お菓子な図書館
甘いお菓子の香りが漂う部屋で、少女が一人静かに本を読んでいる。
部屋の中には、陽だまりのような柔らかな光が満ちていた。窓辺には薄桃色のカーテンが揺れ、風が通るたびにかすかにシナモンの香りが漂う。
机の上には、色とりどりのお菓子が丁寧に並べられている。ショートブレッドに、ラズベリーパイ、小さなマカロンが銀の皿の上できらきらと輝いていた。
少女の名前はメイ。まだ十歳になったばかりだが、本が好きで、本の中に描かれる“知らない世界”に恋をしていた。
メイは読みかけの物語を指先でなぞりながら、ページの端に触れる。その瞬間、まるで誰かがそっと微笑んだかのように、本の文字がふわりと揺れた。
「……あれ?」
小さく首をかしげたメイが目を上げると、部屋の奥にある本棚の一角が、いつの間にか開いていた。
今までなかった小さな扉。そこから漂ってきたのは、キャラメルとバターの甘やかな香り。そして奥から、誰かの声がふんわりと響いた。
「ようこそ、メイさん。お菓子の図書室へ。」
驚いたはずなのに、怖くなかった。メイはそっと椅子を引いて立ち上がる。ページを閉じ、クッキーを一つ口に含んでから、ゆっくりとその扉の中へと足を踏み入れた。
扉の先には、まるで絵本の中に描かれるような図書室が広がっていた。
天井まで届く本棚に囲まれ、床はマシュマロのように柔らかく、ランプシェードからは温かなミルクティーの香りが漂っていた。
「こちらへどうぞ」
声の主は、スフレさんと名乗る、ふわふわの帽子をかぶった図書室の管理人だった。彼の目元はどこか眠たげで、声にはバニラのような甘さが混じっていた。
「この図書室の本は、あなたの心が食べたがっている“物語の味”を見つける場所です」
「……物語の、味?」
「ええ。甘い冒険、ほろ苦い別れ、くすぐったい恋、スパイシーな謎——どれも心の舌で味わえるんですよ」
スフレさんが差し出したのは、一冊の小さな本。表紙には何も書かれていない。
「さあ、まずはこの“無題の物語”から。あなたが最初の一文を書いてください」
メイは静かに本を開き、考える。ページはまっさら。でも、どこかで確かに始まりを待っているようだった。
彼女はペンをとり、小さく書いた。
「あるところに、本の中で旅をする女の子がいました——」
すると、ページに文字が次々と現れた。どこかで見た景色、憧れていた王子様、そして、誰よりも自分に似た少女の姿。
気づけばメイは、本の中の世界を歩いていた。
そして、その横には、そっと寄り添うクッキーの精霊たち。本のページがめくられるたびに、香ばしい香りがふんわりと舞い上がる。
お菓子の図書室では、読書は味わうもの。
ページをめくるたび、メイの心は広がっていく。甘く、あたたかく、そして少しだけ切なく。
そして今日もまたあの部屋で一人、本を読む少女のまわりには、甘い香りと物語の魔法がそっと満ちている。




