カーテンの森の物語
窓辺のカーテンは、誰にも知られない場所で、ときどきひそひそとおしゃべりをしていました。
朝になれば光を迎え、夜になれば闇を見送り、風のたびにゆらりと揺れて、まるで生きているように。
その家には、ひとりの女の子が住んでいました。
名前はリラ。季節が秋の終わりに差しかかった頃、長い風邪をひいてしまい、しばらく学校を休むことになりました。
リラは窓辺のベッドで横になり、外の世界を眺めるだけの日々を過ごしていました。
ある午後のことでした。
リラがぼんやりと空を見つめていると、カーテンが風もないのにふわりと揺れました。
「やあ、リラ」
聞き慣れない声。
リラは驚きました。だって部屋には自分しかいないはずなのに。
「だ、だれ……?」
リラが小さく言うと、カーテンがゆっくりと形を変えました。
まるで人の姿になるみたいに、やさしい影が映し出されました。
「わたしはこの窓を守るカーテン。ずっと君を見ていたよ」
「カーテンが、しゃべった……?」
カーテンはやわらかな笑い声を立てました。風鈴のように澄んだ音でした。
「病気で退屈だろうと思ってね。ひとつお願いがあるんだ」
「お願い?」
「うん。ひとりでは見られない景色があるんだ。わたしと一緒に、外の風景を見に行ってほしい」
リラは目をぱちくりとさせました。
「でも、わたし病気だし、外には出られないよ」
するとカーテンは、ふわりと広がってベッドを包み込むように広がりました。
リラの体はふわっと浮き上がり、ベッドから離れると、自分が軽い羽のようになったのを感じました。
「大丈夫。ここでは歩かなくていい。風に乗って行こう」
リラは思わず笑いました。
カーテンの向こうに広がる光が、柔らかく、暖かかったからです。
次の瞬間、リラとカーテンは空へ舞い上がりました。
見慣れた街並みが小さくなり、屋根が風にきらめき、木々がゆったりと揺れていました。
「わあ……すごい」
リラは思わず声をあげました。
風が頬をくすぐり、髪をそっと撫でていきます。
「病気になる前、君は外で遊んでばかりいたね。でも最近は窓の外を見るだけになった。世界を遠くに感じてるだろう?」
「……うん。みんなと遊いたいけど、身体がついてこなくて」
「人はね、止まっているようで、いつも前に進んでいるんだよ。風みたいに」
カーテンの声は、空の上に溶けていきました。
リラは静かに目を閉じて、風の流れを感じました。
すると突然、遠くから歌声のようなさざめきが聞こえてきました。
「ねえ、あれ見てごらん」
カーテンが指す方向に、色とりどりの布が揺れていました。
それは人の姿をした無数のカーテンたちで、丘のように広がる「カーテンの森」でした。
「こんなにたくさんの……カーテン?」
「そうさ。ここにいるのは、世界中の窓を守るカーテンたち。窓から世界を見続けてきた者だけが、ここに来られる」
カーテンたちは風の歌に合わせてふわりふわりと舞い、虹色にきらめく影を地面に落としていました。
その光景は、息をのむほど美しく、リラは胸が高鳴るのを感じました。
「リラ。君に見せたい景色は、まだある」
リラとカーテンは、森の奥へと進みました。
そこには、黒い幕のようなカーテンがひっそりと立っていました。
まるで夜のように静かで、風も音も吸い込んでしまうような深い色でした。
「このカーテンはね、昔、ずっと閉じたままの家にいたんだ」
「閉じたまま……?」
「外の世界を見せてもらえなくて、光を知らないまま、ひとりきりでいた」
リラはその黒いカーテンに近づきました。
触れた指先が、わずかに震えるのを感じました。
「怖くないよ」
自分に言い聞かせるように、リラはそっと言いました。
「わたしだって一人でいたら、怖くなるもん。暗い部屋で、窓の外に出られなくて、誰にも会えなかったらきっと……」
その瞬間、黒いカーテンが小さく波打ちました。
風もないのに、ふるえるように揺れました。
「光を見たい?」
リラが問いかけると、黒いカーテンは静かに揺れました。
「じゃあ、少しだけ開けるね」
リラは両手を広げ、黒い布の端をそっと持ちあげました。
光が細く差し込み、カーテンの内側へ落ちました。
その瞬間、黒いカーテンは大きく波打ち、まばゆい光を浴びました。
色がゆっくりと変わり始め、深い黒はやさしい群青へ、そして淡い水色へと変わりました。
「夜でも、光を知れば朝になるんだよ」
リラは笑いました。
カーテンの森全体が風に揺れ、まるで拍手のような音が響きました。
彩りの波がリラとカーテンを包み、その光は空へとのぼっていきました。
気がつくとリラは自分のベッドに戻っていました。
夕方の光がカーテン越しに部屋を染め、温かいオレンジ色が壁に揺れていました。
窓辺のカーテンが、やさしく揺れました。
「ありがとう、リラ。君のおかげで、ひとつの窓がひらいた」
「こちらこそ。わたし、また世界を見に行きたい」
「いつでも呼んで。世界は窓から始まるんだ。心の窓もね」
カーテンはふわりと膨らみ、最後に小さく揺れて、静かになりました。
窓の外では、学校帰りの子どもたちの声が聞こえました。
風の匂いはどこか懐かしくて、リラは胸に手を当てました。
「また明日、外に出てみよう」
そうつぶやくと、小さく笑いました。
カーテンはそれに答えるように、やさしく揺れました。
世界は、いつでも開くことができる。
止まっているように見える日々も、きっと風の中に進んでいる。
リラの部屋の窓には、今日もやさしい風が吹いていました。
カーテンはその風を受けながら、静かに未来の光へと揺れていました。




