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卒業式 1


 ***


 ――遡ること三年前。


 卒業式前日、あの日は雲ひとつない青空と少し強い風が吹いていた。


 席に座りチラリと左隣に目を向ければ、今日も完璧に制服を着こなしたアルベルトがいる。

 1年生の始めの試験で彼を抜いて1位を取り、バディに指名されてからめまぐるしい日々だった。


 永遠に続くかとも思えた輝かしい毎日も終わりを迎えようとしている。


 右側の机と机の隙間には、今日もフィーがうたた寝をしていた。


(アルベルトとは卒業と同時にお別れするのかもしれない、と思っていたけれど……)


 ローランド侯爵家の後継者だから、きっと王立学園卒業後は後継者見習いとしての活動を始めると思っていたアルベルトは、王立魔術院への就職を決めた。


 王立魔術院の試験で歴代最高点を叩き出し、この才能を埋もれさせるのはもったいないと、魔術院の筆頭魔術師が直談判したという。


(あくまで噂だけれど)


 けれど、これで春から同じ職場で働くことができる。部署が違ったとしてもときどき姿を見るくらいはできるだろう。


 ベイル先生からの明日の卒業式に関する説明が終わり、終業のベルが鳴る。

 帰ろうと身支度をしていると、アルベルトが立ち上がりなぜか少し緊張した様子で私に声をかけてきた。


「シェリア、ちょっと良いか?」

「……うん。私も話があったんだ」


 差し出された手に自分の手を重ねると、軽やかに引き上げられた。

 いつの間にか、私の手よりもはるかに大きくなった手は、ゴツゴツとした大人っぽいものへと変わっている。


 そのまま私たちは、魔術学の資材置き場へと向かった。不思議な液体につけられた見たこともない生物の標本や輝きを失った魔石、長短様々な杖などどこか禍々しく幻想的でもある。

 その場所はあまり人が来ないから、私たちは良くそこで話をしていた。


「アルベルト……様」

「シェリア?」


 魔法が掛かったかのように楽しかった時間がもう終わる。

 王立学園では平等が謳われているけれど、貧乏なウェンダー伯爵家の庶子と輝かしい歴史と経歴を持つローランド侯爵家の嫡男とでは天と地ほど身分の差がある。


「今までありがとう。……卒業してからの呼び方なんだけど、アルベルト様って呼んでいいかな?」

「……シェリア」


 アルベルトは、傷ついたような表情を浮かべた。

 けれど、これは私なりの線引きなのだ。

 本来であれば、たとえ様をつけたとしても名前で呼ぶなんてこと許されるはずもない。

 できれば許してもらいたいな、と思いながらチラリと視線を送る。


「なぜ?」

「えっ、だって私たちには身分の差が」


 唇がきっと引き結ばれた。

 真っ直ぐ私を見つめ、アルベルトはゾクリとするほど美しく笑った。


「俺のことは一生アルベルトと呼べ。身分差があるというなら、これは命令だ」


 はっきりとした口調でそう告げたアルベルトは、私の肩にそっと手を置いて耳元に唇を近づけた。


「……卒業式の後、この場所で待っていてくれないか? 伝えたいことがあるから」

「え……?」

「……絶対に、この場所に来い」

「うん、わかった……」


 それだけ告げるとアルベルトは、踵を返して去って行く。

 その約束が果たされることはないなんて知らないままに、私はその背中を見送ったのだった。




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