48話 失言癖のおかげです
怒られは無事に回避できたものの、結局はなにも得ることができなかった。
そのため私は、授業に集中できない。
分かりもしないのに、やっぱりレイナルトが戻らない理由を考えこんでしまう。
そんな折にまた、
「ではアイ・エヴァンくん。なぜ人を傷つけてはいけないのか。これが分かりますか」
などとジョルジュ先生に問いかけられて、
「え、倫理?」
うっかりと、子どもらしくない回答をしてしまって、場を凍り付かせることとなった。
たぶん、『相手が悲しむから』とかそういう素直な答えが模範回答だったのだ。
「……なるほど、本当に教育が行き届いていますね。では意味はわかりますか」
「え、えっと……、わ、わからない。本に書いてた」
私はどうにかジョルジュ先生の追及を逃れて、難を逃れる。それで座り直したところで、右から顔を覗かせたジェフが言う。
「なぁアイ、なんだよ、『りんり』って? うまいのか?」
「うーん、おいしくはないよ」
「じゃあ、きれいな音が鳴るのね!」
「鈴でもないよ、ビアンカちゃん」
倫理ばかりは、どう説明したらいいか検討もつかない。
それで答えあぐねていたら、授業が終わった。
外へ出ると、すでに一部の子どもたちのお迎えが来ている。けれど、そこにリディアの姿はない。
ビアンカちゃんは早々に帰っていったから、こんな時は大体、私とジェフで待つことが多いのだけど、
「お、今日も仲いいなぁ」
今日は早々にアシュレイがジェフの迎えにやってきていた。
たぶん王城での開催だから、すぐそばにいたのだろう。
「まぁな。アイと俺はセットだから」
などと、ジェフはにっかり笑いながらに言う。
なかなかに恥ずかしい直球なセリフだ。
将来思い返したらきっと赤面ものだろうが、まだ三歳児。
そこにはいっさいの躊躇いがなくて、私一人が照れくさい気分にさせられる。
「はは、いいことだ。アイちゃんは、リディア嬢待ちか?」
「うん。すぐ来るって言ってた」
「さっき馬車を見た気がするから、すぐ来るはずだけどなぁ」
誰かと話でもしているのだろうか。
私がそんなことを考えていたら、
「あ、兄ちゃん。アイのパパって、今どこでなにしてんだ? アイが知りたいらしくてさ」
まったく予期せず、無邪気砲が発動された。
そりゃあたしかに、レイナルトの親友で、しかも王城勤めをしているアシュレイならなにか知っているかもしれないけども。
たぶん簡単に教えてくれるものじゃない。
それが分かっていた私は、あまり期待せずに三歳児らしく、なにも考えていないふりで答えを待つ。
すると出てきたのは予想通り、
「……仕方ない、としか言えないな」
というもの。
私は心の中で一人、まぁそうなるよねと折り合いをつける。
「うん、分かってる。ママもそう言うから」
「……本当に強い子だな。でも、まぁ一つだけ言えるのは、間違いなくあいつはアイちゃんのことを嫌いになったわけじゃないってことかな」
そんなのは分かっている話だ。
レイナルトが私を嫌いになるわけがない。だから、なにか理由があって、帰って来れないのは分かっている。
ただ分かっていたつもりでも、実際に言葉にしてもらえると、少し安心するのだから不思議だった。
もしかすると、アシュレイの言葉だからかもしれない。
彼の言葉は、基本的に飾り気がなくて、素直なのだ。
「……しかしまぁ、あいつも苦労するよ」
「どういうこと?」
「ん、そりゃああの親父がいたんじゃあ満足に自分の子供もーーーー……ん? いや、待って。今のなし!」
アシュレイは途端に慌てて、自分の言葉を撤回する。
そうしてあたりを見回して、一つ息をつく。
「危ない、危ない」などと呟くが、完全にアウトだね、うん。
やらかし癖のおかげで、分かった。
レイナルトが私たちから遠ざけられている理由は、間違いなく王様だ。
「ま、まぁ! もう少ししたら、リディア嬢が来るから、おとなしく待ってな。ほら、行くぞ、ジェフ」
「なんだよ兄ちゃん、いきなり。あの怖い姉ちゃんに会いたくないのか」
「ない。だって怖いし」
アシュレイは自分の失言を誤魔化すためか、早々にその場を立ち去ろうとする。
ただ不幸は連鎖するものらしく。
ちょうどその『怖い姉ちゃん』こと、リディアがそこにやってきたのだ。
彼女は腕組みして目をきりっと吊り上げ、アシュレイに冷たい視線を送る。
「……どういうこと」
「すいません」
「もう一回」
「すいません」
……もはやコントだね、うん。




