15.自治都市フィーネ
フィーネでリンネが見たのは、傷ついたゴブリンの子と西の諜報隊を逃亡させた白髪の魔人だった。ゴブリンに友と認められ、フィーネの危機を救った彼女は、ミルフェ王女の待つ冒険者ギルドへと向かった。
「やっと見つけた!」
冒険者ギルドへ向かっていたボクたちを目敏く見つけ、駆け寄ってきたミルフェちゃん。
ボクのぼろぼろな両手に気づくと、すぐにポーションをベタベタ塗りながら訊いてきた。
「リンネちゃん、この手どうしたのよ!」
「いたたっ! 迷子になっちゃって……彷徨っているときに転んで……」
「もうっ! 1時間も帰ってこなかったから心配したのよ? もしかして、逃げた西の連中と関係あるの?」
「関係はないけど――」
「そう。あんまり危ないことはしないでね?」
「う、うん」
ランゲイル隊長は明後日の方向を向いている。
彼は、ボクが荒野で独り座りこんでいるところを見つけ、フィーネまで乗せてくれたんだ。
あの一部始終を目撃していた彼に、その場で約束させられたことが2つあった。
1つは、次からは絶対に独断で行動しないこと。もう1つは、ゴブリンの群れが去った本当の理由を誰にも言わないこととだった。
1つ目は、わかり過ぎていて耳が痛い。でも、2つ目は納得がいかなかった。自分の手柄を誇りたいわけじゃなく、誰が何の目的でフィーネに魔物を嗾けたのかを調べるべきだと思ったから。
だけど、ランゲイルさんは魔人の件も含めて言わない方がいいって。ミルフェちゃんを心配させて泣かせたり、怒らせたくなければってね。
確かにそうだよね。だから、ボクは今回の件は自分の胸の内に仕舞っておこうと決めたんだ。
でも――。
「すぐに防衛戦に――」
「あぁ、そのことなんだが……ゴブリン共は踵を返して森に戻ったぞ?」
「へ?」
ギルドへと急ぎ足で先導していたミルフェちゃんが、思わず立ち止まって振り返る。
「俺が上手く誘導したからな」
「あの大群を? どうやって?」
「俺が裸で踊ったら、恐れをなして逃げ出した――」
「嘘ね。もしそれが本当なら、既に世界が滅亡してるはずだもの」
「まぁ、それは冗談だが――俺に同情するぜ」
「2人とも何か怪しい。知ってること、全部説明してもらうわよ!」
ミルフェちゃんを騙すには打ち合わせが不十分過ぎた。その結果、ボクたちは顔面蒼白のままギルドへと連行されていった――。
ボクは悪くないもん。悪いのはランゲイルさんだもん。
冒険者ギルドは日本の鹿鳴館を思わせる洋館だった。
豪華な竜の細工が施された両開きの扉を開くと、ひときわ大きな喧騒が溢れ出てくる。
中には15人ほどの屈強な人たちが居た。巨大な斧を持った髭もじゃおじさん、魔女っ子帽子を深く被った女性、神官らしき服装の男性、短刀を腰に差した小柄な男性――凄い、これが本物の冒険者か。
正面には10mはあろうかという長いカウンター、右側には壁一面に広がる依頼掲示板と階段が見える。さらに左側には各種店舗の類と飲食できる食堂が併設されているようだ。
「ちょっと待っててね、先にギルドマスターに報告してくるわ」
そう言い残して階段を駆け上がっていくミルフェちゃん。
ボクは、この場に残されたランゲイルさん、ブランさんと一緒に食堂の椅子に座って待つことにした。
さっきから周囲の目がこちらに釘付けだ。
耳を澄まさなくても、遠慮のないヒソヒソ話が聞こえてくる。
(……可愛い子発見……マジだ、でもおっさんが邪魔だな……さっき一緒にいたの王女じゃないか?……めっちゃ可愛いじゃん。王様に似なくて良かった……おい、あの子だけでもパーティに誘ってこいよ……無理だ、恥ずかしくて萌え死ぬわ……うぉ、赤いおっさんの顔がやべぇ、マジ怖ぇ……)
可愛いと言われるのは嬉しいけど、ミルフェちゃんの正体はバレてていいの? また狙われるんじゃないかって心配。だけど、ランゲイルさんたちが鬼の形相で周りを警戒してくれているし、大丈夫そうかな。
「ランゲイルさん、ギルドマスターって強いんですか?」
「ちっ! 忘れようと必死だったのによ。あぁ、あの人は強いし頼りになる。俺は苦手だけどな」
「苦手?」
「ふっ、会えば嫌でもわかる」
ランゲイルさんが苦手なタイプって、眼鏡のインテリタイプかな? それか、爽やかなイケメンタイプかもしれない。
と、まだ見ぬギルドマスターについて妄想を膨らませていると、ミルフェちゃんが戻って来た。
「お待たせ。ギルドマスターが1時間後に来いって。それまでに冒険者登録を済ませてしまいましょ」
「えっ? やっぱり会わないとダメ?」
「勿論よ。今後、彼の協力は必須だからね」
「俺は下で待ってる」
「ダメ。ランゲイルが来ていることも伝えてあるわ」
ランゲイルさんが今までで1番渋い顔をしている。そんなに苦手なのか――。
「たのもぉー! 冒険者登録はこのカウンターでいいの?」
道場破り同然の気合いのためか、王女の持つ威厳のためか、カウンター前の行列は荒波に流されるように消えていく――って、受付のお姉さんまで逃げないでよ!
すると、奥の控室から押し出されるようにして1人の女性が現れた。
「はいーっ! こ、こちらへどうぞ!」
定番だ!
大きな狼耳を持つ女性。ううん、大きいのは耳だけじゃない!
これでもか!ってほど、惜しげもなく開かれたブラウスが、アルファベットのIの文字をくっきり浮かび上がらせている。やっぱりギルドの受付嬢はこうでなきゃ、男たちも燃えないよね。
受付のお姉さんに案内されるまま、ボクとミルフェちゃんは中央カウンターに並び立つ。ランゲイルさんたちは、護衛の補充依頼をしに別のカウンターに向かったみたい。
「ぼ、冒険者登録ですよね? お、王女様と……そちらの侍女の方、2名様で宜しいですか?」
「貴女、何を言ってるの? 私たちはただの冒険者よ?」
普通にバレてるから。歳上をあんまり困らせないで――。
「し、失礼いたしましたっ! それではっ、こ、こ、こ、こちらの用紙に必要事故を、事項をごごごごご記入ください、その後で、せっ、せっ、説明します!」
「分かりました! ありがとうございます!」
ボクが全力全開の笑顔でお礼を言うと、お姉さんの目が大きく見開いた。ド緊張が少し解れたかな。
渡されたハガキサイズの紙を見る。
そこには空欄が3つだけある。字が読めないので説明してもらうと、どうやら名前と職業と得意分野だけを書けばいいらしい。
名前はリンネ。
鑑定でもファーストネームしかなかったってことは、職業は余裕で平民。真っ平らな平民。うん、贅沢は言わない。
後は、得意分野か――魔法は大切な個人情報だし、正直に全部書く必要はないよね。《時間停止》や《攻撃反射》は伏せておいて、棒術とだけ書いておこう。
隣をチラ見すると、ミルフェちゃんの得意分野欄は小さな字で埋め尽くされていた。投石、歌唱、ヘアメイク、昆虫飼育、犬の散歩、30秒で眠れること、ブリッジ、読書……突っ込んだら負け、突っ込んだら負けだ。
「終わりました!」
「もっとたくさんあるけど、書くスペースが足りないわ」
王女のプライドが空回りしている瞬間を見た。
「はい、いただきますね。げっ!?……ん気があれば何でもできる……」
今、げって言ったよね。素直な感想をありがとう。
謎発言で誤魔化そうとしても、狼耳がピクピクしているからバレバレですよ。
「つ、次は……冒険者カードを発行するので、この台の上に利き手を乗せてください――」
目の前には黒曜石のような石板が2つ並べられた。
手を乗せる? こうかな?
掃除機で手が吸われる時のようなひんやりとした感触の後、ビリビリっと全身を電気が走る感覚。
そして、指を縁取るようにして光が幾筋も走り抜けていく――まるで、SF映画の個人認証システムのような不思議体験だった。
10分後、無事に2人の冒険者カードが完成。
その手渡された図書カードくらいの大きさのカードには、7項目の記載がある。さっきの紙に書いていない情報もあるね。
「ちょっと! 私の得意分野が2つしか書かれてないんだけど、どういうことよ!」
「あはは……システムエラーですかね!?」
◆名前:リンネ
種族:人族/女性/12歳
職業:平民/冒険者
クラス/特技:棒使い/棒術
称号:銀の使者、ゴブリンキングの友
魔力:1
筋力:24
◆名前:ミルフェ・フリージア
種族:人族/女性/13歳
職業:王族/冒険者(仮)
クラス/特技:司祭/投石、歌唱
称号:聖神教聖女
魔力:48
筋力:29
ゴブリンキングの友って称号が増えてるよ!
それに、エリ村にいた時から魔力と筋力が上がってる! あの実とこの長旅の成果だね! たった1だけど、凄く嬉しい!
でも、筋肉が付き過ぎるのはちょっとね。
自分の白くて細い手足を触ってみる。
ぷにぷに…ぷにぷに…ぷにぷに――。
キズ1つない、スベスベお肌のままだ。
良かった! どこにもお肉は増えてない!
「ねぇリンネちゃん、さっきから何してんの? ニヤニヤしながら身体中をぷにぷにしたかと思えば、突然踊りだして、今度は祈りポーズになったり――」
ミルフェちゃんがジト目で見てくる。ヤバい、あまりに嬉しすぎて身体が勝手にラジオ体操をしてしまった!
「あ、明日筋肉痛にならないようにオマジナイ! えへへっ!」
「へぇ、私もやってみようかな!」
ミルフェちゃんはノリが良い。腕や脚や胸をぷにぷに揉んで、蝶が舞うように踊った後、神に祈りを捧げている。
うわっ!
よく見たら、ミルフェちゃんの魔力48って、人類最強の1歩手前だよ? そんな彼女が祈る姿は、称号にある通りまさに聖女様で――ずっと眺めていたい気持ちはあったけど、今は別の好奇心が勝っていた。
「お姉さん、これは《鑑定魔法》みたいなものですか?」
ボクの冒険者カードを見て固まっていたお姉さんが再起動する。
「は、はい。そうでございますです。魂への干渉術式によって知り得る情報が記載されておりますです」
何だか敬語が重いよ!
それはそうと、魂への干渉か――。
種族や性別、年齢だけじゃなく、称号や魔力もわかるってことね。ミルフェちゃんの“王族”とか“冒険者(仮)”というのは受付嬢なりの忖度だよね?
でも、筋力って肉体だよね。魂と肉体は反対な気がするけど?
「筋力も魂と関係があるんですか?」
「あ、はいです。魂は筋肉に繋がっていますですので、わかるのですます」
「そうなんですますか。知力や魅力は、わからないんですますか?」
どちらかというと、そっちの方が魂に直結してそうだもん。
「えっと、それは魂とは無関係ですますので、わからないのですます」
もういいや!
そもそも、魂が何なのかすらボクには理解不能だし、《鑑定魔法》にもいろいろあるってことで、FA!
「で、では……ギルドについて簡単に説明しますですますね」
このお姉さん、最初より酷くなった気がする。
そんな彼女が教えてくれた内容は主に2つ。カードの仕様とギルドランクについてだ。
まず、冒険者カード自体、所持者の魂からの情報を読み取ってその都度自動更新するらしい。何か凄いね。
あと、ギルドランクについては、王国によるモンスターレートと相関させながら、上からS→A→B→C→D→E→Fの順に7段階が設けられているそうだ。
ランゲイルさんが人口の1%って言っていた通り、登録されている冒険者は大陸全土で300名ほど。その内訳は、上位冒険者5名(S:1名、A:4名)、中位冒険者100名(B:20名、C:30名、D:50名)、残りは下位冒険者(E:70名、F:残り全て)となっているらしい。
勿論、今登録したばかりのボクたちは、最下層のFランクスタート!
ちなみに、ギルドランクを上げるには3通りあるそうだ。
1.自ランク以上の依頼を一定数成功させる。
2.上位ランク者と公式戦を行い、勝利する。
3.昇級試験合格又はギルド長の推薦を得る。
ちなみに、隊長さんは現在Cランクで、今回の護衛依頼が成功すれば推薦でBランクに上がれるとのこと。その代わりにBの誰かがCに降格するということはなく、暫定的に人数が枠を超える場合もあるそうだ。
というのも、実はそれなりに死亡者や逃亡者がいるそうで――。
「もう1つ、良いですますか? 冒険者にはクラスが存在するですます。これは、パーティを組んだり依頼を受理する際の目安として使われるですます。主に、戦士クラス/剣、斧、弓、槍……、補助クラス/探検家、吟遊詩人、魔物使い、化学者……、魔法クラス/僧侶、魔法使い、精霊使い……等があり、ギルドで登録できますです。戦士でも魔法を使う者もいますですし、逆もありますですので、目安の1つとだけお考え下さいませでせ」
クラスって、あれだ! ゲーム的な職業!
ミルフェちゃんやリザさんには勇者勇者言われたけど、ボクは魔法の万能キャラである賢者が好き。特に、ボクが好きなゲームに登場する賢者はかっこよかったから!
“その思考は海よりも深く、身に付けた知識は山をも越える”と言われていた伝説の大賢者――魔法をたくさん覚えて彼を目指そう!
最悪の邪神が創った地獄のような世界だけど、平和になれば、とっても楽しめそうな気がする。
あ、そうだ!
「あの。この指輪、鑑定してもらえませんか?」
交易場の商人から貰った指輪をカウンターの上に乗せる。鑑定が有料だったらどうしようという不安は、彼女の言葉で一掃された。
「ゴブ……様、構いませんですます。少々お待ちくださいませでせ――えっと、これは《簡易開錠/下級》ですます」
ゴブ様――。
「鍵開け、ですね。ありがとうございます」
ミルフェちゃんの視線が痛い。大丈夫、後でちゃんと説明しますから!
それにしても、時間を止めたり鍵を開けたり、犯罪色が濃い魔法ばかりに御縁があるのは気のせい?
ボクは、賢者というより盗賊に向かっていくのかな――。
長い説明の後、狼耳お姉さんから衝撃の一言が――。
「それでは、2階のマスタールームまでご案内しますですね」
忘れてたよ!
横にはミルフェちゃんの緊張した顔が、振り返ると、後ろにはランゲイルさんの今にも泣き出しそうな顔があった――。
お読み頂きありがとうございます。次回、ギルドマスター登場です。何やらちょっとトラブルがあるかもしれません。
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