17.冒険者クエスト
ロンダルシア大陸全ギルドを統べるギルドマスターの名はゴドルフィン・レイザース。彼の面接試験に合格したリンネは、ミルフェ王女と共にEランクを目指すことになる。しかし、現実はそんなに甘いものではなく――。
日の出前に目が覚め、顔を洗って準備をする。睡眠時間は3時間ちょっとかな。正直言って瞼が重いよ。クエストを前にして、興奮で寝付けなかったのも原因だけど、本当はずっと考えごとをしていたんだ。
ギルドマスターも言っていたけど、優しさだけで迷宮を攻略できるわけがない。それはわかる。だから、“どうすれば強くなれるのか”、そればかりを考えていた――。
まず、魔法をもっと増やさないとダメだと思う。仲間や自分の身を守る魔法、相手の行動を束縛する魔法とかね。
今ある魔法は、《時間停止/下級》と《攻撃反射》、それと《棒術/下級》、《簡易鑑定/下級》のみ。
それと、《簡易開錠》の指輪もあったね。この魔法が込められた指輪は、片手に1つずつで合計2つまで装備できるらしい。とりあえず右手の人差し指に嵌めておこう。
魔法についてだけど、1つ思い当たったことがある。
実際に体験したことを、自分なりに理解して吸収することが習得条件なのではないかということだ。
最初に習得した《時間停止/下級》は、時空を操る魔法だ。実際に異世界に飛ばされた経験と、戦闘中に時間が止まって見えるほど相手を観察したことが、習得に役立ったと考えるのも強ち間違いじゃないはず。
《攻撃反射》は、前世の剣道経験を生かして、相手が攻撃した後の隙を徹底的に攻めたことが習得に繋がったんだと思う。
だから、実際に体験したエリ婆さんの《鑑定魔法》を習得するため、交易場では意図的にじっくり観察したり、触ったり、質問してみたんだ。そして実際に習得したとき、これが“魔法習得の条件”だと確信することができた。
体験というのが、単に見るだけで良いというのなら楽なんだけど、その辺は実験と検証を重ねていくしかないね。
今は、迷宮攻略や他の召喚石を見つけること、さらには魔人と敵対した際の対処に役立つ魔法を、なるべく早く習得することが必要だと思う。勿論、お金さえあれば、魔法書や指輪等のアイテムを購入するという方法もね。
支度を終えて部屋を出ると、既にミルフェちゃんとランゲイルさんが待っていた。
「おはよう、リンネちゃん」
「お、おはようございます。ミルフェちゃん、ランゲイルさん」
「おう、寝不足みたいだな」
「あはは……」
「冒険者はどんな状況でも眠れるときはしっかり眠るもんだぜ」
「もうっ! 朝から先輩面するのはやめてよ。リンネちゃん、ギルドに行きましょ!」
「うん」
ミルフェちゃんに手を引かれ、引き摺られるようにして宿を出る。
宿を出て少し歩くと、すぐに東門に出た。
昨日はじっくり観察する暇もなかったけど、白亜の城壁に赤い獅子が映える立派な造りの門だ。
「「自治都市フィーネへようこそ!」」
ぼうっと見上げて眺めていると、門の左右に立つ門番さんが爽やかに挨拶してくれた。
時間は朝6時過ぎ。
まだ日が出たばかりだけど、町の中は行き交う人々の活気で溢れている。アキバやシブヤ、ドウトンボリを彷彿とさせる賑わいだ。中世の西洋を感じさせる街並み、石畳に並ぶ露天の数々、明るく響き渡る客寄せの声――エリ村とは違い、食料にも余裕があるように見える。
そう言えば、門番さんが気になることを言ってたね。
「ここって、自治都市なんですか?」
「あぁ、この町は冒険者の補給陣地が発展したもんだからな」
「そうね、この町は王国内で唯一自治が認められていて王権が及ばないの。王国と敵対しているわけじゃないんだけど、私は苦手――」
「人口500人の大半がギルドに関わってる独特な町だからな」
「なるほど、フィーネは冒険者の町なんですね」
固定観念って不思議。あんなに華やかだった町の人々が、皆強そうに見えてしまう。
5分ほど歩くと、あの鹿鳴館を思わせる冒険者ギルドの本館が見えてきた。
扉は左右に大きく口を開けている。
2人入れば、3人が出る――そんな感じで徐々に人だかりが解消されていくギルド内だけど、賑わいは相変わらずだ。大声でお互いの無事を確認し合う者、装備を自慢し合う者、パーティを呼び掛ける者や、稽古相手を探す者など、様々な声が飛び交っている。
「まずは、依頼掲示板をチェックだぜ!」
ランゲイルさんの後ろにくっ付き、入口の右壁面に貼られた紙を見上げる。ボクたちと同じようにクエストを探している冒険者が他に3名居た。
「確か、Eランク昇格条件はFランクのクエストを10個成功させればいいのよね?」
「他に、Eランククエストを5個でも構わないぜ。1つ上のランクまでしか受けられないが、その場合は自ランクのクエスト2つ分で処理されるんだ」
「えっと、1日でEランクに上がるのって、結構大変なんじゃ――」
「そうだな。はっきり言って無茶苦茶だ」
「そ、そうなの?」
「だが、マスターに勝つ方が無茶苦茶だ」
「ですよね――」
「わかったわ。やれるだけやってみてから再交渉するわ」
「そうだな。掲示板をよく見ろ。左から、ランク・難易度・報酬になっている。難易度は全部で10段階。7以上はパーティ推奨案件だ。報酬額もパーティで貰える総額が記載されている。では、Fランクから確認していくぞ」
アルファベットと数字しかわからないボクのために、ランゲイルさんが依頼内容も含めて丁寧に説明してくれた。
F-1-5L 店番/3H
F-1-30L 下水道の清掃/3H
F-9-16L 城壁補強工事
F-10-20L 荷物運搬
F-10-30L 荷物運搬
E-1-50L 美術作品補助(女性)
E-2-60L ポーション作成
E-3-70L 家庭教師(算術)/3H
E-8-100L 農家の手伝い
E-9-200L 家屋の解体
E-10-300L 家屋の解体
※ 依頼内容は概要のみ
「ちょっとイメージしていたのと違うわ」
「うん。肉体労働が多い気がする」
「人気クエストは取り合いだ。この時間だとこんなもんだろ。それにFとEのクエストは、安全に冒険者としての心構えと下地を作るための訓練だからな、雑用が多いのは割り切るしかねぇ」
「1つのクエストを複数回受けるのはありなんですよね?」
「あぁ。“/3H”と書かれているのはリピート可能案件だ。例えば、店番は3時間で1回だから、30時間働けば10回分になる」
20分ほど議論に議論を重ね、針の穴を通すかのようなぎりぎりの選択肢を発見する。奇跡の大逆転を確信し、心躍らせてカウンターに走る3人。
その後、1秒すら惜しいということで、干しイモを口に咥えたまま気合いの円陣を組む。
「フンガフガフンガガァ(絶対Eに上がるぞ)!」
「「フンガァ(おぅ)!」」
[ミルフェがパーティに加わった]
[ランゲイルがパーティに加わった]
★☆★
「殺す気かよ……」
「休んでる暇はないわよ!」
「俺ばかり重い物を運ばされてるのは気のせいか……ママぁ、俺はまだ死にたくないよ……」
地面に大の字につっぷして、泣き言を言い始めるランゲイル隊長。
ボクは彼の肩を揉み、ミルフェちゃんは彼のお尻を棒きれで突っついている。
朝6時半にギルドを出たボクたちは、Eクエの家屋解体を2つこなしてお昼の小休憩を取り、その後にFクエの荷物運搬も2つ終わらせた。その瞬間、ランゲイルさんが大の字に倒れてしまったんだ。
「俺はCランクだから本当は関係ねぇだろ……」
「腕を見せつけて『一応護衛隊長だからな、俺も付いて行くぜ!』って言ってたの、誰だっけ?」
ミルフェちゃんがランゲイルさんの口調を真似て、白くて綺麗な腕を披露する。
「あ、確か馬車の中でそんなカッコいいセリフ聞いた気がする!」
「そうか、カッコいいか! よし、次は何処だ?」
馬車馬の如く働かされるランゲイルさんを何とか励ましつつ、次の依頼先である農家へと誘導する。
「おや、お若いのに大丈夫かねぇ?」
依頼主は町外れの老夫婦だった。
畑の小麦を収穫し、脱穀してほしいという依頼なんだけど――。
「お任せください!」
ボクは元気に宣言し、次々に指示を出して作業を進めていく。
3人がかりで麦の穂を収穫する。
↓
隊長に手揉みで脱穀と籾摺りをしてもらう。
↓
その間、ボクは薄い板を組み合わせて唐箕を自作する。
扇風機の代わりに団扇を作り、風選の準備。
「おぉ、こりゃ凄ぇな!」
「リンネちゃん、天才!」
団扇で仰ぐ度に脱穀済みの麦の粒が真下の箱に収まり、殻は遠くに飛ばされていく。ものの1時間も掛からずに、最も面倒な殻の分離をやり終えた。
まさか、小学生の頃にした農業体験がこんな異世界で生かされるとは思わなかったよ――。
老夫婦にやたらと感謝されながら、ボクたちは次の依頼へと走った。
★☆★
「もうっ! ほんと大変だったんだからっ!」
帰って来て早々、ミルフェちゃんが顔を真っ赤にして言い放つ。
確か、算術の家庭教師としてある商人の家を訪れたんだっけ――王女様が家庭教師をしたんだよ? これって凄いことだよね!
「何が大変だったの?」
「えっとね! 言うことは聞かないわ、とんでもなくスケベだわ、すぐに逃げ出すわ――こっちが逃げ出したいくらいだったのに!」
「お、おぅ。よく3時間も頑張ったな。それで、す、スケベって、何されたんだ?」
それ訊くんだ――。
「え? 風邪ひいて寒いからって、私のスカートや服の中で勉強したいって言うの」
「……」
「まじか! 勿論、入れてやったんだよな?」
「冗談じゃないわ! 逆に水を掛けてやったわよ!」
「そりゃ酷い!」
「算――」
「そしたら、今度はお風呂で温まりながら勉強したいって騒ぎだしてね」
「まじか! み、ミルフェさんも脱いだのか?」
「冗談でしょ? 今度は頭から熱湯を掛けてやったわ」
「おい! 下手したら死ぬぞ!」
「それがね、気持ち悪いくらい喜んでたわ」
「算術は――」
「算術? しっかり叩き込んだわよ? ゲンコツとムチでね!」
ガッツポーズを決めるミルフェちゃん。
ゲンコツとムチで教え込まれる四則計算って――。
「そのエロガキ、将来が心配だな!」
「何言ってるの? 生徒は、おっさんだったわよ?」
「「え……」」
うわぁ、訊くんじゃなかった――。
「ごほん……り、リンネさんの方はどうだったんだ? 美術作品がどうのって依頼だったよな?」
「リンネちゃんが羨ましいわ! 芸術に触れた感想を聞かせてくれる?」
本当はボクが家庭教師でミルフェちゃんが美術作品に行くべきだった気がする。でも、話を聴くとこっちが正解だったのかな? でも、今のボクにできることは謝ることだけ――。
「えっと……ごめんなさい!」
ボクはギルドの入口で2人に土下座をした。
道行く人々が何事だって感じで見てくるけど、こればっかりは恥ずかしいとか言っていられない。今日1日協力してくれた2人に本当に申し訳ないから。
「リンネちゃん、顔を上げて!」
「何があったんだ!?」
「ごめんなさい……クエスト失敗しました」
ボクは、目に涙を浮かべながら、依頼者の元を訪れてからの一部始終を2人に話した――。
目的地に到着したのは、既に日が傾きかけた午後4時過ぎ。
初老の男性に案内され、お屋敷の一室で長々と面接を受けた。その後、奥の階段を降りて地下の薄暗い室へと連れて行かれた。そこは広くも狭くもない(多分、日本で言うところの8畳くらいだと思う)部屋で、少し肌寒さは感じるものの、上手く対策をしているのかジメジメっとしたところはなかった。
おじいさんが部屋の四隅にあるランプに火を灯すと、四方の壁に掛けられた絵画が見事に浮かび上がった。西洋風の綺麗な服を着た人、重厚な鎧を着た人、地味な普段着の人――全てが女性だった。
まぁ、日本でもモデルの大半は女性だったと思うし、この世界でもそうなんだろうなぁと、その時は軽く考えていた。
「さぁ、脱げ」
「はい? あ、わかりました」
そっか、ローブは作業の邪魔だよね。さっと脱いで手近な椅子の背に掛ける。
「早ぅ、脱げ脱げ!」
「ん? あ、はい」
上着も汚れちゃうから脱いだ方がいいのね。さっと脱ぎ、シャツとスカートのみになる。
「儂はな、今まで数多くの女性を描いてきた。じゃが、それでも真の美に到達したという実感が湧かぬのじゃ」
おじいちゃんは、毛むくじゃらの眉毛に隠れた目をキラリと光らせて、独り語りだした。
「真の美とは何じゃ? 金銀数多による煌びやかな装飾、もしくは王侯貴族のみが持つ気品か? 否! 有機物と無機物との高次元の調和、もしくは武を内に秘めた強い意思を包含する瞳か? 否! ありふれた日常と共に在る素朴さ、もしくは普段の何気ない生活の中にのみ見受けられる微笑みか? 断じて否! 苦節80年、儂が決死の覚悟を持って辿り着いた結論は、実は意外な所にあった――真の美、それは、幼女の、幼女による、幼女のための秘め事の中に在ったのじゃ! おおぉぉぉぉおお! 儂は、儂の魂は今、猛烈に震えとるっ! 間近に真の美が迫っておる、この手に掴めるほどに! あぁ、その瞬間が待ち遠しい!」
じいさん――貴方、偉そうに語ってるけど、それ完全に間違ってるよ? って、嫌な予感がしてきたよ。
「真の美は最早目前だ、さぁ、もう1つ脱げ!」
「でも、この下は下着しか着ていなくて……」
「諦めるでない! 一皮剥けてこそ真実は見えるのじゃ!」
じっと話を聴いているランゲイル隊長の鼻の穴がぽふっと膨らむ。
ミルフェちゃんの顔も次第に赤みを帯びてくる。
「でね、ちょうど描き途中のキャンバスをね、覗き込んでみたの」
「うん、それで何が描かれていたの?」
「リンネさん、早く脱げ」
赤髪ツンツンをジト目で一瞥し、ボクが見た真実を告げる。
「女の子の裸だったの! それも、ボク何かよりずっと若かった!」
「キャァー!!」
「ヒャッホォ!!」
いや、本当は、ボクよりずっと若いのに、ずっと胸が大きかったの――。
「だからね、もう我慢できずに『変態じじぃ、お前は間違ってる!』って暴言を吐いて逃げてきちゃった……ごめんなさい」
あんな場面で《時間停止》を使ってしまった自分が情けない。
俯き、罪悪感に苛まれるボクの肩を、ミルフェちゃんが優しく抱いてくれる。
「ううん、リンネちゃんが無事で良かった。昇格なんかよりそれが大事」
「そうだな、本当にうらや……けしからん爺さんだ!」
「ミルフェちゃん、ありがと。でも、どうしよう?」
「あの人は約束を重視するからな。今から戦うぞって言い出すかもしれん」
「本当にそうね」
正攻法じゃ勝てっこないでしょ!
例えば、あのじじぃの地下室に閉じ込めれば?
脳裏に浮かんだ、肉体美を描かれながら笑顔を零すゴドルフィンの姿――それを、全力全開で頭を振り、一瞬で消し去る。
「ミルフェ様、リンネ様いらっしゃいましたらこちらへ」
その時、カウンターからボクたちを呼ぶ声が響き渡った。
もしかして、クエスト失敗がバレた? 変態じじぃからクレームが入った?
心配そうな表情のミルフェちゃんたちに付き添われながら、急ぎカウンターへと向かう。
「ミルフェ様、おめでとうございます。Eランク昇格の条件が満たされたことを確認いたしました。こちらが新しい冒険者カードです」
「えぇ、ありがとう」
ミルフェちゃんが、前の白いカードを返して緑色のカードを受け取る。なるほど、色でランクが区別されているんだね。でもボクは――。
「それと、リンネ様」
「あ、あの。最後に失敗してしまって昇格条件を――」
「はい? 既にお昼前に、マスターからギベリン団討伐成果としてEランク昇格認定が出されていますよ?」
「「えっ!?」」
「こちらが新しい冒険者カードです。それでは良い冒険を!」
はぁ、昨日の盗賊団討伐の件でボクはEランクにしてもらったのね。それならそうと、もっと早く言ってくれればいいのに!
「あの性悪オヤジ!」
「まぁ、あの人はそういう人だから諦めるんだな」
「……」
してやったり!と、にやにや笑うゴドルフィンの顔が、ボクの目に浮かんでいた――。
三人が一日で稼いだお金は、何と720リル(72万円)。はぁ、羨ましい。




