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11話 頼ってもいい



暗闇の中に、閉じ込められたような感覚だった。

それは、どこまでも続いているみたいで、簡単には抜け出すことができるものじゃない。


私はひたすらにその外側に手を伸ばそうとするが、その手は空を掻くだけだった。


そういえば、ずいぶん前にもこんなことがあった気がする。



小学生の頃、私が高熱を出して寝込んでいたときだ。

母は「迷惑だから、うつさないように」とだけ私に厳命して、外出していってしまった。

その際、一人ベッドで寝ていたときに、同じような感覚になったんだっけ。



もう元の世界には帰れない。

あのときは、本当にそう思うくらい、苦しかった。


どうにか目を開けても天井以外を見ることは叶わず、また瞼が落ちるとともに、暗やみに戻っていく。


ただ、私はその中でも一人でもがき続けて、どうにか起き出す。

そして、なんとか家にあった薬を見つけて、一応事なきを得たのだったっけ。



そのときと違うことといえば、私の身体だ。

二歳になったばかりの小さい身体では、長い時間、もがくこともできない。


もう限界だ。

そう思いかけていたとき、私の手を掴む人がいた。



それによって、奥底に沈んでいこうとしていた意識が引き上げられる。暗いだけだった視界に、やんわりと光が入ってくる。


それで重たい瞼を開くと、


「アイ!」

「……気づいたかい!?」


そこには、リディアとレイナルトの姿があった。

二人して、私の手を掴んで、今に泣きそうな顔をしている。



もう、二歳だ。

ある程度なら喋ることができるようになっていた。


だから、『ありがと』と。


そう声を出そうとするのだけれど、それは声にならない。


「とりあえずよかった……。すぐに医者を呼んでくるわ。薬を飲ませるわよ」

「いや、俺が行ってくるよ。リディはついていてあげてくれるかい?」

「……そういうならば、お願いするわ」


二人の声がぐわんぐわんと揺れて聞こえる。

身体が熱すぎて、内側から蒸し焼かれているような感覚で、頭がふわふわとする。


「頑張ったわね、アイ。偉い、偉い」


そんな私の頭を、リディアは私に目線を合わせて、ゆったりと撫でてくれた。


もしこれが変な熱ならば、うつしてしまうかもしれないというのに、彼女はそんなことなどまったく気にしていないらしい。


温かい手のひらだった。

その優しい感覚が、私の意識を繋ぎとめてくれる。


もし一人だったならば、そもそも意識を取り戻すことさえ、できていなかっただろう。

リディアとレイナルトがいなければ、このままだめになっていてもおかしくなかったかもしれない。


レイナルトが医者をともなって、駆け足で戻ってきて、液状の薬を飲まされる。


それは、ありえないくらい苦い代物だったが、私は無理にごくりと飲み込む。


「原因はわかりませんが、とりあえずはこれで様子を見てみましょう」


どうやら解熱剤のような効果がある、魔法薬らしい。

しばらくすれば楽になるとのことで私がそのときを待っていたら、本当に身体が楽になってきて、思考も働くようになった。


それで考えてみてやっと、直前に自分がしていたことを思い出す。


そうだ、魔法を使おうとしたら、魔力が噴き出すような感覚に襲われて、そのまま倒れたのだったっけ。

もしかすると、身体が魔力に慣れていなくて、熱という形で反応が出てしまったのかもしれない。


やっぱり二歳児には、まだ早いものだったようだ。


「いま、よる?」


倒れたのが昼頃だったから、時間の感覚が分からなくなっていた。

だから私がこう尋ねれば、二人はこくりと首を縦に振る。


「そうだね、三時だよ」

「三つよ、三つ」


レイナルトとリディアが指を三本ずつ立てて教えてくれる。


どうやら私は半日近く、気を失っていたらしい。

というか、そんな時間だというのに、二人は私についてくれていたらしい。


レイナルトは王子であり公務に毎日忙しそうだし、リディアも公爵令嬢として、日々忙しく動き回っている。


きっと明日の予定だってあるだろう。


だとすれば、これ以上の迷惑はかけたくない。


「ママ、パパ、ねて」


私は、こう口にする。


彼らの負担になりたくない。迷惑だと思われたくない。


そんな一心だったのだけれど、二人ともが首を横に振った。


「アイが寝付いたら、ここで一緒に寝るわよ」

「はは、いい考えだね、それは。椅子があれば十分だもんね」

「あら。あなただけは立っていてもかまわないのよ」

「……それはさすがにごめん被りたいね」


じわじわ、と。胸の奥から熱が広がっていく。

そんなやりとりだった。


それは、さっきまでの身体全体がかぁっと熱くなっていく感覚とはまったく異なる。


心の内側にある小さなろうそくに火を灯すような、ささやかで、ほどよく温かいものだ。


こうして、しんどい時に誰かに見てもらえる。

誰かに頼ってもいい。


そういう経験をほとんどしてこなかった私には、ずっと取っておきたいほど、幸せな感覚だった。


「私たちのことは気にしなくていいわ。あなたが元気になってくれればそれでいいから」

「うん、そうだね。まだ眠れないなら、少しだけ話をしようか」


遠慮したほうがいいかもしれない。

一瞬頭にはそうよぎるが、いつまでも私がこれじゃあいけないと思って、こくりと首を縦に振る。


「じゃあ、治ったらなにかしたいことはあるかい?」


そこへ振られたのは、こんな話題だ。

定番といえば、定番なのだろう、たぶん。


私は少しだけ考えを巡らせるが、まだ十全に物を考えられるわけじゃない。


「ママ、パパ、仲良し」


それで結局、こんなことを口にする。

自分の願望をそのまま口にしてしまった格好だ。


これにリディアとレイナルトは、大きく目を見開く。

それから目を見合わせて、二人でくすりと笑う。


「まぁたしかに、大事かもしれないね」

「ふふ、アイは本当にいい子ね。私たちのことばっかり考えてくれる」


結局は、はぐらかされるような形になっていた。

ただまぁ、どう答えてほしかったかと言われれば、聞いた私も分からない。


「なかなか難しいことを言うね」

「そうね。……とりあえず、二人でトランプでもしてみる?」

「はは、リディの中ではそれが仲良しなのかい?」


けれど、二人のやりとりを見ていたら、それ自体が答えな気がしてくる。


それで安心したのが、眠気を呼び起こして、再びとろんと瞼が重くなってくる。


でも今度はきっと、うなされることはない。


そんな気がしていた。






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毎日見てます! なかよしがいちばん
一気読みさせて頂きました 面白いです
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