4話 【side:リディア】天使を拾った日
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リディア・エヴァンが、その赤子を見つけたのは、王都の街外れ、路地裏のゴミ捨て場でのことだった。
「お、お嬢様。こんな道を歩かれるのですか!?」
「えぇ。今表通りに行けば、面倒ごとに巻き込まれそうだもの」
「リディア様がお気になさることではないと思いますが……」
「そうね、私もそう思うわよ。なんでこっちが気にしなきゃいけないんだか」
通りがかったのは、本当の偶然だ。
リディアの趣味の一つに、お忍びでの屋台巡りがある。
そのやりすぎなくらいの味付けはたまに無性に食べたくなり、そんなときは変装をしたうえで、使用人の執事を伴い、夜の通りに繰り出すのだ。
リディアは意気揚々と、夜店の並ぶ大通りに向かおうとする。
が、そこで、つい先日まで貴族学校の同級生だったご令嬢たちの馬車を大通りに発見してしまった。
たぶん、なんらかの夜会に向かうのだろう。
彼女たちは在学時、こちらが拒んでいるにもかかわらず、かなり無理にリディアに絡んできた。
その理由は、ひとえに背後にある権力で間違いない。
父であるエヴァン公爵は現在、王国においてかなりの影響力を有している。
それにあやかるよう、家で指示でもされてきたのだろう。
口では「友達に」などと言っても、彼女たちの目には権力しか映っていない。
子どもの頃から、そうした目には晒されてきたから、はっきり分かる。
だから完全に関わらないようにしていたし、できれば万に一つも、顔を合わせたくなかった。
だから早足で、人気がなく、魔導灯がうっすらとだけ照らす暗い夜道を行く。
裏から回りこんで、できるだけ遠いところから表通りに戻ろう。
そんなふうに考えながら足を進めていた折、路地の裏からそれはほんの少しだけ。
でも耳の奥で反響するように聞こえてきた。
誰かがうめくような声だ。それも、これは大人ではない。
リディアは足を止める。
が、同行人は気づいていない。
「声がするわ」
と言っても、
「私には分かりかねますが」
困り顔をされてしまう。
物が擦れる音がたまたま人の声のように聞こえるだけで、気のせいである可能性も十分にあった。
しかし、もし本当にこれが呻き声ならーー。
そう考えるとぞっとして、リディアはそれが聞こえてくる方へと向かうことにした。
近づくとすぐに、かなりきつい腐臭が漂い始める。
そうしてたどり着いたのは、建物と建物の間にあるゴミ捨て場だ。
入るのは躊躇われたし、執事も引き止めるが、引き返す選択肢はリディアの中にはなかった。
もうはっきりと、赤子のものだと確信していたからだ。
それでゴミをかき分けていけば、そこには本当に小さな赤子が簡単な布一枚に包まれて、捨て置かれている。
眠ってはいるが、非常に苦しそうだった。
当たり前だ。こんなに小さいのに、一人で、しかもこんな劣悪な環境に放り出されていたのだ。
「助けて」と呻いても、その声が届く相手のいないような、こんな路地裏にぽつんと。
かつて一人ぼっちで過ごしてきた自分の過去が頭の中に蘇る。
が、今はそんなものに囚われている場合ではない。
リディアはそれを振り払って、一つため息をついた。
「捨て子ね。お金かなにかに困って捨てたんでしょうね」
「……本当にこんな子どもが」
後ろからついてきていた同行人は、こう驚いたような声を漏らす。
そんななかリディアはといえば、躊躇なくその子を抱き上げた。
「帰るわよ」
「……屋台巡りはよろしいのですか。保護するということであれば、別の者を呼んで対応させることも可能ですが」
「いいのよ。私がやるわ」
赤子に、どこまでなにが分かるのかは、分からない。
ただ、この子が求めているのはきっと形だけの安全な場所ではない。心から安らげる安寧の場所だ。
こんな辛い経験をしたのだ。
できるならば、そういう場所を与えてあげたい。そして、そのためには、誰かに任せきりではよくない気がする。
自分自身がちゃんとこの子に向き合うべきだと、そう思っていた。
もしかすると、これは偽善なのかもしれない。
もしくは、幼い頃の自分を重ね合わせた結果の、よくない同情。
でも、そうだとしても。
動かないことはできなかった。
リディアはその赤子を抱えて、屋敷まで急いで戻る。
屋敷内にいる医者に診てもらったところ、容態に大きな問題はないということだったが……、結局気になって目を覚ますまで見守る。
そうして目を開けた少女の愛らしさときたら、衝撃的なほどのものだった。
紫色の瞳は、きらきらと光る夜空みたいに美しく、無垢。
もちっとした白い肌、全体にまるっとしたフォルムなど、そのすべてが可愛らしい。
それが、自分のどうしようもないほど様になっていない子守で、笑ってくれた。
こんなの虜にされるに決まっている。
「……可愛すぎる。天使ね、ほんと」
引き続きよろしくお願いします!




