呪われた夜会 1
翌週末、地下遺跡へ向かうルフィノとイザベラを城門まで見送った私とフェリクスは、今夜王城にて行われる夜会の準備に追われていた。
「……前皇帝のせいで無駄な催しが多すぎるわ」
前皇帝はとにかく女性と派手なものが好きで、暇さえあれば王城で舞踏会やパーティーを開いていた記憶がある。
そのせいで恒例行事のようになってしまったイベントも数多くあり、それらを楽しみにしている貴族も多いこともあって、無視できずにいるのだ。
準備に追われているうちにあっという間に夜になり、メイド達にしっかりと身支度をされた私は、自分でオーダーした薄紫のドレスに身を包んだ。
(流石に青ばかり着ていられないもの)
フェリクスは社交の場に出る際は特に、自分の色を私に身につけさせたがる。
そのため自分が贈ったものではないと拗ねたりするだろうか、なんて心配をしながらフェリクスと合流したものの、彼はいつも通りの様子で大いに褒めてくれた。
「ティアナが本当に世界一綺麗だね。美の女神ですら嫉妬してしまうくらいに」
「大袈裟だわ。そ、それといちいち抱き寄せて耳元で囁いていただかなくて大丈夫です」
「そう? 真っ赤になるティアナがかわいくて」
「くっ……」
ぐいぐいと両手でフェリクスの胸元を押すものの、なかなか離れてはくれない。そして常に彼は余裕で上手だから、なんだか悔しくなる。
「ドレスのこと、何も言わないのね」
「元々男避けだったし、今日は代わりにたくさん見せつければいいよ。ね?」
「…………」
大人しく青いドレスを着てくれば良かったと、後悔が込み上げてくる。
フェリクスは爽やかで綺麗な顔をして、ものすごく愛が重くて嫉妬しやすいのだと、私は身をもって実感していた。
(たくさん見せつけるって、何をする気なの……)
ずるずると引きずられるように腕を引かれ、会場である大広間へ向かう。
そうして腕を組んで入場すると、これまでにないほどの歓声や歓迎の声が耳に届いた。
「俺達がまた『呪い』を解いたからだろうね」
驚く私に、フェリクスが小声で囁く。
こんなにも喜び、活気に溢れている様子に、胸がいっぱいになった。早く全ての呪われた地の解呪をし、全ての民に安心をしてもらいたいと心から思う。
「……ふふ、良かった」
思わず笑みがこぼれた私を見て、フェリクスも柔らかく微笑んでくれる。こんなふとした瞬間も幸せで、好きだと思う。
「皇妃様、帝国を救ってくださって本当にありがとうございます」
「ええ。これからも皇妃、聖女として帝国のためにより一層努めてまいります」
それからは大勢の人と直接言葉を交わし、彼らの言葉がとても励みに、勇気になるのを感じていた。辛いことも苦しいことも多いけれど、私はまだまだ頑張れる。
もう以前のように、私に対して嫌味を言ってくる令嬢もいなくなっていた。
(それにフェリクスも嬉しそうだわ)
隣に立つ彼もまた、穏やかで優しい笑みを浮かべている。
その表情からは国や民を心から大切に思っているのが伝わってきて、身体の奥に温かいものがこみ上げるのを感じていた。
「いやあ、両陛下の仲睦まじいご様子を見ていると、私まで若返るような気がしてきますな」
「そ、それは何よりです」
「最近では国外でも陛下のあまりに見事なご手腕に、誰もが驚いているとか」
「愛する妻が側にいてくれるお蔭だよ」
そう言って私へ視線を向けるフェリクスの眼差しは愛情に満ちたもので、私だけでなく近くにいた招待客たちも頬を赤らめている。
(自分が今どんな顔をしているのか、分かっているのかしら)
フェリクスの纏う雰囲気も、以前よりもずっと優しくなった気がしていた。
「今日、ルフィノ様はいらっしゃらないのね。残念」
「ええ。お姿を見られるだけで、半年は頑張れるのに……」
時折ルフィノに関する会話が聞こえてきて、彼がいないことを残念に思っている令嬢が多いようだった。いつの時代も彼の人気が凄まじいことが窺える。
以前メイドから聞いた話によると、彼とどうにかなりたいと望んでいる令嬢はおらず、もはや遠目で眺めるだけで良いという神のような扱いなんだとか。
なんとなくその気持ちは分かると思いながら、さりげなく会場内を見回す。
(あれは……ザラ様だわ)
そんな中、少し離れた場所にシューリス侯爵家の令嬢であるザラ様の姿を見つけた。
真っ赤なドレスがよく似合うザラ様は、今日も華やかな美貌が輝いている。
多くの令嬢たちに囲まれている彼女の姿を見るのは、私のお披露目の場である王城での舞踏会以来だ。
『けれど私、知っているんです。──ティアナ様が空っぽ聖女だということを』
『お飾りの聖女ならまだしも、皇妃の立場は辞退すべきではなくて? 分不相応だわ』
一時はフェリクスの婚約者候補にも上がっていたという彼女は、穏やかな淑女の顔の裏で、誰よりも私に敵意があるようだった。
(ファロン神殿との関わりがある可能性も否めないし、警戒しておかないと)
じっと観察しているうちに、遠目から見ても顔色がひどく悪いことに気が付く。
今は周りに人も多く、後で声をかけてみようと決めて、視線を外した時だった。
「きゃああああ!」
突然会場に甲高い悲鳴が響き、何が起きたのかとすぐに振り返る。
そして目に飛び込んできた信じられない光景に、私は息を呑んだ。




