6話 一歳になりまして。
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一歳になった。
と言っても、生まれた日は分からない。
だからリディアは、私を拾った日を誕生日と認識しているらしく、しっかりお祝いもしてもらった。
自分で言うのも変だけれど、私はすくすくと成長をしている。
少しならば立てるようにもなったし、よちよち数メートルなら歩けるようにもなった。
言葉はまだ思い通りにとはいかないが、発すことのできるワードも増えてきて、まだ披露こそしていないが、とある『秘技』も習得した。
ほとんど順調そのものだったが……
どうにかしたいリディアとレイナルトとの関係はといえば、色々と通り越してしまっていた。
とある日の朝。
「アイ、ごはんだよ〜」
レイナルトが、離乳食のパンがゆが乗ったお盆を私が座るローテーブルに置く。
そしてその後ろで、リディアがまるで監督官のように腕組みをして、それを見守る。
なぜか二人して、正装姿だった。
リディアは真っ赤なドレスに身を包んでおり、レイナルトはタキシードのような、いかにも仕立てのいい服を召している。
なにか行事でもあるのだろうか。
だから朝早くからレイナルトが来ていたりして?
そんなふうに考えられたのは、ほんの少しの間だけだ。
赤子というのは、欲求に抗えないらしい。
お腹が空いている状態で、ご飯を出されたら、それしか考えられなくなる。
今日のごはんは、ミルクパンがゆ。
シチューでパンを煮込んだような離乳食で、結構美味しいのだ。
「ごは」
「そうだよ、ごはんだよ。自分で食べられるかい?」
私はとりあえずこくりと首を縦に振る。
そうして、置かれていた木製のスプーンを鷲掴みにして、パンがゆを掬いにかかった。
親指と人差し指の間に挟んで、なんて持ち方はまだできない。
そして、うまくコントロールすることも、まだ訓練中だ。
パンがゆは半分だけ口に入って、残りは口元から垂れたり、前掛けにかかったりと、とんでもないことになる。
が、こんなことをしても怒られたりはしない。
「はは、うんうん。うまくなってるね。もう少し左側だったかな?」
レイナルトは優しく、私の顔を拭いてくれる。
同時、後ろのリディアに「すまない」と呼びかければ、彼女はすぐに換えの前掛けを持ってきて、
「少し食べるのは待ってくれるかしら」
なんて私に言いながら、前掛けを付け替えてくれる。
その際の二人の距離感はといえば、ほとんどゼロ距離だ。
なんなら腕と腕が触れ合ってしまってさえいるし、顔もすぐそばにある。
が、しかし。
はたからみても、どきどき感はまったくない。
二人の間に流れるのは青春ドラマやラブコメの甘酸っぱい雰囲気ではなくて、これはもう完全に、子育てにシフトし切った夫婦の絵面だ。
「リディ、助かるよ」
「これくらいは当たり前よ。昨日もやったことだし」
いや、悪くはないとは思う。
とりあえずどんな形であれ、二人の関係は明らかに進展している。
リディアからリディという愛称に呼び方も変わったし、距離感も近くなった。
でもやっぱり、できるならば恋愛をしてほしいと思っていた。
聖女が現れてからのことを思えば、私がいなくても成り立つような関係が理想だ。
子供がいるから別れられないだけの夫婦みたいになってはほしくない。
そんなふうに思いながらも、ご飯を食べ続けていたら、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
「旦那様がいらっしゃいました!!」
なんだか焦ったように、その使用人さんが告げて、リディアとレイナルトは顔を見合わせる。
それから二人は、私に「いい子にしてるのよ」「すぐに戻るからね」と口々に声をかけて、
「アイを見ていてちょうだい」
最後に使用人へこう言いつけて、二人揃って部屋を出ていく。
え、なに。旦那様? 誰がくるの。
私はそんなふうに戸惑いながらに、やはりご飯を口に運んだ。
うん、おいしい。




