マナウス狩猟道
お盆休み記念に。
ここから4章となります。基本的に1話完結です。最初と最後は主人公が、そのほかはこれまでに登場してきたプレイヤーが出てきますのでお楽しみに。
不定期になりますのがよろしくお願いします。
装備のチェック、アイテムの確認。この後の狩りを見据えての戦闘の流れも想定する。それが終わると静かにウインドウを閉じた。今日こそはあの獲物を狩ってみせる。そう、あの憎きモンスターを。
宿屋を出るといつもおやっさんや町の人々と挨拶を交わしながら大通りを進む。これが俺の今の休日の日課となりつつある。リアルをないがしろにしているつもりはないけど、こっちでしか体験できない楽しさってものもあるよな。
「よぉ、カイ。また森で狩りか?」
「ああ、まあいつも通りだ。そっちはそろそろ拠点移すんだろ?」
「まあな。イベント明けでバタバタしてっけどやるなら今かって話し合ったんでな」
リアルでも長い付き合いになった腐れ縁、富士はそう言って楽しそうに笑っている。まったく、いつ会ってものんきかつ陽気な男である。
富士が率いるギルド「セントエルモ」は今のところは中堅上位のギルド。ある意味ではどこにでもあるギルドってことになる。それが今回のイベントを終えて突如認知されてきたらしい。なんせイベントの総合ランクが72位。初のイベントってこともあって攻略組と呼ばれるギルドが30以上、それがパーティーで100以上も参加していたと考えればまさに快挙だ。
「俺らの事はいいんだよ。それよりそっちはいつまでここの森にいるつもりだ?深部は無理だし、それ以外だともうそんなに苦戦するようなのなんていないだろ」
「いや、4回連続で狩り損ねてる奴がいるんだよ。あいつをきっちり狩れるようになるまでは次にはいけない」
「相変わらずだな」
そう言って笑ってるけど俺としては遭遇して4連続で逃がしたのはあいつだけだ。正直かなり悔しいんだよ。…え?野兎?ソンナノシラナイヨ。オレモウアレタオセルヨ。スイングデイッパツダヨ。
「場所って意味じゃセントエルモだってマナウスが拠点なんだろ」
「俺らは拠点にしてただけで行ける範囲はほとんど回ったんだよ。だからこそ次の大きな拠点を目指すのさ」
「行き先は決まってるのか?」
聞かれると富士は軽く肩をすくめた。あぁ、うん。決まってないのね。しかもこの様子だと行きたい先が分かれた上に富士がごねてるな。…頑張れヨーシャンク。
「俺は南に行きたいんだよ。そっちは港町があるみたいでさ、行けたら海産物食べ放題だぞ?行かない手はないだろ。でも女の子はみんな西に行きたいんだと。あっちはここほどじゃないけど大きな街があって被服産業が盛んらしいんだ」
「そうか、なら今回は諦めろ。女の子の意思は尊重した方がいい」
やっぱりそう思うか?と聞くと別れを告げ、ちょっと残念そうに歩いて行った。どうも今日の集まりで行き先が西か南かで決まるらしい。富士のあの様子じゃ結局西になりそうだけど。
富士と別れた後、大通りを歩いていると久しぶりの顔を見つけた。あいつらいつも2人の時にしか会わないんだけど他のギルドメンバーはどこにいるんだ?
「お~い、ミハエル!リュドミラ!」
「あれ、カイじゃない、こんなところでどうしたの?」
「どうしたのってそんなのカイなら狩りか買い物しかないんじゃっっぷす!」
あぁ、リュドミラに突っ込みなんてするから反撃食らってるよ。しかしいつ見ても素晴らしい裏拳だな。ミハエルも恐ろしく綺麗に倒れてるし。もう一種の伝統芸じみてきてるな。
「なんかいつも通りで安心したよ。それよりそっちこそどうしたんだ?前に聞いた時二つ先の拠点にいるって言ってたのに」
あれ、なんかリュドミラの顔に青筋が浮かんだ気がする。そんな仕様はなかったはずだから見間違いかな。でも、ミハエルは見違えるほど青い顔をしてるな。これは完全に地雷を踏み抜いた感がある。申し訳ないのはその爆発がもれなくミハエルに向かうことだな。
「いや、ほら、なんだ。あれだよ、その、うん」
「全部ミハエルのせいじゃない!寅助がリーベンバッハの虎の子をぶちまけるからこんなことになったんでしょうが!」
「え?虎が虎をなんだって?」
まくしたてるように話すリュドミラの言葉を聞き取れず混乱する俺に、ミハエルが朗らかに笑いながら答えてくれた。しっかしいつもの事だけど切り替えの早い男だ。
「ははは、虎が虎をってそれじゃただの同士討ちだよ。まったくリュドミラももう少っしぶ!」
すこっしぶってなんだろうなとぼんやりと浮かんだが、これは間違いなくただの現実逃避だな。リュドミラの威圧感が半端じゃないことになってる。俺も冷や汗が止まらないんですが。
「ミハエルちょっとこっち来なさい」
「痛い、痛いよリュドミラ!ごめんなさい!」
哀れミハエル。耳を引っ掴まれてそのまま路地裏へと消えて行ってしまった。全力で助けを求めるように見つめられてしまったが、済まないが俺には君を助けてあげられそうにない。何やら小さく叱られる声が聞こえてきているけど、恐ろしくて立ち聞きもできない。仕方なしに戻ってくるまで何をするでもなく突っ立っていることになってしまった
二人が戻ってきたのはそれから5分ほど経ってからだった。あぁ、ミハエルが恐ろしく小さくなってしまっている。リュドミラはまだ怒っているようにも見えるけど、まあよく考えたらシャープで綺麗な顔立ちだしこれが素なのかもしれない。
「ごめんね、カイ。要するにミハエルの罰ゲームみたいなものなんだけど、なぜか私が巻き込まれてね。ちょっとイライラしてたの。でもおかげでちょっとすっきりしたわ」
そういってようやくリュドミラはにっこりと笑った。うん、出来ればそうして笑っていてくれるとミハエルの安全が保障されるってもんだ。
「それは何より。一応、なにがあったのかは聞いていいのか?」
「それはミハエルからの方がいいと思うわ」
話を振られたミハエルは以前はしていなかったバックをゆっくりと降ろすとそこからサッカーボール位の白い毛玉を取り出した。その毛玉は丸くて、ふわふわとしていて、定期的に波打つように動いていた。そう、これは断じて毛玉なんかではない。
「えっと、これってもしかして」
「ああ、実はこないだのイベントで幼いステップタイガーを見つけてね。ダメもとで試したら懐いてくれてさ。いや~驚いたよ」
「そこはいいわよ。本題に入りなさいよ」
そういってミハエルを睨みつけながら、リュドミラは白い毛玉をひったくると抱きしめてあやしている。もしかしてこの虎と一緒にいたくてついてきたとかじゃないだろうな。
「まあ、この子の名前が寅助なんだけどね。実は結構好奇心旺盛で、今朝うちの料理番のリーベンバッハの調味料を軒並みぶちまけてしまってさ。俺が買い出しに来たんだよ。で、寅助が二番目に懐いてるリュドミラもってことになったんだ」
「ね、私は完全にとばっちりでしょう?ねぇ、寅助もそう思うわよね」
「みゃぁご」
確かにとばっちりだな。ていうか要するに買い出しってことか。それにしてもこれだけのことを聞き出すのにえらく時間を掛けた気がする。
「そういえば、今のところテイムは2体か?」
「ああ、フォレストホースの勘助とステップタイガーの寅助だね。武器をリュートに変えて歌も使ってからはまだいいけど、それでも他は中々成功はしないんだよ」
そのネーミングセンスはどうなんだ?まあミハエルとテイムモンスターがそれでいいならいいんだけどさ。
「それよりも、カイはいつまでマナウスにいるの?キャプテングリズリーをソロ討伐出来るあなたがここにいる意味なんてないでしょう?アイディールの周辺にも大きな森はあるし、同じ銃使いのよしみで来る気があるなら移動位は手伝ってもいいわよ」
この2人とはパーティーを組んだこともないけど、時折連絡を取り合うようになってそれなりに経つ。組む機会こそないものの、なかなかどうして気の合う連中だ。いつかはそっちに行って一緒に狩りをするのもありかもしれない。
「そうだな。まだどっち方面に進むかは決めてないけどその時はよろしく頼むよ」
ミハエルとリュドミラと別れるとその後は誰かと会う事もなく森に到着した。荷物から兵士の糧食を取り出すとそれをポリポリと食べながら森を進んでいく。今回の獲物はスタンプラビットと呼ばれる野兎よりも一回り大きな兎だ。
最初の出会いは狩りを終えてマナウスへ帰ろうとした時だった。スタンプラビットは気配察知にかかることもなく、突然俺の前を横切った。
あの時は呆然と見送るだけだったけど、猟師に聞いてみるとあれこそが滅多なことでは出会えないレアモンスターだと知ったわけだ。その後も何度か遭遇する機会はあったが、いかんせん突然の遭遇が多く照準をつける前に逃げられてしまうのだ。それでも前回は惜しかった。たぶん耳元ぐらいにはかすったと思う。…それにしても小型を相手にすると腕の未熟さがよくわかるな。
その後も森の中を巡り昼食を経て焦りも見えた頃、小さな茂みから微かに葉の擦れる音が微かに響いた。
「お、今日は幸先がいいかもしれない」
銃を構えてじわじわと距離を詰めながら“気配察知”を使用し、何の反応もなかったことを確認する。茂みの大きさはざっくりスタンプラビットより二回り大きいくらい。小さな茂みを巡る忍耐勝負が始まった。
先に動いたのはスタンプラビット、小さな音を立てて茂みから飛び出す。慌てることなく放った弾丸は見事足を撃ち抜くがそれでもスタンプラビットは倒れずに足を引きずりながら駆けて行った。
「あの大きさで一発じゃないのかよ」
愚痴りながらも装填を済ませると速度の落ちたスタンプラビットとの距離を詰め、再び銃声が森に響く。
「なんか、狩れると案外簡単なもんなんだな」
もっと神経をすり減らすような戦闘の果てに狩れるものと考えていただけに拍子抜けの感はあったが、それでも戦果があることがうれしいもんで。ウキウキしながらナイフを突き立てるとおかしなアイテムが手に入った。
≪狩人の証の欠片1 重量1 レア度1≫
マナウスの森に生息するスタンプラビットを狩った証しの欠片。森に同化し獲物を狩る狩猟者の誉れとなる一品。
なんだこれ。特に効果があるわけでもなく、ただの名誉みたいなものなんだろうか。それに欠片なうえに1ってなんだよ。
突込みはあるんだけどまあまずは現物を見てからだな。で、まあ見た感じをぶっちゃけると砕けた緑の石だな。証しっていうからメダル的な何かを予想していたのに。
悩んでも仕方ないと思い一度マナウスに戻った。モンスターについては図書館で調べてもよくわからず、仲良くなった猟師さんの姿を探して飯を奢る代わりに話を聞かせてもらうことにした。ちなみに店は鉄心達のギルドの1階、アイラ念願のレストランだ。そういや従業員の質と数をそろえられるなら夜は居酒屋にしたいって言ってたな。
「いや~悪いな、実は一回でいいからここに来てみたかったんだよな。最近すげえ話題の店だしよ」
「構いませんよ。俺もぜひ一度行ってみたいと思っていたんで」
一通り店の様子を見まわし、料理を注文した後に居住まいを正した猟師さんはにやりと笑いながら直球で聞いてきた。
「で、話ってのはこないだのやつか?」
「ええ、実はようやくスタンプラビットを狩れました。ですが実は…」
俺が事の経緯を話し終えると後は静かに料理を口に運んだ。小さな声で「これは」とか「うめえ」とか聞こえていたし話は食べ終わった後でだな。しかし、このボアロースのシチューは格別だ。スプーンが止まらん。
食べ終えた猟師さんはごっそさんと手を合わせ、一息つくと口を開いた。
「…マナウスの森には発見自体が難しいレアなモンスターが4体いる。まあ全部小型で気配察知なんかにもかからないのが原因だな。その上見つけても一目散にとんずらかますしよ。で、狩れても得られるのが何の効果もない欠片だろ?旨味が少ないんだよな。たまには腕試しに挑む猟師もいるが、少なくとも俺達の間でもそれをそろえたなんて話は聞かねえな」
「ということは」
俺の言葉の後を継ぐように猟師さんは身を乗り出した。
「ああ、揃えてそれをアイテムに出来たなら、その可能性を考えるだけでワクワクするよな」
「まったくですね」
「それにしても、俺だって後知ってるのは残りのモンスターの名前とぼんやりとした情報だけだぞ。本当にそんなんでここ奢ってもらっていいのか?」
「構いませんよ。それこそが俺が欲しかった情報なんですから」
礼を述べて深く頭を下げると気にするなと笑って返されてしまった。
「なんにせよだ。残りは3体、ショートスネーク、フォレストシュリンプ、ベビーダックだな」
よし、まずはどっから突っ込むべきか。名前か?名前からか?いいんだな?俺。
「名前が安直過ぎないですか?」
「それは俺も思う。ただこいつらは圧倒的に目撃情報が少なくてな。たしか見た目とか住む場所くらいからしか名前を付けられなかったって話だぜ」
そういってカラカラと笑う猟師さんだが、どう考えてもおかしなのが一体いるだろ。それはありなのか。
「で、フォレストシュリンプってのは要するにあれだよな」
「ああ、エビだな」
俺と猟師さんの間に沈黙が広がる。ああ、猟師さんも俺の言いたいことがわかるらしい。そりゃそうだよな。なんでこの中に突然エビが入るんだよ。
「まあそれは置いといてだ。ベビーダックは厄介だ。まずこいつはかなり気配察知のレベルが高いらしくてな、そもそも目撃情報自体が少ないんだ。もし遭遇したらそれが最後のチャンスだと思ってかかれよ」
まったくもって難儀なことだ。でも、次の目標は見つかった。新しい町は置いといて残りの3体を狩る。まだ誰も見たことのないアイテムを作ってみたいな。
猟師さんと別れた後、俺に残ったのはこれ以上ないくらい明確な闘争心だった。まったく、VLOには挑戦しがいのある敵が盛りだくさんだ。だからこそやりがいがあるってもんだ。新たな計画を立てながら、俺の新しい挑戦が始まった。
そして結論から言おう。それはまさに失敗と工夫の連続だった。追い回しては逃げられ、撃っては避けられる。罠を工夫しても気付かれる。失敗の度に原因を考え、対策を練るもさらに続く失敗。それでも俺に不満なんてものはなく、むしろその試行錯誤の日々に充実感すら感じていた。
かなりの時間を割いて日々失敗を積み重ねる俺の姿に最初は同情や好奇の目を向けていた猟師のおっちゃん達。その眼が徐々に熱を帯びて協力的になっていったのはショートスネークを狩った辺りだったろうか。
「おいおい、ついにやったなぁカイ坊!」
「まじかよ、こりゃ俺らもうかうかしてなんねえな」
「何言ってんだよ、ここらでカイ坊より腕のいい猟師なんていねえだろうが」
「いやよ、だから俺らも負けずに狩りに力入れねえとなぁってことじゃねえか」
挑戦の日々の中で日課となっていた猟師のおやっさん達との情報交換の中で、ショートスネークの狩猟成功を伝えるとそれはもう自分の事の様に喜んでくれていた。中には狩猟魂を燃え上がらせた人もいたようで最近は猟師熱の高さが非常に心地いい。バシバシと背中やら頭やらを叩かれながらおやっさん達も巻き込んでの狩りへと発展していく。とはいえ皆には生活があるから、代わりに狩りの中で見つけた痕跡とか目撃情報を細かく教えてくれるようになったのだ。
そうして猟師の協力を得つつ揃えた狩人の証。そこにはこんな文面が載っていた。
≪狩人の証 重量1 レア度2≫
森においてあらゆる工夫と研鑽を積んだ猟師の誉れとなる証し。森林活動時における隠密行動の精度を高める働きがある。
静者としての資格を持つことは、それすなわち更なる困難を越えていくための光明となる。
おお、レア度2だ。更に特典も嬉しい。どの程度上がるのかは今後試してみないとわからないけど、上がって悲しいなんてことはないしな。そして気になるのは最後の一文、これは所持することで次の敵と出会えるってことだと思うんだけど、ヒントが何もない。と思ったらそこはマナウスに根差した猟師達、すぐにわかってしまった。
「まああの森で次の獲物っつったらカメレオンベアしかいねえだろうな」
なんだその不思議生物、爬虫類との合成獣キメラって落ちはないだろうな。そんな俺の考えを話すと猟師は笑って答えた。
「うんにゃ、そんな物騒なモンスターはこんなところにはいねぇよ。あれは体毛が周囲の景色に同調できるみたいでな。森の浅いところにいて体はキャプテングリズリー並にでかいって話なんだが、このところは誰も遭遇しちゃいない。最後の目撃は20年は昔だな」
目撃者はすでになく、見た目も習性も戦闘能力も、その上本当にそのモンスターが目的のモンスターなのかもわからない。それでも微かな光は見えてきた。後は俺の努力次第ってやつだ。何としても見つけ出し、この手で狩らなければ。
こうして、俺の猟師としての日々は失敗と工夫を交互に重ねながらマナウスから動くこともなく続いていくのだった。




