18.フィーネ迷宮第一階層
無事にEランクに昇格することができたボクたちは、護衛の方々が予約してくれた宿に直行した。ミルフェちゃんと仲良くお風呂に入り、同じベッドで眠りにつく。うん、今夜は素敵な夢が見られそう。さぁ、明日はフィーネ迷宮だ。果たして、新たな召喚石を手に入れることができるのだろうか――。
翌朝5時過ぎ(腹時計参照)、ボクは激しい物音で夢から目覚めた。
強盗か!? それとも変態(隊長)か!?
はい、ミルフェちゃんがベッドから落ちた音だった――。
お姫様って、普段は特大ベッドでゴロゴロ寝ているんだろうから仕方ないよね。
幸せそうな寝顔をじっくり眺める。
ピンク色のふわふわロングが眩し過ぎて目がチカチカする。パジャマ越しに浮かぶラインは13歳にしては上出来だ。
性格的には、お姫様というよりスポーツ選手のような元気で活発な子。リザさんみたいな裏のあるドジっ子属性や、アユナちゃんの天真爛漫属性なんかも人気がありそうだけど、ミルフェちゃんのアイドル属性こそが、恐らく最強なのかもしれない。
ベッドから落ちても目覚める気配は皆無――よし、ドサクサに紛れてこちょこちょしちゃおぅ!
(こちょこちょ、こちょこちょ)
「ひゃん! なになになに!?」
混乱した顔も十分可愛いけど、女の子座りによってさらに跳ね上がった女子力が、ボクの心を狼に変える。
「ガオォォォォ! 朝だぞぉ!」
「あっ、リンネちゃんおはよう! 何かね、迷宮で触手に襲われる夢を見たの――」
おっと、お姫様がそんなフラグを立てちゃダメだよ!
その後、ボクたちは準備万端、宿屋の1階でランゲイル隊長を待つ――しかし、1時間が過ぎてもツンツン頭が起きて来ないんだけど?
「隊長さん遅いね」
「昨日あれだけ働いたんだし、ぐっすり寝てるのかもね。うっ、筋肉痛のオマジナイ、全然効いてないよ!」
確かにあの人、最後に見たときはもう理性すら飛んで白目を剥いてた。
護衛隊長として、ボクたちと一緒の部屋で寝るんだとか言い出すから、カウンターを数発使ってしまいました。そりゃ、白目も剥きますね――。
「待っててもキリがないし、起こしに行こうか」
「しょうがないわね。可愛い女の子を2人も待たせた罰を与えないと。そうだ、日頃の感謝を込めて顔をイケメンにしてあげましょう!」
「ふわぁ、よく寝た――うおっ!? 身体中が痛ぇ! 筋肉痛だけじゃねぇ、全身打撲だぞ? って、おい! 朝から人の顔を見て笑うなよ、失礼だろが!」
隊長は目と口が5つもある妖怪と化している。勿論、ミルフェちゃんの落書きのせいなんだけど――。
「早く顔を洗って用意してください! 置いていきますよ?」
隣でお腹を抱えて大笑いしているミルフェちゃんのせいで、ボクはツンツン頭の顔を正視できずにおざなりな対応を取る。
焦った隊長がその場で服を脱ぎ始めたため、早朝から迷惑極まりない悲鳴の嵐が湧き起こった――。
宿を出てすぐ、ギルド直営のお店で魔法書の値段を訊いてみた。そしたら、1番安い下級の魔法書でも、なんと10000リル(1000万円)だって!
女の武器を駆使して値切ってはみたものの、9500リルにしかならなかった。
美少女の笑顔どころか、王家のコネも、ギルドマスターの権威さえも通用しないことがわかり、魔法書の購入は泣く泣く諦めざるを得なかった。
あぁ、飛行魔法欲しかったのに、残念!
その後、いくつかのお店を巡って3日分の食事などの準備をしていたら、出発は7時過ぎになってしまった。
★☆★
東門を出てしばらく歩くと、旅の行商人風の集団に声を掛けられた。
町に危険な奴が入り込んだらしく、運悪く質問攻めに遭う。魔人のことが頭に浮かんでいたんだけど、ミルフェちゃんが首を振るのを見て知らんぷりすることにした。
別れた後も、数回振り返っては睨まれた。あぁ、朝から不審者扱いされた感じがして気分が滅入る。
その後、街道を外れて道なき道を歩く。
どんよりと曇った朝靄のような砂漠に入ると、ネズミやコンドルのような魔物が何度も近づいてきた。
でも、ミルフェちゃんの鼻歌の効果か、ランゲイルさんの顔のお陰で襲撃されることはなかった。まさか、ボクのあの称号のお陰じゃないだろうね――。
道中、隊長から迷宮での諸注意を永遠とレクチャーされた。長話を聞くとすぐに眠れるのがボクの特技だけど、今はじっと我慢。
ミルフェちゃんも迷宮探索は初めてらしく、頑張って聴いている。
その可愛い横顔を眺めると、頬っぺには黒墨で★が1つ描かれていた。早朝のドタバタ劇を起こした主犯として、宿屋の娘さんに描かれたものだそうだ。
罰のつもりだと思うけど、ピエロみたいで逆に可愛さが増している。
「繰り返すぞー! まず、全員纏まっての団体行動が基本だ。勝手に1人で先走るなよ? 逃げるときも皆で逃げるんだ。ミルフェ、何故だか分かるか?」
「はいっ、先生っ! トラップ――例えば、転移装置とか落とし穴があったら迷子になってしまうからです!」
「よし、正解だ。あとは、火魔法は使うな。何故だかわかるか、リンネ?」
「はい、先生っ! 狭い密閉空間だと、不完全燃焼による一酸化炭素中毒や酸欠になる危険性があります。その場合、毒消しも効きません!」
「ん? タンソク? ケツ? まぁ、俺の脚は短いがケツは綺麗だ、危険じゃないぞ。惜しかったな。正解は、中毒に気を付けろってことだ。最後に、宝箱は勝手に開けるな、俺が開ける。何でかわかるか?」
「はいっ、はいっ! わかります! 先生がお宝を独り占めしたいからです!」
「違う! 違わないが、今回は違う! リンネはわかるな?」
「はーい、宝箱自体に危険なトラップが仕掛けられていたり、魔物が棲みついている場合もあるので、《簡易開錠/下級》を使えるボクよりも、専門知識のある“優秀な”先生が最初にチェックするべきだからです!」
「よし、完璧な解答だ。さすが俺。先生が優秀だから生徒も優秀なんだぞ。すぐにでも冒険者学校教師のスカウトがきそうだな!」
このセクハラちょろ教師は、教壇に立ってもすぐに弄り倒されそう――。
そんなこんなで、ボクたちは砂漠から小さな森へと入る。
大森林とは異なり、細くて背の低い樹の魔物がわさわさと蠢いていた。迫り来る枝や絡み付く蔓だけを薙ぎ払い、真っ直ぐに突き進む。
無駄に命を奪いたくないというボクの意志を尊重してか、ランゲイルさんは一度も剣を鞘から抜くことはなかった。
森を数分で抜け出ると、高さ20mほどの岩山が目の前に立ち塞がっていた。
迂回して少し歩くと、ぽっかりと口を開けた隙間がある。どうやらここがボクたちの目的地、フィーネ迷宮らしい。フィーネの町から徒歩1時間の距離にあった。
中を覗き込むと冷たい風が吹き出してくる。
その風を浴びながら、ボクたちはギルドマスターから伝えられた重要情報を再確認した。
⒈全3階層で、最奥に結界がある。
⒉Eランクまでの魔物出現を確認。
⒊各階層ごとにフロアボスを確認。
フィーネ迷宮は、ボクが召喚された日が誕生日らしい。
つまり、生後5日目の、産まれたてほやほやの迷宮ちゃん。まだできたばかりで階層も浅く、出現する魔物も弱いとのこと。
そんなことを聞かされると、何だか他人とは思えなくなる。やっぱり何かのご縁を感じるので、是非ともこの手で攻略したい。
円陣を組んで、隊長が気合いを入れる。
「たとえ死んでも、リビングデッドになって攻略するつもりで行くぞ! 気合い入れろ!!」
「「おぅ!!」」
[ミルフェがパーティに加わりました]
[ランゲイルがパーティに加わりました]
いざ、フィーネ迷宮へ!
★☆★
高さ、幅ともに3mほどの狭い通路が続いている。
中は、暗くもなく明るくもない。ランタンの類いを使わずに前方20mくらいまでなら目視可能だ。よく聞く“迷宮が放つ魔力で壁が微光を帯びている”といったところか。
照らされた壁や床は全て同じ材質で造られている。土でも石でも金属でもない、不思議な物質だった。硬いけど、ゴムのように少しだけ弾力がある。まるで生き物の身体の中を歩いているような気持ちの悪い感覚がある。
王国及びギルドが入手した情報によると、1階層は螺旋を描くような1本道で、罠もない。
そして、その螺旋が行き着く先、中央付近にフロアボスがいるらしい。迷宮なのに迷わないなんて、本当にちょろ宮だよね。
ただし(ここがポイント!)、フロアボスまでの道のりは推定10kmもあるそうだ。誰だよ、こんな壮大なバウムクーヘンを作った人は!
隊長を先頭にして、その3歩ほど後ろをボクとミルフェちゃんが手を繋いで進む。怖いから手を繋いでほしいと可愛く懇願された結果、こうなっている。
誰かがリビングデッドとか言うからこうなるんだよ! まぁ、この柔らかい手を握っていると、心も身体も癒されるから大歓迎なんだけどね。
それはそうと、司祭様がアンデッドを怖がっているとか、本格的にネタキャラ化してしまいそうで、そっちの方が怖い。彼女は将来、どういう方向に進んで行くのか心配してしまう。
入口から5分と経たずに魔物の咆哮が――。
うわっ、でっかいコウモリ!?
《簡易鑑定!:飛行系の魔物》
それはわかってる――。
やっぱり魔力が1しかないと、役立たずのままらしい。この魔法、しばらくはお休みさせておこう。
「上から魔物!」
足元を気にしながら、先を歩くランゲイルさんに報告する。
「大丈夫、雑魚だ! ダークバット――こいつのランクはF、魔力も1桁だ。群れで襲ってくる点と、背後や足元からの奇襲にだけは十分気を付けろよ! おっと、3匹いるな。2人とも、走るぞ」
「「はいっ!」」
普通、そこは「戦うぞ」だと思うけど、やっぱりボクの方針を守ろうとしてくれているんだ。
ドスッ!
隊長が、襲い来る1匹を剣の鞘で殴り飛ばす。
残り2匹もボクたちを逃がす気がないようで、回り込まれた挙句に左右から挟み撃ちを受ける。
隊長は逃げるのを諦め、右から迫る1匹を追い払おうと鞘を構えている。
ボクも、黄色い声でキャーキャー叫びながらしがみ付いてくるミルフェちゃんを振り解き、ダークバット――いや、ブラックバットを構える。
ヒュン!
凄い速度でボクの喉元を掠めて飛ぶ魔物!
《攻撃反射》を合わせようとしたけど、1発目は全然当たらなかった。それどころか、危うく隊長の頭を殴るところだった。
殺さないように、大怪我をさせないようにと意識して棒を振ると、どうしても速度が鈍って躱されてしまう。そんなことはわかっているけど、うまく手に力が入らない!
2発、3発、4発と空振りが続いた後――、
ギャン!
5発目でやっと命中した!
カウンターを発動せず、突っ込んできた相手を棒全体で上手く捉えて、壁に叩きつける。
コウモリはしばらくバタバタ暴れた後、逃げるようにしてこの場から飛び去って行った。
2匹目を早々に追い払った隊長と、しゃがみ込んで頭を押さえるミルフェちゃんが生温かい目で見守る中、格好良くガッツポーズを決めてみせる。
「リンネちゃん、凄いよ!」
「いや、全然ダメだ。命中率が低過ぎだろ! 後ろから俺の頭が消し飛ばされそうだったぞ! ポジションチェンジを断固要求する! 俺はもう、怖くてリンネの前を歩けねぇ。その代わり、ミルフェの手は俺が握ってやる」
「加減が難しくて手こずったの。隊長の顔でちょっと練習させて?」
1匹相手に空振り4回はさすがに恥ずかしい。その恥ずかしさを誤魔化すため、必死に顔を守る隊長に軽く脅しを入れておく。
この後、延べ20匹以上のダークバットを追い払った。
今まで1匹も殺してはいないけど、全員の疲労が目に見えて濃くなってきているのがわかる。
このままずっと“殺さず”を貫き通す自信がなくなってくる。
でも、ボクは絶対に妥協したくないの。面倒臭いから殺す、邪魔だから殺す、攻略の効率が悪くなるから殺す――そんな理由で奪われていいほど、命は軽くはないんだよ!
幸いなことに、迷宮定番のゴブリンたちは、ボクの顔を見るなり転がりながら逃げていく。走り去るのではなく、本当に転がりながら――。
転がり過ぎて目を回して倒れているのは無視する。
ここまで来ると、ゴブリンキングの友って、ゴブリンの天敵なんじゃないかとか、称号というよりは攻撃魔法なんじゃないかという疑問が湧いてくる。
1時間ほど進むと、通路の両脇に扉を発見した。
床は相変わらず弾力を持った不気味な素材でできているが、扉は見るからに金属のそれだった。
走ったり歩いたりで距離の感覚が掴めていないけど、ここは多分、中間地点くらいだと思う。
「こういう場合、アタリ部屋に宝箱、ハズレ部屋は魔物の巣だ。さて、どうするかな――」
腕を組んで悩むランゲイル隊長。きっと、魔物の巣だった場合にボクたちを含めて逃げ切れるのかを考えているんだと思う。
「攻略に関係なければスルーでも――」
「何てこと言うのよリンネちゃん! こういうのが冒険の醍醐味じゃない! ここは運試しで開けてみようよ! 1階層でしかこんなリスクを冒せないでしょう?」
「当然、開けるのは両方だろ。要は、右から開けるか、左から開けるかって話だ」
あ、そうでしたか――。
確かに、冒険の醍醐味なんて言われちゃうと、キュンとくるものがある。ここなら大した魔物も出ないだろうし、開けるのもありかな?
「もう、ガツンとカッコよく開けちゃってください!」
「うんうん、私たちは休憩してるからね。さささっとお願い」
「しゃーねーなぁ、一丁ハッスルするか。俺に惚れるなよ?」
★☆★
――30分後、ボクたちに魔物だと勘違いされた男が襲われるという痛ましい事件が勃発。
「まさかの、どっちも魔物部屋とか。この迷宮ってケチだよね」
「本当は隅っこに宝箱があったんじゃない? よく見たの?」
「何にもなかった気がする。何故か記憶が飛んでるんだよな――」
「まぁ、まだ迷宮探索は始まったばかりだし、世の中そんなに甘くない甘くない。気を取り直して先に進もう!」
その先も、魔物数種類と遭遇した。隊長情報によると、こんな感じの下級魔物ばかりだった。
リビングデッド:ランクF/魔力6-9
グレイトラット:ランクF/魔力6-8
ボイズンスネーク:ランクF/魔力8-10
ダークウルフ:ランクF/魔力8-10
どれも黒ウサギより少し強い感じで、ボクと隊長さんの2人でぎりぎり何とか追い払う。ミルフェちゃんは、隊長さんを殴ったくらいしか戦ってないよ。
順調に進んでいると、3m幅の通路の両脇に掲げられた松明が、突然左右対称に輝き始めた。
光は数秒ごとに前方へと進んで行き、その先の開けた空間で大きく弾ける。
今までとは異なる風景――深い闇に覆われた世界――が、突如そこに出現する。
やがて、暗黒の世界に2つの光が灯る。
まるでそれが合図であったかのように、空から煌めく砂のような光の粒子が舞い降りてきて、残った闇を一瞬で薙ぎ払った。
およそ10m四方に広がった空間の中心にいたのは、1匹の魔物だった――。
ボクたちはとうとう1階層の最奥、フロアボスの部屋に到達したんだ!
「――チャイルドドラゴンかよ。ランクはE、魔力は12-14。はっきり言う、強敵だ。だが、倒さないと先には進めねぇぞ。どうする?」
薄茶色の表皮を持つ3mほどのドラゴンが気怠そうに床に寝そべる先、上へと続く階段がうっすら見える。うっすらと表現したのは、それが半透明になっているから。
なるほど、これが“仕様”というやつだね。階段はフロアボスとリンクしていて、倒さないと絶対に先へは進めないってこと――。
「リンネちゃん――?」
「ごめん、でも、やっぱり殺したくない」
「じゃ、ここで引き返すってか?」
ランゲイルさんが怒りを必死に抑えながら詰問する。
魔物を殺さずに撃退すること自体、容易なことではない。
実際、ここに来るまでに何回も命の危険に晒されてきた。圧倒的な実力差があって初めて、相手の心を折り、屈服させることができる。
今まではFランクの魔物ばかりだったので、ランゲイルさんが何とかしてくれたけど、いつまでも頼ってばかりじゃダメだよね。ボクも覚悟を決める!
「2人は手を出さないで」
「いやいやいや、そういう問題じゃねぇ! コイツはちっこくても竜種だ。鱗は硬く、生命力も糞高ぇ。お前1人で勝てる相手じゃないんだよ!」
「そうよ! 魔物は決して手加減してはくれないの!」
ギベリンと違って、か。確かにそうだよね。
でも、このドラゴンの瞳には悪意を感じないんだもん。
「無理そうだったら逃げるから!」
「おいっ!」
「わかった!!」
ボクを止めようと足を踏み出すランゲイルさんを、ミルフェちゃんが両手を広げて止めてくれた。ありがとう!
「チャイルドドラゴン、勝負だよ!!」
『ギャオォォォ!』
武器を構えて向き合うボクを正式な相手と認めたのか、立ち上がり、闇が集う天井に向けて咆哮を上げるチャイルドドラゴン。
相手は強敵、だけど作戦はある!
背後に回り込むよう時計周りに走るボクを、チャイルドドラゴンは眼だけで追いかける。
ブルンッ!
「うわっ!」
ちょうど真横に差し掛かるとき、長い尻尾が凄い勢いで飛んできた!
丸太のような根元側と違い、鞭のように撓る先っぽ――遠心力の掛かった予想以上の速度に、ボクはジャンプして躱す余裕もなく、後ろに跳んで逃れるしかなかった。
「リンネちゃん!!」
「だ、大丈夫だからっ!」
長縄の要領で跳んで躱し、背中に取り付こうという目論見は一瞬で崩壊する。
掠っただけのお腹に感じる激痛に耐え、それでも、2人を安心させるように強気に怒鳴った。
何とか背後に回り込めばチャンスはある!
でも、今回は《時間停止》は使わない!
3mを超す大トカゲを目の前に、自分がどうしてこんなにも勇敢でいられるのか、冷静でいられるのか不思議でならない。
自分自身、まだどこかで夢の中を彷徨っているという感覚があるからかもしれないし、ボクの中に絶えず勇気づけてくれる両親がいるのが理由なのかもしれない。
でも、これだけははっきり言える。この世界に来て知り合った多くの存在に期待され、支えられているからこそボクは強くなれるんだ、と。
落ち着け。
そうだ、道場の先生の言葉を思い出すんだ。
『まずは、よく観察して相手の行動を読むこと。そして、相手の長所を封じて短所を突くこと、それが真剣の戦い』だって何回も言われたじゃないか。
こいつの攻撃は、あの牙と爪と尻尾。近距離戦では牙と爪を、中距離戦では尻尾を使うってことかな。
あそこから動かないところを見ると、突進での体当たりはないかもしれないけど、決して油断はできない。それに、ドラゴンだったら炎を吐くかもしれない――。
「よしっ、見えた!」
脳裏に刻まれた行動をなぞるようにボクは動く。
5mの距離を一気に詰めると、ボクの左から薙ぎ払うように爪が飛んでくる。予想通りの攻撃を軽くバックステップで躱すと、相手の重心とは反対側、つまり左側へ迂回するように走る。
ボクの動きを目で追っていたドラゴンは、先ほどと同じように尻尾を振り回してくる。体勢が崩れていた分、遅くて軽い1撃――今度はそれを前進し、跳び上がって躱す。
『ギャォオ!!』
尻尾の根元に跳び付いたボクは、ドラゴンが振り返ろうとする前に首の根元まで移動して馬乗りの格好になる。
『ガガガッガァ!』
全身を激しく揺らして振り払おうと必死にもがいても、脚を胴に、手を首に回してしがみ付くボクを振り払うことはできない。
ふと、ドラゴンの首元に回した指が何かに触れた――。
ザラザラした手触りの鱗の中にあって、唯一スベスベした箇所。そこをボクの親指が触っている。
――その瞬間、ボクの身体は宙に浮き、その直後、背中に激痛が走った。
「リンネちゃん!!」
「リンネ!!」
上から降り注ぐ悲鳴、地面と同じ視点から見える横向きの光景――瞬時に悟った。ドラゴンが立ち上がり、その勢いでボクは壁に叩きつけられたんだと。
「糞がっ!!」
剣を抜き、単身ドラゴンに突進するランゲイル隊長、そして顔をくしゃくしゃにしてボクの元に走ってくるミルフェちゃんを見ながら、ボクは意識を失った――。
はっ!?
どのくらい寝ていた?
全身の痛みに耐えながら起き上がると、奥には来たときと同じ場所に、同じ姿勢で寝そべるドラゴンが見えた。
2人は!?
部屋の中を見回す――。
居た!
入口の壁にもたれ掛かるように横たわる2人の姿が目に映る。
全身が心臓になったような鼓動、背中を走る悪寒――。
感覚がない脚を必死に引き摺り、2人の元へと近寄る。
「おぉ、大丈夫だったか――」
「リンネちゃん――良かった」
「ごめん! 2人とも、ごめん!!」
泣き崩れようとするボクの肩をランゲイルさんが叩いてくれる。結んだ拳をミルフェちゃんが両手で優しく包んでくれる。
温かかった――。
先に進む、そのための勇気が一気に湧き起こってくる!
「やってやるんだ!」
いける、絶対に勝てる!
確信をもってボクは再びドラゴンへと突っ込んだ――。
★☆★
「すまねぇ、貴重なポーションを早速2個も使っちまって」
「ううん、ポーションで治せる怪我で良かったです」
「それにしても、リンネちゃん、あれをどうやって倒したの!?」
「えっとね、首元に急所があったんだ。それを突っついたら勝てた――」
本当は、ボクはドラゴンを倒していない。
さっきと同じように首元にしがみ付いた後、ドラゴンが立ち上がる前に指先で何度もスベスベの所を押したら、それだけでドラゴンが気絶したんだ。
でも、ドラゴンは少ししてすぐに起き上がった。そして、ボクの顔をじっと見つめた後、長い首でボクを抱き締めてくれた。
最後に力強くボクを抱き締めた後、突然光り出したかと思うと、弾けるように消えてしまった――。
残された光の雨の中、ボクは目の前に浮いているカードを見つめながら思った。
ドラゴンは魔物じゃない、と。
魔物は死ぬと黒い霧(魔素)に還る。
でも、ドラゴンは違った。死んじゃったかどうかも分からないけど、最初から邪悪な感じはなかった。魔物の赤い眼はなく、蒼く澄んだ瞳をしていたから。
「それが、ドラゴンを倒した証か」
ボクが両手で包み込むように持っていた青白く光るカードを見て、ランゲイルさんが呟く。
「綺麗ね」
「うん」
あのドラゴンの瞳と同じ色。
光り輝くカードには《魔法合成》と書かれていた――。
お読みいただきありがとうございます。フィーネ迷宮は全三階層からなる塔型の迷宮です。各フロアにはフロアボスがいて、最奥には祭壇がある――この情報は王国から齎されたものですが、冒険者が確認したものではありません。その辺は追って明らかにされていくと思います。次話、『フィーネ迷宮第二階層』は近日中にお送りいたします。
筆者モチベーション維持のため、ブクマや感想・レビュー等、引き続きお願いいたしますm(__)m。




