時の魔法 4
完全に壊れることがなかった魔法陣は、黒いのに光に見える、煙水晶のような不思議な魔力を発しながら起動した。
『……』
立ち上がったレイラ様の美しい金色の髪が漆黒に染まっていく。開かれたエメラルドグリーンのはずの瞳も深淵のごとく黒い。
(先ほどの女性……!)
色が変化しただけで、姿形まで変わったわけではないのに、レイラ様でなく確かに彼女だとわかる。
『……フール』
「師匠」
答えたフール様の髪は、白銀に染められ、漆黒だった瞳はやはり淡いグレーになっている。
魔力を失ってしまったことが誰の目にも明らかに違いない。
美しい女神のような微笑みを見せたリアンヌ様が、カツカツとヒールを鳴らしてフール様に近づいてその頬に手を触れた。そして思いっきりデコピンした。
バツンッとあまりに痛そうな音。直後にフール様が額を押さえた。
(痛そう……。ううん、確実に痛いわよね)
『この馬鹿弟子!!』
「……呪いを解いてください」
フール様の双眸からボロボロと涙がこぼれ落ちた。臆したように後退った女性が眉を寄せる。
(……呪い?)
見たところフール様には呪いなんて掛かっているように見えない。
ただ、彼が他と違うところと言えば1点……。
(長い時を生きていること?)
「あなたがいない世界に取り残された俺を哀れむのなら」
『取り残してないわ。待っていてって言ったじゃない』
「もう十分、待ちました」
『ようやく会えたのに。あなただって、何か感じたからこの体を選んだのでしょう? 筆頭魔術師の傍系の令嬢なら今までだっていたもの』
「……師匠」
ふわり、と笑った女性はあまりに儚く今にも消え去りそうだ。いや、事実もう消えてしまいそうなのだろう。
『ああ、そろそろお別れね。この魔法は不完全だわ。時空を越えてこの地に帰ってきたなら、私は違う生き物だもの。しかも、たぶん私はしばらくあなたを許さないわ。記憶を取り戻したって、彼女は違う人生を歩んできた、私とは違う個だもの』
今度は魔法陣に黒い光が吸い込まれていく。
『ああ、魔力を失ったあなたはもう普通の人と同じ。またはそれ以下。私の心を射止めるのも、この状況を変えるのも難しいわね。自業自得』
髪が黄金のような輝きを取り戻し、虚空を見つめる瞳はエメラルドグリーンだ。
「……フール。いいえ、筆頭魔術師フール様」
「レイラ嬢」
バッチーンッと響き渡る平手打ち。
呆然としたようにフール様がレイラ様を見つめ、なぜか勢いよく抱きついた。
「許しがたいわ。か弱き令嬢の体を奪うだなんて!! 実験に他人を巻き込むなっていつも!! …………あ、あら?」
頬を押さえ、よろめきながら歩むフール様が、レイラ様に抱きついた。
「ちょ!? な、何するんです!!」
「……君だ」
「は? 何この記憶、いや、やっぱり」
バチーンッ、もう一度響き渡る音。
「確かにあなたを知っている! でも、やっぱり私の身体を奪おうだなんて許せませんわ! それに魔力がない筆頭魔術師なんて、私にはふさわしくありませんわ!」
去って行くレイラ様、残された私とアルベルト、そして魔力を失った筆頭魔術師フール様。
このあと王国に大混乱が訪れる。それは避けようのない事実に違いない。
筆頭魔術師が魔力を失う。
それは間違いなく、大事件なのだから。
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