25話 枕元で今日の話をします。
「アイ、今日はなにしたの?」
と、リディアが私に尋ねてきたのは、消灯前の枕元でのことだった。
オレンジの温かい光が灯る天蓋の中、彼女はうつ伏せの姿勢で、私のほうに目をくれる。
ちなみに自分のベッドもちゃんとある。
ただ最近は、こうしてリディアと一緒に寝ることも増えていた。
そのそもそもの理由は、私のよろしくない寝相だ。
自覚はなかったのだけれど、ベッドの柵から足を乗り出したり、何度も衝突して唸ったりと、私はとにかく動き回っていたとか。
そんな私を見かねて、ある日、リディアがベッドに招き入れてくれたのだ。
彼女のベッドはキングサイズ、いやもっと広いくらいで、いくら私がごろごろ転がっても、落ちないで済むのだ。
そして、一緒に寝る時はこうしてお話をしてからというのが、ルーティンになっていた。
「んーと、きょうはたくさんあそんだよ」
私はリディアと同じ姿勢を取りながら、ジェフと頭をぶつけたことや、『石蹴り』のこと、今日会った三歳児たちのことなどを頑張って言葉にする。
「へぇ、いいわね。楽しそうな遊び! そんなこと思いつくなんて、アイはすごいわね。今度ママたちともやってもいいわね」
「うん。パパもいれてやりたい」
もちろん、リディアへのレイナルト推しもしっかりしていく。
何気ない会話の中で何度も彼のことを話していればきっと、多少なりとも意識もしてくれるはずだ。
「ふふ、そういうのは苦手そうね。転びかけてるのが想像つくわ」
……たとえば頭に浮かんだのが、ちょっと残念な姿だったとしても、思い浮かべてくれないよりはいい。
それにそれを笑える関係性というのは、決して悪くないはずだ。
まるでどうでもいいと思っていたら、流されて終わる話だしね。
ただやっぱりできれば、レイナルトの格好いい側面もたくさん見てきた私としては、それも知ってもらいたい。
「きょうのパパ、たいへんそうだったけどがんばってた」
だから私がこう言えば、
「はじまったわね、パパのいいところ話」
リディアはこうくすりと笑う。
もはや毎日のようにやりすぎて、ラジオ番組の定番コーナーみたいな感覚になっているらしい。
別に大喜利じゃないし、本当に思ったことを言ってるだけなんだけどね。
私は、レイナルトがアシュレイと二人で、年上の奥様方との会話をどうにか繋げようと奮闘していた話をする。
「……それは本当に大変そうね」
その光景を思い浮かべたのだろう。
これにはリディアも、神妙な顔で頷いていた。
「ママもさんかする? またあつまるって話してた」
「……うーん、ママはしばらく忙しいから」
「そっか」
「でも、アイは参加していいのよ? パパに見てもらうか、パパが信用できる人なら、問題ないわ」
たしかに、リディアは頻繁に外出するなど、最近は結構に忙しそうにしている。
なにをしているかは教えてくれないが、たぶん公爵令嬢として、出席が必要な機会が多いのだろう。
私としては、リディアとも遊ぶ時間ももう少し欲しいとは思う。
だが、こればかりは仕事がある以上は、仕方がない。それにその分はこうして、夜にたくさんお話もできるわけだし。
「こんど、みんなでおべんと持ってくるって話してた」
「そうなの。じゃあママがとっておきのを作ってあげるわ。パパにばっかり負担もかけてられないしね」
「ママ、いそがしいのにいいの?」
「気にしなくていいのよ。最近の趣味でもあるから」
あのピクニック以来、リディアは定期的に料理をするようになっていた。
それもあの時とは違って、クロケット以外の色んなものにも挑戦していて、この間はパンも焼いていたっけ。
ただそれがレイナルトに振る舞われたのは、ピクニックの時だけだ。
もしお弁当を作ってくれるのなら、再びリディアの上達ぶりをアピールすることもできる! なんなら今度は屋敷に招いて振る舞うみたいな展開もいいかもしれない。
とまぁ、そんな打算を抜きにしても、弁当を作ってもらえるというのは単純に嬉しいんだけどね。
母親にお弁当を作ってもらうなんてことは、前世ではなかったことだ。
なんなら小学校の遠足に、スーパーで買って来たあり物を詰め合わせて、弁当ということにして持っていったこともあったっけ。
それを思えば、本当にいいお母さんだ、リディアは。
「ありがと」
その思いを込めてそう言えば、リディアは私の頭をゆっくりと撫でてくれる。
「まだ作ってもないのに。でも、先にもらっておくわね」
その温かい手の効果は、赤子だった頃とあまり変わらない。ちゃんとすぐに眠気が襲ってきて、私はやがて喋れなくなって、自然と瞼が重くなっていく。
「おやすみ」の言葉にふにゃふにゃとだけ答えて、眠りについた。
翌朝、起きだしてみると私の足は、リディアのお腹に思いっきり乗っかっている。
そのうえ、頭にあったはずの枕はいつのまにか足もとに移動していて、私が「ママ、ごめんね」と謝れば、
「ふふ、大物になるわよ、アイは」
リディアは唇を軽く吊り上げて、優しく笑う。
……本当にいいお母さんだね、うん。




