月とキス 1
***
月と星が寄り添うように輝く夜。
まだ、アルベルトは帰ってこない。
おそらく、私のために無理して時間を割いてくれたせいで、仕事が遅くなったのだろう。
『ふぉんっ!』
フィーが高い声で鳴いた。
使い魔だからなのか、フィーは勘が良い。そろそろアルベルトが帰ってくるのではないかと、そっと庭に顔を出す。
夜空に溶け込むような黒髪と、月の光に輝く星のような金色の瞳。
アルベルトは馬車を降りて来たところだった。
「もしかして、待っていてくれたのか?」
「居候させてもらっておいて、先に寝られるほど図々しくなれないよ」
「はは。あいかわらず律儀だな」
アルベルトは、王立魔法院の制服のジャケットを脱ぐと私の肩にかけた。
「寒そうだ。服を買わないとな」
「このお屋敷は暖かいから、このままで大丈夫だよ?」
アルベルトは、なぜかそっと私の頬に手を添える。
「冷え切っている」
「そうかな……? じゃあ、早く中に入ろう」
「ああ……」
アルベルトは、小さく微笑んだ。
そして私の手を引いて屋敷へと入る。
なんだか距離が近い気がして、心臓が高鳴る。
「今日はどうだった?」
「皆さんに良くしていただいて……。昼食も、夕食もご一緒させてもらったのには恐縮してしまったけれど」
「……ああ、すまない。みんな君に会いたがっていたから」
「……そう」
髪を指先に巻き付ける。これは、私の子どもの頃からの癖だ。
巻き付けた髪にふと視線を移す。卒業式直前までは青みがかった黒髪だったけれど、今は冷たい雪のような白銀だ。
「……そういえば、この鍵は返すわ」
「なぜ?」
「だって、マスターキーを他人に渡すなんて良くないわ。それに、この魔石は価値が高すぎるもの」
首からさげていたチェーンを外して、鍵を差し出す。しばらくの間、アルベルトは黙って鍵を見つめていた。
「……あの?」
「シェリアに持っていてほしいとお願いしてもダメだろうか」
「えっ?」
差し出した手が、アルベルトの大きな手に包まれる。手のひらは緊張しているみたいにほんの少しだけ湿っている。
「……俺は君のことがずっと」
「……アルベルト?」
『ふぉんっ!』
私の視界の端には、なぜか一度エントランスの壁際まで走り去り、そこから助走をつけて飛びこんでくるフィーが見えていた。
けれどまさか、そのまま飛びこんでくるなんて予想もできなかった。
『ぶつかる!!』と思ったときにはもう遅い。
そのままフィーは、アルベルトの膝裏に突撃した。
「……アルベルト! 危ない!」
「シェリア、離れ……」
アルベルトが体勢を崩す。
何とか支えようとした私に、アルベルトが倒れ込んできた。
――――ちゅっ……
両肩を手で押さえられ、唇と唇がやや強めの力で押し付けられた。瞑っていた目を恐る恐る開く。
見開かれたアルベルトの金色の瞳が目の前にある。
「……」
「……」
『ふぉんっ!』
私たちは、唇を離すのも忘れ、しばしあまりにも近い距離で見つめ合ったのだった。
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