あまい煙のむこう
秋の午後、風が冷たくなりはじめた頃。
小さな町のはずれにある公園で、あおいはベンチに座っていた。
足もとには落ち葉がかさかさと舞い、遠くのグラウンドからは子どもたちの笑い声が聞こえてくる。
彼女の隣では、年配の男性が古びたドラム缶に火を焚き、静かにさつまいもを焼いていた。
「もう少しかなあ」
男の人がトングで灰をかき分けながら言う。
あおいはマフラーの端を指でつまみ、うなずいた。
「いい匂いですね」
「だろう? この時期は、焼きいもがいちばんのごちそうだ」
男の人は笑って、火の奥を覗き込む。
ドラム缶の中から、ほのかに甘い香りが立ち上ってくる。
その匂いを吸いこむたび、あおいの胸の奥が少し痛んだ。
最後に父と焼きいもをしたのは、いつだったろう。
あの日も風が強くて、火がなかなかつかなかった。
焦げた皮をむいて笑い合った父の横顔を、あおいはふいに思い出した。
「誰かのこと、思い出してるね」
男の人がふっと言った。
驚いて顔を上げると、彼は優しく目を細めていた。
「焚き火ってさ、不思議とそうなるんだよ。火を見ると、遠い日のことが浮かんでくる」
あおいは少し迷ったあと、小さくうなずいた。
「……父のこと、思い出してました。もうだいぶ前に、亡くなったんですけど」
「そうか。じゃあ、今日はきっと、あんたのお父さんもいっしょにここにいるんだ」
男の人はそう言って、ひとつのいもを取り出した。
「ほら、できたよ」
新聞紙でくるまれた焼きいもを、あおいに差し出す。
手のひらに乗せると、じんわりとした熱が伝わってきた。
あおいは指先でそっと皮をむいた。湯気が立ちのぼり、甘い香りがいっそう広がる。
「……あまい」
一口かじると、胸の奥まで温かさが広がっていくようだった。
「そうだろう。焼きいもは、ちょっと泣きたい時に食べるもんなんだよ」
男の人が笑うと、あおいもつられて笑ってしまった。
「ねえ、おじさんはどうして、ひとりで焼いてるんですか?」
「うん? まあ、昔ここでよく孫とやったんだ。でも、今は都会に行っちまってね」
そう言って火を見つめるその横顔には、少しだけさみしさがにじんでいた。
風がふたりのあいだを通り抜け、灰がふわりと舞った。
やがて空は薄い茜色に染まりはじめる。
「また来るといいよ。火は、誰かを待ってるもんだから」
男の人の声は、火の音にまぎれてやさしく響いた。
あおいは焼きいもの包みを胸に抱え、少しだけ深呼吸した。
「はい。また、来ます」
ベンチを立ち、帰り道の坂を下りながら、もう一口かじった。
まだあたたかいその甘さに、涙がにじんだ。
でも、それは悲しみではなく、懐かしさと感謝の味だった。
甘い煙のむこうに、笑っている父の姿が見えた気がした。




