呪われた夜会 2
「……ぐ、っあ……うう……」
露出している首元や腕などザラ様の青白い肌には、蛇に似た黒い痣が広がっていたからだ。
ザラ様はひどく苦しんでいて、床の上でのたうち回っている。
じわじわと痣は今もなお広がり続けており、首筋から顔にまで及んでいく。
「い、いやあ……助けて! どうして……」
「こっちに来ないで! 触らないでよ!」
そして周りにいた令嬢たちの腕や足にも同じものがあり、伝染しているのかもしれない。
令嬢達は悲鳴を上げながら助けを乞う友人を足蹴にし、逃げていく。
「……嘘でしょう」
──これは間違いなく『呪い』だ。
それも、かなり強力な。
私は呪いがこれ以上広がらないよう、すぐさま駆け寄り、ザラ様やその周囲にいた呪いの影響を受けたであろう令嬢達の周りに結界を張った。
「うわあああ、逃げろ! 呪いだ!」
「いやあ、死にたくない!」
その光景を見ていた誰もが呪いだと、すぐに察したらしい。
会場は逃げ惑う人々の声や悲鳴で騒然となり、完全にパニック状態になっていた。
「ティアナ!」
「私は大丈夫だから、他の人達を──」
「きゃあああ!」
「逃げろ! 呪いになどかかってたまるものか!」
「どうしてこんな場所で……いやよ!」
フェリクスに向けた私の声は途中から、悲鳴でかき消されてしまう。
招待客達は我先にと周りを押し退け、出入り口へと逃げていく。
「落ち着いてください! 結界を張りましたし、大丈夫ですから!」
必死に声を張り上げても、誰も聞き入れてはくれない。それほど帝国の民は呪いに対し、強い恐怖感を抱いているのだろう。
(とにかく私に今できるのは、呪いを解くことだわ)
私はまず、結界の中で苦しむザラ様や令嬢たちの状態を確認した。
「こ、皇妃様……私、っ死ぬのでしょうか……」
「いいえ、絶対に大丈夫よ」
ザラ様以外の令嬢は、黒い痣が広がる見た目こそ強い呪いに見えるものの、すぐに解ける弱いものだと分かった。
それでも彼女たちは恐怖に震えており、触れながら何度も「大丈夫」と伝え続ける。
(まずは彼女たちを浄化して、他の場所に連れていった方がいいかもしれない)
ザラ様の様子を見ては彼女のようになるのではないかと、不安で今にも心が壊れてしまいそうな令嬢も複数いる。
それに呪いの元凶らしいザラ様の側にいれば、解呪をしても再び伝播する可能性がある。
何かあった時のためにと身につけていた、聖遺物でできたネックレスをドレスの中から取り出す。そして両手で握りしめて魔力を流すと、この場一帯をまとめて解呪した。
「……うそ、痛くない……」
「もう大丈夫よ、安心して」
予想通り簡単に呪いが解けたことで、予想は確信に変わる。
(……これは見せしめだわ)
私は両手を握りしめると、結界の外で様子を見守ってくれていたフェリクスに声をかけた。
「フェリクス、彼女たちや他の人たちを別室へ移動させて状態を確認して。もしかすると、他にも呪いを受けた人がいるかもしれないから」
「分かった。ティアナは大丈夫なのか」
「ええ、もちろん」
結界の外にいるフェリクスへ笑顔を向けると、私は今しがた行った解呪では全く効果のなかったザラ様に向き直った。
「……ぐっ……苦し……あああっ……」
彼女の呪いは既に全身に広がっていて、先ほど以上に苦しんでいる。
呪いはザラ様の命を削って力の源にしているようで、このままでは彼女の命が危うい。
(やっぱり厄介そうね)
これまで帝国にかけられた「呪い」よりはずっと弱いものだけれど、とても複雑なものだ。
そして間違いなく、人為的なものだった。通常の強い呪いだけでなく、他人へ伝播する弱い呪いと組み合わせられているのが何よりの証拠だろう。
この場でこんな呪いを仕掛ける人間など、一人しかいない。
(……本当、シルヴィアらしい嫌なやり方だわ)
今回の狙いは、間違いなく私と帝国そのものだ。
三ヶ所の呪いが解けたことで、ティアナ・エヴァレットという聖女の噂はファロン王国にまで及んでいる。
シルヴィアからすれば不愉快極まりなく、私に何の力もないと確信している以上、私が誰かの力を借りて聖女のフリをしているとでも思っているはず。
そんな中、私が呪いを前にして何もできず侯爵令嬢であるザラ様が命を落とせば、私の立場はなくなってしまう。
安堵し始めた民たちが知れば、再び帝国は希望を失う可能性だってある。
それを見越した上で、大勢の人々が参加するこの場で呪いを撒いたのだろう。
(それに普通の聖女だったなら、きっとこの呪いを解くまでに相当な時間がかかって、ザラ様は命を落としていたはずだわ)
魔法──特に解呪というのはただ知識を詰め込めば良いというものではない。
正しい知識があるのは大前提で、その場面に適した方法を即座に判断し、完璧な状態で使う必要がある。そしてそれは、一朝一夕でどうにかなるものではない。
経験を重ね、培っていくものだ。その上、聖属性魔法というのは簡単に扱えるものではない。
(だからこそシルヴィアは、私には不可能だと確信している)
ティアナ・エヴァレットはファロン神殿で、まともに魔法さえ教えてもらっていなかった。
けれど、私は違う。
──血の滲むような努力をして大聖女と呼ばれるほどの存在になり、多くの呪いを解いてきた前世の記憶があるのだから。
唯一解けなかったのは、フェリクスの「炎龍の呪い」だけだった。
「……シルヴィアの思い通りにさせてたまるものですか」
弱い呪いにしか対応できない聖遺物も使い切ってしまったし、媒介を探してきてもらうほどの時間も残されていない。
(結局、これしかないのよね)
フェリクスには止められていたものの、私は騒ぎによって近くに落ちていたフォークを一本拾うと、自身の腕に思い切り突き立てた。
「……っく……う……」
切れ味が半端で痛みを伴いながらも、さらに奥へと突き刺していく。
今世は結局、痛い想いをしてばかりだと思いながら、苦しむザラ様の周りに血で魔法陣を描いていく。何よりも手っ取り早くて確実なのは、やはり聖女の血を使うことだった。
正確に迅速に、複雑な術式を描き続ける。
これほど緻密なものとなると、ひとつでも間違えば成功はしない。だからこそ、必死に集中しなければ。
「ぐ……うっ……あ……」
けれどもうザラ様の方が限界を迎えそうで、黒い痣で肌が埋め尽くされかけた彼女の口からは赤黒い血が吐き出された。
どうかあと少しだけ耐えてほしいと祈りながら、指を走らせる。
「──できた」
後は魔力を流して押し切るだけだと肩で汗を拭い、魔法陣に両手をつく。
そして私は深呼吸をひとつして、一気に魔力を流し込んだ。




