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異世界八険伝  作者: AW
第1章 旅立ちは風のように
21/92

21.フィーネ迷宮第三階層Ⅱ

 順調に迷宮を進んでいたボクたちの行く手を遮るのは、魔物化したエルダートレントだ。後にはフロアボスとの戦いも控える中、命を懸けた戦いに迫られる。果たしてその行方は――。

「私が投石で牽制するから、その間に触手を減らして!」

「俺に当てるなよ? リンネは左から回り込め!」

「はい!」

「行くぞ!」

「「はい!!」」


 ボクは棒を正面に構え、ランゲイルさんの合図に合わせて駆け出す。


 魔力を纏った石がほぼ3秒おきにエルダートレントに命中していく。


『ギィギィ』


 不気味な重低音は、恐らくミルフェちゃんの投石が効いている証拠。触手を分断するところまではいかなくとも、牽制の役割は十分に果たしているみたい。


「あぶなっ!」 


 目の前に猛進してきた触手を、身体を捻って辛うじて躱す。

 ただの(つる)だと思って油断した。顔に迫る直前、先端がカパッと開いて牙の生えた大口に変わる。その中には赤く光る眼もあった――。


「リンネちゃん! 気をつけてよ!」

「うん! これ、1本1本に口と眼がある!」

「あぁ、こりゃ、しんどい、なっ!」


 ボクが《攻撃反射(カウンター)》で1本へし折る間、ランゲイルさんは会話に合わせて3本以上も斬り落としていた。


 投石は相変わらず続いている。


 ボクも、直進する蔓は左に避けて《攻撃反射(カウンター)》、横から薙ぎ払ってくる蔓は屈むか跳んで躱すことに徹した。



「キリがねぇ!」


 10分も経たずにランゲイルさんが音を上げる。実はボクも手足が重くて思うように動けなくなっていた。ミルフェちゃんの投石も、石がなくなったのか疲れたのかわからないけど、ほぼ止んでしまっている。


 しかし、エルダートレントの猛攻は止むことなく続いていた――。


「休憩……しま……せんか?」

「あぁ……1度退くぞ!」

「「はいっ!」」


 斬り落とされた蔓で足場も不安定な中、ボクたちはゆっくりと後退し、ドームの入口に集まった。


「はぁ……はぁ……」

「リンネちゃん、大丈夫?」


 ミルフェちゃんが心配そうにボクの手足にポーションを掛けてくれる。

 躱しきれたと思っていたけど、意外と傷がたくさんある。幸い、毒はないみたいで助かった。


「すんなり倒せる気がしねぇ。長期戦を覚悟しとけよ」


 壁に寄り掛かって休むランゲイルさん。その顔は完全に憔悴(しょうすい)しきっていた。



 10分間戦って10分間休み、また10分間戦って10分間休む――これを繰り返すこと3時間ほど、ボクが叩き落した触手に何かが付いているのを見つけた。


簡易鑑定(リサーチ):七色の花》


「七色の花だって――」


 ランゲイルさんが後退しながら近づいてくる。


「七色の花だと!? そりゃ、万能薬エリクサーの素材だぞ!!」

「え?」

「エリクサーってのはね、全ての傷や病を完璧に癒すとされる伝説級のアイテムだよ!!」


 ミルフェちゃんも、興奮した表情で駆け寄って来た。


「えぇっ! 伝説級!?」


 何だが凄い素材みたいだ。

 落ち着こう。これはただの素材。加工できなければ意味がないよねと思いながら、両手で綺麗に摘み取って布袋に収める。



 それからさらに数時間――触手の数が目に見えて減ってきたのがわかった頃、魔物に急激な変化が現れた!


「こりゃ、どういうこった――」

「何かを生み出そうとしてる?」

「また七色の花?」

「違う! 今度は凄く気色悪い感じ!」


 根が盛り上がり、地面を激しく波打つ。

 それにつれてエルダートレントの幹が大きく膨れ上がり、2m程度の卵を産み落とした――。


「気をつけろ! 嫌な予感が止まらねぇ」


 ボクたちは攻撃の手を止め、ドームの入口まで後退する。

 もし新たな魔物が卵から(かえ)るのなら、先手で仕掛けるべきだったのかもしれないけど、不気味な緊張感がボクたちに撤退を()いたんだ――。


 卵が縦に(ひび)割れるのと同時に、何か黒い物が飛び出すのが見えた。


 それはエルダートレントへと向かい、幹を両手でこじ開けて進んで行く――そして、何かに喰いついた。


「魔族だ! あいつ、魔核を――魔物の魂を喰ってやがる。やべぇ、逃げるぞ!!」

「「えっ!?」」


 ランゲイルさんに手を掴まれたボクたちは、来た道を全速力で逆走し始めた。


 しかし、黒い影が先回りして行く手を阻む――。


「くそっ! 2体もいやがったか――」

「リンネちゃんに手出しはさせない! 私が守るわ!」

「ミルフェちゃん!?」


 両手を広げてボクを守るように立つミルフェちゃん。でも、その身体はランゲイルさんの後ろに隠れるように立っている。


 前を塞ぐのは猿に似た黒毛の魔族、後ろから迫り来るのは猛牛のような金色の魔族――。


『ウルル! コイツガユウシャルル?』


「猿が喋った!」


『ウルルル! オレ、レッサーデーモンルル』


 レッサーデーモン?


「後ろの奴はこいつの数倍ヤバいぞ! ミルフェ、リンネ、こいつを突破して一時撤退だ!!」

「「はいっ!」」


 出し惜しみしている場合じゃない!


時間停止(クロノス)!:最大効果11秒/1日》


 11秒もあれば!


 ボクはランゲイルさんの手から剣を奪い取り、レッサーデーモンの太腿を思いっきり斬りつける!


 ガキンッ!


 刃を弾くなんて、どんな硬さだよっ!!


 足首を薙ぐ! 足の甲を突く! 大上段から思いっきり膝に向けて振り下ろす!!


「はぁ……はぁ……はぁ……」



『イタイルル!!』


 時が再び進行した瞬間、微かに飛び散る紫色の液体――うっ、全然致命傷になっていない!?


「リンネ! 早く俺の剣を返せ!!」

「あ、ごめんなさい」


 じりじりと迫るレッサーデーモンの顔に浮かび上がるのは、余裕と残虐性を併せ持った笑みの表情だ。


 対するボクたちは、その威圧感を前に、突破することを忘れ、押されるように後退を続ける――。


『ベリニィ! オレガクッテイイアルルル?』


『マテ。オスとデカいホウのメスはクッテモイイガ……ギャァッ!!』


 背後から聞こえた禍々しい声――しかし、その最後は断末魔に変わっていた。


『ベリ? ヒィ! オレ、ニゲルルルル!』


 今にもランゲイルさんに襲い掛かろうと構えていたレッサーデーモンは、ボクたちの背後を覗き見た途端、尻尾を巻いて逃げ出してしまった。



「ぐっ……!」

「な、なに……この力!?」

「えっ? 2人ともどうしたの?」


 突然地面に平伏すように(うずくま)った2人に、ボクは状況を忘れて駆け寄る。


「リンネ……今すぐ逃げろ!!」

「早く逃げて!!」

「えっ?」


 思わず振り返った先、黄金色に光を放つ何かが立っていた――魔族の頭部を片手で鷲掴(わしづか)みにして。


『小さき者よ。我は祭壇の前にて待つ――』

「え? あ、はい――」


 短い会話だった。

 でも、十分に伝わった。あれが3階層のフロアボスだということに――。




 ★☆★




「あの光る奴、魔族を1撃で殺していたわよ」

「あり得ねぇが、マジだ。あれは化け物中の化け物だ――」


 逃げろ逃げろと口を揃えて叫んでいた2人は、相手の敵意の無さを感じて少し落ち着いたみたい。


「えっと、話し合いは通じそうだよね?」

「さぁな――」

「いざとなったら、私も一緒に土下座してあげるから」


 土下座で命乞い――それもありかな。ここで死ぬわけにはいかないもん。醜くても汚くても、カッコ悪くても、いざとなったらやるしかないよね。


 レッサーデーモンが逃げ去った場所からドームまでは、ほんの10mの距離しかない。

 重々しい足取りのままドームまで戻ったボクたちは、否応(いやおう)なしに開けた視界の中、改めて全体を見渡す。


「こ、これは――」


 そこには、神秘的とも言える光景と、目を覆いたくなる惨状が共存していた。


 砕け散った魔物の体は既に膨大な量の魔素へと変わり、ドームの天蓋目掛けて巨大な渦を形成している。まるで黒曜石の結晶で作られたオーロラみたいに。

 そして、その下、広い地面には、抉られた床の残骸と首を捩じ切られて消えていく魔族の死体のみが残されていた――。



 あの巨大な魔物が消えた今、ボクたちが来た道以外に3本の分岐が伸びているのがはっきりとわかる。


「ボクのマップだと、多分中央がボスフロア。左右は、いずれ行き止まりになるはずだけど、宝箱がありそう」

「左から行くか。正直、中央のボスはスルー願いたい」

「左からね。お宝で傷ついた心を癒すわよ」


 多数決の神様を信じ、まずは左の道を行く。



 1時間ほど歩くと、予想通り行き止まりにぶつかった。でも、よく見ると壁にめり込むように青い宝箱がある!


「よし、開けるぞ!」


「「どう?」」


「お、これは転移結晶だな」


「転移? もしかして、どこかにワープできるの?」

「青色だから帰還転移だ。つまりは、入口行きだわな」

「素晴らしいわ! 実は帰り道、覚えてなかったの!」

「おいっ!」


 思わず王女様の頭をぺちんしてツッコミ入れちゃった。だって、もう少しで全員餓死するところだったんだから――。


「じゃ、戻って右の道に行くぞ!」

「「おぅ!!」」



 ボクたちは、巨大植物エルダートレントが居た大部屋まで戻り、今度は右の道を突き進む。


 分岐がない1本道だけど、途中で180度折り返すなど、複雑なルートを辿っている。


 そして行き止まりには、また宝箱が!


「銀色の宝箱か――期待できるな。よし、大丈夫だ。開けるぞ!」


「「どう?」」


「おっ!!」


「何かしら?」

「実は空っぽとか?」



 隊長が真顔でボクたちを見る。


 そして、ニヤッと笑って叫ぶ。



「魔法書!!」


「「え~っ!!」」



 求めていた物が見つかった感動、安心感、感謝、今までの苦労――色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざりあって、何故だか熱い涙が零れてきた。


 30分くらい泣いたかな?

 2人に励まされてやっと立ち上がれた。


 ありがとう宝箱さん!


雷魔法(サンダー)/中級:雷を自在に操る》


「サンダーの魔法書の中級、だね。これって、初級が無くてもいきなり覚えられるのかな?」


「「……」」

「……」


 ぬか喜びだった――。

 まぁ、欲しい物が簡単に手に入らないからこそ、飽きずに人生を楽しめるんだよね。ふふふっ、お父さんがよく言ってたなぁ。


「さ、さぁ。気を取り直して最後の道、中央ルートに行くわよ!!」

「お、おぅ」

「ぉぅ」


 ミルフェちゃんの元気な声が響き渡る。

 何だかんだいって、竜の祭壇を1番見たいのはこの子だったり。




 ★☆★




 そして1時間後――大部屋から真ん中の道を進んだボクたちは、あのフロアボスが待つ部屋の前に到達した。


「動かねぇな」

「凄く怖い顔してるわね」

「4時間も待たせちゃったから、怒ってるんじゃない!?」


 扉の前で腕を組んだまま微動だにしない男の人――私なら、こんなに長時間待たされたら3日間は口をきかないね!

 この人、絶対に怒ってるよ!


「魔物じゃなさそうだが、銅帝国の兵士か?」

「勇者の生き残りとか、幽霊とか?」


 自分で言っておきながら、頭を抱えて肩を震わせるミルフェちゃん。


「隊長、ちょっと話してきてよ! ボクは人見知りだから無理」

「私も、怖いから無理だわ」

「リンネが主役だろうが。まぁ、いい。ちょっと待ってろ」


 隊長さんが、勇敢にも話し合いに行ってくれた。

 人間ならいいけど、実は遠目から見ても人間じゃないのは分かる。だって、耳のところに何か付いてるし、決定的なのは、お尻から生えている長い尻尾――。



 隊長さん、戻ってきた。


 生きてる。でも、渋い顔してる。



「リンネ、竜人族だ。お前の、勇者の実力を見たいんだと。絶対に死ぬなよ」


 え? 戦うこと前提なの?

 まぁ、一応フロアボスだからそうなるか。


 ここまで来たら頑張るしかないんだけど、《時間停止(クロノス)》は使い切ってしまったし、さきの《雷魔法(サンダー)/中級》だってまだ使えないし、どうしよう――。


 緊張で高鳴る胸を押さえ、深呼吸を10回する。


 そして、竜人族と呼ばれる人が待つ奥の方へと、ゆっくり時間を掛けて歩いて行く。



 水色の膜で覆われた結界らしき扉の前に立つ彼に、真正面から向き合う。


「初めまして――」


『……』


 いきなり無視!?

 この人、やっぱり怒ってるよ――。


「召喚石を受け取りに来ました。ここにありますか?」


 召喚石という言葉を聞いて、彼の表情が厳しさを増す。


 とにかく、眼が怖い!

 それに、かなり細身な身体だけど、オーラと呼ぶべきか、ボクにもわかるほど猛烈な覇気を漂わせている――。


『我、竜人グランに力を示せ、さすれば神より預かり力を汝に授けん!』


「力を示す? ボクは人とは戦いません。戦い以外で示せる方法があれば教えてください」


 彼は腕を組んで考え込む。

 ボクの全身を(くま)なく、それも服の中を見透かすほどじっくりと観察している。


 そして、結論を出した。


『――良いだろう。では、脱げ』


「はいっ!?」


『脱げ』


 またこのパターン!?

 絶対に、断固拒否だよ!!


「嫌です!」


『――汝の、その賢者のローブを、脱げ』


「あ?」


『それは状態異常耐性の効果がある。それを装備していると、我は汝の記憶、心を読むことができぬのだ!』


「なるほど、そうですね。分かりました――」


 お互いに変な勘違いをしていたのがわかり、赤面する。


 さっきまでは怖い人だと思っていたけど、よく見ると可愛いかもしれない?

 そう思うと緊張が解けて、早まっていた鼓動が徐々に落ち着いていくのを感じた。


 賢者のローブを脱いで丁寧に畳み、エリ村で貰ったリザさんお下がりの服に逆戻りする。


「なっ!?」


 驚くボクを無視し、竜人はボクの左胸に当てた人差し指をぐりぐりさせながら、ぶつぶつと何かを呟き始めた――。


 こっ、これって完璧にセクハラですよね!!


『今より、我は汝の潜在能力と戦う。遠慮はいらない、全力で掛かってこい!!』


「えっ、やっぱり戦うの――」


 ボクの疑問への解答は、消えゆく意識の中で如実に示された。




 フィーネ迷宮3階層、あの部屋とは全く違う場所にボクは居た――。


 アルプスを思わせる山々の(ふもと)で、透明な水を(たた)えた湖が()える、そんな幻想的な空間に、ボクの身体はあった。

 ううん、身体と呼ぶのは正しくない気がする。まるで夢の中にいるかのような、ふわふわした感じだ。


 そして、湖の上には腕を組むあの竜人の姿――。


 ちょっと待って!

 この人、水面に浮かんでいるんだけど?


『ここは我が精神世界なり。故に、互いに身体を傷つけることなど皆無だ。さぁ、全てをもって掛かってこい!!』


 なるほど、そういうことね!


 ボクは眠るといつも夢を見るし、夢の中では魔法を使うこともできる。こういう戦いは何度も経験してきた! 今のボクは魔力∞の最強賢者! 絶対に負けないっ!!


 心の中で《空中浮遊(フライ)》の魔法を唱えると同時に、全身をギベリン戦で見た《絶対防御(プロテクト)》で包み込む。


「わかりました! いきますよっ! 《雷魔法(サンダー)/上級》!!」


 水には雷。

 本当は、純粋な水は電気を通さないけど、細かいことは気にしない!


 ボクの両手から放たれた電撃が、水面を迸り、竜人グランに一直線に向かう!


『ふん、この程度では一瞬にして魔王に殺されるぞ』


 グランは片手を軽く振っただけ。

 たったそれだけで、ボクの雷を湖ごと切り裂いて攻撃を遮断する!


「魔王は復活させない! そのために召喚石を集めるんでしょ! 《火魔法(ファイアー)/上級》!!」


 お返しとばかり、不死鳥を象った巨大な魔法をグランに向けて放つ!


『魔王は復活する。()の強大な力を前に、汝は戦えるのか?』


 グランは湖の水から竜巻を作り、ボクの不死鳥を一瞬で消し去った。


 大量の水蒸気が発生し、辺り一面は霧の世界へと変化する。


 そんな中、ボクは魔力で召喚したワイバーンの背に乗り、大空を翔ける。


 そして、グランの上空から垂直に襲い掛かる!


「戦えるかはわからない! でも、ボクは絶対に、負けるわけにはいかない!!」


 右手に握るのはクモの脚でも勇者の剣でもない。竜を象った杖だ。魔力を限界まで増幅し、重く速い1撃を叩きこむ!


『ふっ、魔王は手段を選ばぬ。汝の仲間を人質にされたらどうする?』


 ボクの渾身の一撃を簡単に()なし、手に持つ黄金の長槍で反撃に転じるグラン――。


 何という速さ!

 5合、10合と火花を散らしながら激しく撃ち合う中、ボクは次第に劣勢になっていく――。


 でも、ボクには切り札がある!!


「仲間を優先する! それができるくらいに、すっごく強くなるから! 《時間停止(クロノス)/上級》!!」


 今のボクは魔力に制限がない。

 何秒でも何時間でも、何日でも時を止めることができる!!


 パリン――。


 甲高い音が幻想世界に響き渡る。


 そのガラスが割れるような音と共に、停止した世界が再び動き出す。


時間停止(クロノス)》が効かない!?


 いったい、この強さは何処から来るの?


 ならば――。


「これならどうですか? 《炎魔法(メテオ)/超級》!!」


 空から業火を纏う隕石が2つ、3つ、4つと降り注ぐ!

 空一面を覆うほどの隕石群が、猛烈な勢いでグランに襲い掛かる!!


『この程度、我には効かぬ!!』


 グランの頭上にはいつの間にか氷の鳥が集まっていき、それが襲い来る隕石群に飛び掛かっていく。


 そんな――。


 氷の鳥たちは、隕石を粉々に打ち砕いていき、結局すべてを消し去ってしまった。


「うぅ――パクリは良くないけど、これなら! 《光魔法(ゲンキナタマ)/超級》!!」


 両手を天に向けて大きく掲げ、大自然から力を吸収していく――。


 僅か数秒後には、ボクの頭上には、直径50mを超える巨大な光球が浮かび上がる!


『壊すだけの力は、強いとは言えぬぞ!』


 バシッ!!


 えっ、気合だけでボクの全力の魔法を消し去った!?


『若き勇者よ、強さを履き違えるな!』


「意味がわからないよ!」


 再び膨大な魔力を集約させ、杖に轟雷を纏わせる。

 神々しい光を纏う杖は、全てを切り裂く雷神の刃と成る!


「魔法が効かないなら、こうだっ!!」


 大上段に構え、全魂を結集させ、全力全開で解き放つ!!


『いい目だ。だが、真の強さは心の内に存する!!』


 竜人グランは、ボクの渾身の一撃を素手で受け止めてしまう――。


 この強さはいったい何なの!?


 あっ!

 何かがわかった気がする。

 ここでは、真の心の強さが問われているんだ――。



 召喚したワイバーンを戻し、武器も消す。


 そして、両腕をだらりと下げ、ゆっくりと目を閉じ――。


「ボクは皆を守るため、力を欲した。ドラゴンたちはボクに平和への希望を託して力をくれた――」

 

 自分を抱きしめるように両手を組み、心の内にある温かい力を感じ取る。お父さん、お母さん、力を貸して!


「誰かを、仲間を信じて託すことも、自分を信じ抜くことも強さだけど――今、ボクに必要なのは、一つひとつの命を守る、優しさ」


 ボクの身体が銀色の光に包まれていく――。


「これが、ボクの決意です!!」


 銀色の光が満ち溢れ、世界を煌めきで満たしていく。


 やがて、無機質だった世界は、色とりどりに咲き誇る花々や鳥たちに彩られ、世界に音楽が満ち溢れていく――。



 その瞬間、世界が大きく歪み、消え去った。



『平和を愛する、仲間を愛する心……強い意志……若き勇者の心、十分に伝わった』


 再び迷宮の一室で向かい合うボクに、グランが親し気な笑顔で話し掛ける。


『合格だ――。我、竜人グランは、青の召喚石を、汝に託す。世界を、この世界を頼んだぞ、勇者リンネよ!!』


「あ、はい!」


 えっ!?


 またあの感覚。それも今まで以上に強烈な魔力アップの感覚だ――。


 グランさん――まさか、死んじゃった? そんなわけないよね? もう、わけがわからないよ!!




 グランさんに導かれるように、結界から開放された小部屋へと足を踏み入れる。


 正面に聳える祭壇には、何かの金属だろうか――竜神を象った像が置かれている。


 2mほどの竜の姿。

 その手には、光る石――召喚石が握られていた。


「これ、頂いて良いんですよね?」


 ボクの質問に答えは返ってこない。


 しばしの沈黙の後、竜の手に掲げられれていた召喚石を、ボクは両手で丁寧に、そして(おごそ)かに受け取る。


 光が満ち溢れる部屋、そして消えていく祭壇と竜神の像――しかし、ボクの手元には確かな重みをもって、青く微光を放つ召喚石が残されていた。


 まだ頭が混乱している。


 竜人、勇者、神、魔王――これらのキーワードから連想すること自体は容易だ。だけど、それを受け入れられるか、乗り越えられるかは、今のボクには難しい。そもそも召喚なんてボクにできるのかな。そんな資格があるのかな。1人では重すぎるよ――。



 祭壇が消え、何もなくなった小部屋で立ち尽くすボクを見つけ、ミルフェちゃんが駆け寄ってくる。


「リンネちゃん! 大丈夫!?」


 大量のポーションをボクの頭から掛け始めるミルフェちゃん――気持ちは嬉しいけど、髪も服もびちゃびちゃ。お陰で涙を誤魔化すことができたから助かったんだけど。


「ありがと。でもポーションいらないよ? 戦ってないし」


「そうなの!? リンネちゃんが部屋に入ったら、結界で全く見えなくなっちゃって――すっごく心配したんだから!!」


 そう言ってミルフェは泣きながら抱きしめてくれた。


 とても温かい。そして、とても柔らかい。

 本当に優しい子――。


「リンネ、無事か!?」


 遅れて赤髪ツンツン頭も走ってくる。


「はい、戦わずに、胸を弄られて、心を読まれて――それで、合格って言われました」


 強さを勘違いした結果、中2病全開で戦った事実は恥ずかし過ぎるので内緒にする。あんなに壮大なスケールの誤爆、最大の黒歴史としてお墓まで持っていくしかないでしょ。


「正直羨ま――いや、アレと戦って勝てる人間なんて存在しないだろう。俺でもあの竜人が持つとんでもない強さはわかる。戦わずに済んだことは本当に幸運だった――まぁ、それもリンネの、勇者としての力なのかもしれないな」


 いつもはセクハラ発言ばかりなのに、今は珍しく紳士だ。この人のこんな涙、初めて見た。

 だがしかし、どさくさに紛れて抱き付いてきたから、躱して足を引っ掻けて転んでもらった。クモ部屋の件は、これで忘れてあげる。


「戻りましょう!」


 転んでる隊長の背中から足をどけながら、ミルフェちゃんが叫ぶ。


 よろよろ立ち上がったランゲイルさんが、帰還の転移結晶を使用する。


 すると、青白い光が足元に魔法陣を描いていき――ボクの視界全てが光に包まれる。


 これが転移結晶!?

 凄く綺麗、神秘的な輝きだ!!



 そして――光が去り、無事に視力を取り戻したとき、ボクたちの目には、見覚えのある迷宮入口の風景が映っていた。


「迷宮攻略だ!!」

「例の物も無事に手に入れたみたいだし!」

「うん、皆、ありがとう!!」


 徹夜の強行軍で臨んだ迷宮攻略だったけど、戦いやアイテムだけでなく、竜人との出会い、そして改めて伝えられた重い使命――ボクが得たものは凄く大きかったと思う。


 その後、大事をやり遂げた気持ちに満たされながらフィーネの町に帰還した頃には、町並みは既に夕焼けに包まれていた。


 町を出発してから実に36時間が経っていた計算になる。

 明日こそは、1日中寝ててもいいよね?

 お読みいただきありがとうございます。1話4000-5000文字を心掛けていましたが、二倍になってしまいました。道理で疲れるわけだ。

 次回は、第一章の最終話となります。大きな分岐点を迎えますので、ぜひぜひお楽しみに!

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