうだ。西の王国――かつての英雄アルンが建てたアルン王国。大陸に2つ、いや正確には3つある国のうちの1つだな」
「あれ? 国は東西の2つだけではないのですか?」
「あぁ、エリザベート様からそう聞いているのか。それはちと古い情報だな。今から3年前、ある宗教結社が南部域に国を興したんだ。今はまだ小さいが、いずれ関わることになるだろう」
「こんな情勢で……?」
「こんな情勢、だからだよ。まぁ、それは良い。話を戻そう――『西の真実』という本はな、およそ30年前にアルン王国を出奔した重臣によって書かれた、いわゆる暴露本だ」
「暴露本……」
「そうだ。内容は、“異世界勇者召喚に関しての実験と検証”」
「えっ!!」
隣で聴いていたミルフェちゃんが息を呑む。
そっと俯き、悔しそうに唇を噛む。
「ミルフェ王女は知っているようだな。英雄アルンは、世界から魔物を殲滅するための力を欲した。彼個人の力だけでは、魔素から半永久的に産み出される魔物と戦い続けることは不可能だったからだ。彼自身の平和を渇望する尊い意志に、誰もが熱狂した。当時、エリザベート様も含めて大多数が彼に賛成していた。
だが、途中から風向きが変わる。異世界勇者召喚は大陸を挙げた大事業で、大陸中から集めらた召喚士により、毎日10人もの異世界人が召喚された――」
「毎日10人も!?」
「そうだ。その結果、何が起きたか想像できるか? 誰もが想像しえないことが起きたんだ。力を持った者たちの暴走――数々の侵略と暴挙だ。ある者は権力に溺れ、ある者は金と性に溺れ、またある者は暴力に溺れた。勇者への敬意は地に堕ちた。畏怖と疑念、羨望と嫉妬が人々の心を支配することとなった。突然異世界に召喚され、日常を奪われた彼らに対し、もはや同情する者はいなくなった。彼らの大部分は悲嘆に暮れるでもなく、目を輝かせながら暴挙をはたらいたのだから――。
最も早くからアルンに反対したのはエリザベート様だった。意見を違えた2人は、それぞれ東西に別の国を建てることとなった。誰があの仲の良かった恋人同士の、こんな結末を予想できただろうか」
「英雄アルンとエリザベートさんが恋人?」
「すまない、そこまでは聞いておらんかったか……まだこの話には続きがある。アルンは建国後も死ぬまで召喚を続けた。彼の平和を求める強い意志は、だが、決して報われることはなかった。そして彼の死後、この暴露本が出されることになったわけだ」
ギルドマスターは、黒塗りの装丁を施された分厚い本を取り出し、おもむろにページを繰った。
「それが、暴露本――」
「召喚された勇者は総勢6,705名にも及んだ。それだけの勇者がいれば、世界は平和になると思うか? 否、そうはならなかった。勇者は総じて短命だったからだ」
「勇者は――寿命が、短いんですか」
「違うのだ、リンネ。実は、6,705名の死因も同時に暴露されていた――。
自殺、餓死……1,467名
処刑、殺害……4,863名
魔物による死……375名
暴露本は最後にこう結んでいる。『勇者の敵は魔物にあらず、真実の敵は人間であり己自身である』と――」
「イヤッ! イヤァッ!!」
ボクは耳を塞いで頭を振り続けた。
信じたくない、信じたくない! 信じたくない!!
自分の嗚咽しか聞こえない。
溢れる涙で何も見えない。
涙は、ずっと、ずっと、止まることがなかった――。
やっとわかった、全部思い出した!!
認めたくなくて、信じたくなくて、ボクは現実から逃げていたんだ!!
昨日、ボクたちは、迷宮からの帰り道、凱旋パレードや祝勝パーティが行われることを期待して盛り上がっていた。
産まれたてとはいえ、前人未到の迷宮をたった3人で、しかもたったの2日で攻略したという偉業に、ボクたちは皆、完全に酔い痴れていた。
しかし、意気揚々とフィーネの町に帰還したボクたちを待っていたのは、全く別の現実だった――。
浴びせられる罵声、雑言。容赦のない唾棄、投石。生ゴミと一緒に、汚水も掛けられた。ミルフェちゃんがボクを庇って、何度も何度も投石を身体に受けて泣き叫んでいた。
棒や農具を持った人々に取り囲まれた。隊長さんが身体を張って助けてくれた。隊長さんは、頭を抱えて地に伏していた。叩く、蹴る、踏む人々の波――やめて! 死んじゃう!
しばらくして、ギルドマスターがボクたちと町民の間に割り込み、事態の収拾を図った。受付嬢のシャンリィさん、宿屋のアイリスさんが、必死にボクたちを庇ってくれているのが見えた。
ミルフェちゃんがボクを抱えて宿屋に送ってくれた。ボクの代わりに矢面に立ってくれた彼女。顔以外、きっと身体中が痣だらけだろう。
昨日お風呂の誘いを断ったのは、痣だらけの身体を見せたくなかったからだろう。わかっていた――うん、わかっていたはずなのに――。
隊長さんは宿屋には戻って来なかった。護衛の仲間たちが治療所に運び込んだのだろう。
最後に見た時、自力で歩くこともできず、首もぐったりしていた彼――どう見ても大怪我は免れない状況だった。ドラゴンにも、竜人にさえも立ち向かったのに、一切の反撃もせず、やられ放題だった――。
ミルフェちゃんは昨晩遅くまで看病をしてくれていたのだろう。2人とも、巻き込んじゃって――本当にごめんね。
★☆★
優しく響くノックの音で、再び目が覚める。
どれだけ眠っていたんだろう。
気づいたら部屋で独り、ベッドに寝かされていた――。
ギルドマスターの話を聴きながら、ボクは意識を失ってしまったらしい。
「リンネちゃん、落ち着いた?」
そこにはいつもの笑顔で、何も変わらない笑顔で、ミルフェちゃんが立っていた。
「ミルフェちゃん、本当にごめんなさい!」
「何で謝るのよ! 私たちは友達でしょ? ランゲイルは友達じゃなくて、ただの仲間だけどね! さすがに、私たちが嫌々リンネちゃんに付き合ってたなんて考えてるなら、怒るわよ? 勿論、これからもずっとずっと変わらないからね! 絶対に、どんなことがあっても、私たちを信じていてほしいよ!」
優しい笑顔の中にあるのは、キラキラ光る瞳。
「でも、痛い思い、悲しい思いを一杯させちゃった――」
「そんなの、ポーション掛ければ1発よ! それに、私たちはそんなに弱くはないわ! だって、迷宮攻略者だよ?」
そう言って元気一杯のポーズで笑った。
ふふっ、ボクも釣られて笑う。
「でね、話があるの。急だけど――今夜、これからすぐに、私はここを発って王都に向かうつもり」
「こんなに早く!? じゃあ、ボクも王都に――」
「それはダメ! リンネちゃんには、北の迷宮に行ってほしいの。迷宮の近くにチロルという城塞都市があるから、まずはそこの冒険者ギルドへ行って!」
「でも、また――」
悪夢が牙を剥いて再び襲い掛かろうとする――。
「大丈夫!! 本当に大丈夫だから安心して! チロルはこことは違って王国の管轄都市よ。東のフリージア王国は、勇者の味方なんだから! フリージアの国教聖神教だって、勇者様を心から助けるための宗教よ! 私たちは、絶対に、2度と、リンネちゃんに昨日みたいな思いはさせないから!!」
そう言って、ミルフェちゃんはボクを力一杯抱き締めてくれた。
ボクも抱き締め返す。
友達。仲間。とても、温かい――。
「ランゲイルだけど、実は既に王都に向かってる。彼から伝言を預かってるわ。『パーティできなくて悪いな。でもな、俺たちは何があってもずっと仲間だ。俺の弟子なら、俺と別れても決して泣くな、前だけを見て、全力で進め!』だって!」
弟子だって!
いつから?
隊長と別れても泣かないよね?
おバカなの? そうだったね!
可笑しくて、2人でたくさん笑い合った。
「後ね、これ! 私たちからのプレゼント!」
そう言って、魔法書を笑顔で差し出してきた。
「雷魔法の下級じゃない!? 高かったでしょ!!」
「ううん、迷宮攻略の賞金が出たの。全部使っちゃったけどね!」
「あ、ローブも、それから伝説級のエリクサーの素材も、宝箱から出た3000リルも、ボクが持ってるんだけど――」
「それ、リンネちゃんの分だよ。私たちは賞金の残りで十分だから! 意外と多く貰ったのよね!」
「わかった! ほんと、ありがとう!!」
嘘だっ!
ミルフェちゃん、絶対に嘘ついてる!
だけど、今はこの好意をしっかり受け止めよう――。
「迷宮探検、凄く楽しかった! 私だって、このままリンネちゃんと冒険したいよ! けど、あまり役に立てない自分にも気づかされたの――。だから、だからこそ思ったの。私は、予定通り西の王国に行くよ。今は難しい関係じゃない。きっとリンネちゃんのお手伝いができると思う! 私は、私ができることを精一杯するから!」
走り去っていく後姿を見送る。
ミルフェちゃんは1度も振り返らなかった。
でも、たとえ離れていても、気持ちはずっと1つだと信じてる。
だって、全てを信じ合える心強い仲間に恵まれたんだから。
ボクはかつての西の勇者たちのようにはならないだろう。
力に溺れたり、助けることを、生きることを諦めて、自暴自棄になることだけは、絶対にない。
素敵な仲間たちがいてくれるから。
でも、今は我慢することができそうにないよ。
隊長、ごめんなさい。
今だけ、たくさん泣かせてほしい。
そして、ボクはまた、独りぼっちになってしまった――。
これで第一章が終わりです。第23話以降は、第二章『新たなる仲間たち』をお送りします。
第二章の終わりに登場人物を纏めてUP予定ということと、なるべく早めに地図をUPしたいという希望も告知しておきます。




