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Variety of Lives Online ~猟師プレイのすすめ~  作者: 木下 龍貴
8章 猟師の冬は北を見据えて
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運営公式映像③5日目

 真っ暗な映像にカタカタと打鍵音が響き、日付が打たれていく。


 —―12月●日 月曜日


 これは誰かの視点だろうか。切り替わった視点が荒い呼吸に合わせて上下に揺れ、右に左にと動く。

 所々に残る雪を踏みしめ、プレイヤーが力強く駆け抜ける。近くでは敵味方が入り乱れ、刃を交えていた。

 遠くから怒号が響くが、薄い膜を通したかのようにくぐもり、はっきりとは聞き取れない。そんな中、視点が大きく上へと跳ね上がった。

 最初は点のように見えた無数の赤い光。それが瞬く間に拳ほどの大きさになり、やがてサッカーボールほどに膨れ上がって降り注ぐ。わずかに残っていた雪は一瞬にして消え、大地を焦がしていった。


「くそったれが!」


 突如、画面は暗転し、重い着弾音と炎の轟音が空気を震わせる。

 視界はすりガラス越しのように曖昧で、状況は判然としない。わかるのは、視点の主が地に伏していることだけだ。震える腕を懸命に動かす先で、巨大な影がゆっくりと近づいてくる。

 やがて視界は細まり、巨体が到着する前に暗転した。


「左翼中央のマルトヴェイ隊が崩壊しました!このままでは左翼全体が押し込まれます!」

「後詰めのヴィン、クーヴァの隊を前に!そこを突破されると左翼全体が崩壊しかねん!」

「左翼右!多数の魔法弾が着弾!プレイヤー連合一部が連携を失い、戦線維持が困難となり乱戦へ突入!」

「天翼から1部隊を借り受け、右の横手から突入させて立て直しの時間を稼ぎます!エレメントからは燕部隊を派遣し、補助をしてください!」


 騎士団本部は報告と指示が矢継ぎ早に飛び交い、一息つく暇もない。言葉の応酬はまるで殴り合いのようだ。

 やがて報告が減り、オペレーションを担当していた女性騎士が額の汗をぬぐう。

 切り替わった映像には大きな地図と無数の2色の石。中央と右は押し込み、左は逆に食い込まれていた。


「左翼の劣勢はいかんともしがたいか」

「ええ。要因は様々ですが、冒険者側は、中級冒険者の一部を右翼の援護に送ったのが痛手です。右翼の敵は寄せ集めですが、初級冒険者では押し切ることが難しい」

「騎士団も練度不足を感じるのう。今日は敵の攻めが苛烈じゃ。いや、これは……」


 ゼファー卿は深く息を吐いた。気力は充実しているようだが、初日の映像と比べるとやせたようにも見える。それだけ左翼戦況に苦戦しているのだろう。

 地図を挟んで向かいにはエレメントナイツ団長、竜彦。両手を地図に置き、身を乗り出すように見つめていた。

 先ほどまでとは一転して訪れた静寂は、一人のプレイヤーが竜彦に耳打ちしたことを機に破られた。


「なにかあったかね?」

「ええ、左翼の敵が突如不自然な強さを発揮した件の調査報告です」


 白と黒、2色の石が置かれていた地図に新たに赤い石が3つ置かれる。


「敵陣の真っ只中か」

「はい。移動型の簡易祭壇を使った左翼全体へのバフ魔法かと」


 本部にざわめきが広がる。叩けば戦況を盛り返せるが、強化された敵を相手にするのは自殺行為。部隊はどう捻出するのか。そんな声をよそに、ゼファー卿は目を閉じ、やがて静かに開いた。


「また冒険者の不死性にすがらねばならんのか。幾度復活しようとも、その一つ一つは我らの死と変わらぬ苦しみ。我が力不足のなんと口惜しいことか」


 拳を震わせるゼファー卿。沈黙を破ったのは竜彦の柔らかな声だった。


「何を仰いますか。僕たちにとってこれは死兵の強制ではなく、心沸き立つ高難易度クエストへの挑戦権(プラチナチケット)ですよ」


 竜彦は笑みを浮かべたまま続ける。


「左翼、ひいては草原ルートの戦場に戦力の余裕はありません。ならば他から募ればいい。実はこんなこともあろうかと、人材のピックアップは済ませてあります」


 映像は切り替わり。各地で戦う冒険者たちが映し出される。その映像すべてに共通していたのは、鳴り止まないボイスチャットのコール音。コールに応じたのは、雪景色の中で銃を手入れする男だった。


 —―貴方の力を、貸してほしい。


 一拍の間をおいて男は口を開いた。


「構わんよ。ああ、それなら明後日が一番早い」


 次々とプレイヤーたちが応じ、立ち上がり歩き出す。最後に再び猟師の男が映り、箱を背負って歩き出す。

 視点は暗転し、打鍵音とともに文字が打ち込まれた。


—―12月◆日 火曜日 『北部戦場現場指揮官撃破作戦』開始


「やったぜ!カイ!今年の主演男優賞はお前に決まりだ!」

「ニヒルに笑って『構わんよ』とか、カイ渋い!格好いい!」


 映像を止めた富士が興奮気味にまくしたて、俺の背中を何度も叩く。そこに鉄心やアイラも加わり大騒ぎだ。

 ウッディはサムズアップ。隣で青大将がなぜかポージングを決めている。楓は口元に手を当てて映像と俺を見比べ、錦は深く頷き満足そうに笑う。そして映像で恰好つけている俺を見て、アキラは笑い転げていた。

 そんな中、俺は首を傾げすぎて折れそうな心持ちになっていた。


「いや、あれ?こんなやり取りじゃなかったような。いや、大体あってるんだけどここまでキメた感じではなかったような」

「ふふ、おそらく内容自体は正しいが、多少の編集が入ったのだろう。運営からの連絡でもそんな質問があったはずだ」


 なるほど。運営の回答フォームにあった『映像制作のための脚色への許可』にチェックを入れるとこうなるのか。

 なるほど、なるほどな。これはまずい。雲行きが怪しい。油断すると今日は俺の百面相鑑賞会になりかねん。

 深呼吸だ。吸って、止めて、吐いて。よし、ポーカーフェイス。


「カイさん。それどんな感情ですか」


 俺を見た東雲がクスクス笑う。ああ、もういい。あきらめて楽しもう。これはそういう出し物だ。パンダを見に来たはずが、柵の中にいるのは俺だった。それだけのことだ。


「ちくしょう、マジで羨ましいぜ」


 ひとしきり騒いだ後、最後に隣からぼそりとつぶやかれた言葉に俺は思わず笑ってしまった。

 そうだな。お前はそういうやつだ。


「ねえ、そろそろ続き見ようよ!あたしまだ一瞬映っただけなんだけど!」


 アキラの一言で映像が再開された。


「作戦はシンプルです。祭壇の数に合わせ、こちらも3部隊を編成して叩きます」


 竜彦が青い石を3つ、左翼の戦場に置く。


「ふむ。彼らが祈祷をとめられれば最善だが」

「はい。少しでも奴らの目を引けば、バフが途切れるか弱まる瞬間が訪れるはずです」

「そこを全力で叩く、か」


 青い石を見つめるゼファー卿に騎士が声をかけた。


「この作戦は投入部隊の強靭さ。そして左翼全体との緊密かつ柔軟な連携なくして成功はありません。竜彦殿の手腕を疑うわけではありませんが、この部隊は寄せ集めと言わざるを得ません。中には乱戦に不向きな銃士もいますし」

「お主にはそう見えるか。だが竜彦殿には思惑があるようだな」


 頷いた竜彦はプレイヤー情報の書かれた巻物を広げ、各部隊の編制意図や各プレイヤーの強み、敵軍との噛み合わせを語る。語られるプレイヤーに合わせ、画面が切り替えられる演出つきだ。


「最後に第3部隊です。ここにはセントエルモというパーティーから3人が参加しています。彼らは川辺ルートを主戦場とし、戦力は中級において最上位。今回は火力担当の『武士(もののふ)』の東雲、『踊り子』のアキラ、『ライトニング』のヨーシャンクの3名が参加し、瞬間火力は部隊随一となります」

「彼らはマナウス周辺の大規模調査でも目覚ましい戦果を挙げていたな」


 若い騎士が頷く。


「彼らは非常に優秀です。しかし、だからこそ彼らを守れる存在を組み込んだほうが」

「ふふ、そう感じるのは無理もありません。ちなみに猟師のカイ、彼をただの銃士と思わないほうがいいですよ。目立つ動きこそ少ないものの、重要な依頼での働きは常に高く評価されています。今回は、あの箱の中身が生命線となるでしょう」


 えらく持ち上げられている。セントエルモの面々もホクホク顔だ。

 アキラと東雲がハイタッチし、ヨーシャンクもどこか誇らしげ。もちろん一番胸を張ってるのは富士だ。

 楓とミリエルが飲み物や食べ物を運び、落ち着いたところで映像を続く。


 ゼファー卿の合図で作戦が開始され、竜彦が青い石を動かす。4色の石が配置された地図の背景に突入部隊の映像が重なる。


「まずは中央、次いで左、最後に右です」


 それぞれの部隊が敵と切り結びながら進む。だが、中央部隊は祭壇を前に無残にも壊滅した。


「中央部隊、全滅!」

「左右の突入部隊は祭壇に到着!祈祷師のバフ魔法が切れます!」


 ゼファーが勢いよく立ち上がり、テーブルに拳を叩きつける。声は雷鳴のように響いた。


「この機をおいて他に勝機なし!全軍――突撃せよ!」


 戦場が揺れる。両軍が激しく激突し、最前線が動き出す。視点が滑らかに下がって戦いの様子を鮮明に映す。敵のゴブリンやモンスターは途切れたバフに困惑しているのか動きが鈍い。騎士の剣が閃光のように走り、プレイヤーの魔法が爆発音とともに敵を吹き飛ばす。

 映像は流れるように敵軍を進む。祭壇の先、大きな杖を持った鬼人の前に次々とプレイヤーが倒れていく。長剣を地面に突き立て、かろうじて立っていた最後の一人が口を開いた。


「……今回はここまでだ。だが忘れるな。俺たちは必ず、お前を倒す!」


 その言葉に一瞬、戦場全体が息を呑む。振るわれた杖から暗闇が伸び、プレイヤーを飲み込んだ。


「左突入部隊、壊滅!しかし祈祷師は討ち取りました!」

「残るは右だ!戦況は⁉」

「祈祷師は撃破!現在指揮官との戦闘中です!」


 戦場を一陣の風が駆け抜ける。徐々に狭まる包囲網の中、プレイヤーたちは協力して大群に立ち向かっていた。


「カイさん!壁が欲しいっす!防波堤を作ります!」

「2枚!」


 魔法使いの叫ぶような嘆願に、枚数だけを伝えて投げられた魔法石。生み出された土壁が地面に突き立ち、水と土の魔法が壁を広げていく。

 俺の目線が左右に絶え間なく動く。視界は俺視点に変わり、敵味方の状況が映し出される。

 押し寄せる敵に足がもつれる僧侶。弾き飛ばされるモンク。腕を掴まれた剣士。

 敵の指揮官に相対していたヨーシャンクが後ろを見やり、杖を高々と掲げる。


「1分だ。アキラ、東雲、カイ。指揮官は任せた」

「任されたわ!」


 魔力がヨーシャンクのもとに集い、竜巻が吹き荒れ、稲妻が走る。視点も竜巻に押しのけられるようにはじき出されると、戦場には雷を伴う巨大な竜巻がうねっていた。


「魔法剣・炎!」

「いきます!」


 アキラの裂帛の声とともに剣身が炎を纏う。敵の指揮官の攻撃を跳躍して避け、続いた横薙ぎの一閃を東雲が槍で受け流しながら飛び込む。


「敵陣に巨大な竜巻が発生!物見台からの映像魔法を回します!」


 映し出された映像は、怒れる天災のごとく敵を巻き込んでいた。

 映像を見た騎士の口から言葉が零れ落ちる。


「なんと、凄まじい……」

「だが、いかん!魔法が崩壊する!」


 その言葉と同時に竜巻は霧散した。

 敵も状況把握に手間取ったのだろう。動きが止まった瞬間、指揮官の大振りがアキラと東雲を敵の只中に弾き飛ばす。

 本部から特大の号令が響く。


「彼らを死なせてはならん!圧力を強め、敵が後ろを振り返る暇を与えるな!必ずや彼らの元までたどり着け!」


 騎士は歯を食いしばり、プレイヤーは覚悟を決めて声を上げる。マナウス陣営から、爆ぜるような怒号が戦場に轟き、さらなる勢いで前線を押し出し始めた。


 戦場の熱気に呼応するように、カイが雄たけびを上げる。


「ここまできて!諦めて!たまるか!」


 スキルの集中が起動される。世界から音が消え、世界が白黒に塗り替わる。すべてがスローモーションに動く戦場で、カイが投げたアイテムは味方に届き、弾丸は敵を打ち抜いた。

 アキラの視点、大勢の敵が後ろに迫る中、双剣を握る手に力が入る。


「やってくれんじゃないの!」


 振った剣の刀身が水で伸び、迫る敵を切り捨てる。振り下ろされた斧はアキラに届く前に銃弾によって軌道が逸れた。精悍な表情のまま、口角だけが上がる。


 本部の騎士は祈るように戦況を見ていた。その中の誰かが呟いた。


「いけ」


 柄が曲がった槍を持つ東雲は、突然視界に現れた土壁に笑みを浮かべる。切り替わった表情には、最後の戦いへの覚悟が備わっていた。


「足場、使わせてもらいます!」


 弾丸のように飛び出した東雲は2枚の土壁を足場に高々と跳躍する。


 本部では、その動きに合わせ、騎士たちの声が次第に重なっていった。


「いけ、いけ!」


 映像は再び白黒の世界へと戻る。俯瞰で映された映像からは、アキラと東雲が指揮官に迫り、味方が敵を押しとどめる様子が映る。その中で、敵の一人がカイに向かって突撃を始めた。

 3発の銃弾が放たれると、白黒の世界にひびが刻まれ、ガラスが割れるように色彩と喧騒が戻る。


 本部では、騎士の願いが合唱のように響き渡った。


「いけ!!!」


 映し出されるアキラ、東雲、カイの表情。険しい表情で、それでも目には強い光が宿る。双剣を、槍を、銃を。――各々の武器を一層強く握りしめる。

 

 騎士団本部の面々、ともに戦うプレイヤーから同時に言葉が紡がれた。


「いけ!!!!」


 言葉と同時に3人の攻撃が放たれ、敵の指揮官は重々しい音を響かせて倒れた。2人は勝利の確信に表情をほころばせる。ただ一人、カイだけは険しい表情を崩さない。

 背後から迫るゴブリン、ヒーラーに飛びかかる鬼人。鬼人の視線が一瞬、指揮官の方へ向く。その先で視線が合ったのは、一人の猟師だった。

 ヨーシャンクが叫ぶより早く、カイは右足を前に踏み込みながら反転し、膝をつきながら射撃体勢をとる。

 ゼファー卿は拳を地図に叩きつけて何かを叫び、竜彦は穏やかな笑みを消して声を張り上げ、ヨーシャンクは届かぬ手を伸ばす。アキラと東雲は剣と槍を手に走り出した。

 画面が登場人物で満たされ、銃声とともに砕け散る。発射された銃弾はゴブリンと鬼人を貫いた。


「――ラックが最高に上振れたな」


 にやりと笑みを浮かべるカイが本部に映し出されると、本部は爆ぜるような歓声に包まれた。

 歓声の渦の中、女性騎士が声を張り上げる。


「騎士団と冒険者の混成部隊が敵陣を突破!彼らは、無事です!」


 左翼の戦場をさらなる歓声が覆う。

 喜びの声で戦場が沸き立つ中、座り込んだカイは仲間と拳を合わせながら、晴れやかな表情で呟いた。


「あ~、きっつ」

「なかなかに厳しい戦いだったが、依頼は完全達成(オールクリア)だ」


 視点は空へと向かう。いつの間にか晴れ渡った空が広がり、歓声に沸く戦場の音をBGMに打鍵音が響く。


—―12月◆日 火曜日 『北部戦場現場指揮官撃破作戦』達成

 戦局は再び振り出しに戻された。


 公式映像はここまでだ。VOLのロゴが浮かび映像が消えた。

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― 新着の感想 ―
脚色さん面白い仕事しますねえ!
「あ~、きっつ(白目)」 俺だったら次から脚色外すわね…w
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