54話 真面目執事のサプライズ計画?
♢
久しぶりに聞いた優しい声音だった。
喉元にはそれだけで込み上げるものがあって、私は唾を飲みこむ。
同時、ポケットに入れたあるものをぎゅっと握りしめる。
「これでご信用いただけますか」
そこへカイルさんがこう問うのに、私は大きく頷いた。
リディアも少し後に「そうね」と首を縦に振る。
するとカイルさんは一瞬ふっとその口元を綻ばせる。
もしかして嬉しかったのかも? そう思ったのだが、そのすぐそばから真顔になっていたから真相は分からない。
彼は扉に手をかける。
そして開けてくれようとしたのだけど、そのときだ。
扉のほうが先に開いた。
「なにか用が…………って」
扉のノブを引きながら、レイナルトが顔を覗かせる。
ばっちり目が合うと、元より大きなその藍色の目がさらにはっきりと見開かれた。
彼はリディアにも目をやって、そして何度か瞬きをする。
「二人とも、なんで」
「久しぶりね、レイナルト」
リディアはそう言いながら屈んで、私を結び付けていた紐をほどく。
それで自由になった私がとりあえずレイナルトの前へと出ていくと、すぐに抱きしめられた。
その抱擁は、リディアに来てもらうため、屋敷の中でかくれんぼをしていたときよりも、ずっと強い。
「会いたかったよ、アイ」
レイナルトは振り絞るような声で言う。
それに「私も」と答えたところで、うっかり涙が出てしまった。
たった数か月、大人同士ならなんてことのない期間だ。
ただ子どもにとっての数か月はまったく比率が違う。私は転生してきた身だけれど、身体は子どもである。
ここへきて、感じていた寂しさが表に溢れだしてしまった。
「ふふ、よかったわね、アイ」
リディアもしゃがんで、私の頭を撫でてくれる。
二人が一緒にそばにいる。少し前までは当たり前だったそれが、今は自分でも驚くほど嬉しくて、また泣きじゃくった。
それはレイナルトの着ていた厚手のシャツにしみができるくらいで、私はどうにか止めようとするのだけれど、
「はは、いくらでも濡らしてくれていいよ」
レイナルトがこう言うから、結局はその胸の中に顔を埋めた。
とても落ち着く、慣れた匂いだ。その香りはだんだんと私を落ち着かせる。
「リディも会いたかったよ」
「ふふ。ついでね、完全に」
「いいや、そんなことないさ。本当に、会いたいと思っていたさ。今もちょうど、君あてに手紙を書いていたところだ。まぁ、アイのことを知りたかったからでもあるけど」
「その手紙って、どうして届いていたの。私たちがここに来たのは、あなたが戻ってくる気配がないからよ。でもお父様が調べたところによれば、手紙も届けられないって話だったわ」
そこはたしかに気になることだ。
私が鼻をすすりながらに耳を澄ませていたら、
「一度、中へ。屋敷内に響くと面倒なこともあります」
近くで見守っていたカイルさんがこう促す。
それで寝室へと入れて貰い、三人いつもの並びでソファに座ったところで、レイナルトは扉の前に立つカイルさんのほうを振り向きながらに言う。
「カイルのおかげだよ。カイルが手紙を届けるように手配してくれていたんだ」
「……あの執事は、王直属の執事なんじゃないの」
「まぁそうなんだけどね。仕事はする代わりに、どうしても連絡だけはしたい。そうお願いしたら、手を回してくれたんだよ」
「ここに入れてくれたのも彼よ。あなたを追ってここに来た私たちの動向も把握していたみたい」
「それは初めて聞いたな」
レイナルトはカイルさんに目をやると、彼は目を瞑り、眼鏡をくいっと押しやった。
「王子の活力に関わる話かと思いましたから」
理由になっているようで、なっていない。
「じゃあなんで、私たちが来てたことは秘密にしてたの」
だから私がついこう尋ねれば、彼は不意を突かれたのか眼鏡に手をやったまま、しばし固まる。
「……そのほうが活力を得られるかと」
珍しく要領を得ない発言だ。
レイナルトもリディアもそう思ったようで、室内には微妙な空気が流れる。
もしかすると、それに責任を感じたのかもしれない。
カイルさんは遅れて、ぼそりと言葉を継ぐ。
「…………ただお会いになるよりも驚きがあったほうがよろしいかと考えました」
結局よく分からないけど、あれだ。
たぶんサプライズがしたかったんだね、うん。
仏頂面でこんなことを考えているのだから、本当によく分からない人である。
だけど、少なくとも王のためではなく、レイナルトのため、そしてリディアや私のために動いてくれたことは間違いなさそうだ。




