甘すぎる変化 1
今は王城の食堂にて、フェリクス、ルフィノ、イザベラの四人でテーブルを囲んでいる。
残り二箇所の呪われた地の解呪について話し合うため、というていではあるものの、他愛のない話を主にしながら昼食をとっていた。
「ふふ、こうして四人で食事をするのもいいですね」
「前は誰かのお蔭で空気が悪かった気がするけど」
「……フェリクス様って『いい性格』してますよね」
フェリクスとイザベラのやりとりに、思わず笑ってしまう。あの頃はこんなにもすぐ、四人で穏やかに食事ができるなんて想像すらしていなかった。
「とにかく地下遺跡については、私とルフィノ様にお任せください」
「はい。お二人は公務でお忙しい時期でしょうし」
帝国は社交シーズン真っ只中で、私達も顔を出さなければならない行事は少なくないため、二人の提案はありがたかった。
とはいえ、ルフィノだって常に多忙なはず。
けれど絶対にそんな様子も疲れた姿も見せない彼は、どこまでも出来た人だと尊敬せずにはいられない。フェリクスも同様で、私もしっかりしなければと気合を入れた。
「ティアナ様はこの後、どう過ごされるんですか?」
「お互いに午後は少し時間ができたから、フェリクスとお茶をする予定よ」
先程フェリクスに「私の淹れたお茶が飲みたい」とリクエストされたばかりだった。
これまでもお互いに時間を見つけては、二人でお茶をしている。
(二人きりになったら、またあんな甘い空気になるのかしら……?)
けれど昨日の出来事を思い出すと、色々と意識してしまう。フェリクスの言う「覚悟」なんて、いつまでもできそうにない。
「なんだかお二人、昨日までとは雰囲気が変わりましたね? 何かあったんですか?」
楽しげな笑みを浮かべ、冷やかすような態度のイザベラに、そんなに分かりやすかったのかと恥ずかしくなる。
告白をすると宣言した後、まだ彼女には昨日のことを報告できていなかった。遅かれ早かれ二人には絶対にいずれ伝えることではあるし、今この場で伝えてもいいのかもしれない。
そんなことを考えていた私よりも先に、フェリクスが口を開いた。
「実は契約結婚をやめたんだ。これからは本当の夫婦として過ごしていこうと思ってる」
イザベラは両手を合わせ「まあ」と明るい声を出す。
「おめでとうございます! ようやく思いが通じたんですね。私のお蔭では?」
「そうだね。イザベラには礼をしないと」
「冗談です、迷惑をかけた自覚はありますから、めいっぱいお祝いさせてください」
イザベラは悪戯っぽく笑うと、もう一度「おめでとうございます」と言ってくれる。
こうして祝われるのはなんだか気恥ずかしくて、そわそわしてしまう。
昔の私達を知る相手となると、尚更だった。
「おめでとうございます。お二人の仲が良いのは何よりです」
「……ルフィノ様も、ありがとうございます」
「はい。お二人のこれからのためにも、必ず残りの『呪い』を解きましょう」
「ええ、ありがとう」
ルフィノも笑顔で祝福してくれて、ほっとする。
そうして食後のデザートまでいただいた後、私達は食堂を後にしたのだった。
◇◇◇
フェリクスの部屋へ向かって彼と二人で廊下を歩いていると、バイロンがこちらへ急ぎ足でやってくるのが見えた。
「フェリクス様、デナム公爵様が至急お会いしたいそうで……」
「分かった。少し待つよう伝えてくれ」
フェリクスはそう言うと、申し訳なさそうに形の良い眉尻を下げた。
「ごめんね。すぐに話を終わらせてくるから、ティアナの部屋で待っていて」
「ええ、分かったわ。気にしないで」
やはりフェリクスは多忙だと少し心配になりながら、その背中を見送る。
そして自室に戻ると、マリエルにお茶の道具とお菓子の準備をお願いした。
「なんだか今日の陛下は機嫌が良いと、メイド達の間でも話題だったんですよ」
実は私もそれは、ひしひしと感じている。誰がどう見てもフェリクスはご機嫌で、口元には絶えず柔らかな笑みが浮かんでいた。
(う、浮かれてる……?)
以前のポーカーフェイスはどこへやら、分かりやすく喜んでいる。そんならしくないフェリクスも愛おしいと思いつつ、照れ臭さも感じてしまう。
ファロン王国まで私を迎えに来てくれたマリエルは、私とフェリクスが契約結婚だということも知っている、数少ない人物だ。
大切な侍女である彼女には、自分から話しておきたいという気持ちもあった。
「実はね、フェリクスと契約結婚をやめようっていうことになって……」
「そうだったのですね! おめでとうございます!」
我ながら言葉が足りない説明だったものの、きちんと伝わったらしい。マリエルは両手を合わせると、いたく感激した様子を見せた。
「お二人は本当にお似合いですもの。本当に良かったです」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ」
自分のことのように喜んでくれる姿に、胸が温かくなる。
そんな中、フェリクスの来訪を知らされ、すぐに部屋の中へ案内してもらった。
「ごめんね、お待たせ」
「ううん、大丈夫。お疲れ様」
その様子からは急いで来てくれたのが窺える。
ソファを勧めると、フェリクスは私の隣に腰を下ろした。自然に腰に腕を回され、私達の間には一切の距離がなくなる。
(これまでよりずっと、距離が近い)
肩が触れ合う距離にいる彼からはふわりと良い香りがして、鼓動が早くなる。
「では私は失礼いたしますね。何かありましたら、すぐにお呼びください」
空気を読んだらしいマリエルは笑顔で退室し、二人きりになってしまった。
普段は自然といくらでも会話なんてできたはずなのに、何を話せばいいのか分からなくなる。
「お、お茶を淹れるわ!」
「待って」
落ち着かなくなって立ち上がったところ、腕を掴まれてぐいと引き寄せられる。
バランスを崩した私はフェリクスの上にぽすりと座る形になり、後ろから抱きしめられた。
「フェ、フェリクス……?」
「ごめんね。お茶は口実で、ただ二人きりでこうしたかっただけなんだ」
それはもう良い声で耳元で囁かれ、固まってしまう。もちろん今まではこんなことはなかったし、フェリクスの態度もこれまでとは全く違う。
声音や話し方も、今まで以上に柔らかくて優しくて、甘い。改めてフェリクスとの関係が変わったのだと、実感してしまう。
「もう少しだけこのままでいさせて」
「ど、どうぞ……」
「ありがとう。ティアナは柔らかくて良い香りがする」
行き場を失っていた手も、さりげなくするりと彼の手に絡め取られる。
指先まで大きな手のひらに包まれ、心臓が大きく跳ねた。服越しにフェリクスの体温や少し早い鼓動が聞こえてきて、指先ひとつ動かせなくなる。
(私って、こんな乙女な反応をしてしまうタイプじゃないと思っていたのに……)
自分はもっと恋愛において、さらっとした態度をとる人間だろうと考えていた。
周りの女性よりもがさつだという自覚もあったし、こんなの私じゃないみたいで、余計に恥ずかしくなる。
真っ赤になっているであろう俯く私を見て、フェリクスはくすりと笑う。
「ティアナ、こっちを向いてくれないかな」
「ど、どうして?」
「キスしたいなって」
あまりにもストレートなお願いに色々な限界を超え、フェリクスの腕の中から脱出することにした。




