ぺんぎんのポロ
南の海に浮かぶ小さな氷の島に、ポロという名前のぺんぎんが住んでいました。
ポロはほかのぺんぎんたちより、ちょっとだけ小さくて、おくびょうで、泳ぐのがあまり得意ではありませんでした。
仲間たちは毎日広い海へ出て魚をとり、遠くまで泳いでいきます。
けれどポロはいつも浜辺に取り残され、波が足に触れるたびにすぐ後ろへ下がってしまうのでした。
「ポロ、今日も来ないの?」
友だちの大きなぺんぎん、グランが声をかけてくれました。
「うん……ごめん。でも、海はこわいんだ」
「こわいものなんて、泳いでしまえばどこかへ行くぞ。波は味方だよ」
グランはそう言ってにっこり笑うと、青い海へ飛び込んでいきました。
水しぶきがきらきらと光り、ポロの胸を少しだけしめつけました。
「ぼくも……いつか、行けるかな」
波の音は答えず、ただ寄せては返し、ポロの小さな足元を濡らすだけでした。
ある日、島に強い風が吹きました。
空は灰色に濁り、雪が横殴りに降りつけ、波はいつもよりずっと高く荒れていました。
「嵐だ! みんな、避難だ!」
大人のぺんぎんたちが叫び、こどもたちを抱えて急いで岩陰へ向かいました。
けれど、その途中でグランが強い風にあおられ、足を滑らせてしまいました。
グランは滑り落ち、波にのみ込まれてしまったのです。
「グラン!」
みんなが叫びました。しかし波の力は強く、誰も近づくことができません。
「……いかなきゃ」
ポロは震える足を前に出しました。
海はこわい。でも、このまま何もしなければ、グランが帰ってこない。
ポロは目をぎゅっと閉じ、大きく息を吸いました。
「行くよ!」
波に向かって、ポロは思い切り飛び込みました。
水の中は暗くて、冷たくて、息が苦しくなりました。
耳の奥でどくどくと心臓の音が響き、体は思うように動きません。
「こわい……でも、グランを助けるんだ……!」
ポロは必死に水をかきました。
そのとき、微かに聞こえた声がありました。
「ポロ……こっちだ!」
グランの声でした。
声を追ってポロは体を伸ばし、羽を大きく広げ、水を押しました。
今まででいちばん強く泳ぎました。
やがて、波の合間にグランの背中が見えました。
グランは流されながらも、ポロに手を伸ばしています。
「つかまって!」
「ポロ……!」
ポロは必死にグランの翼をつかみました。
そして、波がふたりを押し戻し、海面へと押し上げました。
「もう少しで岸だ!」
ポロは息を切らしながら叫びました。
嵐の風がふたりを後ろから押し、やがて、氷の浜へと戻してくれました。
嵐がおさまった頃、島のみんながふたりのまわりに集まりました。
「よくやった、ポロ!」
「すごい、ポロ! ひとりで泳いだんだって!」
「ありがとう、ぼくの命の恩人だ!」
グランは涙をこらえながら言いました。
ポロは照れくさくて、顔を真っ赤にしました。
「ぼく、まだこわいよ。だけど、グランを助けたかった。こわくても、大切なものを守れるってわかったんだ」
大人のぺんぎんが静かに言いました。
「勇気っていうのは、こわくないことじゃない。こわくても、進むことを言うんだよ」
ポロは大きくうなずきました。
心の奥に、あたたかな光が差すようでした。
次の日、海は穏やかに光り、空は澄み切っていました。
ポロは浜辺に立ち、波のきらめきを見つめました。
「ポロ、一緒に行こう!」
グランが翼を振りました。
ポロは深呼吸をして、前へ一歩。
胸はどきどきしていました。しかし、足はもう震えていませんでした。
「うん。いまなら、こわくない」
そう言って、ポロは海へ飛び込みました。
水は冷たかったけれど、光の粒がまわりに舞って、とてもきれいでした。
波はポロの翼をそっと押し、海の奥へと導いてくれました。
「ポロ、速いぞ!」
「へへ、負けないよ!」
ポロは笑いました。
その笑顔は、どんな太陽よりも明るく輝いていました。
海の向こうには、まだ見たことのない世界が広がっています。
ポロは知りました。
前へ進む勇気があれば、世界はいつだってひらけるのだと。
そして今日も、青い海を、小さな翼が力いっぱい泳いでいます。




