31話 三歳児三人組結成します!
その思いつきは、後に思えばめちゃくちゃなものだった。
実現可能性で言えば、私が前世で属していた会社の中期事業計画くらいのもの。
さまざまな状況がすべて整ってやっと成り立つような、まさに絵に描いた餅だ。
だから私は結局、もやもやとした日々を送っていたのだけれど……ある日突然に、その機会は舞い込んできた。
「今日はパパ、時間あるの?」
「あぁ、うん。お友達が来るまで、パパと遊んでいようか」
久しぶりに、レイナルト邸で子ども会が開かれることとなったのだ。
カイルさんと話をしていた内容を聞いたところによれば、いつも私を預かってもらっているお礼に、他の子の親たちを自邸へ招くことにしたらしい。
「なにをしていようか。カイルが買ってきたこれとか?」
レイナルトが、たくさんのおもちゃが入った箱の中から、私にけん玉を差し出す。
最近はジェフに見せられすぎて、けん玉は食傷気味だった。
私が首を横に振ると、彼は「じゃあ――」とおもちゃ箱を探り出す。
そのとき外のベルが鳴って「おーい、アイ~」というちょっと掠れた声に、私はすぐに反応した。
「あっ。アイ、急に走ったら危ないだろう」
とのお叱りを聞きながらも、部屋を飛び出る。
屋敷の玄関から外へと出れば、そこではジェフが手を挙げていて、私はそれに同じく手を挙げて応えた。
「早かったね?」
「あぁ。にいちゃんも、アイのパパに会いたいって言うから」
二人こんな会話を交わしていたら、
「……やっぱり夫婦にいいんじゃね?」
ジェフの背後で、失言製造人間もといアシュレイが口元を抑えて感極まったような顔をしながら、またまた勘違い発言をする。
「……だから許さないと言ってるだろう?」
それは、私の後ろから追いかけて来たレイナルトにすぐ否定されていた。
「いや、でも、レイナルトを置いてくるくらいには、ジェフに会いたがってたわけだし、あながちありえなくもないだろ」
「……なっ。そ、それはそうだけど――」
「それにいつも二人で帰ってんだし、実質許嫁だろ」
「…………今度からは二台馬車を用意しよう」
「おいおい、よせよ。そんなことしたら、もっと盛り上がっちゃうかもしれないぜ?」
……いやいや、妄想はかどりすぎでしょ。
たしかにジェフとは仲良しだけども、三歳児に恋もなにもない。
私はヒーロー二人の会話に呆れながらも、「いこ」とジェフの手を引く。
「おいおい逃避行だぞ」
「……友達ってだけだ。うん、そうに違いない」
こんな会話を聞きながらも、庭のほうまで戸惑うジェフを連れ出した。
「へんなこと言うよな、二人とも」
と、彼が呟くのに私はくすりと笑う。
「まぁアイのことは好きだけど」
が、後にこんな言葉が続いて、一瞬だけどきりとさせられた。
まさかのド直球告白!? と思ったが、そうじゃない。
これはあれだ。まだどういう好きかが分かっていない「好き」だ。親へのもの、友達へのもの、好きな人へのもの。その違いがないから、全部ひっくるめて「好き」と言っているのだ。
私はそう理解して、「私もだよ」と返す。
「ジェフといるの楽しいし」
「うん、俺も」
ジェフは、にっと歯を見せて笑う。
その可愛らしさにほっこりしていたら、
「で、なんでこんなところに連れて来たんだ?」
彼がこう聞くので、思い出した。
突然の「好き」宣言で頭から飛んでいたが、もっと大事なことがあるのだ。
私はジェフに向き直り、まっすぐに彼を見る。
それから念のため、誰かに聞かれていないかと周りを振り見る。
それから彼の耳を借りて、私はとある用件を伝えた。
それを聞いた彼は、
「……なんでそんなこと。そういうのダメだって、兄ちゃんにも言われてるぞ」
こう難色を示す。
提案したのは、彼が言う通り、いわゆる『やってはいけないこと』だ。場合によっては、大目玉を食らってしまうかもしれない。
私に甘いことこのうえないリディアとレイナルトだってきっと、私をしかりつけるだろうし、どちらかといえば、おちゃらけタイプのアシュレイもたぶん怒る。
ただ一方で、そんな大きなリスクを負っても、彼にとってもメリットになりうる話であるのだが……
三歳児に理解してもらうのは、さすがに難しすぎた。
「ママのためなの。どうしてもしたい。だから、お願い。それだけ!」
だから私は無理にこれで押し通すことにする。
断わられてもしょうがないと思っていた。
そしてその場合は、一人でもやるつもりだったのだけれど、彼はしばらくののち、こくんと首を縦に振ってくれた。
「アイがやるっていうならやる」
「……え」
「なに、おどろいてんだ。さそったのは、アイだろ」
「そうだけど」
「なんかよくわかんないけど、やるよ」
実に嬉しい回答だった。
三歳児にとって、大人の言いつけはほとんど神様の決めた掟だ。
それを破ってでも力を貸してくれると言うのだから、こんなにありがたいことはない。
「ありがと! すごくうれしい!」
と私が言えば、ジェフはにっと歯を見せて笑う。
これで無事に同盟成立だ。
あとはどういうふうに実行に移すかについて、私がどうにかジェフに説明をしていたら――
「あー! ひそひそ話してるわね? あたしもまぜて!」
そこへにゅっと、ビアンカちゃんが首を覗かせてきた。
また「げ」とジェフが言って、ビアンカちゃんはむっと眉をしかめる。
「げ、はないでしょ。それで? なんの話してたの?」
彼女の問いかけに、ジェフが私をちらりと見る。
なんとか言ってごまかすという作戦も考えられないではなかったが……
私は結局本当の事を伝えることにした。
「いいのかよ」
ジェフはこう言うけれど、私は首を縦に振る。
味方は多ければ多いほどいいしね。
それにビアンカちゃんは、大切なお友達だ。できればこれからも仲良くしてほしいし、こんなことで隠し事を作りたくなかった。
「アイちゃん、そんなことだめだよ」
彼女もはじめはこう言っていた。
けれど、「まぁ俺はやるけど」なんて、ジェフが煽ってくれたのもあってか最後には頷いてくれる。
こうして、三歳児三人組を結成した私たちは、まず作戦実行の前準備へと移るのであった。
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