つきのだんごとうさぎのこ
むかしむかし、山のふもとの小さな村に、ひとりぼっちの女の子がいました。
名前は すず といいました。
すずは毎日、おばあさんとふたりで畑をたがやしてくらしていました。おばあさんはやさしい人でしたが、冬のはじめに病気になり、そのまま天の上へ行ってしまいました。
それからというもの、すずは毎晩、外に出ては空を見上げていました。なにか、そこにおばあさんの笑顔があるような気がしてならなかったのです。
ある晩のこと。
村の広場では「おつきみの会」がひらかれることになりました。
すすきを立てて、白いだんごを山のように積み、みんなで月をながめるのです。
けれど、すずにはだんごを作るもち米も、火をたくまきもありませんでした。
「いいの。わたしは見るだけでいい」
そうつぶやいて、すずは丘の上の大きな木の根元にすわりました。そこからなら、村よりもずっと大きく、丸い月が見えるのです。
その夜の月は、まるで鏡のように光っていました。
「おばあちゃん、見える?」
すずがそうつぶやいたときでした。
木のかげから、ふしぎな声がしました。
「見えるとも。だが、月の上からは、もっとよく見えるのだよ」
すずがふりむくと、そこに一羽の白いうさぎがいました。
うさぎはまるで光をあびたように、ふわりと光っていました。
「あなた、しゃべれるの?」
「しゃべれるさ。わたしは“月のうさぎ”。満月の夜にだけ、地上へおりてくるのだ」
「……おばあちゃんに、会える?」
「会えるかもしれない。だが、そのためには“月のだんご”を作らねばならぬ」
すずは目をまるくしました。
「だんご? でも、お米もなにもないよ」
「心配いらぬ。材料は、ここにある」
うさぎは前足で、夜露にぬれたすすきを指しました。
「すすきのしずくと、月の光をまぜれば、心のこもっただんごができるのだ」
すずはうさぎといっしょに、すすきのしずくを小さな木の皿にあつめました。
指先で月の光をすくい、そっとまぜると、たしかに白い玉がぷくりとふくらみました。
「ほんとうに……できた!」
「そうだ。さあ、これを十個つくるのだ。十は“ひとの想い”をあらわす数だからな」
ふたりは夜のあいだじゅう、だんごをまるめました。
風がやさしく吹くたびに、しずくがきらりと光り、月の歌のような音がひびきました。
やがて、皿の上には、まるくて白いだんごが十個ならびました。
「できたね」
「うむ。では、月にささげよう」
うさぎはだんごを前足で持ちあげ、空に向かって跳ねました。
すると、月の光がふたりを包みこみました。
白い風がふきぬけて、世界がしんと静まりました。
気がつくと、すずは雲の上にいました。
足もとは銀色の砂。遠くに、白い塔のようなものが見えます。
「ここは……月?」
うさぎがうなずきました。
「そうだ。だが、長くはいられぬ。お前の想いが消えたら、地上に戻らねばならない」
塔の前に、小さな灯りがともっていました。
その灯りの中に、すずは見おぼえのある影を見つけました。
おばあさんでした。
「すずや……」
その声は、春の日差しのようにあたたかでした。
「だいじょうぶだったかい?」
「うん。でも、ひとりはちょっとさみしいよ」
おばあさんはほほえみました。
「さみしいときはね、月を見なさい。そこには、いのちの光がある。おまえがだれかを思うたび、わたしはここで微笑むよ」
すずは、だんごのひとつをおばあさんに手渡しました。
「これ、うさぎさんと作ったの。食べて」
おばあさんはゆっくりとそれを口にふくみました。
すると、あたりがいっそうまぶしく光り、風がふわりと舞いました。
「もう行きなさい、すず。地上で、みんなと月を見なさい」
「うん。……また会える?」
「もちろん。いつでも。月の光が、おまえを照らすかぎり」
その言葉とともに、世界がしずかにとかれていきました。
気がつくと、すずは丘の上で目をさましていました。
となりには白いうさぎがすわっていて、月の方を見上げています。
「夢……だったの?」
うさぎは首をふりました。
「夢ではない。おまえの心が月に届いたのだ」
「おばあちゃん、笑ってた」
「それが“おつきみ”というものさ。見る人と、見られる人をつなぐ夜」
すずは手のひらを見ました。
そこには、まだ小さな白いだんごが一つ残っていました。
それを口に入れると、あまくて、なつかしい味がしました。
「うさぎさん、また来てくれる?」
「来年の満月の夜に。また、だんごを作ろう」
うさぎはそう言って、ひかりのしずくのように空へ飛び立っていきました。
空には、まあるい月がぽっかりとのぼっていました。
すずは両手をあわせてつぶやきました。
「おばあちゃん、またね」
その声は、やさしい夜風にのって、月のうさぎの耳まで届いたといいます。




