57話 行きは三人、帰りは四人。
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その日はそのまま、レイナルトの滞在していた屋敷に泊めてもらうこととなった。
ただし、ゆっくりはしていられない。
翌朝はまだ日も出ていない頃に、屋敷を出る。
警備の網にかからないようにするため、昨日来た山道を引き返すことにしたのだけど、私はもうずっとおねむ状態だった。
前世ではどれだけ朝早い時間でも、無理すれば起きられたのだけれど、四歳には少しの睡眠不足でさえ厳しい。
それでレイナルトに背負われていたのだけれど、いざ柵を超えようというときに、はっとした。
「ママに乗せてもらう」
「え」
レイナルトのどじっ子ぶりを考えると、この道はあまりに危険だ。
そんなある種本能的な恐怖心が、眠気に勝ったらしい。
リディアもそれが当然とばかりにすでに、しゃがんで準備をしている。
「……手厳しいなぁ」
「危ない道だからしょうがないでしょう」
「それは、うん、そうだね」
レイナルトは少し不服そうだったが、それでも私をリディアに預ける。
そうして山を下り始めたのだが、基本的には快適で、ほとんど眠ってしまっていて覚えていない。
ただレイナルトがなにやら声を上げていたという記憶だけはあって、山を下りきる直前に目を覚ました私が彼を見れば、すり傷まみれになっている。
「魔物退治は、傷ひとつなくやってたのに」
と、リディアは苦笑いをしていた。
それでも一応、無事に山を出る。
するとそこには、エレン爺の乗った馬車が待ち受けていた。
どうやらカイルさんが、手を回してくれていたらしい。
私たちはそれに乗り込み、さっそく王都を目指して出発する。
行きは三人、帰りは四人なのだから、なんだか不思議な気分だった。
行き同様にしっかり休みつつも、早く話をつけなければ、『王子が消えた』などと大問題になってもおかしくない。
だから行きよりは少し急いで、五日程度で、王都へと辿り着く。
そのまま馬車を街の最北に聳える王城へと向けたのだけれど、その途中でエレン爺は降りることになった。
「あとは若い衆だけでやるといい。私が行くと面倒なことになる可能性もあるからなぁ」
濁されてこそいたが、言わんとすることは分かる。
エレン爺は公爵家当主であり、相当な権力を握っている。
あくまで個人間のやり取りに留めるためには、関わらないほうがいい。
そう判断したのだろう。
「アイ、あとでまた会おうなぁ。寂しいなぁ〜」
……私にデレデレの孫大好き爺さんにしか見えないけれど、その貫禄ある容貌通り、頭は冴えている。
「じゃあね、またね」
彼が降りたのち、私が馬車の中から手を振れば、全力で振り返してきた。
その大きな身体全体を揺らしながら、半円を描くように大きく手を振る。
「……つくづく公爵家当主とは思えないね」
「そうね。ちょっと恥ずかしいわ」
「えっと、お爺可愛いよ」
私は一応、苦しいフォローを入れておく。
今回は忙しい中だろうにわざわざレイナルトのところに連れて行ってくれたりしたし、その好意は分かりやすく伝わってくるしね。
そんなにこやかな雰囲気のまま、馬車はいよいよ王城へと近づいていく。
そうなってくると、さすがに緊張するようだった。
レイナルトは言葉少なになって、そわそわとし始め、手元はぶるぶる震えている。
まぁ実際やろうとしていることは、かなりの博打だし、優しい性格の彼だ。
たぶん、これまでは親に反抗することもなかったのだろう。ゲーム本編でもそんなストーリーがあったしね。
「大丈夫だよ」
だから私はレイナルトの手に自分の手を重ねる。そしてその上からは、リディアも手を置いてくれる。
「そうね。少しはしゃきっとなさい。アイの父親でしょう」
まぁ言葉は厳しいものだけれど。
それでもレイナルトの手の震えは少し小さくなる。
「そうだね。うん、しっかりやるよ」
そして、いよいよ王城の門前に辿り着いた。




