26話 いい父親。
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それからというもの。
私は定期的に、三歳児の集まりへとお出かけすることになっていた。
その開催場所はといえば、色々だ。
レイナルトのお屋敷でやることもあったし、ビアンカちゃんなど他の子の家や、近くの公園でやることもある。
会うのは基本的に、レイナルトの知り合いだ。
その顔の広さゆえだろう、そのメンバーは参加する会の都度違った。
ただいつも一緒になってる子もいて――
「ほら、アイ。すげえだろ、これ。こうやってまわすんだ」
ほとんど毎回、ジェフも参加していた。
今日は、初めて行く伯爵貴族の屋敷だしいないかと思ったのだが、しっかりいた。
今は、手で回転をつけながら投げることでくるくると回るおもちゃ、いわば竹とんぼみたいなものを私に披露してくれている。
中身が大人とはいえ、ひらひらと回転しているものには、なぜだか興味を惹かれる。
私がそれを見終えてから、拍手をすれば、彼は得意顔で、ふんと息巻いた。
「アイもやってみる? なんなら、それやる。結構楽しいんだ」
「それはうれしいけど、ジェフ、はしらなくていいの?」
私は彼の後ろを指さしながら、こう尋ねる。
そこではジェフ以外の男子がみんな、『石蹴り』に励んでいた。
走るのが大好き元気っこが、ジェフだ。
普通に考えれば、一番最初に参加しそうなものであるが……
「あぁ、いいよ。おれ、アイといるほうがたのしいし」
彼はこう歯を見せて笑う。
どうやら、やたらと気に入ってもらえたらしかった。
たぶん単純に、会う回数が多いというのが、その理由だろう。
子どものうちはそれだけで結構、気づけば仲良くなれるしね。
私は彼から竹とんぼを受け取り、二人で投げて遊ぶ。
着地するまでの時間を競って投げたのだけど、ジェフの竹とんぼがスカートに当たって、ぽとりと落ちる。
それで見上げてみれば、そこにはビアンカちゃんがいた。
左手を腰にやりながら、不機嫌顔だ。
「げ」
との声をジェフが漏らす。
「げ、はないでしょ。あやまって」
「やだね。かってにきたのは、そっちだろ」
「ようがあるのは、アイちゃんにだし!」
……また始まったか。
そう思わざるをえないほど、見慣れた展開であった。
ビアンカちゃんもどういうわけか、私を気に入ってくれたらしい。
彼女も私を見つけると、真っ先に声をかけてくれる。
ただ、ジェフとビアンカちゃんはあの『石蹴り』の一件以降も、妙にいがみ合ってしまう。
まぁこれだけ言い合えるのだから、仲が悪いというわけでもないのだけれど。
「ジェフにこのおもちゃ、貸してもらってたの。ビアンカちゃんもやる? いいよね、ジェフ」
だから私はしっかり大人を発揮して、二人を宥める。
「……やるわ」
「おう。ちょうど三つはあるしな。仲間に入れてやる」
こうして私たちは平和に遊び始める。
途中で、どうやら投げるより回転させることが大切だと気づいたりしつつ、何回も何回も竹とんぼを放り投げ続ける。
そうして、たまたま私の竹とんぼだけが回っていた時のこと、急な風が吹いてきた。
軽く小さな竹とんぼはあっという間にバランスを崩して、遠くへと転がっていってしまう。
「とってくる!」
私はすぐにそれを追いかけるのだが、なかなか追い付かず、保護者の面々が集まる場所でやっと、それは止まった。
そこには今日、レイナルトはいない。
あまりにも当たり前に接してきて、ときどき忘れそうになるけれど、彼は王子様だ。
その公務はやっぱりかなり忙しいようで、私はといえば、レイナルト邸の使用人さんに連れてきてもらって、今日ここにいる。
ちなみにジェフも、それは同じだ。
朝はクロウフォード家の使用人さんが彼を送ってきていたっけ。
だから、誰に声をかけるでもなく、私はジェフたちの元へと走って戻ろうとする。
が、しかし。
「レイナルト王子はいいけど、あの子の家はリディア様の方がねぇ」
その途中で聞こえてきた言葉で、私は足を止めざるをえなかった。
どうやらリディアの話をしているらしい。
それは、その子どもとして、さすがに気になる。
私は近くの木陰に隠れて、息を潜めて話を聞く。
「まぁあの方はしょうがないわよ。そもそも昔からこうした集まりには来る方じゃなかったでしょう」
「必要な人以外は、みんな興味なし。なかなかずぶとい性格ではあるよね」
「まぁ来ない方がいいってこともあるでしょう? 昔のこともあるし、正直来られても怖いしねぇ」
「まぁたしかに。公の場以外では遠慮したいかも。というか、母親ちゃんとやれてるのかしら。ほとんどレイナルト様がやっていたりして」
昔のこと、というのは気になったけれど、そんなことよりだ。
どうやら、陰口を叩いているらしい。
そのなかには、ビアンカちゃんのお母さんもいる。
的外れな話ばかりだった。
リディアはちゃんと私の面倒を見てくれている。忙しくてもずっと私を気にかけてくれて、とても優しい。
そりゃ怒られることもあるけれど、理不尽になんでも否定してくるなんてこともない。
本当にいいお母さんだ。
それをちょっとここに来られないからって、好き放題に憶測を並べられるのは、歯がゆいものがあった。
さすがに、親たちの話に切り込むこともできなかった。
私はとぼとぼと、ジェフ、ビアンカちゃんのところへと帰る。
「さっき、かなりとんだぜ! 今からもう一回やるから……ってどうした?」
「アイちゃん?」
私が意気消沈しているのに気づいたのだろう。
ジェフも、ビアンカちゃんも私を覗き込んで心配してくれる。
さすがに中身は大人だ。
三歳児に気を遣ってもらうのはよくない。
そう思った私は頭を切り替えて、
「ううん、なんにも」
と首を横に振る。
それから、どうにか忘れようと、ひたすらに竹とんぼを投げ続けた。
そうして迎えた夕方。
ビアンカちゃんを含めたほとんどの子が帰っていくなかで、私とジェフは、今日お邪魔した屋敷の中で、お迎えを待つ。
「お前んとこもうちも、なかなかこないな」
「忙しいもん、仕方ないよ」
行きと同様に、使用人さんが来てくれるのかな? と思いながら、ジェフと話していたのだけれど……
やってきたのは、王家の紋章がついた馬車。そこから降りてきたのは、レイナルト本人だった。
驚いた私だったが、嬉しさがまさって、彼の広げてくれる腕に飛び込む。
レイナルトはそれをしっかり受け止めて、私の頭を撫でてくれた。
「パパ、どうして? いそがしいんじゃなかったの」
「アイに会いたかったからね。それに今日は、ジェフ君も迎えにきたんだ」
レイナルトが言うのに、私はジェフの方を振り向く。
「え」と呟く彼は、目を丸くしていた。
「君のお兄ちゃん、アシュレイに、ちょっと頼み事をしていてね。手を離せなくさせてしまったんだ。だから、一緒に帰ろうか。家まで送るよ」
なるほど、そういう理由ね。
私は納得しつつ、まだ少し戸惑った様子のジェフの元へ行き、その手を引く。
「帰ろ。お腹空いちゃうよ」
そのうえでこう言えば、「だな!」とにっかり笑ってくれた。
それから馬車はまずクロウフォード家へジェフを送って、それから今度はリディア邸へと向かう。
「今日はなにかあったかい?」
そこでレイナルトがこう尋ねてきて、私はさっきの嫌な陰口を思い出した。
言うつもりはなかった。
言ったところで、いいことが起こる気もしなかったからだ。
そりゃあもうあんな話は聞きたくはないし、できれば会いたくないとさえ思う。
けれど、その子どもたちは、別だ。
とくにビアンカちゃんとはこれからも仲良くしていたい。
だから、黙っているのがいい。
そう思ったのだけれど、やっぱり自分の中で閉じ込めておくには、三歳の身体は小さすぎるらしく。
「……ママが来ないことをみんな不思議がってた」
悪口とは言わず、ぼかして伝えてみる。
これにレイナルトは大きく目を見開いた後、自分の青い髪を困ったように、わしゃわしゃと掻く。
「仕方ないよ。ママは忙しいから」
なんとなく、誤魔化されたような気がした。
もう三年見続けているから、なんとなく分かる。そういうときレイナルトは、こんな顔で笑うのだ。
もしかして、忙しいというのは建前?
あのとき保護者軍団が話していたリディアの過去が関係してたりするのだろうか。
私が考え込みかけていたら、彼は私を抱え上げて、自分の膝上に乗せる。
「気にしなくていいよ、アイ。パパが迎えにくるようにするから」
「でもいそがしいときは?」
「それは、そのときに考えるさ。できるだけ、やれることはやらせてほしいね」
……分かっていたことだけど、レイナルトもいい父親すぎるね、うん。




