14.ゴブリンの王
フィーネに向かう馬車の中、ミルフェ王女、ランゲイル隊長と共に召喚石を求めてフィーネ迷宮に行くことを決意する。その時、前方に突如魔物の大群が現れた――。
先頭車に続き、後続の馬車も急停止する。
ボクたちがいる丘陵から見下ろす先、およそ2kmの距離には、大森林の淵から湧き出るようにして現れた魔物が、着々と隊列を組み上げている様子が見て取れた。
「フィーネに向かいそうね」
「町を襲うってこと?」
恐らく千を超える数の魔物。それが押し寄せてきたら町に住む人は――。
「リンネさん、これが現実だ。既にいくつもの町が滅ぼされてるんだ」
「そんな……」
ランゲイルさんが冷淡に放った言葉に、改めて残酷な現実を思い知らされる。これが魔物に滅ぼされる寸前の大陸、すなわち、地獄の世界だということを――。
「ねぇ、町まではあとどのくらい?」
「もう20kmもない。奴らのペースだと4、いや3時間で着くだろう」
「フィーネは絶対に見捨てないわ」
「そうだな。ミルフェさん、リンネさん、何か作戦はあるか?」
ランゲイル隊長の表情が変わる。緊張感の中に、不敵な笑みを漂わせている。
恐らく、謙遜や遠慮ではなく、ボクたちがどれだけ戦力として使えるのかを、迷宮のことも視野に入れて試そうとしているに違いない。
《簡易鑑定:ゴブリン族(魔物化)》
「あれがゴブリン?」
「あぁ。あのデカブツは恐らく、レートCのゴブリンキング。レートFのゴブリン200体くらいなら何とかなったが――」
モンスターレート、それは王国が公開しているという魔力を示す指標だそうだ。上から“S・A・B・C・D・E・F”の7段階に設定されているらしい。
「強さは、真ん中くらい?」
「魔物の中では、という意味よ。Cでも魔力値は50以上。王国騎士団が300人総出で対処しないといけないくらいに強いわ」
“魔力はいわば、レベルのようなもの”
エリ婆さんから聴いた言葉を思い出す。確か、50で人類最強レベルだったはず。Cで既にそれだけ強いってことは――。
「そっか。魔人や魔王に挑むなら、負けられないってことか」
「リンネちゃん!?」
「はっはっは! いいぞ! それこそが冒険者魂だ!」
「待ってよ! いくらなんでも危険すぎるわ!」
ミルフェちゃんが猛然と抗議する中、ボクたちは作戦を練っていった。
「決まりだな。俺とブランがこの馬車で魔物の意識を引き付け撹乱する。ミルフェさんたちは一刻も早くフィーネに入り、冒険者や警備兵を集めて籠城の準備だ」
「「承知!」」
「ランゲイルさん、無理はしないでくださいね」
「そうよ。東門に旗が上がったらすぐにフィーネに入ること、いいわね?」
総大将であるゴブリンキングのみを狙うべきというボクの作戦は、全員の反対で却下されてしまった。
王の下に到達することは今の戦力では不可能だと言われては引き下がるしかない。確かに、王を囲うようにとぐろを巻いて布陣する大軍、それ自体がまさに堅固な城だ。
既に、《時間停止》で止められるほんの1秒だけではどうしようもない。リザさんがこの場に居たら「私が竜巻で吹き飛ばすわ」って言いそうだけど、まずは、町の防衛を優先する作戦を採用するしかない。
自然と円陣が組まれる。
ランゲイルさんが伸ばした手の甲に、ベテラン冒険者ブランさんとディーダさんが掌を重ね、フリードさんとホークさんが続く。その上にボクが、さらに最後にミルフェ王女が手を被せる。皆の優しい温もりが、ボクを心ごと包み込む――。
7人だから、ハンドボールの試合前の感じかな?
ううん、お互いに命を預け合うんだからね、もっともっと、もっと気合いを入れないと!
「絶対に勝つ! 生き残るよ!」
ボクが大声で檄を飛ばす。
「「おう!!」」
全員が笑顔で応えてくれる。
その瞬間、ボクの脳裏に光るメッセージが浮かんだ!
[ミルフェがパーティに加わった]
[ランゲイルがパーティに加わった]
[ディーダがパーティに加わっ]
[ブランがパーティに加わった]
[フリードがパーティに加わった]
[ホーク'がパーティに加わった]
わっ! パーティって何? 円陣を組んだから?
熱い、熱すぎるよ、この世界!!
★☆★
砂塵を巻き上げながら丘陵を駆け下る馬車が1つ。
もう1つは、街道を逸れ、岩石砂漠を突っ切って一直線にフィーネへと疾駆するボクたちの馬車。
――小1時間後、
車輪が上げる悲鳴と共に、ボクたちはフィーネの東門へと飛び込んだ。
「何とかもったわね」
「うぅ……」
「リンネちゃん、大丈夫?」
「うぅ……」
口を開いた途端に悪魔が飛び出てしまう危機感――ボクにはもう、唸り声で応じるしかなかった。
食事と今回の揺れのコンボがいけなかった。
大地讃頌を心の中で歌いながら、馬車から転がるようにして降りる。
両手で口を押さえ建物の壁にめり込むように寄り掛かるボクの背中を、優しく擦ってくれるミルフェちゃん。でも、そんなことしたら逆効果だよ(涙)。
「先に……行って……」
「えっ? わかったわ。あの白い建物だからね」
ボクを心配そうに見つめていた護衛4人を引き摺るようにして、ミルフェちゃんは急ぎ足で去って行く。
路上に放置された馬車には、数分後のボクを予言するかのような悪夢――吐瀉物に塗れた蓑虫だけが残された。
もう……ダメ。
路地裏に潜り込み、思いっきり天国に召されるボク。
「うぅ……何とか……生き返った」
出しゃばって檄を飛ばしておきながら、この姿は何とも情けない。でも、こういう生理的現象は仕方がないよね。
ん?
その時、建物の陰で蠢く何かが目に入った。
恐れを興味が上回る。
回りに誰も居ないのを確認し、そっと近づく。
袋? 何か入っている?
隠されるように捨てられた茶色い袋――藁で編まれたような大きめの袋が、もぞもぞ動いているのがはっきりと見えた。
《簡易鑑定:袋》
役立たず!
手と棒を精一杯伸ばし、袋の口を突っついて開ける。
最初、捨て猫か捨て犬だろうと思ったボクは、袋から現れたそれを見て腰が抜けてしまった。
老人!?
まさか、人を袋に詰め込んで路地裏に捨てるなんて! この世界の、あまりのモラルの低さに再度吐き気が湧き起こる。
《簡易鑑定:ゴブリン族(魔物化)》
えっ? どういうこと?
念のために使ってみた魔法で、ボクの頭の中は真っ白になった。
落ち着け。
老人に見えたのは、実は魔物化したゴブリンだった――で、どうして町の中に放置されている? うん、誰かが捕まえたからだよね。何のために生け捕りにしたの? 人質にして侵攻を防ごうとした? じゃあ、何で放置した? 思ったより強かったから? でも、Fレートだよね? 何で? 何で? 何で? 何で!
『キィ……』
悲鳴?
猫のような高い声が弱々しく漏れる。
怪我してる?
ボクは警戒しながらも、袋の端を掴み、ひっくり返す。
「なっ!」
身長50cmにも満たない小柄な身体が路上に晒される。
頭部の角は半ばから折られ、両手両足の関節が杭で貫かれている姿――誰がこんな酷いことを!
右手に握るべきは武器なんかじゃない!
敵意に満ちた赤い目を無視し、四肢の杭を夢中で引き抜く。咄嗟に袋から取り出したポーションを傷跡に掛けていく。
ボクの手には牙が何度も食い込み、その都度激痛が全身を走る。でも、次第にその痛みが小さくなっていくのがわかった。
牙は徐々に噛む勢いを失い、何度か躊躇うように口を動かした後、ボクの手から離れていった。あの敵意に満ちた赤い目も、虹の外から内へと視線を移すかのように青色へと変わっていった――。
良かった――。
さすがは異世界、さすがはポーション。医学を遥かに凌駕する奇跡を目の当たりにして、ボクは感涙が止まらない。
ゴブリンを優しく抱き締める。
魔物だからなんて関係ない。この子はまだ子どもだと思う。小さな子どもにこんな酷いことをする人間こそが魔物だろう!
ボクはゴブリンを抱いたまま、辺りを見回す。きっとどこかに犯人がいると確信して。
「あっ!」
門から走り去る者が数名、それも路上に乗り捨てた馬車から――。
誰が逃がした!?
――馬車の上!
何かが馬車の上に立っている!
《簡易鑑定!:魔人》
なっ!?
どうして町の中に!!
《時間停止!》
停止した1秒間、ボクは必死に馬車に向かって駆ける!
短い――馬車まで残り20mという所で、時間が再び進み始める。
黒い服を纏った白髪の魔人――まるで貴族の執事のようなその姿をやっと視認できた瞬間、奴の姿は存在ごと掻き消されたかのように消えてしまった。
間に合わなかった――。
急いで馬車の中を確認する。
案の定、誰も居ない。5人全員が逃げ去っていた。
ゴブリンの子どもをローブの中に隠し、門を抜ける。
東西どちらを見渡しても、逃げた奴らの姿は既に無かった――。
「もうっ!」
西の王国の使者が魔人とつるんでいる可能性なんて、誰に想像できただろう。でも、せめて1人でも護衛を馬車に残していれば――いや、ダメだ。魔人に殺されてしまう。
悔しいけど、魔人に狙われて誰も死ななかったことが不幸中の幸いだったと思うしかない。
『キィキィ』
「ふふっ、はははっ! くすぐったいよ!」
お腹の中でゴブリンが暴れる。
下着の上からだけど、お腹や胸を擽られるのは耐えられないってば!
「なになに? 外に出たいのかな?」
ボクは門兵に気づかれないよう死角まで歩き、そこでゴブリンを服から出してあげた。
『キィキィ!』
ゴブリンはボクのローブの裾を引っ張り、街道の東を指差している。
「あ、森に帰りたいのか……」
何とか断り、ミルフェちゃんが待っている冒険者ギルドへ行かなくちゃと答えようとしたとき、ボクは何か引っ掛かるものを感じた。
昔、こういう状況を何かのアニメで見た気がする。
傷ついた小さな個体を悪用し、大量の魔物の怒りと大侵攻を誘い込む手口を――。
そのアニメでは、主人公の少女が勇気を振り絞って大侵攻を食い止めた。ううん、正確には、少女はそこで死んだ。でも、少女の、死をも恐れぬ優しさと勇気が奇跡を生み、少女は生き返る――。
今のボクに、それができる?
あの巨大なゴブリン――レートCとも言われるゴブリンキング、そして数千にも及ぶゴブリンの大軍が脳裏に浮かぶ。
このままいけば、門を閉ざしての籠城戦となる。
援軍の見込みすらない籠城戦――しかも、味方は掻き集めても100名に及ばないし、ボク自身も切り札の《時間停止》を無駄に使い切っている。
『キィキィ!!』
ローブの裾を強く引っ張られ、ボクの足が1歩2歩と東へ進む。こんな小さい子でもボクなんかより魔力が高いのか、引き摺られてしまう。
今さらながら、弱すぎる自分に、ちっぽけな存在であることに気づかされたとき、何かが音を立てて壊れた気がした――。
決して諦めない意志があれば、できないことなんて絶対にない。
偉そうにギベリンに言っておいて笑っちゃうね。もし無駄死にしたとしても、こんなアホみたいな突撃、皆も笑ってくれるよね。
よし、やってやるもん!!
★☆★
1時間後、数千の魔物がモーゼの十戒の如く、左右に割れて道を作る光景を目にした。
フィーネから5km以上も離れた、レッドカーペットもない剥き出しの荒野を、子ゴブリンに引き摺られてボクは進んで行く――。
左右は怖くて見ることができない。それ以上に、正面はもっと怖い。目線を上げ、遠く離れた丘の上にぽつんと佇む馬車を見やる。
そんなぎごちない歩みがどれくらい続いただろう。
子ゴブリンの力がぱたりと弱まり、ボクの足も自然と止まる。日はまだ沈んでいないのに、日を遮る物は何もない岩石砂漠なのに、何故か日陰に入り込む。
『ニンゲン――』
頭上から野太い声が降ってくる。
思わず見上げると、立派な角が2本生えた巨体がそこに居た。
『ワガニクタイハマニオカサレルトモ、ココロマデハウシナワヌ。オンニハオンデムクイヨウ。シカシ、オボエテオクガヨイ。ワレハソナタノトモデアリタイトネガウガ、ニンゲンハイゼン、イムベキソンザイデアルトイウコトヲ――』
「友……この子もボクの友達です……知っています……人間にも、魔物にも……善と悪が存在するってこと……」
『シカリ。フフフ、トモヨ、ナヲキカセテクレ』
「リンネ……銀の使者リンネです」
『ギンノリンネ――』
『『リンネ! リンネ! リンネ!』』
大地を揺るがすような大合唱が起こる。
でも、それは耳を覆いたくなるような怒号なんかではなく、優しさを纏った歌のように、ボクの心を包み込んでくれた。
気づくと、ボクは夕焼けに染まる荒野に1人、微笑みを浮かべながら座っていた。
今回、少しだけ分かったことがあるんだ。
それは――
“魔力の大小と強さは比例しないということ”
Q.E.D.
お読み頂きありがとうございます。あぁ、あの有名なシーンを頂いてしまった。ふぅ、次話「自治都市フィーネ」で、近日中にお会いしましょう。




