大聖女と大聖女 2
それから数日間、フェリクスはファロン王国の国王陛下たちとの話し合いを重ねていた。
一応は「ファロン王国の大聖女」が帝国に呪いをかけた、という事実がある以上、王国から帝国への賠償は計り知れない。
とはいえ、元々シルヴィアは帝国の人間であったこと、何より魔物の仕業であることから、フェリクスも多少の恩赦はあるそうだ。
『ティアナを長年虐げていた国や神殿を、絶対に許しはしないけどね』
爽やかな笑顔のフェリクスは、私以上に怒ってくれているようだった。元はというと大聖女と神殿が犯した罪ではあるものの、国の責任に変わりはない。
ファロン王国の民達に影響は出ないようにしながらも、しっかり贖罪させていくそうだ。
そうして四日が経ち、ルフィノが帝国から到着した。今回の出来事を彼に直接話すべきだと思い、声をかけたという。
「本当に、お二人がご無事で良かったです」
私とフェリクスの手を取り、ルフィノはひどく安堵した表情を浮かべていた。それからは三人でテーブルを囲み、私の口から改めて今回のことを全て話した。
ルフィノは静かに相槌を打ちながら聞いていたけれど、やがて片手で目元を覆い俯いた。
「……僕のせいで……」
「いいえ、絶対にあなたのせいじゃないわ」
罪悪感を抱いているルフィノに対し、はっきりと否定する。
ルフィノはただエルセに想いを伝えてくれただけ。彼に一切の非がないのは明らかだった。けれど優しい彼は、自分を責めることも分かっていた。
「これからどうするおつもりですか」
「シルヴィアが目を覚ましたら、話をするつもりよ」
彼女の今後について決まりさえすればもう、私達がこの国にいる必要もなくなる。
また帝国の「呪い」の原因についても、民たちに伝える責任があるだろう。そうしなければ彼らはこの先もずっと、再びあの災厄が起こることに対して怯え続けることになる。
そうして話し合いを重ねていたところ、ノック音と共に同行してくれていたマリエルの声が室内に響いた。
「シルヴィア様が目を覚まされたそうです」
◇◇◇
シルヴィアが横たわるベッドの側に腰を下ろした私は、静かに声をかけた。
「……久しぶり、っていうのが正解なのかしら」
彼女は私の顔を見るなり、涙を堪えるようにきつく唇を噛んだ。その表情だって纏う雰囲気だって、今世で見ていたシルヴィアとは全く違う。
もっと早く彼女が別人だと気付き、それを暴く力が私にあれば──と悔やんでも悔やみきれない。
「……っエルセ様……申し訳、ありませんでした……っ」
ぽろぽろと涙を流すシルヴィアは「謝って済むことだとは思っていない」「それでも謝ることしかできない」と嗚咽を漏らしながら言葉を紡いだ。
元々のシルヴィアは、誰よりも心の優しい女性だった。
だからこそ身体を奪われていたとしても、自身が起こした事柄を受け入れるのは苦しく、心が張り裂けるような想いをしているはず。
「私こそごめんなさい。あなたの気持ちを知っていたのに」
「いいえ、私の心の弱さが全てを招いたのです……分不相応な想いを抱え、エルセ様に嫉妬をして……ほんの一瞬でも『いなくなればいい』と、思ってしまったから……」
あの魔物はシルヴィアが私を殺すよう望んだと言っていたけれど、彼女はきっとそんなことなど望んではいない。
「……本当は、エルセ様が好きで……憧れていたのに……」
ただ「私さえいなければ」と心の奥で望み、その嫉妬や
強い負の感情につけ込まれ、利用されてしまったのだろう。
どんな人間だって、負の感情を抱くことはあるはず。人生で一度も抱いたことがない人間など存在しないだろうし、私だってもちろん経験はあった。
(それでも、聖女としては許されることじゃない)
シルヴィアは被害者ではあるものの、魔物に巣食われ、守るべき民の命を大勢奪ったことは聖女として決してあってはならないことだった。
何より前世でエルセ・リースだった私も、彼女に罪悪感や同情心はあるものの、命を奪われたことに対して恨みがないといえば嘘になる。
「……これから先、あなたには罪を償ってもらうわ」
「はい。この命が尽きるまで、どんなことでもする覚悟です」
涙を拭ったシルヴィアは、まっすぐに私を見つめる。私は彼女を見つめ返し、きつく両手を握りしめると再び口を開いた。
「あなたには一生、神殿の地下牢で聖女として浄化をし続けてもらうことになる」
そう告げると、シルヴィアの両目が大きく見開かれた。
──これは私とフェリクス、ルフィノと三人で決めたことだ。
ファロン神殿内は魔物により穢れきっており、その浄化だけでかなりの年数を必要とするだろう。それ以外にも聖女として、浄化の仕事は数多くある。
神殿の人間にも陛下にも恨みはあるものの、この国の民たちに罪はない。彼らにとっても神殿や聖女というのは必要なものであり、心の支えだ。
憔悴しているエイダたちの回復にも時間がかかるだろうし、シルヴィアは裏で今も残る聖女の力を使い、贖罪してほしいと思っている。
「……っありがとう、ございます……」
きっとこれでもまだ彼女の処遇としては、甘いものなのだろう。けれどここで命を奪うよりも、国や民のために貴重な聖女の力を使うべきだ。
「……これから先、辛い思いもたくさんするはずだわ」
一生を地下牢で生きていくのはひどく孤独で辛く、長いものになるだろう。
彼女を生かしたのは私の自己満足でもあり、シルヴィアとしてはあのまま命を落としていた方が楽だったのかもしれない。
「いいえ、私は死ぬよりも辛い思いをすべきですから」
それでもシルヴィアの瞳に、迷いはない。その後も彼女は何度も私に対して謝罪の言葉を紡ぎ、静かに涙を流した。
──それから私と入れ替わるように、ルフィノが彼女の元を訪れた。
二人が何を話したのか、私は知らない。けれど戻ってきたルフィノの表情は穏やかなもので、口元には笑みが浮かんでいた。
「……これで本当に、僕も前に進めそうです」
そう言った彼に安堵しながら、これから先、これまで起きた全ての事件によって人々が受けた傷が癒えるよう、祈らずにはいられなかった。




